21-食欲の権化、渇望の狂人
花咲き誇る、恵みの国フラー。
豊かな自然は生命の宝庫。
それは、そんな恵みに誘われた。
……獣が、向かってきていた。
それは、すべての飢えを象徴するモノ。
すべてを喰らう、暴禍の獣。
傲慢にすべてを餌とする。飢餓は憤怒を呼び起こす。
強欲に食を求め続ける。怠惰にただ喰らう。
それは、暴食……
それは、大厄災……
大地を喰らい、進むモノ。
~~~~~~~~~~
地面が抉れる音が聞こえる。木々が倒壊していく。
災害を引き起こしながら現れたそれは、人間……魔人だった。
黒い触手のような物をうねらせており、それに触れたものは消え去っている。
燃えるような赤い髪だが、その印象に反してフラフラと生気なく歩き、目も虚ろ。
体は骨がはっきり分かるほどに痩せていた。
その見た目通りに腹の音を盛大に響かせ、よだれを流し、まっすぐ向かってくる。
それは俺達の目の前に。
「fo^Zq</dをh;<足lue<nqx;ue……飯」
こいつは、エリスとは別の意味で話が通用しない相手だと全員が感じた。
「みんな、出し惜しみはなしで」
「おう」
「うん」
「あいさー」
ヴィニーの言葉に、俺、ローズ、ロロが応じる。
こいつのオーラは、エリス並。大厄災相手に出し惜しみなんて無謀だ。
「うまソウな……肉……ダな」
そう呟くと、それは触手を俺達に向けてきた。
その数は百は余裕で超える数で、まとまりなく俺達に迫る。
「散開!!」
問答無用なのは予想通り。
今回は茨海は発動済みだし、馬車も遠くに移して無辜の鳥籠で守っている。
そのため俺達も、ヴィニーの合図と共に全員がバラバラに離れる。
的を分けた方が安全だろうという作戦。
だが……
「……細かサは……面倒……ダナ」
それがそう呟くと、触手は一気に消える。
俺達は攻撃を消したそれに驚き動きが止まる。
だが、異変はそれだけでなく……
「……」
「アッハハハハハ、久々の殺し合いだねぇ」
……は?
フーがまた、ギラギラと目を輝かせながら笑っている。
リューがまた、無表情に黙りこくって構えている。
……ヴィニーが注意を呼びかけていた時点で、少し変だとは思った。
だけどこれ、まさか戦闘中と普段で性格が入れ替わる感じか?
え、つらい。
「アハッ、あんたとも久々に話すねぇ」
「あ、ああ。そうだな」
「幸運かけて?」
"幸運を運ぶ両翼"
いきなり笑顔で脅され、慌てて全員にかける。
怖え……
「えっと……また無口?」
「……」
ヴィニーもかなり戸惑ってしまっている。
彼を引かせるなんてすげぇよこいつら。
「まぁまぁ。あたしらの事なんてどうでもいいんだよ。
味方なんだから」
「あー‥そ、そうだね」
フーに注意され、俺達は再び前を見据える。
だがそれは、俺達を見ているようには見えなかった。
「飯……」
さっきから呟いている言葉は俺達に発したものではなかったからか、触手を消した後から未だにフラフラとしている。
攻撃をしてくる様子も見られなかった。
「リュー」
「……」
"そよ風の妖精"
"恵みの強風"
それを見たフーが呼びかけ、リューも頷いて応じる。
その瞬間、2人は風を纏い飛んでいく。
リューがフーにもブーストをかけ、2人共高速だ。
2人は一瞬でそれの元まで飛んでいくと、それぞれ大剣、ナイフを振るう。
俺達が苦戦した強力な力。
骨のように細いそれには防げないのでは、俺はそう思った。
だが、それは俺達の誰よりも強力な神秘。
"座して貪る万有引力"
それが口を開き閉じる。
そんな、何かを食べるような仕草をすると、それを中心に辺りのものが吸い込まれていく。
ある一定の距離に入ると、急に消失するのだ。
これにはリューも顔を強張らせる。
「っ……」
「はぁ!? 何だっての!?」
彼らは何とか風の噴射でその範囲を離脱したが、彼らの大剣、ナイフ、そしてその範囲の地面、辺りから引き込まれた木々や岩、全てが消失した。
わずか数秒で、目の前にはクレーターが現れる。
「……フーでもリューでもいいけど、俺らにも風を付けてくれ。無理でも何でもだ」
「そ〜だねぇ……仲間になったからには死なれちゃ困る。
頑張ってみるよ」
「……」
彼らは手をかざす。すると、俺達の周りには風が渦巻く。
彼らほど強くはない気もするが、それでもマシだ。
「今はこれが限界だね」
「オイラはもうかけてるよ」
「助かる」
そんな事をしていたが、それはまだクレーターから出てこない。
さっきも次の行動に移るのが遅かったし、もしかしたら体力がないのか?
「どうしようか?」
今がチャンスとばかりにヴィニーが聞いてくる。
と言われても……
「近づいたら喰われちまうからねぇ……」
「やっぱりあれは食べてるの?」
「ああ。近くで見たけど〜あれは口を動かしてたよ。
空間と連動してんのかは分からないけど〜胃には入ってるんじゃない?」
無くなった地面も全部食ってんのか?
どんな胃をしてんだ……
「じゃあもしかして、今動かないのは消化とかかな?」
「さ〜てね。見に行こうか?」
「オイラあんなのの傷、治せないよ?」
「当たらなきゃいいんじゃん?」
ロロが心配そうにそう言うが、フーはそれを軽く一蹴する。
そして彼女は、再びクレーターに飛んでいった。
今回は1人なのでゆっくりだ。
だとしても無謀すぎる……
俺達が見守る中、彼女はクレーターの上に。
その瞬間。
"尽きぬ食欲は探求へ"
空を切り、再び触手が伸びてくる。
それはフーには当たらなかったが、すれすれのところを掠めていく。
「うっわ」
フーは体勢を崩すが、落ちたりする事はなくそのまま戻ってくる。
見たところ怪我もしていない。
「なにあれ!! 隙がないにも程がある!!」
彼女は戻ってくるなり、顔を真っ赤にし俺達にしても無駄な講義をし始めた。
確かにその気持ちは分かる。
今回とはメンバーが違うが、エリスもどうしょうもなかったし……
ヴィンダールとロロがいたら少しは変わったか?
そう思って俺達は2回目だとぼやくと、フーはどうでも良さげに返事を返してきた。
思ったより冷静だな。
「そーかい。で、あいつはまだ口を動かしてたから消化説はあるねぇ」
「……もしかして、私が茨を送り込み続けたら動かない?」
「お嬢、それは負担が……」
「そうだよ。あたしらの風も飲み込まれてるんだから、あたしらも出来る」
少しずつ話が進むが、俺、ヴィニー、ロロは無力だ。
「ロロ、無力って辛いな……」
「そーだね……」
ロロもしゅんとしている。
撃退できるならそれはいい事だけど、やっぱり力になれないのは辛い。
そんなことをしているうちに、話は決まったようだ。
ローズは茨を一塊にクレーターに動かし、リューは風を送り込む。そしてフーは、安定の風の爆弾だ。
「ていうか、リューがその技した方が強いんじゃね?」
俺は、そよ風が無理をしてまでやるよりいいんじゃないかと素朴な疑問を口にする。
すると、フーは思いもよらない答えを返す。
「リューは多分出来ないよ」
「え? 何で?」
「だってあいつの風、強いじゃん。循環させるの無理っしょ?」
「そう……なのか?」
さも当然のように言うが、普通に強風じゃあ循環に勝てないのか……?
俺が考え込んでいると、ヴィニーも気にしていたようで感心したように言う。
「へー‥強い力は強い力で大変なんだねぇ」
「アッハハ、あんた人間だもんねー」
「魔人でも俺は弱ぇ‥ヴィニー、あいつ飛ばしたら修行付けてくれ」
「いいよ、俺もヴァン戦では苦い思いをしたから」
「あいつはしょうがなくね?」
俺達はすぐに解決方法が見つかって、気が緩んでいたんだろう。
だがあれはエリスと同じ、どうしようもなさを見せていた。
その時点で油断などしていいはずが無かったのだ……
遠距離型の呪いを送り込み、フーが力を貯め始めて数分が経った。
俺達はあれから注意を逸らした訳では無い。
だが、確かに気は緩んでいた。
そんな中、その衝撃はやって来た。
"飢餓という不幸を呪う"
突然、それがいたクレーターを中心に大地が崩れ始める。
風が吹き出す、茨が地を割る、木々が辺りに突き刺さる、岩が地を砕く。
どうやら、今まで喰ったものの一部を吐き出したようだった。
そして触手に持ち上げられたそれの両手足には、炎が赤々と燃えている。
「アア……アアア……飢餓、全てヲ喰らう。だが味ハ……肉ヲ。
肉を喰わ……セロ」
それは、遂に俺達を喰いたいと宣言した。
今までよりはっきりと分かる、獲物を見る目だ。
「くそっ、これはまた時間稼いでくしかないか?」
「アハッ、じゃああたしは回避に専念するから護衛ヨロ〜」
「うん。私が守るよ」
効果があるかは分からないが、今はフーの貯めるそよ風が頼りだ。
ローズも守りに入ってしまうと不安しかないけど……
「なら俺達はあいつの意識を引こう」
「そうだね。じゃあロロはお嬢のそばにいてね」
「あいさー……」
布陣を変え、ローズ、フー、ロロが後ろで逃げに徹して最大火力での攻撃を狙う。
俺、ヴィニー、リューが前衛であいつの気を引く。
前衛3人中2人が、実質無能力者なのは如何なものか……
茨は後ろに集まり、前には移動の補助用に少し残るだけ。
地面はいたる所が歪み進みづらい。
そんな中を俺達は駆ける。
「リューは真ん中でお願いね」
「……」
触手が近づくと、ヴィニーが指示を出し始めた。
それに対しての返事は無いが、リューはかすかに頷き真ん中を走っていく。
「俺は?」
「右かな」
「……了解」
俺はあれから見て左、一番安全かもってか……
絶対に強くなってやる。
俺達は、恐らくその全てが口なのであろう触手を掻い潜る。
歪んだ大地にそれは、かなりの重労働。
だがそれに加えて今回は、いたる所に捕食空間が発生したり、炎が辺りを破壊しながら吹き出していたりする。
捕食空間は、さっきクレーターを作ったものがより小規模だが不規則に多数現れている感じだ。
前触れすらなく現れるので、反射で避けないといけない。
炎は……何故か手足で燃えているものかな?
正直よく分からない。
それは大地を破壊していて、災害と言ってもいいようなものだが、俺達は思ったよりすんなりと接近する。
大変だが、触手はヴァンも似たような技を使ってきたしそう難しくはなかった。
捕食空間は3人共に勘でだが……一応近付けはした。
俺も少しは強くなっているからな。
だが問題は……
――シュオォォ……!!
再び展開されている、それを包む大規模な捕食空間。
範囲を見誤ると、消える。
一定距離から近づけない。
それは触手にも辺りの小規模な空間にも言えるのだが、ヴィニーの剣でも、リューの風でも触れられない。
俺達が出来るのは、近場でひたすら避け続ける事だけ。
囮になれているか不安になったが、それでも一応俺達を標的にしているようなので問題はない。
「クロウは体力問題ない?」
「一応な」
リューは風もあるし、そもそも呼吸が乱れていないので大丈夫そうだ。
気を引き始めて1、2分。
触手をよけ、捕食空間を避け、炎を避け、と多少慣れてきた時、それはさらに攻撃を強めてきた。
「貧弱ナ……獲物のくせニ……抗う……カ」
それがそう呟くと、圧が増す。
なにかされた訳では無いが、俺達の動きが鈍り、ヴィニーなんかは触手に右腕を少し喰われてしまった。
「ヴィニー!!」
「っ、問題ない。クロウこそあれから気を逸らしちゃいけない!!」
触手が勢いを増す。
捕食空間がより巨大に、より多くなる。
大地を割る炎は勢いを増し、さらに木々や岩も下から突き出してくる。
それらに削られた大地が次々に陥没していく。
それにより、辺りはもう既に河原のようにゴツゴツしているし、喰われた空間は重力場を生み俺達を引き寄せている。
立っている事すら困難になっていた。
「これっ……俺達には無理……」
「リュー風強められねぇか?」
「……ああ」
うおっ、無口の時に初めて声聞いた……
すると前触れもなく、俺達の周りを微弱に取り巻いていた風が、脚に集中した。
それはまるで風のブーツのようで、少し力をかけるだけで段違いなスピードで動けるようになった上に、数秒ならば空も飛べる。
すごすぎる。最初からやってほしかった気もするが……
その風のお陰で、俺達は天変地異のような空間を何とか避け続ける。
だが死にものぐるいで転がり回っているのですぐに潰れそうだ。
その限界はすぐに。
ちらりと視界の端で、ヴィニーが脇腹を喰われてしまったのが見える。
どうやらリューも肩をバックリやられて吹き飛ばされたようだ。
そして俺も、目の前に空間が……
足から突っ込む形になってしまっている、
これは……
死を覚悟した瞬間。
ピィー‥‥
今まで沈黙していたチルが鳴く。
すると、岩石がその間に突き出して足場が出来た。
「がっ」
それはあいつの攻撃ではあるが、マシな部類。やはり幸運だ。
だが無事ではいられず、一応勢いは止まったが嫌な音を響かせ吹き飛んだ。
「はぁ……はぁ……」
動けない……
他の2人ももう、ほとんど動いていないようだ。
もう稼げないが、時間は足りたか……?
「囮、ありがとさ〜ん」
そんな軽い声が聞こえたのでちらりと見ると、フーが茨に運ばれてやってきた。
その手の中にはいつも通り、風の爆弾。
ギリギリだな……
「……飯?」
「こいつを喰らって、吹っ飛びな」
"サージブリーズ"
俺の時より弱まっているが、この場で出せる最大火力。
風の奔流が、飢えた獣に向かって迸る。
だが……
「風ハ……腹に……貯まんネェ……」
全てがそれの空間に飲み込まれていた。
少しの揺らぎもなく立ち続け、まるで気にしていない。
これは……終わったか?
いや……まだだ。
「ローズ!! あれの下をくり抜け!!」
「分かった」
「リュー!! 無理にでも動いて、くり抜いた地面ごと浮かせろ!!」
リューに意識があるのかは分からないままそう言うと、下から風が吹いてくる。
返事はないが、意識はあったらしい。
「豪気だねぇ‥」
「お前も出力上げろ!!」
フーにも発破をかける。
俺に出来る事はもうねぇけど……
ローズの茨が伸びていく。
「この茨は食べさせないよ!!」
(この力は私の呪縛。だけど……得た以上は従ってもらう!!)
"赤茨鎖錠"
その茨は獣を囲うように、格子状に大地を突く。
すんなりとはいかずとも、確実にくり抜く。
「サラダ……カ?」
それは茨に触手を伸ばすが……
"風天牙"
下から形を持った強風が地面を持ち上げる。
リューが制御出来る最大限の力。
くり抜かれた大地を下から押し上げる、風の牙。
「ほーれ、吹っ飛べぇ!!」
倒せない敵は、まともに戦わなければいい。
フーのサージブリーズはあれ自体には効かなかったが、あれを乗せた岩を吹き飛ばした。
ぐぎゅるるる……
あれが最後に残した腹の音が聞こえなくなった後、俺達は一気に脱力する。
「ハァハァ……」
「はぁ‥お疲れ様……」
リューとヴィニーは気絶。フーも地面に付しており、平気そうなのはローズとロロだけだ。
「悪い、俺達全員を運んでくれないか?」
「もちろん。ロロちゃんも念動力で手伝ってね」
「あいさー!!治癒力上昇も全力でかけるよ!!」
「ありがとな」
ロロは補助で明確な役割がある。
俺も出来る事を増やさねぇと……
ローズとロロに後を任せた後、俺も意識を手放す。
段々と暗くなっていく視界の中俺が最後に見たのは、どこかで見たようなガレキの山だった。
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