197-アフィスティア
「海音、連撃だ!! 下全部っ……!!」
"我流-霧雨"
群れのボスらしき巨大な黒犬を見つけた俺は、すぐさま海音に指示を出す。ガルズェンスで森林を粉微塵にした連撃を、今すぐに下の獣にお見舞いしろ、と。
すると、海音はいきなり空中に放り出されたというのに完璧な体勢で斬撃を繰り出していく。
目にも止まらない速さで納刀し、一瞬手元を煌めかせたかと思うと、霧と見紛う程の細かな斬撃を地面に叩きつけた。
「ッ……!!」
俺達に向かって伸びていた黒犬達の柱は、海音からしたらいい的だ。声にならない叫び声をあげて、一瞬で崩れ去る。
しかし、折り重なっていたものが群れの全てではない。
今から柱に加わろうとしていたもの、外から飛び込んできていたものなどは斬撃を逃れ、生まれた空洞を埋めるように襲いかかってくる。
とはいえ、それも一瞬で埋まるようなものではなかった。
海音の斬撃は凄まじく、宙を浮く犬たちの間には十分すぎるほどの隙間が生まれている。
それこそ、足場にしても飲み込まれないくらいの隙間だ……!!
「剣先を見ろ、突っ込めーッ!!」
隙間からボスらしき黒犬を見据える俺は、それに剣を向けながら彼らを足場に飛び出す。
多少ブレるが、それでも標的だけは指し続けるように邪魔な黒犬達を突き刺しながら、強襲をかける。
「……!!」
「ふぅーん、あいつがボスかい……!!」
すると、その指示を聞いたリューとフーも風を操って行動を開始した。彼らは俺と違って自由に空を飛べるため、隙間を埋めようと全方向から押し寄せる黒犬の濁流を吹き飛ばしながら俺に続く。
俺は運良いからか、タイミングよく黒犬が隙間を埋めていくため足場が途切れない。
黒犬は全方向から止めどなくやってくるが、リュー達の風の影響もあって道は途絶えず、着実にボスに迫る。
最後の方では若干群れに飲み込まれかけるも、青い光を纏った身体能力で無理やり突き破り、刃をボス犬に……!!
「甘いわ、坊や……1人離れて見てるなら、それは敵の動きを誰よりも見ているってことさね。部下は用意してある」
しかし、俺を目前にしてもボス犬は落ち着き払ったままだ。
今にも斬られそうでありながら落ち着き払ってそう言うと、目線を上にズラした。
つられて俺も見てみると……
「うっふふふふ、貪り食わせな!! あたしはブロセリアンの支配者。強欲なるデスマーチの長、アフィスティアだよ!!」
"尽きぬ食欲は探求へ"
木々の上から、四方から迫っていた黒犬と同じレベルの群れが降ってきていた。それも、明らかに生物とはかけ離れたような動き……空中で自在にしなるような軌道だ。
長剣一本でボス――アフィスティアに迫っていた俺は、運の作用しない黒犬の濁流にみるみる飲み込まれていってしまう。
さらには、足場にしていた黒犬も動きを止めた俺を標的にし、次々に噛み付いてくる始末だ。
いつの間にか海音の斬撃が生んでいた隙間も消え去り、一気に劣勢に立たされる。
「ッ……!? 誰かッ……!!」
「……!!」
"アサルトゲイル"
俺が黒犬の群れに飲み込まれていると、空を飛んでアフィスティア迫っていたリューが俺を助けに入ってくれる。
強風を身に纏って濁流に突撃し、それらを吹き飛ばしながら俺は流れから引っ張り上げられた。
「た、助かった……!!」
「……!!」
俺がお礼を言っても、戦闘中であるためリューは言葉を発せない。もどかしそうに何かを伝えようとしてくるが、俺は何もわからず空を飛ぶしかなかった。
「おい、ボスへの突撃が裏目に出たね!? 下は一面の黒犬、空からも次々降ってくる!! 一旦どっかで落ち着かないと、このまま押し潰されるよ!?」
俺がこのあとどうしようかと考えていると、リューの強風に突っ込んできたフーが怒鳴ってくる。
リューも必死にうなずいているため、どうやら彼が言いたいことを全部言ってくれたようだ。
とはいえ、俺だって当然そのことを考えていたわけで……
焦りほとんど、苛立ち少々の俺は、首元に引っ付いて震えているロロを確認しながら、強めに言葉を返す。
「わかってるよ! けど、まともな地面もなくてどうすんだ!? 俺はお前らに運ばれるままだぞ!?」
「どーにかしろよ!! 指示したのあんただぞ!?」
「だぁ、じゃあとりあえす海音とこ行ってくれ!!
空高く飛べば飲み込まれることねぇだろ!?」
「了解!!」
俺の言葉を聞くと、リューはフーを伴って空高く飛ぶ。
木々の上から降ってきていた黒犬も超えて、海音が暴れているであろう不自然に生まれた空間に向かって突き進む。
だが……
「だから甘いんだって。後手に回ってちゃもうおしまい。
この森を包む死の行進は、確実にあんたらを丸飲みにする」
声につられて振り返ってみれば、そこには黒犬の濁流に乗って迫るアフィスティアの姿が。
鋭い爪を光らせながら、その強靭な腕を振り上げていた。
「っ……!! 避けろリュー!!」
「……!!」
"ハングリーハンド"
リューの抵抗虚しく、彼女の爪はリューの体を食い破る。
強風を引き裂き、腕を引き裂き、たくましい胴体にパックリと穴を開けてしまっていた。
「てんめぇ……!!」
「美味!! だけど、この程度じゃああたしの強欲は満たされない。もっと喰らわせなさい、その肉を……!!」
"サージブリーズ"
"尽きぬ食欲は探求へ"
激高したフーが素早く溜めたそよ風を放出するが、獰猛に笑うアフィスティアは手の動きだけで部下を操り壁にする。
黒い触手の如き犬たちは、身をえぐられながらも完璧に彼女を守り通していた。
しかも、まだ森の上には出ていなかった俺達の上まで登らせていたらしき黒犬たちが、さらに上から押し寄せてくる。
リューは少しずつ落ちていっているし、このままでは飲み込まれること確実だ……!!
「フー、リューを!!
海音、どこにいてもいいから斬れーッ!!」
風を防がれたことを確認した俺は、落ちていくリューを足場に飛びながら指示を出す。溜めたそよ風が防がれたのなら、すぐに次は出せない。
そして、俺達が向かっていたのは黒犬たちが細切れになりながら吹き飛んでいく、不自然な空間だ。
近くに海音はいるはずなので、最早神頼みでもやってもらうしかなかった。
この濁流の主であるアフィスティアを、海音の斬撃と俺の二段構えで撃退する。どちらかだけでも、当てさせる……!!
"天羽々斬"
すると、その願いは受け入れられた。
地上を埋め尽くす黒い海の中から、海音の水刃は放たれる。
またも黒犬の群れを斬り裂き、腐ったような細い木々を斬り裂き、天を斬り裂きながら俺のスレスレを通って、アフィスティアの体に迫っていく。
その斬撃は、黒犬の壁を使うまでもなく彼女に防がれる。
黒犬が間に合わないことに目を見開きながらも、強靭な両腕を叩きつけ、血を吹き出しつつも余力を残した状態で。
しかし、続く俺の斬撃は、固定された今の中で防ぐ手段など存在させなかった。フー達の風で、海音の斬撃で、俺が足場にした犬たちの動きで。
動きを阻害され、届かない濁流を尻目にアフィスティアを全力で斬りつける……!!
"今を保つ剣閃"
「ぐッ……!? なんだい、この状況は……!?」
幸運な剣は、今度こそアフィスティアの体に届いた。
不安定な足場では彼女の巨体を断ち切ることはできなかったが、海音の斬撃での防御で両腕を封じていたため、その胸部をどうにか斬り裂くことに成功する。
思った通りに動けなかったらしいアフィスティアは、自身の血に瞠目しながらも黒犬を操り、俺から距離をとっていった。
「よしっ!! フー、海音のところへ!! 撤退だ!!」
「任せなぁッ……!!」
そんな彼女の様子を確認してから、俺達は撤退を開始する。
リューが倒れている以上、深追いはできない。
そもそも、まだ地上は黒犬で埋め尽くされているし、空からも降ってきているのだ。
部下の黒犬達は大した強さではないとしても、アフィスティアの傷は浅いし、その数を侮って足元を掬われたらおしまいだった。どこから狙わせているか、わかったもんじゃない。
「クロウさん、無事でしたか」
「もちろんだ! 撤退するぞ、空を開け!!」
「承知」
"天羽々斬-神逐"
黒犬を吹き飛ばしながら無理やり合流した海音に指示を出すと、彼女はなだれ込んでくる黒犬ごと天を斬る。
どこまでも、どこまでも伸びる水刃によって、天を真っ二つにして道を開いてしまった。
「ふぅー……仕方ないわね、手を変えましょうか」
「飛べ、フー!!」
「うぉぉりゃぁッ!!」
"そよ風の妖精"
俺達は、怪しく呟くアフィスティアを地上に残して、一気に森を飛び越えることで黒犬の群れから脱出した。