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化心  作者: 榛原朔
間章
221/432

間話-蜘蛛の神獣と人の神獣

鬼人は生まれながらに神秘である。

ほとんどの者に寿命がなく、強大な身体能力を操ることができる。


とはいえ、それは獣としての神秘であるため、毛むくじゃらであったり鱗のような硬質化した肌であったりと、その姿は異形と呼ばれるようなものだ。


人は彼らの姿に、普通の生命を超えた強さに、否応なく恐怖を抱くだろう。しかし、鬼人からしたらその姿こそが正常だった。


成長することで自身の神秘を制御し、人の形を取ることができるようになるとは言っても、もし生まれながらに人の形を取ることができるような者がいれば、その者こそ恐怖の対象になってしまう。


もちろんそのような者は、妖鬼族数千年の歴史の中でもほぼいないと言えるほどに希少ではあるが。

現代で人間愛好家になっている彼も、人里に下りた原因はそういったものだった……




「うん? なんだい、あんた?」

「……」


適当に暇をつぶすべく森を歩いていた蜘蛛の神獣――土蜘蛛は、大きな木の根元にうずくまっている少年を見つけて声をかける。


見た感じ、10歳にも満たないくらいの人の子だ。

彼は喧嘩でもしてきたのか、ボロボロで血に汚れたTシャツを涙で濡らしていた。


だが、誰かに慰められるようなことは望んでいないらしく、土蜘蛛が何度か話しかけても、近づいて肩を叩いてみても、まったく反応はない。


「あー……隣座るよ? 危なくないよう、見ててやるから。

好きなだけ泣きな」


しばらく様子を見ていた土蜘蛛だったが、いくらちょっかいをかけても彼は身動き一つとらなかったため、諦めて隣に座ることにする。すると……


「泣いてねぇよっ! 目から塩水が出てるだけだっ!」


ずっと顔を伏せていた少年は、彼女の泣いているという言葉に反応して勢いよく顔を上げる。

ようやく土蜘蛛と目を合わせた少年の目は、当然涙で濡れて赤くなっていた。


だというのに泣いていないと言い張る少年に、土蜘蛛は笑いを堪えられない。くしゃくしゃと彼の頭を撫でると、軽い調子でたしなめ始める。


「ぷっ、それを泣いてるって言うんだろ?

あんたは泣いてんだよ。認めて全部吐き出しな」

「泣くってのは弱いやつのすることだ!

おれは強いせいで一人なんだから、これは泣いてねぇ!」

「……うん? あんた、もしかして鬼人かい? 森でわかりにくいこともあるけど、随分と上手く制御できたもんだねぇ」


しかし、少年はそれでも泣いていないと言い張り続ける。

それと同時に、感情が荒ぶったことで少年の周囲に紫電が弾け、土蜘蛛は彼の正体に勘づいてしまう。


「っ……!!」

「待ちな、あたしも人じゃないから。

ほら、マントを脱げばよくわかっちまう」


わずかに怯えた様子を見せた少年だったが、土蜘蛛がマントを脱ぎ捨てると意表を突かれたように目を丸くする。

彼女の背中で羽のように広がっている仁王襷の影には、いつくもの蜘蛛の脚が生えていた。


少年は角1つない完全な人の形を取っているが、土蜘蛛は鬼人が角を生やしているのと同じように、脚を生やしたままだ。

彼よりも断然異形である。


「……あしだ」

「脚だねぇ。別にこれも隠そうと思えば隠せるよ。ほれ」

「わぁ! 消えた消えた! な、おれも」


土蜘蛛が背中から脚を消すと、少年はそれを真似するように額に角を生やす。自分だって完璧に自身の神秘を制御できるものなのだと、目の前の女性に主張するように。


生えた角はまだ子どもであるため小さいが、立派な鬼人の証である。土蜘蛛はようやく笑顔を見せた少年に笑いかけると、再び背中から脚を生やして問いかけた。


「あんたはあたしが怖いかい?」

「ううん。おれとおんなじだから、怖くねぇ」

「だろ? あんたは、他の子どもとは少しだけ見える景色が違うだけさね。そのうち周りもそれに追いつくよ」

「そっか……じゃーいいや! おれ、里に帰るよ!」

「あ、いやちょっと待ちな」


少年が涙を拭き取り、元気に立ち上がると、土蜘蛛は少し申し訳無さそうにしながら呼び止める。


素直に振り返った少年は、晴れやかな気分だったところを止められて、心底不思議そうだ。

そんな少年に向かって、土蜘蛛は言葉を続けた。


「確かに、いずれ周りも追いついてくるだろうさ。

けど、それはいずれだ。今じゃない。嫌なことと向き合えることはすごいけど、逃げちゃだめな訳じゃあないんだよ。

泣くほど悲しかったなら、逃げることは弱さじゃない。

潔く里から離れるべきだと、あたしは思うね」

「でも、おれは里以外にい場所はねぇんだ。里でもみんなになぐられるけど、人の町にいったら刀を向けられる」

「助けてくれる大人はいないのかい?

たとえば、長老から他の大人を庇うような人は」


人里よりは自分の里がマシだと、最初は怪訝な表情をしていた少年だったが、やけに具体的な頼れる大人像に考え込むと、すぐに思い当たる人がいたようで顔を上げた。


助けてくれるのかについてはまだ少し疑わしげではあるが、当てはまるのはこの人しかいないとばかりに、彼は元気よく返答する。


「……もしかして、酒呑童子さまのこと言ってんの?

あの人は、おれにもやさしーぜ!

おれにもというか、じじー共以外の全員にやさしー!」

「話してみな。里から出たいって」

「そーする! ありがとなー、姐さん!」

「おう、また会うまで元気にしてな!」

「わかったー、じゃーなー!」


土蜘蛛からの助言を聞いた少年は、里から出られるかもとの希望を持って、すぐさま元気に走り出す。

そんな少年を見送る土蜘蛛は、彼の姿が見えなくなるまでいつまでもさっぱりとした笑顔で手を振り続けていた。




~~~~~~~~~~




里に帰った少年は、土蜘蛛がくれた助言の通りに酒呑童子へ助けを求めた。その結果、本当に里を出て暮らすことが実現できていたのだが……


「これ、雷小僧! あんた何しとるん!?」

「へー? 山行ってくるー!」

「壁突き破っていったらあかん言うたやろ!?

ちょ、待ちぃ! いくら鬼人や言うても、流石に毎日壊して行かへんてぇ……はぁ、またうちがこれ直すんかぁ……

むちゃだるいわぁ……」


毎日のように壁を突き破って遊びに行く少年に、酒呑童子が悲鳴を上げる。もはや恒例となったやり取りだ。

しかしもちろん、少年がそれを気にすることはない。


酒呑童子の懐の深さに救われているところではあるが、彼は何も気にせず森へ遊びに行き、彼女はぶつくさ文句を言いながらもテキパキと小屋を直すのだった。




「鹿焼き、(いぬ)焼き、蛙焼きー♪

いつか勝ちたい森の王ー♪」


酒呑童子の悲痛な叫びを背に森へと入った少年は、自分ではまるで相手にならない、神名備の森を統べるモノ達のことを考えながらこの地を歩く。


口ずさんでいる歌は、彼が暴れるたびに出てくる天迦久神(アメノカクノカミ)に聞かれたらキレられ、この国にいればどこからでも現れる多邇具久命(タニグクノミコト)に聞かれたらおもちゃにされること間違いなしだ。


だが、彼はそんなことをまったく気にすることなく森を闊歩し、瞬く間に目的地へ到着した。

そこで待っていたのは、彼の相談役もといお目付け役である土蜘蛛だ。


彼女は少年がやってきたのを見ると、寄りかかっていた倒木越しに振り返って声をかけてくる。


「おう、少年。今日も来たかい」

「来たぜー、つっちー! 今日は熊狩りでもするかー?」

「んー……あんたが腹減ってんなら付き合うよ」

「おれは腹減らねーよー。でも、食いたいから食うー」

「そうかい。じゃあ探しに行こうか。

ここはあたしがいたから獣が逃げちまってる」

「おー」


少年の提案を土蜘蛛が承諾し、立ち上がると、彼は歩き始めた土蜘蛛の後ろを嬉々としてついていく。

この森では彼女の方が格上であるため、彼女についていけばそれだけ面白いことが待っているのだ。


普段は対等に接してはいるが、こういう時につい従者のようになってしまうのは、冒険心をくすぐられた少年にとっては致し方ないことだった。


もっともこの森に限らず、鬼の里であれ人の街であれ、どんな場所でも彼女の方が全てにおいて上回っているのだが。

彼らは土蜘蛛の指揮のもと、獲物を探して森をさまよい始めた。




「ほぇー……こりゃ見事なもんだね」

「つっちー、なんだあれ!?」


しばらくして彼らが見つけたのは、巨大な猪に向けて細い雷が降り注いでいる光景だった。いくら細いとはいえ雷は雷。

普通の獣である猪は、数えきれない程の雷に全身を穿たれ、肉を焼かれていく。


そして、雷に焼かれる猪の少し手前には、片手を空に掲げて立っている少年がいた。鬼人の少年に聞かれた土蜘蛛も目線で示した通り、どうやら彼がこの雷を起こしているようだ。


「おれくらいの年の……人間だよな?」

「ただし、聖人だねぇ。天然モノのあたしらよりも強いかもよ。見たところ、敵意はなさそうだけど……」


猪が息絶え、雷が収まって巻き込まれる心配がなくなったことを確認すると、彼らは聖人に近づいていく。


少年は手ぶら、土蜘蛛は金棒を持っているが、戦闘は避けたいのだろう。接近しながらも警戒を緩めることはない。

ゆっくりと歩を進め、彼らに気がついた聖人と対面する。


「……こんにちはー。鬼人と魔獣……いや、敵意はないみたいだし、神獣かなぁ? はじめましてー」

「あっはは、よかった。やっぱあんたも敵意はないんだね、こんにちは。あたしは土蜘蛛。こいつにはつっちーって呼ばれてる。それでこいつは……おい、あんたも名前ないんだよね? なんて名乗るんだい?」

「あー……紫とか雷とかでいんじゃねー? それか、異端者」

「そりゃあ名前じゃないよ。もっと普通の‥」

「じゃあ(なる)って呼ぶよ。僕は嵯峨雷閃だから、2人で雷鳴ね。よろしくー」


土蜘蛛が若い聖人――雷閃と挨拶を交わしていると、名乗る段階で少年に名前がないことが問題になる。

だが、雷閃があっという間にあだ名をつけたことで、その問題も解消した。


あまりの適応能力の高さに土蜘蛛は苦笑するが、自分も土蜘蛛という神獣の名前をつっちーというあだ名にされているため、そのまま話を進めていく。


「うん、よろしく。それで、雷閃。

あんたはここで何やってたんだい?」

「実は僕、迷子になってしまってね。ここがどこかわからないけど、とりあえず何か食べて考えよーって猪狩りを」

「あっはっは!! お前迷子なのかよー!!」

「ちょっ‥」

「そうだよー、獅童さんと修行していたはずなんだけれど、気がついたら森の奥でぽつんと1人さ」

「あっはっはっは……!!」

「あは〜」


雷閃が迷子であると聞き、少年は1人で大笑いし始める。

土蜘蛛は軽く慌てるが、笑われている本人である雷閃も特に不快には思っていないらしく、一緒に笑い始める始末だ。


「雷閃から目を離すんじゃないよ、少年!」

「任せとけー!」

「よろしくー、鳴ちゃん」


しばらく共に笑い合っていた彼らは、暇を持て余した土蜘蛛が切り株に座っているのを放置して、2人で走ってどこかへ行ってしまう。


競争するように突っ走っていくかと思えば、唐突に立ち止まって力比べをするように時々拳を打ち合わせたりしながら、どこまでも。


それを見守る土蜘蛛は、ぼんやりと彼らを見つめながらあくびを噛み殺していた。


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