194-扉の外には自由が
外なら何を聞いても殺されないと思われるので、質問を許可された俺は気になったことを全て聞くことにした。
まず、どうでもいいけどどうしても気になってしまうこと。
目の前にいる人物の性別。そして不便だから名前だ。
「性別、ですか? 真っ先に聞くことが、それ?」
最初の質問を口に出すと、目の前の綺麗な人はティーカップから視線を上げて、胡乱げな視線で俺を見つめ始める。
いや、確かに「何だこいつ?」と思われても仕方ないことだと思うけど……
船長さんの前例もあるし、どっちかわからないのは少し居心地が悪いんだよな……
明らかに重要なことじゃないから、答えたくなくても怒らないでほしい。俺は祈るような気持ちで口を開く。
「えと、気になって……」
「……はぁ。……女性、ですけど」
「ほっ……そ、そうなんですね。スッキリしました」
「一応、自己紹介をしておきましょうか? 私はソフィア・フォンテーヌ。円卓の騎士の1人であり、見ての通り女です」
口を挟まずロロと戯れている海音の隣で、俺がホッと胸をなでおろしていると、椅子から立ち上がった女性――ソフィアさんは自己紹介を始める。
前に回した左手を腹部に当て右手は後ろに回した、紳士のような礼をしながらの名乗り。
見ての通りとはどの部分を言っているのやら。
近くで見てみると、上着は多少羽のようにひらひらしていたが、他は顔立ちも髪型も体格も、どちらとも取れるような部分だけだ。船長さんが長髪だった分、余計にわからない。
その上服装も、執事服ではないと思うけど、明らかにきっちりと身なりを整えたパンツスタイル。
身体的特徴がどちらともとれるのだから、見ての通りとまで言うのならもう少しわかりやすくしてほしい。
もちろん何かを強制したりしないが、顔立ち、髪型、体格、服装、仕草、立ち居振る舞いとすべてがどちらとも取れるのに分かれは無理がある。
明らかに偽装しているというか……男装の麗人というやつだ。
しかもソフィアっていうのは、シルがいる国の名前だったはずなんだけどな……
「ソ、ソフィア……? ウィズダム大図書館がある国、叡智の国ソフィアと同じ?」
「そうです。仲間に何か名乗れと言われ、外を出歩くある男に聞いた国の名をもらいました。憧れです」
「な、なるほど……」
「何か文句が?」
「ありません」
俺が食い気味に断言すると、彼女はふっと表情を和らげて笑う。……正直、今から実は男性だと言われても驚かないぞ。
なんか、もう単純にイケメンすぎる。
今まで出会ってきた人達とは大違いだ。
みんな見た目はよかったけど、腹黒そうな科学者、今も迷子してる残念な侍、お祭り騒ぎの鬼とヘンテコばかり。
強いて言うなら、意識不明であまり話せてない影綱だけど……
あの人は苦労人ってイメージが強いんだよな。
ソフィアさんは隙を見せなそうだけど、あの人は疲労でぶっ倒れてそう。
「それで、他には何か?」
「あ、ああ……ここを通る方法とか?」
今はいない人達と目の前の人を比較して、少しぼんやりしていると、また脚を組んで紅茶を楽しみ始めたソフィアさんが次の質問を促してきた。
その声で現実に戻った俺は、まだぼんやりとしたまま、深く考えずに問いをこぼしてしまう。
外で危険はないとしても、絶対に答えてもらえないやつだ。
俺は機嫌を損ねてしまうのではないかと、つい頬を引つらせる。
しかし俺の予想とは裏腹に、テーブルにティーカップを置いたソフィアさんは鼻高々に答え始めた。
イケメンに変わりはないけど、むふーっとして自慢げな表情は少し可愛い。
「ここを通るには、許可が必要です。ガルズェンスに神機、八咫に陰陽道、フラーに魔導書などがあるように、この国にもルーンという神秘を扱う術がありましてね。
それにより封じられたこのノーグは、特定のルーンが刻まれた石を持っていて始めて通り抜けられるのです。
そして、それはその文字を見て真似すればいいという訳ではなく、陰陽道の御札と同じように、術者が特別な細工を施すことでルーンとして機能するのですよ」
ルーンという神秘の石をもらわなければ通れないので、許可を得てそれを受け取る必要がある。
それだけでいいはずなのに、ソフィアさんはルーンという物についても詳しく説明してくれた。
口が軽い……というよりは、実物を知らなければ意味はないし、万が一中に入っても円卓の裁きがあるため、入れても関係ないということなのだろう。
実際、俺はこのことを聞いてもルーンを奪ったりはできず、作れもしない。死の森を越えたとしても、この情報で何かが変わったりはしないだろう。
圧倒的な力があって誰かを問い詰められるのであれば、実物を見る可能性もあると思うけど……
立ち往生している現在は、よりノーグの鉄壁さがわかるだけだ。
「マジで……? じゃあ、ソフィアさんはそれを持ってるってこと? いつの間にか近くに来てたけど」
「その通りです。近くに来たのは別のルーンですけどね」
「それって、貸してもらえたり‥」
「する訳ないでしょう。私が締め出されます」
「ですよねー……」
試しに貸してもらえるか聞いてみても、当然ソフィアさんは間髪入れずに拒否してくる。外にいることでこうして話せているのだから、当たり前だ。入れば豹変して殺される。
というか、1つのルーン石で1人しか入れないんだな……
俺か、ロロか、リューか、フーか、海音。
この中でミョル=ヴィドを生き残れるとしたら海音くらいなんだけど、そしたらルーンを奪えなそうだ。
力加減を間違えて壊すか倒した相手に騙されるかで、絶対に手に入らない。
ノーグルートは完全になしだな。
そしたら、死の森ブロセリアンの攻略になるんだけど……
「なら、死の森の攻略方法とかは?」
「それは話せませんね。というか、ないです。言えるのは、普通の人ではすぐさま食い殺される……ということでしょうか。あなた方でも、ただでは済みませんよ」
「ははっ、可能性はあるって教えてくれてるのか?」
「そんなわけ無いでしょう? なぜ私が侵略者に助言をしないといけないのです。せめて独り言と言いなさい」
「あはは。まぁ、もとから死の森に行くつもりだったから、別にいいけどさ。ありがとう」
普通の人では確実に生きて出られないけど、俺達のような神秘であるならば死に目に合うだけ。
それが助言であるとは認めないが、明らかにソフィアさんは俺達に侵入の可能性を示してくれていた。
それでもたぶん、ミョル=ヴィドで出会ったら本当に殺しにかかるんだろうけど……仕事外であれば、普通に良い人だ。
まぁ、自分で可能性のある道を教えといて、いざ侵入したら殺すというのはかなりヤバいけど、どうせこの助言がなくても行くしな。あまり関係はない。
死にに行くな、もしくは殺されに来るな。
俺としては、警戒を怠ってはいけないが、気を楽に……という風に受け取っておこう。
……うん、とりあえず中では会いたくねぇ。
怖いから、優しいイケメンお姉さんのままでいてくれ。
真面目に仕事で殺しにかかられると、本気で怖いから……
「違うと言っているでしょうに……」
俺のお礼を聞いたソフィアさんは、不満げに口を尖らせているがどこか嬉しそうだ。やっぱり俺の受け取った通りだったようで、この人はただただ優しい人。
警告を無視したら、容赦しないとしても。
「それでいいよ。じゃあ、次。円卓の騎士とは?」
「この神秘の森を支配する組織ですよ。女王、エリザベス・リー・ファシアスのもとで森を管理しています。
同時に、犯罪者や侵入者への裁きも下します」
教えてくれた話にちょいちょい混じっていた単語について聞くと、今度はその役割どころか仕える者の名前まで教えてくれる。
侵入などの罪に関係なければ、彼女はこちらが心配になるくらいに親切だ。まぁ、それはいいとしてアヴァロンの女王の名前、エリザベス・リー・ファシアス……リー?
ローズマリー・リー・フォードと同じ、リー。
そもそも国が違うけど、どんな意味があるんだ……?
「俺の仲間にも同じミドルネームの子がいるんだけど、なんか関係あるのか?」
「リーですか? ……さぁ、私はあまり名前に興味がなかったので、王の名前としか認識していません。他の者も、他人の名前の意味など何千年も覚えていないでしょう。
おそらく本人に聞かなければわかりません」
「そっか……」
もし無事に侵入できて、その女王様に会うことができた時に覚えていれば聞いてみよう。ソフィアさんと同じように、人の名前のことだし忘れてるかもだけど。
「他には何かありますか?」
俺がそのことを心に留めておこうと考えていると、紅茶を飲み終わったソフィアさんが立ち上がりながら聞いてくる。
飲み終わったからというより、話せることはあらかた話せた……ということだろう。
死の森の攻略方法と同じように、ミョル=ヴィド内の地図とか具体的な敵の強さといったものは答えないだろうし。
この国の神秘を使う技術、侵入方法がわかっただけでも十分だ。
リューはまだ倒れているし、フーはその監視をしているし、あとは海音達に何かあるか聞いてみるくらいか……
「俺はないけど……2人は?」
「ないよー」
「ありませんよ、もちろん」
「よし。ありがとうソフィアさん、もう大丈夫だ」
「そうですか。今回は助言しましたが‥」
「あ、認めるんだ」
「……今回は対話に応じましたが、ミョル=ヴィドで会った時は容赦しません。全力で裁きます。大人しく帰ることを願っていますよ。それでは、もう会うことがなければいいですね」
俺が助言という言葉に反応すると、彼女は少し黙ったあとで言い直す。知ってたけどあれは本当に助言で、最後までずっと優しい人だったな……
俺達は、懐に手を入れて最初と同じように消え去る彼女を、静かに見送った。