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化心  作者: 榛原朔
三章 審判の国
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210-急転直下

「ジェニファーさんに地図は貰ってるけど、案内はあんたに任せてもいいのか?」


ティタンジェル付近を通ってカムランへ向かう予定の俺達は、円卓の騎士であるガノを先頭にして森を進んでいく。


しかし、ジェニファーさんに簡易地図をもらっているため、土地勘のない俺でもだいたいの道自体はわかっていた。

だというのに、わざわざ先頭に立つのはガノ。


俺としては、地図を確認する手間が省けるのでありがたくはある。とはいえ、一応は必要がないことを伝えないと、後で文句言われても面倒だ。そのため俺は、しばらく歩いてから念の為彼に確認をとった。


「ええ、いいですよ。私はこれでも円卓の騎士ですからね。

彼女ほどではないですが、それなりに詳しいです」

「おいおい、俺だってこの森の出身だぜ!? なんでテメェに従って進まなきゃいけねぇんだよ!?」


すると、ガノはこのまま案内を続けることを了承してくれる。できるだけ速く安全地帯に辿り着きたい俺にとっては、願ってもないことだ。


だが、セタンタにとってはそんなことはないらしい。

ガノが円卓の騎士だからなのか、最初から一貫して敵視している彼は、その言葉に反発して噛み付いていく。


反発する彼に怒鳴られることに慣れてしまった様子のガノは、特に気にせずいつも通り理知的な対応をしていた。


「ふーむ……少なくとも、私はあなたより歳上ですからねぇ。

おそらく、私の方が詳しいとは思いますよ?」

「神秘に歳なんて関係ねぇだろ!? お前は信用できねぇ!!

変なとこ連れて行こうとしてたらどうすんだ!?」

「いや、あなた詳しいのでしょう? 明らかに危険な場所へ誘導していると思ったなら、止めればいいじゃないですか」

「なんで俺がそんなことしないといけねぇんだ!! 死ね!!」

「いや止めろよ。なんか思考がズレてんぞ」


どれだけ文句を言っても受け流されるセタンタは、ついに反対している目的を見失ってしまったようだ。

最初は怪しいから駄目だと言っていたのに、最終的にガノに逆らうこと自体を目的にしてしまっている。


すかさず俺がツッコミを入れると、直前までガノに掴みかからんばかりの勢いだった彼は、ハッとしたように動きを止めた。


ガノへの不信感が暴走して逆らうだけになっていたことを、ようやく自覚したらしい。


いや、こいつにはそこまで自覚できないか……?

とりあえず言えることは……うん、バカだこいつ。


「あー……」

「信用しにくいやつなのは俺も同意だけど、村で罠にはめるとかもなかったんだし、だいぶ信用できる寄りだぞ。目的も楽しむためって明言してて、忠誠もなさそうだしな」

「あー……」

「ほら、セタンタくん。これあげますよ」

「おっ、コモモの実じゃねぇか! サンキュー!」


頭がパンクしているっぽいセタンタに言い聞かせるも、彼は心ここにあらずというような気の抜けた返事ばかりだ。

しかし、ガノがどこからかとりだした桃色の果実を見ると、彼は表情を輝かせてそれを受け取り、迷いなく食べ始める。


一切警戒することなく、危険な場所に向かっていないか目を光らせることもなく。ガノのことはまったく信用していないんじゃなかったのか……?


単純なのは美点なのかもしれないが、普段の言動が荒っぽいので俺は戸惑うばかりだった。少なくとも、直前まで死ねと言っていた相手に見せる態度ではない。


そう仕向けたガノ本人も、笑顔ながらどこか戸惑っているような素振りを見せているくらいだ。

とはいえ、セタンタが大人しくなったのは事実であるため、彼は瞬きを繰り返しながらも案内を再開する。


セタンタはコモモの実という果実を食べながらあとに続き、置いていかれては堪らないので、仕方なく俺も彼らについていく。




「おっと、少し声を潜めてください」

「むぐ……」

「なんだ? 円卓の騎士でもいたか?」


それから少し歩くと、ガノは何かを見つけたように静止する。


だが、セタンタはどうせ作れるからとルーン石を捨ててまで果物を食べているし、ロロも基本的についてくるだけなので静かだ。


俺達はガノの言葉に素直に立ち止まり、興味を示さない2人の分まで俺が質問をした。


「いえ、円卓の騎士はいません。おそらく、キャメロットに戻っているのでしょう。ですが、森にいるのは騎士だけではありません。人の形を取らない獣もいるのですよ。ほら……」


俺の質問に答えたガノは、木陰からわずかに顔を覗かせながら前方を指差す。すると、その先にいたのは……


「あれは……羊?」

「その通り。普段は温厚ですが、怒ると手がつけられなくなるアルゴラシオンという神獣……まぁ、羊です」


かなりもこもことしている羊毛に、やけにスマートな肉体を持つ羊だった。それは一応四足歩行をしていたが、見たところ二足歩行も可能そうな体の構造をしている。


ガノの説明から考察して見るに、温厚な時は四足歩行をしているが、キレると二足歩行で襲いかかってくると見た。

一頭なら倒せないこともないけど、手がつけられなくなるなら確かに回避しておきたい魔獣だな……


「ついでにあちらにも厄介なのがいますよ」

「あっちって……えっと、ドラゴン……?」


次いで示された方向を見ると、その先にいたのは中空を舞うトカゲのような生き物。薄い羽根にバチバチと雷を纏いながら、後ろ足で森を闊歩する巨大な魔獣だった。


全身の鱗はもちろん強固そうで、ところどころ突き出した棘も含めて硬質化した鬼人のようだ。雷を使って硬くて厄介と来たら、紫苑とか大嶽丸とかを思い出すな……やっぱり戦いたくはない。


「えぇ、俗に言うドラゴンですね。ドネルカーレという神獣なのですが、あれは空を飛ぶ上に雷を放出します。

どちらにも勝てはしますが、決して楽な相手ではない。

おまけにとても目立ってしまうので、回避ですね」

「だな。どっちに進む?」

「ティタンジェル側ならこちらです」


俺も同じように恐る恐る木陰から顔をのぞかせながら聞くと、ガノはティタンジェルの方向を示して静かに微笑む。

いつもと変わらず落ち着いた様子なので、避けていくのならばそこまで大変なことでもないようだ。


セタンタも果物に夢中なので、俺達はすんなり進行方向を変えて先に進み始めた。すると少し進んだ頃、背後からは先程の二頭の魔獣が激突したような音が聞こえてくる。


ちらりと振り返ってみれば、空を焼かんばかりの雷の柱が地に突き刺さり、それを受け止める綿っぽいものが濁流のように木々を押し潰していくという恐ろしい光景が目に入った。


あんなのとたたかっていられるか……!! ガノがいたおかげで回避できたので、彼に案内を任せたのは正解だったな。

セタンタも静かにできたし、これ以上ないくらい順調だ。


「セタンタくん、まだありますよ。いりますか?」

「おう、寄越せガノ・レベリアス!! あるだけ貢ぎな!!」

「はいはい、どうぞ」

「やったぜ!!」


そんなガノは時折、ぱっぱっぱっと木々を駆け上って、どんどんなくなっていくコモモの実を追加していく。

流石に最初に渡したのが全部だったようで、あとは現地調達で餌付けを続けるつもりらしい。


その果実は人の拳よりは大きく、そこまで小さなものではないのだが、一つも落とすことなくそれを食べ続けるセタンタはかなりのものだ。どうかしている。


「そろそろですね……ほら、こちらを見てください。

あそこの巨大な洞窟がティタンジェルです」


セタンタのあまりの食べっぷりにロロも興味を示したので、頼んでもらったコモモの実を食べさせていると、歩を緩めたガノが少し先を指差す。


彼の指先を目線で辿っていくと、数十メートル先にあったのはコーンウォールくらいならば軽々と飲み込めてしまいそうな洞窟。


この森にあって明らかに異質で、悍ましいほどの神秘が流れ出ている場所だった。俺は相手の神秘から見極めるのが苦手だから、ここじゃ何一つわからないだろうな。


とりあえず、ジェニファーさんが来たがらないのもよくわかる。ガノも緊張しているのか、無表情になっていた。


「……せっかくなので、見てみます?」

「えぇ……? ジェニファーさんが教えなかったことなんだし、あんま知らない方がよくないか?

変に知ったせいで危ない目になんて会うとか嫌だぞ」

「そうですか。私としては、言われたから近寄らないより、理解して避ける方がいいと思いますけどね」


ガノの提案に後ろ向きな答えを返すと、彼は道を少し洞窟からそらしながらどうでも良さそうに呟く。


彼は俺達が円卓の騎士に抵抗してさえいれば満足そうなので、本当にどうでもいいのだろう。自分から見てみると言わなければ、多分このままカムランに向かいそうだ。


ただ、彼の言い分にも一理あった。

訳も分からず避けるより、ちゃんと理解しておいた方が断然もしもの時にいい結果を生む。


ジェニファーさんも入れはすると言っていたし、見るだけなら見ておこうかな……


「……うーん、それも確かに。じゃあ見るだけ見ようかなぁ」

「んー? 何見に行くって?」

「セタンタくん、ほらおかわりありますよー」

「へへ、なんか悪ぃなぁ。あっはっは!!」


これから危険な場所に行くというのに、騒がれたら溜まったもんじゃない。数個のコモモの実から視線を上げながら問いかけるセタンタに、ガノはすかさず追加分を渡す。


明らかに危険な場所ではあるけど、ガノは避けたし、俺から見てみると言ったことだし、何があるか知らないだけで危険という事自体も知っている。


流石に取り返しがつかないような自体にはならないはずだ。

洞窟内への警戒は怠らず、外からひっそり観察しよう。

そう決めた俺は、表情を引き締めてゆっくりと進むガノについて行く。


「結局、ティタンジェルってなんだ?」

「……ふむ。何と言われると困りますが……簡単に言えば、終末装置の封印場ですかね? 人に作らせた餌を与えることで、とある魔獣が食料を求めて暴れることを抑制しています」

「……あんたが魔獣って言うのは珍しいな」

「あれはかつての大厄災に近しいものですからね。

円卓よりも遥かに格上なので、我らからしても害獣ですよ」

「かつての大厄災……?」


陽葵とかに少しだけ聞いたことはある。科学文明が滅んだ頃、この星の覇者になったのは獣だったと。

その時代にも、エリスや暴禍の獣(ベヒモス)のような化け物はいたんだな……


円卓の騎士よりも遥かに格上の獣がいると聞き、俺はさらに緊張感を高めながら歩を進める。洞窟はもうすぐそば。

少し先に進んだガノが、地に伏せながら様子を伺っているのを待ってから、合図と共に3人で洞窟に近づいていく。


場所を譲るように数歩下がるガノを避けて覗き込むと、中に広がっていたのはやけに明るい地下にある森のような空間。

どういう仕組みなのか地上からの光が草木を照らし、わずかにテカっている壁に反射している景色だった。


「地下に、森……!?」

「ええ。地下にいる凶暴な魔獣達が、地上に溢れ出ないようにしているのです。また、このような役割も……」

「へ……!?」


俺がティタンジェルの威容に驚愕していると、ガノは素早く腰から剣を抜く。いまいち状況がわからず、俺はただ呆然と彼を見つめるばかりだ。


いや、本当にわけがわからない……

彼はたしかに剣を抜いてはいるが、場所を譲った彼は後ろだけでなく横にもズレている。

そのため、向ける先は俺達ではなく地面だった。


正確に言うならば、おそらく洞窟内。

俺達から離れているということを踏まえても、その切っ先が狙うのは明らかにこの土地そのものである。


瞬く間に剣を頭上に構えたガノは、誰も動けないでいる内に真っ赤に染まった剣を森に叩きつけた。


"ディスチャージ・クラレント"


瞬間、迸るのは血のように赤黒い閃光。

ティタンジェルに向かって放たれた攻撃は、俺たち諸共森を破壊してすべてを洞窟に押し込んでいく。


「ちょっ、は……!?」

「うめぇ!? ってじゃねぇ!! テメェ何しやがる!!」

「うにゃぁ!? オイラ、落ちてるよ!?」


どうやらガノは、俺達を裏切ったらしい。

なんでこんなタイミングで事を起こしたのかはまったくわからない……だけど、たしかに俺達は、この森で最も危険な場所に叩き落されている……!!


未だのんきに丸まっていたり果物を食べていた2人も、これには流石に驚きの声を上げた。ロロはギュッと俺の首にしがみつきながら、セタンタは槍を片手に懐を探りながら。


しかし、剣の威力で飛び上がっていたガノは、崩れていない木に飛び乗ると、バカにしたような顔で彼に呼びかける。


「コモモの実を全部持つために、あなたルーン石を全部捨てましたよねぇ? 空中でできること、ないのではぁ?」

「ダァーッ!! 嵌めやがったなテメェ!? ぶっ殺す!!」


セタンタのルーンが残っていたのならば、この状況を逃れる方法もあったよくだ。しかし、彼はすべてのルーン石を捨てていたらしく、睨みながら叫ぶのみである。


俺にはちっぽけな幸運しかないので、もちろんこの状況でできることなど何一つない。

ロロの念動力も、俺達3人を持ち上げる程の力はないだろう。


万事、休すだ……!!

せめて、ティタンジェルに落下しても魔獣に殺されないよう警戒してないと……!!


「ふっふふ、警戒するなら最後までしないといけませんよ。

それでは人間の皆様、ごきげんよう。せいぜい私を楽しませてください。地下に広がる審判の間。円卓の追撃と科学者が蒔いた七つの大罪を乗り切って、ね……!?」

「マ、ジ、か、よッ……!! うわぁ……!?」


落下していく俺達を見下ろしながら、彼は満面の笑みを浮かべる。何もできない俺達は、なぜか目を見開くガノを見上げながらティタンジェルへと落下していった。


3章第一幕終了です

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