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化心  作者: 榛原朔
間章
227/432

間話-星の追憶

星は覚えている。生命が生まれた瞬間も、彼らが幾度も絶滅を繰り返してきたことも、科学文明の発展も、その滅びも。


天を裂いた光も、それによってもたらされた神秘も。

だが、科学文明が滅びる前後に限れば、星以外にも観測者は存在した。


人類を守り、維持する守護者となったアークレイ、彼と決別し、雪山で科学の灯を残し続けたマキナ・サベタルなど、その文明の滅びから生き続ける世代。


彼らは極小数ではあるが、たしかに存在したのだ。

それももちろん、北方や西方のみではない。


大陸の南方は滅び、東方では勇士達が散っていったが、大陸から出て南東……八咫と呼ばれる島では、今も生き残りが存在した。


彼女は、現人神たるアークレイよろしく神として人里に。

また彼は、彼女に敗れた鬼神(きじん)の生き残りとして今にも大陸へと渡ろうとしている……




「兵どもが夢の跡……勇士は眠り……想いは呪いと転身す……

彼女もこの島に来たのですね……お別れは、言えなかったようですが」


美桜に見逃された後、闇に紛れて1人密かに沿海部へとやって来ていた道真は、小舟を準備しながらポツリとつぶやく。

見上げるのは愛宕の上に輝く夜空だ。


「先の見えない戦いでした。勝ち目のない戦いでした。

それでも……我らは人の世のために戦った。

……どこで、間違えてしまったのでしょう。あれと戦えた我ら自身も脅威であると、気がつけなかったこと?

鬼と人に対立する余裕を与えてしまったこと?

鬼の王を好きにさせていたこと?」


彼はかつての戦いを思い、今は亡き友を思い、戦友を思い、もはや相容れない神を思いながら、それを眺め続ける。


しかし、その間も舟の準備は着々と進む。

やがて準備を終えると、彼はすぐにローブを外し、島から遠ざかり始めた。


「人は鬼を畏れ、鬼は人を怨み、呪いは1人に降り注ぐ。

エリス……いつかまた会えた時、また私達は共に戦えるのでしょうか?」


鬼人は波に揺られながら、過去に思いを馳せる。

ゆらゆらと、ゆらゆらと。

揺蕩うように朧気な過去へ、どこまでも沈んでいく。




~~~~~~~~~~




数千年前、八咫の特定厄災区域にて。

戦場に張られた救護テント内では、全身を濡らす血を拭き取りながら呻く大嶽丸と、彼の硬質化した肌の状態を確認している道真がいた。


「いっててて……!!」

「大丈夫ですか? 大嶽丸」

「大丈夫なわけ、ねぇだろうが! 踏み潰されたんだぞ!?」

「しかしあなたは不死身だ。すぐに治るでしょう」

「そうだ!! もちろん治る!! でも痛ぇんだ馬鹿野郎!!」


検査をしながらも、全く心配していない様子の道真に対して、大嶽丸は食い気味に怒鳴り返す。不死身とはいえ、痛みがない訳では無いというのであれば当然だろう。


おまけにここにいるのは彼ら2人だけ。

より具体的に言えば、この特定厄災区域で百の手と戦っている鬼人は、彼ら2人だけだ。


そのため、彼らは他の誰よりおも互いを理解し合っており、どちらの物言いにも遠慮がなかった。

パパっと血を拭き取った大嶽丸は、その巨体を拭くだけあって同じく巨大なタオルを道真に投げつける。


だが、相手は粗暴な大嶽丸をよく知る道真だ。

未来予知でもしたかのように軽々と避けてしまい、タオルはテントの入り口に向かって飛ぶ。


しかも、タイミング開いてしまったことで、ちょうどひょっこり顔をのぞかせた人物に覆いかぶさってしまった。


「ハロぶッ……!!」


それを見た大嶽丸は、驚いて声もなく固まる。

しかし道真は避けただけなので、数秒ほど見つめると素知らぬ顔で注意を促し始めた。


「危ないですよ、鈴鹿御前」

「そういうことは、先に言うものだよ道真」

「お互い様でしょ‥」

「で、何の用だよ?」

「気が短いなぁキミは。この前、大陸から勇士たちが来ただろう? 踏み潰されても無事だったキミを見て、話してみたくなったんだってさ。どう? 話す?」


それが鈴鹿御前だと気がつくと、すぐに硬直から解放された大嶽丸は、タオルを放り投げてジト目で道真を見ている彼女にダルそうに問いかける。


彼はテントに人が入ってきたことや、タオルがぶつかったことには驚いたが、元々血だらけの鈴鹿御前に罪悪感はないらしい。


彼女の質問に道真と顔を見合わせると、頷き合ってから躊躇いなく否定の言葉を言い放つ。


「別に話すことねぇ‥」

「そうですね。話してみま‥」

「うぉい!? さっきのわかってます感なんだよ!?」


だが、直前に頷き合っていたのはなんだったのか、道真が口にした言葉は彼とは真逆の了承だった。

それを聞いた彼は、否定を塗り替えるように了承した道真の声をかき消す勢いでツッコミを入れる。


間近にいる道真は、あまりの大音量に耳を抑えて不快そうだ。しかし、テントの入り口にいた鈴鹿御前はそこまででもなかったようで、気にせず話を進めていく。


「ということで、会いに来た聖人のエリーゼちゃんさ」


大嶽丸が道真に噛み付いている間に消えた彼女は、今度は1人の女の子の両肩を掴んでテントの入り口に現れる。


派手さはないが、どこかお嬢様然として大切にされていそうな少女は、鈴鹿御前に促されると緊張した面持ちでお辞儀をしてから話し始めた。


「ちゃんと話すのは初めてですよね……? 私は、エリーゼと申します。チームではヒーラーを任されており、大嶽丸様の不死性を調べさせていただきたく参りました」

「あぁ?」

「ひっ……」

「悪ぃ、脅かすつもりはなかった。あー……調べるのは別に構わねぇ。何か得られるとは思わねぇけどな。それより……」


ただの返事のつもりがエリーゼを怯えさせてしまい、大嶽丸はわずかに怯む。すぐさま謝って承諾すると、勝手に椅子に座っている鈴鹿御前に向けた。


「テメェも血だらけになってんのなら、ちったぁ気にしろや鈴鹿ァ!! 汚さねぇ配慮もなしに汚ぇな!!」


そう叫ぶ大嶽丸の下には、すぐに洗えるタオルが敷かれている。椅子ではそうもいかないので、潔癖ではなくとも文句を言いたくなるだろう。


しかし、当の鈴鹿御前は不思議そうに首を傾げるだけだ。

どうやら本気で何を気にしているのかわかっていないようで、配慮をするどころかパタパタ手足を動かして血を撒き散らしていく。


「戦ってれば体なんてどうせまた汚れるだろう? 椅子だってすぐに壊れるじゃないか。短期間汚れてるくらいなにさ」

「短期間ってなぁ何十年だ!? 正しい形での人の神獣だか知らねぇが、精神性変わんのが早ぇんだよ!!」


自分達のテントを汚されている大嶽丸は、もちろん怒鳴る。

多少自身の力に慣れてきたとはいえ、まだ彼はある程度人を保っているのだ。


神人(しんじん)という、自分達よりも人とかけ離れたものと同じ視点には立っていない彼は、鈴鹿御前との言い争いを始めてしまう。


「自分だって拷問してた子たちを皆殺しにしてきたくせに、どの口が人間性を説くんだい? そんなことは、道徳を学び直してから言うんだね、殺戮者くん?」

「あいつらは、自業自得だ……!! あん時カッとなってたのは認めるがよぉ、だから今、他の人間を信じて化け物と戦ってんだろうが!! テメェの同族とよッ!!」

「ほほう? 我とあの人間憎悪者を同じと言うんだ?

キミもそう変わらない存在のくせに、いい度胸だね……?」


お互いの地雷を踏んでいる彼らの言い争いは、次第に白熱していく。最初はただ血を拭き取れというだけの話が、お互いの存在を否定し合うような殺し合いに。


今にもそれぞれの刀を抜きそうになっている横では、道真がエリーゼに危険を知らせていた。


「エリーゼ嬢、少々天候が荒れてまいりました。

一旦ご自分のテントに戻られてはいかがでしょう?」

「え……? は、はい。危なそう……です、ね?」

「はい。とても危険なので、また後で伺います。

大嶽丸の神秘の研究、百の手を退ける方法の模索、大陸の大厄災への対策……色々と必要ですから」

「ありがとうございます! それでは、失礼します!」


大嶽丸と鈴鹿御前の喧嘩が過激になっていく中、道真の協力を得ることができ、挨拶を終えたエリーゼがテントから避難を開始する。


危うくなってきた時点で警告を受けていたため、脱出は危なげなく完了だ。彼女が去った後、道真が封じ込めたこの場には、大嶽丸の嵐と鈴鹿御前の光が荒れ狂っていた。




~~~~~~~~~~




鬼神大戦が集結した後。

橘獅童を失い、氷室影綱が倒れ、嵯峨雷閃・天坂海音が不在である八咫では、卜部美桜のワンマン体制が敷かれていた。


その仕事内容は、普段から行っていたことに加えて鬼人達の教育、組織への振り分け、人と鬼人の衝突の仲介、その他諸々の管理など様々だ。


前体制で既に幕府はギリギリだったというのに、今までサボっていた分を償っているように1人であり、美桜は一息つく暇すら得られないだろう。


しかし、長がいなくなった3つの部署には、獅童、美桜、海音よりも仕事をしていた人物たちがいる。

その人物たちというのは、もちろん各部署の副長、次官たち――侍所副長・松陽、政所次官・雫、問注所次官・胡蝶だ。


休日どころか休憩すらろくにとれない美桜は、クロウ達が出発したあと、どうにか彼らに仕事を任せることで崑崙の屋敷を訪れていた。




「たっだいま〜」


晴雲が使っていた崑崙の屋敷だが、元々は美桜の物であり、彼には一時貸していただけにすぎない。

そのため、久々に休暇を取って崑崙に登ってきた美桜は、誰に断ることもなく屋敷に足を踏み入れた。


「もう少し警戒したらどうだ? 美桜殿」


美桜が玄関から中に入ると、直前まで乗っていた白虎が人型になりながら声をかけてくる。

彼は美桜に真面目と呼ばれている通り、ウキウキで入っていく彼女を見て心配になったらしくへの字口で困り顔だ。


しかし、ウキウキで屋敷に入っていくだけあって、美桜の返事はそっけない。完全に意識が屋敷に向かっているようで、足を止めないまま適当に返していた。


「え〜、別にいいんじゃな〜い? ここに残っているのは、もうあの男だけでしょ〜?」

「あれもあれで、かなりの人でなしなのだがな……」


警告を無視してみるみる奥へ行ってしまう美桜を見て、白虎はため息をつきながらも、諦めたように後ろに続く。

彼女に警戒させるのは無理だと悟って、自分がどうにかしようとでも考えているらしい。


視線を忙しなく動かしながら、急いで美桜の隣に並ぶ。

だが、美桜が警戒の必要がないと判断したのならば、それはほとんどの場合本当に必要がないということである。


彼らは特に何かの妨害や襲撃などを受けることなく、目的地である書庫に辿り着いた。


「ほら〜」

「わかっているとも。別に危ないとは言っていないだろう?

多少はそういう意識を持っておくべきだと‥」

「はいは〜い。わかったから開けなさ〜い」

「……了解した」


扉の前でしたり顔をする美桜に、白虎は不満げに反論する。

しかし、それを遮るように命令されてしまった彼は、渋々黙ると書庫の扉を開けた。


すると目の前に広がったのは……


「おやおやおや。卜部美桜ではないですか。

ここを訪れるのは一体いつぶりか……まぁ、晴雲が去ったのであれば来るだろう、とは思っていましたがねぇ」


ウィズダム大図書館ほどではないが、優に50畳は超えていそうな規模を誇る書庫。そして、なぜか扉の目の前で紅茶を楽しんでいるスーツ姿の紳士だった。


美桜は彼が待ち構えていることを予期していたのか、驚いた様子はない。面倒くさそうにその紳士を見やると、彼に向かい合うようにテーブルについて口を開く。


「はいはい、こんにちは〜アルタイル。あなたはどちらにも手を貸す晴雲と違って、本当に中立だったわね〜。

どちらにも手を貸さない、どっちつかずではない傍観者」

「ふっふふふ。面倒事は御免ですよ。せっかく誰にもバレずに潜めているのですから、私はとことんサボります!」

「私にはバレてるわ〜」

「借りてますからね」


白虎が背後で待機している中、美桜はアルタイルに勧められた紅茶やクッキーを手に会話を続ける。


美桜と同じようにサボりを公言するアルタイルだが、必要があれば出てくる彼女とは違って、彼は完全に傍観者だ。

どこにも出ていかなければ、助言や協力も一切しない。


美桜のサボりと晴雲の中立。これの質の悪い部分を凝縮して足して、2で割らなかったような男がこの紳士である。


普段からサボろうとする美桜も、これには苛立ちを隠すことができず、唇を曲げながら嫌味を口にした。


「なのに、私達を見殺しにできるのね〜」

「もちろんです。私には関係ありませんから」

「借りてるのに?」

「借りてるからなんです? あなたが死ねばここは晴れて私の物だ。生きていれば、このように労いましょう。

ここの管理もしていますし、十分では?」


だが、どれだけ悲惨な状況でも中立を貫き、一切手を貸すことのないアルタイルだ。

もちろん美桜の嫌味など、気にも留めない。


それどころか、むしろ手を出さない方が利益があると、腹黒い一面を見せる始末である。

どこまでも自分勝手で、無敵の人であった。


後ろで聞く白虎も我慢の限界であることを察した美桜は、彼の協力を諦めて席を立つ。


「はいはい。もうあなたには何も求めないわ〜。

質問もまともに答えなそうだしね〜」

「ふっふふふ。私に何を聞きたいと言うのです。ここには様々な記録があるのですから、ご自分で調べるがよろしい」

「わかってます〜。最初から期待なんてしてないわ〜。

少なくとも邪魔はしないだろうし、勝手にします〜」


美桜の予想通り、アルタイルは質問すら書物で十分だと跳ね除ける。もはや彼の役割は、ここを使わせることで保全することくらいだ。


紅茶を飲みながらひらひらと手を振るアルタイルを尻目に、彼女は白虎と共に書物を漁り始めた。



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