202-円卓の騎士
「ふぅ〜!!」
「うがっ……」
「うにゃっ……」
暴言男のジャンプで騎士達から逃れた俺達は、彼が着地すると同時に地面に放り出されたことで悲鳴を上げる。
しかも、ただ手を離すだけじゃなくて昂ぶった気持ちのまま思いっきり叩きつけられた感じだ。
地面に軽く体がめり込んでしまって、めっちゃ痛い。
こいつのお陰で助かったことは事実だけど、だからって何で投げ出すんだよ……!! 暴力暴言男め……!!
「だーはっはっは!! ザマァみろアホ共!!
突破したぜ間抜けめ!! おい、てめぇら寝てんじゃねぇよ!?
さっさと起きろ!! まだあいつら追ってくんぞ!?」
豪快に笑って騎士達を煽りながらも、彼は意外と冷静だった。地に伏す俺達に起きるよう叱咤すると、追ってくる騎士達を警戒するように後ろを振り返る。
頭上を飛び越えただけなのだから、冷静で妥当な判断だ。
……自分で叩きつけたことを忘れていなければ、だけど。
「じゃあ投げるな……!!」
「おいおいお〜い、助けてもらっといてそんな態度取っていいと思ってんのかぁ〜? 崇めろ、ガキ共!!」
「ッ……!!」
思わず抗議すると、暴力暴言男は偉そうにふんぞり返り始める。口の端を吊り上げており、実に腹立たしい。
事実ではあるけど、多分こいつ、自分で地面に叩きつけたことをちゃんと覚えている上で挑発してきてるな、これ……
「へーへー、セタンタサマ。崇められたいのに1人で逃げていたとは、随分と人望のない孤独なハリボテの王様ですなー」
「わかりゃあいいんだ、いくぞ魔人!!」
「クロウだ、暴力暴言男」
「セタンタだ、不運小僧!!」
王様って部分以外は頭に入らなかったらしい暴力暴言男は、俺の言葉に笑顔を見せて走り出す。こいつやっぱ馬鹿だ。
倒さなきゃ逃げれないとか言ってたり、ちゃんと俺を魔人と見抜いてきたり、部分的に頭が回ったり勘が良かったりするけど、基本的に何も考えてねぇ。
まぁ、俺は自分が神秘って隠してないけど……
こいつがわかったってことは、こいつも神秘か。
俺そういうの見抜くの苦手なんだよな……場所的にも、神秘が濃くてわかりにくい。性格的に魔人っぽいけど。
「待てー、罪人どもー!」
「あなた達に地上での人権はありませんよっ!」
俺が走りながら隣のバカについて考えていると、すぐに後ろから元気な声が響いてくる。ここが森であることに今が夜であることも相まって、周りが静かでめっちゃ聞こえやすい。
ただ、それにしてもやけに大きく聞こえるな……
少し心配になった俺は、念の為ちらりと後ろを振り返る。
すると、ほんの数メートル後ろにはいい笑顔をした姉弟騎士が接近していた。
部下の騎士達どころか、多分上司であるオスカーまでも置き去りにして、恐怖を抱くほどの笑顔で疾走している。
いや、速すぎるだろ怖すぎるだろ……!!
「なんだこいつら……!?」
「シャーロット・クルーズにヘンリー・クルーズ。どっちも円卓の騎士で、序列はそれぞれ9位と8位だ。
んで、たしか……犬の神獣? 強くはねぇけど、うぜぇ」
「……」
ほぼ無意識に言葉を漏らすと、暴力暴言男はこの短い付き合いでもらしくない、と思えるような解説をしてくれる。
荒っぽい口調は変わらずだけど、やけに詳しい。
「んだよ?」
驚いた俺がジッと暴力暴言男を見ていると、彼は不機嫌そうに顔をしかめて吐き捨てた。もしかしたら、人に見られるのは苦手なのかもしれない。……興味無いけど。
「いやぁ、思いの外詳しいなと。お前もの覚えられんだな」
「だーはっはっは!! このミョル=ヴィドで、ずっと孤軍沸騰してた俺様にかかればこんなもんよぉ!! 崇めろ!!」
「沸騰は死んでんだろ馬鹿。……まぁ、頼りにはなるな?」
やっぱり都合のいいこと以外は聞かないらしい彼は、記憶力を馬鹿にした発言をスルーしてドヤり始める。
発言は馬鹿だ。
「頼りになるなるー!」
「それで、頼りになるセタンタさんはどのように切り抜けるんでしょうか?」
呆れ半分、感心半分で彼を見つめていると、速くも追いついてきたクルーズ姉弟は、俺達の両脇を並走し始める。
どうやらその前から話を聞ける範囲にはいたようで、無邪気な笑顔の彼女達は無自覚にセタンタを煽っていた。
すると、隣で走っていた彼はもちろん挑発に乗ってしまう。
ギラつく目で彼女達を睨みながら、足を止めずに槍で攻撃を加えていく。
「屈めガキ!!」
「クロウッ!!」
セタンタは意外にも俺に指示を出すと、屈んだ俺を台にして反対側にいたヘンリーを蹴りつける。
彼は簡単にそれを避けてしまうが、そのために足を止めたので一旦は距離を取れた。
次いで、彼は体勢を低くして走る俺越しに槍を突き出す。
標的はもちろんシャーロット。
すると、彼女はもちろん避けてしまった上に、弟とは違って俺と同じように体勢を低くして走り始めた。
しかし、セタンタがその背を打つように追撃を仕掛けると、やはり一度足を止める。またすぐに近づいてくるとしても、一応は切り抜けたようだ。
「助かった!」
「死ね!!」
「はぁ!?」
ようやく上半身を起こせた俺が感謝を伝えると、彼はなぜかまた暴言を吐く。少しはマシになったかと思ったのに、まだこれか……!!
その言葉を聞いた俺は、当然また好感度を大幅に減らす。
だが、彼にとってはその暴言も癖らしく、普通に並走してくる彼は背後を気にしながらさっきのように話しかけてきた。
「あいつらがこれだけで止まるかよ!!
すばしっこいから仕留められねぇけど、もう少し距離を空けさせっからその後はどうにかしろ!!」
荒々しく叫んだ彼は、槍を怪しく輝かせながら振り返る。
すぐ近づいてくる二人に焦らずどっしりと構えると、周囲へ残像のように光を散らす槍を振りかぶる。
そして、限界まで張って引き裂かれんばかりの胸板をギュッと収縮させると、しなる腕で槍を投擲した。
"ゲイ・ボルグ"
彼の手から放たれた槍は、怪しい光をさらに強めながら宙を切る。さらには、残像のような光は実像を持ち、いくつもの槍へと変わっていく。
その数、10や20はくだらない。
クルーズ姉弟に襲いかかっているのは、数えきれないほどの槍の雨だった。
「きゃー、槍の雨だー!!」
「あわわ、これはぼくらの手に余るよ姉さんっ!」
"エイワズ"
あと数メートルほどの距離まで接近していた彼女達だったが、セタンタの槍を見ると慌てて横にそれてそのまま距離を取っていく。
どうやら、今度こそ完全に切り抜けられたようだ。
足を止めていたセタンタも、どこからか取り出した石を焦らず砕いている。
だが……
「あっはっは!! 雨なんかで私は濡れないのだー!
びっくり曲芸槍には驚いたけど、ちょっと払えばこの通り。
一粒も触れずに歩くことなど、朝飯前ですともー!
秘技、梅雨払い……的なー? あっはっは!!」
少し離れた場所からは、槍をぐるぐる回すことで雨をすべて弾いているオスカーがやってきていた。
セタンタが放った雨の槍は、クルーズ姉弟が一時離脱する程にヤバい技のはずなのに彼は笑顔である。
笑顔ですぐに追いついてきたあの2人も大概だが、オスカーはそれを超えてヤバい。地面投げて大波を起こすし、雨には濡れないって言うし、もうめちゃくちゃだ。
「うわぁ!? なんだあいつ!? 雨でも濡れねぇってマジ!?」
「言ったろ!? どうにかしろ!!」
「横暴だ!! 俺に何ができる!?」
「知るかぁ!! 聞いてねぇんだから!!」
「俺もさっきの初めて知ったわ!!」
セタンタが怒鳴りつけてくるが、正直俺にはどうしょうもない。オスカーがあの姉弟よりも素早くないというのが唯一の救いではあるけど……
「ん……? ちょっと待て、誰か倒れてねぇか?」
「あ? ……あれか、ほっとけ」
「オスカーは森破壊する勢いだぞ!?」
雨を無視して走るオスカーに、俺達も負けじと全力疾走していると、ふと視界に倒れている女性が映る。
オスカーに追われていることもあり、セタンタは放置しておけと言うけど、流石にそんなわけにもいかないだろ……!!
「おいバカ!! そいつは‥」
「ほぼ進行方向だ、すぐ戻る!!」
俺はセタンタの声を無視して、少し先で倒れている女性のところに駆け寄っていった。