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化心  作者: 榛原朔
間章
222/432

間話-彼らは互いに互いを恐れ

神奈備の森。多くの獣が住まう星の外殻。

ここは神獣や聖獣、魔獣や鬼人の領域だが、人間が入れない場所だった訳では無い。


度が過ぎれば天迦久神(アメノカクノカミ)に殺されるが、ただ歩くだけなら多邇具久命(タニグクノミコト)と談笑できる可能性もあるし、多少の狩りなら野生の生き方だ。

どんな獣も、生存競争にならなければ手は出さないだろう。


しかし、それでもやはり森は獣の領域であることに変わりはない。森に入った狩人は、いついかなる時もこのような場面に出くわすことに可能性があるだろう……




神奈備の森の、そこまで深くもないが浅くもない辺り。

間違っても羅刹には足を踏み入れない辺りを、狩人はその日も歩いていた。


まだ日は足元をよく照らす。木漏れ日が眩しく、パキパキと鳴る小枝の音が心地よい。彼は警戒を緩めた訳ではないが、穏やかな空気に目を閉じ、気が散漫になっていた。


しかし、だからこそ。

少し離れた位置で鳴った音をばっちりも耳が捉えた時、意思に反して過剰な行動を取ってしまう。


「ッ……!?」


彼が音のした方向に素早く弓を向けると、そこにいたのは1人の幼い異形。頭には小さな一本の角があり、ギザギザの歯や毛むくじゃらの手足はまさしく鬼人だった。


「えっと、こんにちは……」


まだ幼いため上手く人の形をとれず、弱いため硬質化した肌ではなく獣的な姿をした彼は、鬼の里では珍しい人の姿に面食らうものの、おどおどと歩み寄ってくる。


彼は弓を向けられているが、驚かせただけで攻撃されることはないとでも思っているようだ。

狩人と違って、威嚇する様子も見せていなかった。


だが、狩人にとってはそうはいかない。

ここは森で、彼は鬼人だ。さっきまで気が緩んでいたこともあり、決して近づけてはならないと威嚇射撃をしてしまう。


「く、来るなッ……!!」

「ギャッ……!!」


放たれた矢は、木陰から出てきていた鬼人の子をばっちりと捉える。短く悲鳴をあげた少年は、血を滴らせながら逃げ去っていった。


「あ……」


相手がまだ幼かったと思い返した狩人は、我に返ってすぐに焦ったような声を漏らし、顔を歪める。


「……でも、仕方ねぇよな。鬼は、怖いんだ」


しかし、すぐに無表情になると、自分を守るようにつぶやいて彼とは反対方向へと去っていった。




~~~~~~~~~~




大人の狩人と同じように、人間の子どもはしばしば森を訪れる。それは小動物と戯れるためだったり、多邇具久命に会うためだったりと理由は様々だ。


だが、ここは人の手が加えられていない森の中。

羅刹の奥にある、鬼の里のすぐそばである……




「おーい、そっちに行ったぞー!」

「おう、まっかせとけ!」


野山を駆ける数人の子ども達は、ちょうちょやリスなどを追って進んでいく。風が頬をくすぐり、小鳥たちの鳴く音色が聞こえている現在は、絶好の外遊び日和だ。

しかし、もちろんここは人の領域ではない。


多邇具久命などの優しい神獣や小動物のような危険のない獣も多く、妖怪と呼ばれるようなものは昼間に姿を現すことは少ないが、それでも。

鬼人は狩人と同じように、狩りをしていることも多いのだ。


「あぁん……?」

「ひっ……!! お、鬼……!?」


刀を腰に差して歩いていた鬼人が、ひょっこり藪の中から姿を現すと、小鳥を追っていた子ども達は恐怖に顔を歪ませながらピタリと静止した。


同じように動きを止めていた鬼人は、彼らの周りを見回して大人が近くにいないことを確認すると、ニタリと不気味に笑ってみせる。


「なんだぁガキ共。森の奥に入っちゃあいけねぇって、ママに教わんなかったのかぁ? おっかない鬼に食われちまうってよぉ」

「あ、あ……!!」

「おいなんとか言えよ、オラァ!?」

「ひっ……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!!」


鬼人が凄んで見せると、咄嗟に逃げ出すことのできなかった子ども達はしゃがみこんで口々に謝り始める。

彼らは普通の生物で、鬼人は神秘だ。


たとえ逃げてもすぐに追いつかれてしまうだろう。

既に対面してしまっている現在、彼らにできることはほとんどないと言えた。


「別に俺ぁ好き好んで人間なんか食わねぇし、魔獣も飢えねぇやつが多いけどよぉ。こぉんな柔らかそうな肉見せられたら、食っちまいたくなるよなぁ?」

「ひっ……!!」

「ガキの頃人間にやられたように、この刀でてめぇらの腕ぇちょん切ってよぉ!!」


獰猛に牙を見せる鬼人は、腰を抜かした子ども達の足元を刀で穿つ。誰も斬られてはいない。

だがその鬼人の言葉も相まって、自分のすぐそばの地面が深く抉られる様は、彼らの想像を膨らませるのに十分だった。


「ぎゃーッ!!」


不可能でも逃げなければ。

このまま鬼人のそばにいたら、手足を斬られて生きたまた食べられる。そのような思いに駆られた少年少女達は、脇目も振らずに逃げ出した。


「おらおら、ちっぽけな人間共!! 辺境に追いやった化け物に追われて、無様に尻振って逃げてみせろよ!!」


それを追う鬼人は、子ども達の恐怖を楽しむように、幼い頃の恨みを晴らすかのようにいたぶって走る。

最後まで足掻けるように足は狙わず、手や背中を浅く斬りながら。




「まぁ、ガキならこんなもんか。けど、侍は……」


1人だけ食らい、残りを見逃した鬼人は、暗くなってきた空を見上げながらポツリと呟く。

幼い頃に受けた傷に触れながら、見かければ襲いかかってくる強者を思い浮かべながら。




~~~~~~~~~~




森は獣の領域だが、人が入れない訳では無い。

同じように、村は人の領域だが、鬼人が入れない訳ではなかった。


数十年ぶりに人里に降りてきた鬼の若者達は、これから襲う予定の村を眺めながら言葉を交わす。


「おい、準備は整ったか?」

「ああ。村にいる大人の数は把握済みで、今は侍もいない。

武器は……なくても俺らなら問題ねぇしな」

「とはいえ、もちろん刀は揃ってる。いつでも行けるぜ」

「おし。じゃあ行くぞてめぇら!!」

「おうッ!!」


暗闇に紛れていた鬼たちは、全員の息を合わせると明かりの残る村へと駆け出していく。

これより行われるのは、神秘による生物の蹂躙だ。




「子ども達を逃がせッ‥」

「逃がすわけねーだろ」

「ぐあッ……!!」

「おい、そっちにガキが逃げたぞ」

「おー任せろ」

「いやぁぁっ……!?」


立ち塞がる大人達を斬り殺し、鬼人は村を闊歩する。

辺りに漂うのは濃密な血の香り。大地に積み重なるのは赤く彩られた人間の大人だ。


逃された子ども達も、すぐに回り込まれて手足を斬られて倒れてしまう。彼らと同じように暗闇に紛れて逃げた者もいるだろうが、ほとんどは彼らに斬られて倒れていた。


「酒呑童子様の言う通り、やっぱ人間って脆いもんだな」

「侍は強ぇけどな。それも全員じゃねぇけど」

「ああ、ガキの頃はわかんなかったことだ。どっちにしろ、追い立てられたことに変わりはねぇし嫌いだけどよ」


彼らは赤い人の山を眺めて笑い合う。

かつて追われた幼い頃とは、力関係が逆転していることに奇妙な感慨を覚えながら。




~~~~~~~~~~




鬼人が人里に現れるのは、何も襲撃の時だけではない。

森の奥にある里に籠もっているだけでは息が詰まるから、里から出て狩りをするも魔獣に返り討ちにされたから、人の生活を見たいから。


もちろん頻繁に起こることではないが、数年に一度、数十年に一度、数百年に一度、人里近くに彼らは現れる。

数百年前のとある日にもまた、彼らに人の恐怖が襲いかかっていた。




「くっそ、だいだらぼっちの野郎……!! 鵺狩りでちょっとやり過ぎだからって、山で挟んでくるとか正気かよ!!」


片足が潰れた1人の鬼人は、苛立たしげにぼやきながら道を進む。潰れていない方の足も血だらけのため、這うようにゆっくりとだが、すぐに戻れない鬼の里ではなく人里方面へ。


ひとまず傷を癒そうと、休める場所を探していた。

しかし、人里には入らなくても、普段この道を使っているのは人間達だ。


同じ道を使えば、否応なしに彼らに見つかってしまう。

彼が這って進むこと数分後。目の前には武装した人間の男達が現れ、道を塞いでいた。


「っ……!! なんだよ、てめぇら……!!」


足の潰れた鬼人は、大人であることからある程度は自身の神秘を制御し、人に近い形を取れる。

だが、特に力のある者でなければ完璧にとはいかず、彼も頭には角があり、ところどころに硬質化した肌が覗いていた。


毎日見るような存在ではないとはいえ、ここまでわかりやすければ人々も彼が何なのかを察することができる。

どこか怯えを滲ませる表情で鬼人を囲む彼らは、各々武器を構えながら相談を始めた。


「これがそうか……鬼人らしき生物が道を這っている、と……

たしかに鬼人のようだな」

「ああ、何しに来たのか知らねぇが、ほっとくと危ねぇ」


彼らの相談内容は、もちろんこの鬼人をどうするかというものだ。見つかったのが鬼人だと確定したこともあり、彼らは満場一致で危険だと判断した。


そして、まだ動かせそうであった腕で暴れられないよう、刀で斬りつけ始める。


「グ、アアアッ……!!」


力いっぱい斬りつけられた鬼人は、痛みを堪えるように小さく叫ぶ。硬質化した部分は一部であるが、それでも神秘である彼はそう簡単には傷つけられないらしい。


中途半端に斬られた肌の表面は、何度も斬られてズタズタになっていた。すると、そんな鬼人の様子を見て、彼を囲む人々も殺すことはできないと作業を中断する。


「やっぱ硬ぇ……流石に殺せそうにないし、暴れなくなったら森に置いてこようぜ」

「待て、それじゃ恨まれて報復に来るぞ」

「じゃあどうする?」

「やはり、幕府に引き渡すか……」

「そうだな。そうしよう」


再び相談した結果、彼らはさらに弱らせてから鬼人を幕府へ連れて行くことに決める。

最初から足が潰れていた鬼人は、ほとんど抵抗することもできずに連行されてしまった。




普通の人間に鬼人は殺せないから、幕府へと連れて行く。

それは彼らにとって当たり前の考え方だろう。

しかし、連行するには時間がかかる上に、人里を見ているのは今回のような鬼人だけではない。


鬼の子の様子を見に来る者、鬼の異端者の様子を見に来る者、そもそも人里に紛れ込んでいる者、おかしな動きがないか監視している者。

表には出てこないだけで、様々な鬼人が愛宕にはいた。


そして同胞が殺されかけているとなれば、妖鬼族のリーダー格である彼は、迷わず人々を殺戮するだろう……


「鬼人が現れたと連絡を受けて来てみれば、まさかあなたが先に来ていたとは……相変わらず速いですね、茨木童子」


真っ赤に染まった街の中。人々の叫び声が響き渡る中。

数人の躯を前に立つ鬼人と対面した侍は、鋭い視線を彼に注ぐ。


血を滴らせた大剣を片手にしている鬼人は、そんな彼を見ても変わらず無表情だが、少し不機嫌そうに言葉を返す。


「ふん。相変わらずよく会うな、氷室影綱。

まぁ、影と霧だ。速いのはお互い様だろうが」

「……はぁ。人を殺したのであれば、容赦はできません。

今日こそあなたを逃さない。確実に殺しましょう」

「できるものならなッ……!!」


鬼人を助けるために人々を殺した茨木童子と、殺された人々を成仏させるために刀を抜く氷室影綱は、どうしようもなく集団に縛られながら激突した。


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