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化心  作者: 榛原朔
間章
223/432

間話-水辺に桜の花落ちる

数十年前。鬼に村を滅ぼされた幼子は、生まれながらに人の形をとれたことで恐れられた鳴神紫苑に拾われ、鬼人の大火によって人への恐怖をなくした酒呑童子に育てられた。


鬼から外れた鬼に拾われ、人を受け入れた鬼に育てられたのである。しかし、彼女はずっと羅刹にある酒呑童子の小屋で暮らしていたわけではない。


紫苑に影響を受けたことで、度々人里に降りては恐怖され、神奈備の森を彷徨っては逃げられていた。


それは、彼女が人でありながら鬼と共にいるからこその恐怖であり、彼女の人並み外れた力への恐怖でもある。

だが、その人並み外れた力というのも、聖人にとってはそう驚く対象でもない。


かつてたまたま山奥の森で彼女に出会った橘獅童は、森を斬って歩いていく少女に瞠目しながらも、至って普通に話しかけたのだった。




「おい、そこの小娘!!」

「……わたし? なに?」


森を更地にしながら歩く海音を見つけてあ然としながらも、至って普通に獅童が呼びかけると、彼女は気づかずに数歩進んだあと、怪訝そうに振り返る。


森を斬り開いている少女というのは明らかに異常なのだが、彼女自身はなんとも思っていないらしい。

なぜ呼び止められたのか、不思議で仕方がないといった表情だ。


「くく……ぶわっはっは!! 中々に豪快な娘じゃなぁ!!

貴様がここらの村人に噂されとる小娘じゃろう!?

山を斬って回る、人の形をした化け物がいるとなぁ!!

名は何という?」

「海音。だけど、わたしは化け物じゃない」


獅童がそんな海音の様子に吹き出しながら聞くと、彼女は不服そうに顔をしかめながら答える。

自身の異常性を理解していないらしい彼女なので、化け物という言い草はかなり不本意なようだった。


「おう、わかってらぁ!! (オレ)も似たようなもんじゃからなぁ。立ち位置こそ違うが、まぁ気持ちはわかる。じゃが、理解されるまでは致し方なしよ!! 諦めろい!!」

「にてる?」

「ほれ」


しかし、獅童の似ているという言葉を聞くと、彼女は瞬く間に不思議そうな表情になる。

さらには、獅童が腰から刀を抜き、一振りで山を数百メートル焼き斬ると、最初とは打って変わって目を輝かせ始めた。


「すごい! どうやってそんなに強い炎を出したの!?

母さんもすっごい水を出せるけど、わたしはまだ出せないんだ! 聞いても教えてくれないし……おじさん、教えて?」

「ぶわっはっは!! ……これは人から外れた結果よ。そう羨むものでも……あるがな!! まぁ目指すものではないわい!!」

「ぶぅ……」

「そんなことより、貴様。ずっと森で生きるつもりか?

森にいるままじゃあ化け物という認識は変わらんし、世界も広がらん。もったいないことじゃと思うぞ」


飛びついてきていた海音を引き剥がしながら獅童がそう言うと、彼女は首根っこを掴まれたまま首を傾げる。


「さっきも言ってた、理かい? わたしはあんまり人に会わないし、関係ないと思うけど……

世界が広がらない……外って、面白いの?」


どうやら彼女は、獅童が見せた炎に興味を惹かれ、さらには彼が急に真面目な口振りになったことで否応なしに考えさせられたようだ。


つまみ上げられた体をぷらぷら揺らしながらも、真剣な表情で問いかけている。

すると獅童も、ニカッと笑いながら口を開いた。


「もちろんじゃとも!! この森の外には街がある!!

街の外には島がある!! 島の外には大陸がある!!

世界は広く、見える景色は千差万別!! 一箇所に閉じこもり続けるなんざ、もったいないわい!!」

「ふーん……」

「まぁ、貴様の生き方、貴様の母の生き方を否定ばせんがな!! じゃが、せめて一度見てから決めてはどうじゃ?

少なくとも、鬼の子だぁなんだと町民が騒ぐのは互いに面倒じゃろ? 一度人里に降りれば、俗世を離れた仙人的な認識くらいにはなるじゃろうよ!!」

「いいかも。母さんが許してくれたら、行ってみようかな」


地面に降ろされながら獅童の熱弁を聞いた海音は、わくわくと表情を輝かせる。親に許可がもらえたら、ということではあるが、かなり乗り気になっているようだ。


それを聞いた獅童も、満足そうにうなずきながら豪快に笑う。


「ぶわっはっは!! いい返事じゃ!!

貴様には才能があるようじゃし、幕府へ来るといい!!

腹黒狸や団子屋、自由な外国人共が去ったせいで、今うちは人手不足でな!! 地位を譲ってサボり始めたバカや仕事を増やすバカもおるし、手伝ってくれると助かるわい!!」

「わかった」

「ついでに名字をやろう。かつて滅びた日本という国には、頼光四天王という強者がおったそうな。どういう因果か、綱、卜部と集まって残るは一枠。坂田金時だけじゃ。

人の身でありながら天すら屈服させかねない力に、坂の字をとって天坂。貴様はこれより、天坂海音と名乗るがよい」

「おっけー、わかった。じゃ、またね」

「おう。待っておるから、必ず来るんじゃぞ!!」

「はいはーい。ばいばーい」


天坂海音は適当に返事をしながらも、これからの生活に心躍らせて駆けていく。


そして獅童もまた、サボり始めた者の代わり、放浪している自分の代わりに仕事をしてくれる次の者を見つけ、胸を躍らせながら下山した。




~~~~~~~~~~




「こら〜! 海音ちゃ〜ん!?」


愛宕の都、幕府の御所。

魔獣から人々を守り、国を回している組織の中枢では、1人の少女に振り回される女性の声が響き渡っていた。


その声に呼び止められているのは、淡い泡のような柄の和服を着たパッと見10歳少しくらいの少女――海音だ。

海音は美桜に叱られると、真っ二つになった壁から顔を覗かせている彼女と目を合わせて首を傾げる。


「え、なに?」

「何じゃありません〜!! 建物を斬って外出ちゃだめだって何度も言ったでしょ〜!? ちゃんと扉を使いなさ〜い!!」

「……扉。でも壁の方が速いよ? あとで直せばいいじゃん」

「手間がかかるでしょう〜!?

なんのための扉だと思っているのよ〜!!」

「出入り口。だけど、ここは広いから」

「どんな広さでも一緒よおバカ〜!! おバ海音ちゃん!!」


一応は立ち止まった海音だったが、それはただ呼び止められたから止まったというだけで、特に反省している訳ではないようだ。


すべての言い訳を言い返されてしまうも、まったくなんとも思っていなさそうな顔で美桜の小言を聞いている。

それどころか、室内から彼女達を眺めて陰口を叩いている侍達に目を向けていた。


「はぁ……やっぱり鬼の子は鬼の子だな」

「ああ、野蛮にも程がある」

「いずれは問注所長官になるらしいですが、ちょんとした立ち振る舞いができるのでしょうか……?」

「私は無理だと思うわ。だってそのうち森に帰るんでしょう? ちゃんとする必要がないもの」

「……」


美桜は説教に忙しく、周りの視線には気がついていない。

そもそも、愛宕幕府の元執権であり現政所長官である彼女は、普段から人の目に晒されていて無頓着だ。


しばらくしてようやく海音が話を聞いていないことに気がつくと、むっとした表情で問い詰め始める。


「ちゃんと聞いてるの〜、海音ちゃん?」

「……」


海音が意識を向けているのは、人里に下りてから何度も聞かされてきた言葉だ。しかし、叱られている最中ということもあってか、彼女はいつになく真剣に聞き、考えていた。


それこそ、いくら美桜が声をかけてきても。

説教から心配に移行した美桜は、徐々に顔の前で手を振ったりし始めるが、海音は思考を続ける。


「海音ちゃ〜ん!?」

「……聞いてますよ、美桜さん」


そしてたっぷり10分以上経った頃、ようやく美桜に視線を戻した海音は反応を見せる。

これまでのような年相応の言葉遣いではなく、周りで陰口を叩いている侍達の一部を真似た言葉遣いで。


あまりに唐突な変わり様に、説教をしていた美桜もタジタジだ。


「え……!? きゅ、急にどうしたの〜……? いつもみたいに、美桜お姉ちゃんって呼んでいいんだよ〜……?」

「いえ、少し反省したんです。私は多分、このような在り方は変えられませんから、せめて言葉遣いはしっかりしないといけないな……と」

「ちょ、ちょっと待って! あなたはもう神秘になっていたはずよね? そんなふうに心を定めちゃったら‥」

「っ……!?」


大人びた表情で宣言した海音の様子を見ると、美桜は慌てて静止しようとする。

だが、美桜の静止は間に合わず、次の瞬間には海音の全身を淡い光が包み込む。


すべての光が消えた時、そこにいたのは美桜の背を超えて、凛とした表情をしている大人の女性だった。


何故か服もそれに合わせて変化しているため、本来ならば足りなくなるはずだった丈も、キツかったであろう胸部もぴったりだ。急に成長した海音は、戸惑いながら自分の体を見やってつぶやく。


「これは……」

「はぁ〜……神秘に寿命はないから、基本的に見た目が変わることもない。だけど、精神に引っ張られれば老いることも若返ることも可能なのよ〜。……あなたは大人になったわね」

「服も成長するのですか?」

「ある程度は融通が効きますよ〜。獅童なんて、山を燃やす規模の炎を出すんだし今更でしょ〜?」

「そうですね」

「それで、あなたは何を望むの?」


自身に起こった変化をあっという間に受け入れた海音に、少し寂しそうな表情をした美桜が問いかけた。


強い願いにより聖人となった彼女に迷いはない。

美桜の目を上から見つめる海音は、凛とした表情で答えを口にする。


「私は、どこでも母さんと共に生きられる世界がほしい」


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