199-傷を治して運試し
数時間後。
なんとかアフィスティアとヤーマルギーアに手傷を負わせ、死の森を脱出した俺達は、森の前にテントを張って傷を癒やしていた。
とはいえ、負傷者は止血でどうにかなるリューに、骨まで砕かれていそうだった海音の2人だけ。
海音はボッコボコにされていたはずだが異常に丈夫なので、二人共ロロの自己治癒力上昇でほぼ全快である。
残るは辛い頭痛という体調不良だけの俺であり、パーティはもうすっかり偵察前の状態に戻ったと言えた。
そして、もちろんその最たる例が海音だ。
リューはまだフーに安静にさせられていて、俺も寝転んで痛みを落ち着かせている中、1人元気に歩き回っていた海音は外から戻ってすぐ俺に話しかけてくる。
「頭痛は治まりましたか? クロウさん」
「まぁ、たった一発だからな。ちょっと辛い頭痛ってだけだ。……そっちは全身潰されてたのにお元気そうで」
「はい、ロロさんの自己治癒力上昇のお陰ですね」
多分俺は自分の呪いを扱いきれていなくて頭痛が起こっているのに、海音はあれだけ暴れて大怪我してもういつも通り。
正直悔しくて、つい少し皮肉っぽく言ってしまう。
だけど、海音は全く気にした様子もなく、怯え疲れて休んでいるロロに感謝の言葉を述べた。
……まぁ、そもそも俺は大した怪我をしてないし、治るの早いなって褒め言葉にしかならない気がするけど。
「オイラ、たたかいじゃやくに立たないからね。
ずっとクロウにくっついて、ふるえてただけ」
「人にはそれぞれの役割がありますから。天后を美桜さんに返している現在、私には回復能力がありません。
ロロさんのサポート能力は、唯一無二の役割ですよ」
「そうだといいなー」
いつも戦闘では役に立てていないことを気にしていたらしく、海音の感謝に謙遜した態度を見せるロロだが、彼女が褒めるとすぐに無邪気な笑顔を浮かべる。
俺も今回はかなり足手まといだったし、そう気に病まれても困るから助かった。はっきり言って、俺は明確な攻撃手段が剣を振るだけだからむしろ逆なんだよな……
特に言うこともなく静観していると、ご機嫌になったロロはまたいつも通りのんびりと丸まって空気になる。
海音も無意味に話しかけてきたわけではないらしく、その様子を見ると姿勢を正し、本題に入った。
「それで、これからどうしますか? ブロセリアンは地上も上空も鉄壁で、現状押し通るのは厳しそうですが」
「ノーグは結界らしいし、ブロセリアンを越えるしかないんだろうけど……まぁ、戦力不足だよな。ライアン達が来るまで待つしかないんじゃないか?」
「ライアンさんにローズさんにヴィンセントさん……
戦力、足りますかね?」
「うーん……この面子でも生きては帰れたし、意外と行けそうな気もする。ライアンとか、巨人になれるし。
何にせよ、必要なのは戦力増強だよな。ガルズェンスの人達でも呼べたらいいんだけど……」
「あの国、そこまで強くない気がするのですが。
神秘よりも科学が中心ですし、内向的ですし」
「それは言うな……」
ミョル=ヴィドに入るにはブロセリアンを超えるしかないが、俺達には戦力が足りていない。
いくら話しても結局結論はそこに辿り着き、後からくる予定のライアン達を待つ他は、知り合いに協力を仰ぐくらいしか今できることはないだろう。
しかし、面識があるのはガルズェンスと八咫の面々のみで、影綱が倒れている八咫にはこれ以上頼めない。
そのため、距離的にも近いガルズェンスの名前を出したのだが、海音の評価は辛辣だった。
元々あそこは、人と神獣の国である八咫と違って人の国だ。
守護神獣のような存在はいないし、強者はニコライやマックスくらい。あとは、もしかしたらアトラも強いかも……程度である。
神獣の国に挑むのには、あまりにも力不足。
そもそも、ニコライは会うたびに依頼で楽をしてくる人だ。
手を貸してくれる未来が見えない。絶対に何かしら理由をつけて逃げてしまう。
加勢してくれても頼りないかも、まず加勢なんてしてくれねぇよと、不本意ながら俺も意味がなさそうだと同意するしかなかった。
「まぁ、とりあえずは待つことしかできねぇよ。
それより、森の様子はどうだった?」
「なぜか、まだ少し騒がしかったですよ。あの犬は許可とか言ってましたし、喧嘩でもしてるんじゃないですかね」
議論が行き詰まっていたので、海音が直前まで外にいたことを思い出して聞いてみると、少し面白い回答が返ってくる。
俺達が入る前は静まり返っていた死の森が、少し騒がしい……
海音の考えによると、内輪揉めをしているとのこと。
外敵ではなく内側を見ているのなら、少しは監視の目が緩まっている可能性もありそうだった。
とはいえ、おそらくブロセリアンの支配者は、あのアフィスティアだ。喧嘩の原因になったであろう集団がまた入ってくれば、敏感に異物の匂いを嗅ぎ取る気がする。
少しビビりすぎている気がしないこともないけど……
「ふーん……それでも入れば気付かれるんだろうなぁ」
「そう思います。後続を待つしかないですね」
「だなぁ……」
俺の保守的な意見に、海音も珍しく同意する。
珍しくというか、似合わないというか……
これまでのやり取りで、障害があればとりあえず突っ込んでいって斬り伏せる、というイメージがかなり定着してしまったらしい。
まぁ、ライアン達を待つというのが安全策であることは明白だ。チャンスを逃している気がしなくもないけど、こちらも態勢を整える必要がある。
閑散としているはずの死の森が荒れている、ねぇ……
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「ほ、ほんとに行くの……!?」
「ああ。嗅ぎ取る相手が少なけりゃ、いくらアフィスティアでも気付けないかもしれないからな。もちろん常に感知してもらって、少しでもおかしな動きがあればすぐさま逃げる」
「うにゅう……」
死の森から逃げ帰り、体を休めながら海音と話し合ったその日の晩。
日がすっかり落ち、辺りが闇に包まれ始めていた頃。
俺はロロを肩に乗せ、闇に紛れて1人、死の森の目前に立っていた。
目的は死の森ブロセリアンへの潜入。
ライアン達が揃って攻め込む時、その方向もわからないのではジリ貧になるので、ミョル=ヴィドの位置……というよりはその距離やルート、目印を知ることだ。
今日のトラウマがあるからか、ロロはずっと引っ付いて震えているが、待つ以外にできることというとこれしかない。
俺は慎重に死の森へと歩を進めながら、肩のロロを励ましていった。
「ほら、こんなにくっついてんだから怖くないだろ? 少しでも近寄られそうになれば全力で逃げるから、感知頼むよ」
「あ、あいさー……」
進み続けながらも心を込めて撫でていると、既に森に入っていることもあってか彼も覚悟を決める。かなり強引だけど、落ち着いて感知さえできれば危険は少ないはず。
本番で少しでも迷いなく進むために必要なことで、内輪揉めをしている今しかできないことだ。
俺はロロを裏切ることのないよう、ロロの声に耳を傾けながら神経を尖らせて歩く。
「アフィスティア、かなり遠く……ヤーマルギーアの他にも、どーかくっぽいの数体とあらそってる」
「ほらな、今なら気をつけてれば進めるだろ」
「あいさー!」
太古の森ミョル=ヴィドは、東をルーンによる結界――ノーグで塞ぎ、北と西を荒れる海で守られ、南を死の森ブロセリアンで阻んでいる陸の孤島。
慎重に森を進む俺達は、歩く時間を計り、木々を折って目印を作ったりしながら、ひたすら北に向かっていった。