22-道中
俺達が再び旅を始めたのは、それから3日も経った後だった。
その原因は、まず当然怪我。
ヒュギエイアに頼む程ではないが、俺もヴィニーも骨にヒビが入っていたり体に穴が開いていたりしたので、治るのを待っていたのだ。
そんな状態ではとても御者なんてできねぇ。
他のみんなも怪我とは少し違うが、ロロがまた骨抜きになってしまったり、ローズもフーも気力を消耗していたりしたので、戦力的にも厳しかった。
……一応リューも、肩やら何やら喰われていたので安静に、だ。
御者ではないから治るのを待つ必要はないが、ローズ達と同じく戦力的なやつ。
こいつは戦闘中じゃなければ元気なので、いらない気もするけどな。
それから道の問題だ。
あいつが喰い散らかしたせいで、機能していない。
地殻変動でもあったかというような荒れ具合で、かなり困った。
これは待つだけではどうしょうもなかったので、動ける面子で少し地面を均したのだが、やっぱりローズとヴィンダール達が大活躍だ。
何をするにしても風も茨も便利すぎる。
俺とロロはとても羨ましく思った。
だけどロロは唯一無二の回復能力持ってるんだから、気にしなくていいと思うんだけどな。
今回も体の傷を3日で治せたのはでかい。
ローズとヴィニーは、この国内で立ち止まっているのが嫌そうだったので、痛みが問題ないところまで回復すると俺達はすぐに出発した。
そういえば……
ローズといえば輝いていた銀髪が、気付かないうちに黒みがかっている気がするんだよな……
うーん?
……分からないしいいか。
旅は、危険が去ったのでまたヴィニーの馬車が先頭だ。
道はガタついているが、まあ通れる。
のんびりとした穏やかな旅だ。
「ふぁ‥」
日光が柔らかく指し、暖かな風が吹く。
リューも、こうのどかだとうとうとしていて静かでいい。
……たまには俺も微睡みたいな。
「フー起きてるか?」
「…………うん」
声をかけると、フーは聞き取れるか聞き取れないかという音量で返事をし、御者台に飛んでくる。
飛ばなくても来れるのに……
便利で羨ましい。
「お前御者できない?」
「…………できる」
「じゃあちょっと変わってくれよ。うとうとしたい」
「…………うん」
そう言うと、俺はよそ風に運ばれて荷台に降ろされる。
やばい、リューの気持ちが分かってしまう……
日の光が当たる場所で目を閉じる。御者をしていて凝った体が、解されていくのを感じる。
ああ、暖かい……
~~~~~~~~~~
「クロー起きてー」
「んー」
いつの間にか日が暮れ始めている。
少し肌寒かったが、誰かが毛布をかけてくれたらしく暖かい。
そして、腹の上にはロロが跳ねている。
「ふぁ……どうしたぁ?」
「狩りのとうばんを決めるんだって」
「……狩り?」
「うん。ご飯をつかまえるんだよ」
あいつが馬車のあった所も破壊したせいで、駄目になった大量の食料。
無事だったやつも、もう無くなったのか……
そんな事を考えながら、頭上を見上げる。
そこには、もう既に赤々と燃えるように染まった空が。
数秒考え出した結論は……
「……遅くね?」
「あっ違うよ。今日の分はヴィニーが行ったんだ。明日以降の当番を決めるんだってさ」
「なんだ、優しいな」
「ちなみにくじで決めるよ」
俺達がのんびりと話していると、後ろからやってきたヴィニーがそう声をかけてくる。
ロロを起こしにやったのに、さらに人来るとは思わなかった……
めちゃくちゃ手厚いな。
「ん、おうヴィニー。ありがとな」
「どういたしまして。だけど俺とペアになった人は次の当番1人だから」
「あー‥だから起きろか……」
寝てて1人になっても知らないぞ、と。
ということはどうやら2人1組、3ペア作るらしいな。
頭数にはロロも入ってるのか……
「よし来た」
俺は寝起きの頭を振り、立ち上がる。
ヴィニー以外を引かねぇと。
……あれ? くじって事は、運……
「え? くじでいいのか?」
「うん。俺はクロウとロロがペアにならなければいいから」
「え……俺も魔人……」
「オイラ神獣だぞ!?」
ロロはいつも通り、俺は思わずそう言ってしまうと、ヴィニーは苦笑しつつ取りなしてくる。
……まだ寝ぼけてるかな?
「いや、2人の能力は凄いさ。でも直接戦闘には関わらないじゃん?」
「後で修行つけてくれよ?」
「分かってるって」
いつか上回ってやる……
そう決意を固めていると、ロロは慰められていた。
そして俺達はヴィニーに促されるまま他のみんなの元へ行き、くじを引く。
その結果は……
フーとロロ、リューとヴィニー、ローズと俺だ。
めちゃくちゃバランスがいい。くじとは思えねぇな。
でもまぁ、リューはどんまい。
くじを引き終わると、寝ている間に出来ていたらしくすぐ夕食になった。
今日はヘラジカと野草の水炊き鍋。
なぜ味付けがないのかというと、もちろん調味料の瓶が全滅しているからだ。
肉の臭みは、念入りに血抜きする事で対応。
……鍋は丈夫でよかった、と心から思う。
「ヴィニーってジビエ料理も出来たのなー」
味付け無しでも存外美味い鍋をつつきながら、リューが話しかける。
……この2人って意外と仲いいよな。
俺とフーも激戦を演じた仲だけど、どっちの性格も怖えから無理だ。
「そーだねぇ……まぁ色々とあったからさ」
「へー‥前旅してたり?」
「そんな感じかな」
リューは怖いもの知らずだ。俺はあまり突っ込めないんだけどな。
元貴族で旅……不穏だ。
少し戦慄していると、ヴィニーはローズに謝り始めた。
ロロは言葉も発せず夢中で食べてるし、美味いのは間違いないのに彼は納得出来ないようだ。
「お嬢、微妙な料理ですみません」
「え? お肉や野菜の旨味がちゃんと出てて美味しいよ?」
「あはは‥なら良かったです。解体や血抜き、それから焼き方もクロウの方が上手いので、ちょっと不安でした」
「俺? そうでもなくね?」
「いやいや。俺は出来るだけだけど、クロウは洗練された動きだったよ」
「ふーん‥」
思い浮かぶのは一度だけ、フェニキアまでの道のりで襲ってきた猪を食べた事。
あの時の解体は俺だったな……
まあ狩りで暮らしてたからなぁ。
「え、じゃあジビエ料理ならお前の方が上手い?」
「俺は焼くだけだぞ」
「なーんだ……」
勝手に期待して残念がるな、リュー。
俺は料理人じゃないぞ。
だが何故か、ローズがさらに持ち上げてくる。
「でもクロウの焼き方って絶妙だよね。調味料の使い方が分かれば普通にお店出せそう」
「それは同意します」
さらにヴィニーまでもがその通り、と首を大きく縦にふるので面倒くさい。
嬉しいには嬉しいけど、料理の質が落ちるのは困る。
ということで、速やかに否定だ。
「俺はもう作る気ないぞ? ヴィニーに作ってもらった方が美味い」
「そうかなぁ‥」
「俺はクロウに賛成〜。材料あるならヴィニーを推すぜ」
俺ならこの素材でこんなものは作れない。
ヴィニーには隙がないんだから、手伝いだけで十分だろ。
そして結論もヴィニーが作るで確定した。
ロロもフーもヴィニー派だ。それはそれで悔しいが……
というか、こんな時だけ入って来ないでほしい。
~~~~~~~~~~
全員が食べ終わり、皿も洗い終わったら修行の時間だ。
今日はヴィニーと一対一。
技術が上がればリューにも相手してもらうつもりだが、今はちょっと無理だ。
いつか絶対完封してやる。
そのために俺が学ぼうと思っているのは観察力。
ただの人間であるヴィニーが強い理由で、戦闘向きの能力じゃない俺にもあった技能だと思う。
「正直観察力にコツなんてないんだよね」
修行の要望を聞かれたのでそう答えると、彼はそう言った。
「え……俺、お前以上に観察力があるやつにあった事ねぇよ?」
「そもそも戦ってる人を見る機会なんてそうなくない?」
「あー‥まぁな」
「取り敢えず打ち合ってみようよ」
そう言われたので、俺達はお互いに木剣を構える。
いつもと同じように、お互いの長剣とナイフに近い形のものだ。
数秒の沈黙。
間に木の葉が落ちた時、俺達は同時に動き出す。
俺はよく見る事を意識する。
彼が繰り出してきたのは左逆袈裟斬り。
俺はフーの時のように、弾くようにナイフを動かす。
ヴィニーはいつも受け流すが、俺はあまり得意ではないので弾く事で代用だ。
隙もあまり出来ないと思うが、ヴィニーの攻撃を真正面から受けるのも難しいので仕方ない。
それはどうにか弾けたが、長剣はやはりヴィニーの体近くに戻っている。
見た感じは既に次の動作に移っていそうだ。
やはり横薙ぎに……あれ?
気づいたら視界が反転している。
「あはは、予想に意識を割きすぎだよ」
彼は笑いながら手を差し伸べてくる。
どうやら足元を崩されたようだ。
助け起こされながらも少し納得がいかず、反論する。
「お前だってそうなんじゃねぇのかよ」
彼は木剣をくるくると回す。
その軌道はとても綺麗な円を描き、美しい。
「俺は……うーん‥これ難しいなぁ。
えーと、まずクロウが見た俺の戦闘は半魔、暴走していた魔人、リュー、ヴァン、あの飢えた獣……あと魔獣も?」
「そうだな」
「全員あまり考えて戦ってなさそうじゃない?」
「リューに怒られるぞ」
「はは……絡まれたくはないなぁ」
でも確かにそうかもな。直線的なタイプばかりだ。
「俺はフーと相性が悪いし、お嬢にも勝てる気はしない。
あの2人は不規則だから、パターンも取れなそうだね。
それでも勝つならほんとに細かい所まで癖を見抜くか……内面の把握とかだね。
クロウも今回、読むことばかり考えていたから簡単に意表をつけたよ」
内面の把握……難しいな。
だけどそれなら、リューに勝つのはフーに勝つより簡単か?
「俺はリューに勝てると思うか?」
「彼の風を突破するのはナイフじゃ無理だと思うよ」
ナイフ以上の武器……
「じゃあ取り敢えず、長剣を教えてくれないか?」
「いいけど、俺は独学だよ?」
「ああ、それでも俺が握ったら振り回されるだけだからな」
俺はまず構え方から習う事になった。
彼が使う長剣は、片手用の細身の物。
それでもナイフしか使ってこなかった俺は、その感覚の違いから振り回される。
彼のように使いこなすにはまだまだ時間がかかりそうだ。
「今日はここまでにしようか」
「はぁ……はぁ……分かった」
それからしばらく習ったが、あまり上達した感じはしないな。
真正面の打ち合いは多少できたが、受け流しは長さ的に難しい。
だが、夜も更けてきた。
明日もフーに御者を変わってもらう訳にはいかないから、もう寝ないとな。
「ところでよ。もしお前がローズやフーに勝つならどうする?」
今後の参考までに聞いてみると、彼は顔をしかめて答える。
「えー‥何それ。
……フーなら絶対血気盛んに攻めてくるから、隙を見せたらそこを狙ってくれそうだよね。
お嬢は……茨の密度が濃くなったらお手上げだね。
フーにしても、神秘を体が壊れる程に取り込まないと勝てないし」
「そっか……俺これでも魔人なだけあって、ちゃんと身体能力は人並み外れてるんだな」
「そうだよ。
俺は神秘を取り込まないといけないけど、君はそもそも神秘なんだから」
それでも暴走魔人達と戦ってた時は、俺より身体能力もあった気がするけどな……
でも、そうか。
ヴィニーは体を壊しながらじゃないと魔人と戦えないのか……
「おすすめはしないけど……もし俺のような戦い方をするなら、相手の性格、行動パターン、癖など、全てを見極めなきゃいけないよ。
そしてさらに、それを踏まえて自分がこう動いたら相手はこう動くみたいな予想、それが外れた時の動き、何よりも外れても問題ないような立ち回り、そんなものが必要って感じかな。
その前に予測で動いたら、さっきみたいになる」
「……分かった」
全て、か……
でもやっぱりヴィニーの感覚的な物もあるんだろうな。
他人がやるならさらに難しいってのは、何にだってあるだろうし。
そりゃ動きの観察だけではだめだったなら、あの結果にもなるか。
俺は俺の戦い方を見つけないといけない。
そんな決意を固めた夜だった。
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