20-幸せとはありふれた日常
俺が応接室を出て待合室で待っていると、案外すぐにローズは出てきた。
短過ぎないか? と思ったが、そんな数分の間に彼女は悩みをかなり解消できたようだ。
初めてあった時程ではないが、かなり明るい表情になっている。
まさかリューのわがままが、こんな結果を呼ぶとは……
来てよかった。
チルにも後で感謝を伝えよう。
「気持ちは楽になったみたいだな」
「うん、綺麗サッパリとはいかないけどね」
彼女はそう言いながらも口元をほころばせている。
「それでもよかったよ。ずっと黙ってられると困るからな」
「ごめんごめん。でもこれからは大丈夫」
うん、本当によかった。ローズが暗いと調子狂うからな。
彼女の足取りは軽く、石畳にリズムよく足音が響く。
「あっ、ちょっと顔を隠せるもの買ってくるから待ってて」
少し進むと、ローズは服屋があるのを見つけて小走りに走っていった。
返事をする前に行ってしまって、速……と思っていたら、戻ってくるのもすぐだった。
「お待たせ」
「ん」
彼女が羽織っていたのは、赤いマント。
フードも被っていたが、逆に目立たないか?
顔が隠れればいいならいいけど。
「ところであの二人は?」
「あー‥リューは病院出た瞬間に飛んでった。ヴィニーは情報収集だとよ」
リューはマジで自由人だ。
あっはっは、と大笑いしながら馬車まで飛び去っていく彼を見送るのはそれなりに苦痛だった。
それ以外も色々と振り回されたし、戻ったらどついてやる。
ヴィニーは……隙がないな。
「そっか。……ここには幸運で来ることになったんだよね?
私の以外にも何かあるかな?」
他に幸運で選んだのって……ディーテだけのはずだよな……?
すると、リューを回復させることで、次の脅威に備える的な感じか……?
……え? つら。
「それ、もしあったらエリスみたいなパターンだよな?
想像もしたくない」
「あはは、ヴィニーが何か持ち帰ってたら要警戒という事で」
「笑えねぇよ」
今ならあの時より戦力上がったし……誘導されたみたいでくやしいけど、確かに全員万全だ。
けど、それでもエリスみたいなのに勝てる気はしないし、絶対回避したい。
俺とローズがそんな会話をしながら馬車に向かっていると……
「へいらっしゃい、薬膳スープだよ!!」
と、そんな声が聞こえた。
右の小道の先から聞こえたので見てみると、出店か何かがあるようだ。
薬膳スープ……初めての響き。
「なぁ今の聞こえた?」
「うん、薬膳スープだってね。行きたいの?」
「ああ、かなり興味を引かれた。出店なら時間もかからないし行かないか?」
そう聞くと少し考え込むような仕草を見せたが、今の彼女は最初のように陽気だ。
すぐに、行こうと答えてくれたので2人で寄り道を。
小道を抜けた先にあったのは、出店が軒を連ねるエリア。
さっき聞いた薬膳スープのように、薬膳〜のような物や健康に良さげな物が多い。
「……この町は健康食品が売りなのか?」
「ここは薬草で有名な町だよ。
食べ物はヒュギエイアさんがいるから余計にそっち方向に進んだのかも」
不味い事はない……か?
一応匂いも見た目も美味そうだが、こう薬になる物ばかりだと何となく変な気分だ。
……取り敢えずは薬膳スープかな。
俺達は今も辺りに呼びかけているエトノスという店に近づく。
出店なだけあって、種類は少なめで3つだけだ。
具材が無いように見えるスープ、コンソート。
意外にも肉がゴロゴロと入っているスープ、ダギンバクテー。
白身魚と引くほどの野菜が入っているスープ、ヌイレジェ。
容器は使い捨てのカップだが、かなり大きい。
飲もうと思えばすべて飲めなくもないけど、他も試してみたいから全部はやめといた方が良さげだな……
「うーん……多いね。3つ買ってはんぶんこする?」
「え、いいのか? 飲めて2つだと思ってたから助かる」
「あはは、私は1つ位しか飲めなそうだからお互い様だよ。
他も回るでしょ?」
「もちろん」
俺達はスープを全種一杯ずつ買い、半分ずつ飲むという方法ですべて飲むことに成功した。
感想はどれも至高の逸品だった、だ。
コンソートは他のと比べて深みが段違い。
全身に巡るようで、具材がないくせにすべての味を兼ね備えているようだった。
ダギンバクテーは当然重量感。
もはや肉料理だろという程のゴツさで、本当に健康にいい食べ物なのかと疑いたくなるようなスープだった。
そしてヌイレジェは優しい味。
甘くさっぱりとした味で、俺達は2人共これを最後に飲んだ。
……もしかして、この3品で完結しているのか?
もう何も入る気がしない。
やはりヒュギエイアのいる町の薬膳だけあって、味もすごいし十分すぎるほどの満腹感だ。
特に腹に貯まったのはダギンバクテーだが、味の満足感が一番高かったのはコンソートかな。
あれは何度でも食べたくなるくらい美味い。
スープなので持ち帰りができないのが残念だ。
「すごい美味しいね!! どれもメインディッシュ並みのスープだよ!!」
「ああ、これは絶対また飲みたい。固形物ならお土産にしてたんだけどな」
「ほんとにね」
俺達はしみじみとスープの美味さに浸った……
いや、ローズは騒いでいたが。
しばらくそれを噛み締めた後、俺達はこれ以上は食べないほうがいいと思い、馬車へ向かう事にした。
だが魅力的な物が多く我慢できなかったので、その途中で持ち帰りが出来る物をいくつか買ってしまった……
~~~~~~~~~~
「お嬢、以外と遅かったですね」
俺達が馬車に着くと、ヴィニーがそう声をかけてくる。
そうでもない気がするけどな……と時間を確認してみると、20分近く経っていた。
座って飲んでたし、お土産も見てたから思っていたより時間がかかっていたようだ。
ヴィニーは話していただけだと思っているだろうし、そうだとしたら確かに遅い。
「実は出店をちょっと見てたんだ。ほらお土産。スパイスとか色々とすごいらしいよ」
「……大丈夫なんですか?」
「ほらマント」
ヴィニーはやっぱり心配している。
事情をよく知らないのに出店に行ってしまったけど、やめといた方が良かったかな?
少し不安になりながらそのやり取りを見ていると、リューがお土産に釣られてきた。
彼は空をくるくると回って嬉しげだ。
まだフーに飛ばしてもらってんのか?
「お土産? いいねぇ〜」
「お前の分はないぞ」
「はぁ〜!? 何だそれ!?」
「取り敢えずどつかせろ。話はそれからな?」
「あ〜? 喧嘩? 喧嘩すんの?」
リューはそう言うと、宙を浮かびながらシャドーボクシングをしてくる。
俺も喧嘩腰だったけど、リューはもっと直接的だ。
……と言っても、一応こいつの分も買ってはいるけどな。
でも何なら他のみんなで分けてやる。
「うるせー。さっさと行くぞ」
「あっ1ついい?」
リューと言い合いをしていると、ヴィニーが声をかけてくる。何か収穫でもあったか?
表情的にはあまり良くない話のようだけど……
「何だ?」
「うん。さっき聞いてきたんだけどね。
西の方の天気が荒れているっていうから天候注意と、あと……どうやらヤバいやつが近くにいるらしい」
「ヤバい? ……やっぱエリスみたいなやつ?」
ちょうどローズと話していたことだったので、意識する前にポロッとそんな言葉が漏れる。
だが、ヴィニーは肯定もせず思案顔だ。
「それがよく分からないんだよね……恐ろしい獣だって言ってたけど」
じゃあ魔獣か?
エリスレベルの魔獣とか、もっと手に負えなそうだ
まぁどちらにしても警戒はしないとだな。
それを聞いて、ロロに頼むかな……と考えていると、リューが俺達の間にふわふわと割って入ってきた。
……目障りなんだけど。
「じゃあ俺が索敵してやるからお土産くれ」
「俺としては、ロロが感知してくれる事を期待してたんだけど……クロウ?」
リューの言葉にヴィニーも困惑気味だ。
何故か俺に意見を求められたけど……俺はちょっと嫌だな。
こいつに出来るのか不安だし……
そう思って疑わしげな視線だけ向けると、リューは派手に抗議の声をあげた。
「え、おいくれよ」
あ、索敵するのは決まってんのね……
それを聞くと、俺はつい脱力しながら答える。
「はぁ……何事もなければな」
「よっしゃあ」
まあいいや。
こいつに索敵が出来るのかは疑問だが、してくれるってんならしてもらおう。
今度は俺達の馬車が先頭になって、フォミュルを出発した。
~~~~~~~~~~
それから数十分間が経ったが、その獣とやらはすがたを見せなかった。
現在いるのは、小山の間の少し開けた地。
「反応な〜し」
そして今回は御者席の隣にリューがいる。
どうやら風の当たる感覚で大まかな観測をしているようだ。
精度がかなり不安だ。
やっぱりロロの方が良かったんじゃねぇかな……
「信用していいのか?」
「あったりまえよ。聖人舐めんなって」
「そうかよ」
一応聞いて見ると、リューは自信たっぷりにそう言い切る。
軽いし……
けどまあ、何も起こらないって言うならそれが一番だ。
無駄に緊張しても仕方ないので、不安を押しのけて操縦に専念する。
だが、丁度その瞬間何かを感じ取ったらしい。
突然リューは表情を引き締めて、何か感じると言い出した。
「ん? 反応漏れしてたか?」
「いや、急激に接近してきてる」
「……ロロ、お前はどうだ?」
「うん、何か来てるっぽい」
念の為後ろに声をかけると、ロロもそう判断する。
ロロもそう言うなら確かだろう。
迎え撃たないと。
俺達は馬車を止め、何かが来るという方向に顔を向けた。
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