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化心  作者: 榛原朔
三章 審判の国
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198-空すら不可侵、それが死の森

「……!! だぁ!!」


フーのそよ風で森を飛び越えた俺達は、枝で傷ついた腕を軽く振りながら地上を確認する。

するとそこには、あっという間に消えた黒犬の群れと優雅に座っているアフィスティアがいた。


獲物を逃したはずなのに、やけに余裕そうな雰囲気だ。

逃げる前になにか呟いていたし、まだ何かしてくるつもりなのかもしれない。


「…………」

「どー……すんだ? 森の外まで飛ぶのか……?」

「ああ、そうだな。上からなら無理やり入れるかもだけど、その前にお前を治さないと。上試すのは後‥」


戦闘が終わったからか、俺達を運んでくれているフーは無言に戻っている。その代わり、質問を投げかけてくるのは力なく運ばれるリューだった。


とりあえずは意識がはっきりしているようで、俺はホッと息を吐く。黒犬の群れ――デスマーチも流石に空へは来ないらしいので、侵入方法を考えながらぼんやりと返事を……


――ボゴォン!!


「っ!?」


俺達が死の森の外へ向かって飛んでいると、突然破壊的な音が地上から響き渡ってくる。慌てて音のした方向を見てみると、そこにいたのは山のように巨大な物体。


ガルズェンスで見た巨人……特に大きかった王種のヘルなんかよりも遥かに巨大で、軽くその10倍――200メートルはあろうかというほどの巨体を誇るツルツルした生物だった。


どこから現れたのかは不明。

しかしどう見ても森を粉砕しながら現れたそれは、羽がある訳ではないのに空を飛んでいる。


丸みを帯びていて、尾びれや胸ビレがあり、奈落の底のような大口を開けて迫る、若干ツルツルした生物……

俺の見間違いでなければ、そう。あれは鯨だ。


どうやってか凄まじい勢いで空を飛翔する鯨は、明らかに逃げる俺達を追ってきていた。

みるみる追い付いてくるので、逃げる逃げないどころの話じゃない。このままではほぼ確実に丸飲みだ……!!


「ブオオオオオ……!!」

「おい、おいおいおい……!? なんだあれはぁ!?」

「……鯨ですかね。フーさんの数倍の速度で迫ってくる、私達を飲み込もうと空飛ぶ鯨」

「わかるよっ!! 鯨だよっ!! だけど、どっからどうやってなんで俺達を!? アフィスティアが何かしたのか!?」

「少なくとも、味方じゃあねぇだろ……斬れよ、海音……」


冷静そうだが、おそらく何も考えてないだけの海音に噛み付いていると、手足をぶらつかせるリューが苦しげに呟く。

今は勝手に動けないからか、やけに冷静な判断だ。


しかし、いつもなら自ら率先して斬りに行く海音は、彼の提案を受けてもすぐには動かなかった。

フーに運ばれるままの状態でぼんやりと鯨を見つめ、刀に手をかけてすらいない。


「海音!? ほら、いつもみたいに頼むぞ!!」

「……まぁ、実際に見た方が早いですかね」

「はぁ!? 何が!?」

「いえ、やります」


いつまでも動かない海音を促すと、ようやく彼女は刀を抜く。だが、体勢を整えながら刀を握る姿は、どこか投げやりな雰囲気だった。


"天羽々斬-神逐"


とはいえ、もちろん彼女が手を抜くことはない。

今までの援護とは比べ物にならないほどの威力を秘めた斬撃は、巨大な鯨すら優に超える巨大さだ。


ぐんぐん空を斬り裂いていき、視界に広がるすべての空が真っ二つになったかのような錯覚を覚える。しかし……


"万物を溶かす胃(グラトニー)"


巨大な口を開けていた鯨は、避ける素振りすら見せずに直進し、真っ向から喰らいつく。

天を斬り裂くほどの斬撃は、一口で飲み込まれてしまった。


まさか、あの海音に斬れないものがあるとは……!!

現在の最高火力がこれなら、もう俺達にこの鯨を倒す(すべ)なんか残ってないぞ……!?


あまりのことに呆然としていると、どうやら最初から結果がわかっていた様子の海音は、しれっと説明を始める。

お、落ち着きすぎだばかやろう……


「この通り、標的にされた状態では食べられます。地上なら横に避けて斬りますが、空では無理ですね。動けません」

「ま、マジ……!?」

「はい、無理です」


空を飛ぶ鯨は、海音の斬撃などなかったかのように変わらず俺達に迫ってくる。空での移動手段的に、暴禍の獣(ベヒモス)の時のように的を分散することはできない。


現れた時はかなり離れていたはずの鯨は、もう既に俺達を飲み込もうと空を覆っていた……


「なら、降りろよ馬鹿が……!!」


"アサルトゲイル"


俺が呆然としていると、今まで脱力していたリューが吐き捨てるように呟く。フーは愚直に森の外へと向かっていたが、瞬時に逃げ切るのは不可能だと判断したらしい彼は、強風で全員まとめて森の中へ叩きつけた。


「ぐっ……うぅっ……!!」


鯨の口スレスレを落とされた俺達は、まともに受け身を取ることもできずに地面に叩きつけられる。

さっきまで黒犬の群れがいたはずだが、あまりの量に足跡ではなく抉れた地面が残る地上に……


「許可を出して正解だったわね……お帰りなさい、あなた達。

森に戻ったのなら、獲物に逆戻りね……?」

「くそ、アフィスティアッ……!?」


しかし、鯨から逃れた先は死の森ブロセリアンである。

地面に転がる俺達を睥睨するのは、素早く落下地点の近くへ移動してきていたらしいアフィスティアだった。


彼女は黒犬の群れ――デスマーチの長であるため、すぐさま俺達の周囲は黒犬の濁流に包まれてしまう。

前後左右、どこもかしこも黒犬ばかり。

唯一、木々の上からはこないが……


「ブオオオオオ……!!」

「避けろーッ!!」

「っ……!!」


俺達を追って来たらしい鯨が、最初に現れた時のように森を喰らいながら落下してくる。許可を出したというだけあって仲間同士という訳ではないのか、黒犬ごと地面を喰らい、くり抜いていく。


俺達はどうにか避けられたが、余波だけでも嵐のようだ。

どこまでも、どこまでも……森には底が見えないような深い穴が空いてしまった。


「半端じゃねぇ、死の森……!! これが不可侵である太古の森ミョル=ヴィド……神獣の国アヴァロン……!!」

「ごほっ……!! おい、斬れるやつだろ? ボス犬は……!!」

「はい、すべて斬りますのでお気をつけて」


"我流-霧雨:神逐"


アフィスティアを斬るよう促しながら、海音以外を宙に浮かせるリューを尻目に、1人地上に残った海音は刀を振るう。

目にも止まらない速さで手元を煌めかせ、全方向へ霧のように細かな斬撃を飛ばす。


"尽きぬ食欲は探求へ(グリード)"


しかし、木っ端のように斬れるのはデスマーチのみだ。

そのボスであるアフィスティアは、デスマーチを操って壁を作る、単純な腕力で叩き落とすなどの方法で斬撃を防いでいた。


「あっははは、あなたは特別強いわねぇ!? 1人ならこの森を突破できちゃいそうなくらいに化け物じみてる!! だけど、この量から仲間を庇いながらで、あたしは斬れない……!!」


斬撃を叩き落しながら凶暴に笑うアフィスティアは、徐々に海音との距離を詰めていく。

彼女も鯨と同じく海音の技をものともしないので、あっという間に両者は激突した。


しかも、宙に浮く俺達にも黒犬達は襲いかかってくるので、周りだけを気にしていればいいということもない。


地下から鯨が起こす地震にフラつき、俺達を避けるように放たれる斬撃で空の群れを狩り、その上で地上の群れ、アフィスティアの猛攻を耐えている。

俺達は、完全に足手まといだ……!!


「ヤーマルギーア!! もっとあなたの暴食を見せなさい!!

あたしが全て喰らうために、さらなる混乱を生み出せ!!」


俺達へ差し向ける黒犬、地上を埋め尽くす黒犬、地下からの地震、アフィスティア自身の猛攻。

そのすべてを辛うじて凌ぐ海音に流石に苛立ったのか、アフィスティアはまたも鯨――ヤーマルギーアに呼びかける。


すると、その声で地上の場所を察知したのか、ヤーマルギーアは一気に大地を突き破って顔を出した。

黒犬の群れに、影響を与える形で……!!


「お前ら、突っ込むぞ!!」

「…………」

「向きは?」

「後ろ飛ばして道作りながら、即離脱!!」

「ブオオオオオ……!!」

「横、斬るッ……!!」


"天羽々斬-神逐"


大地から顔を出したヤーマルギーアは、もちろん口を上に向けていた。森の上で海音が言っていた通り、攻撃が通る横側を晒している状態である。


その隙を海音が見逃すはずもなく、彼女は一瞬でデスマーチを消し飛ばすと迷いなくその横腹に斬撃を放った。

しかし、いくら横なら斬れると言っても、ヤーマルギーアはアフィスティアと同格だ。


雨のような血を撒き散らしながらも、完全に斬ることはできずにそのまま空へ飛んでいく。


「ブ、オオオオオ……!?」


しかも、一連の動作で隙を見せたのはヤーマルギーアだけではない。無理やり黒犬の群れに空間を作り、ヤーマルギーアの横腹を斬り裂いた海音にも隙は生まれていた。


この状況が起こるように仕向けた強欲な黒犬のボスは、狙い通りとばかりに海音へ襲いかかっていく。


「はい、喰う♡」

「っ……!!」


ヤーマルギーアを斬るには横からやるしかなかったのだから、海音の選択は間違ってはいなかっただろう。

しかし、それはどうしても隙を見せてしまうため、正解という訳でもない。


アフィスティアに反応しきれなかった海音は、彼女の爪にかかって全身の肉を引き裂かれ、骨を砕かれる。


だが、この場にいる神秘が順々に隙を狙ったように、同時に飛び出した俺達もまたアフィスティアに迫っていた。

ヤーマルギーアの生み出した混乱で犬は途切れ、フー達の風でさらに吹き飛んでいるため防壁もなしだ。


幸運を掴む者(フォルトゥナ)を使うと倒れるくらいの頭痛が始まるけど、一度目はないから全力で……!!


「2発目なら、まだデバフはなしだぜアフィスティアッ!!」

「くっ、ブラックハウンド‥」

「吹き飛んだ犬は、まだ戻らせねぇ……!!」


両側からウィンダール兄妹に支えられた俺は、2人の風のお陰であっという間にアフィスティアの懐へ潜り込む。

彼女は黒犬の群れを呼ぼうとするが、風やヤーマルギーア、自分達の乱れた動きに運悪く阻害された彼らは来られない。


黒犬の濁流が来ないうちに、体勢を崩している海音を左手で回収し、右手で全力の一撃をお見舞する。


"今を保つ剣閃(ヴェルザンディ)"


「ッ……!! 甘いって‥」

「飛べッ!! 即撤退だーッ!!」

「う、おぉぉぉッ……!!」


懐まで潜り込んでも、アフィスティアにはギリギリのところで防御をされてしまう。

だが、移動中からリュー達は俺の体に張り付いているので、少し怯ませ、海音を掴めれば最低限目的達成だ。


突っ込む時に吹き飛ばしていたため背後にも黒犬はおらず、そのまま全力で死の森からの離脱を開始する。


「ッ……!! らぁ!!」

「っし!!」


ヤーマルギーアも負傷、アフィスティアも負傷。

黒犬を操られても届かないようにすぐに高度を上げたため、俺達はどうにか死の森から脱出を成功させた。


……はぁ、頭痛ぇ。


鬼神戦よりも絶望感ある気がする……

これが文章力……?

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