190-ケジメをつけるための旅立ち
鬼神達との死闘があった夜から、俺が目覚めた日から、数ヶ月が経った。
俺達の現在地は、未だに八咫である。
もはや道すがら立ち寄ったというよりは、引っ越してきたと言える程の期間だ。俺の村の次に馴染んでいると思う。
あーいや、村には俺以外誰もいなかったし、あそこに馴染むも何もないけども。……うん、そう考えるのであれば、もはや海音の屋敷は一番落ち着く場所になったとまで言える。
とはいえ、俺としては特に用事があったという訳では無い。
本当ならば、起きて数日後には出発したかった。
しかし、倒れていたローズに目覚める気配がなかったため、致し方なくしばらく八咫に留まることになったのだ。
彼女が起きたのは、俺が目覚めてから一ヶ月以上経ってから。その上、起きてからも数日おきにまた長く眠っていた。
こんな状態で暴禍の獣に挑めるはずがないし、ローズや彼女から離れないヴィニー、見守りたいらしいライアンなどを欠いては勝ち目もない。
このような事情から、出発には結局何ヶ月もかかってしまった。しかし、八咫でのんびりと暮らすのも昨日までだ。
ローズはまだ本調子ではないが、ガルズェンスへ遊びに行くこともできていたため、今日はいよいよアヴァロンへと向かうことになる。
念のためローズ達は、俺やリュー達が先行してしばらくしてからの出発ではあるが……
ともかく、俺が谷爺や土蜘蛛の墓参りをしてから愛宕御所に行くと、この場には多くの仲間が集まっていた。
ちなみに影綱と律は、まだ一度も目覚めていない。
守護神獣達も、各々の領域で傷を癒やしているので不在だ。
「ん? なんだあんた、本当に来んのか?」
「はい、行きますよ。普段はともかく、執権の美桜さんであれば安心して任せられますから。……というか、私は雷閃さんよりもマシというだけで、あまり仕事に向いていません。
ですので、実は『ぜひ休んでいてくれ』とお休みをいただきました。他の四天王はほぼあなた方と同行しているのだから、私も行ってみてはどうか? と」
「あーはっはっは!! なんか面白そうな奴だなー!!」
「そうですか? あなたは遊び歩いていたのであまり知りませんが、歓迎していただけるのならよかったです」
アヴァロン先発隊は、俺、リュー、フー、ロロ、海音の5人。
俺が御所前まで行くと、早速彼らの友好的なやり取りが聞こえてきた。
海音は前々から同行してくれるということになっていたのだが、リューは遊び歩いていたので、どうやらそのことをまったく知らなかったらしい。
今知った様子のリューは目を丸くし、海音はおしとやかに微笑みながら事情を説明している。
……うん。様にはなってるけど、似合ってはない。
リューが友好的なのも、面白そうな奴だと思ったのにも心の底から同意できた。リューはほっつき歩いてたからあれだけど、俺はこの数ヶ月、散々振り回されたからな……
わずかに表情を引きつらせてしまった俺は、少し微妙な気持ちになりながら彼らから顔を背ける。
無表情のままのフーがこちらを見てきたが、無視だ無視。
テンションの上がったリューなんかに近づいたら、何されるかわかったもんじゃない。
すると、その先には……
「ロロちゃん、ずっといっしょにいようよ……」
「うーん……ごめんね。オイラ、クロウについていきたいんだ。何もできないかもしれないけど、それでも見続けたい」
「そっか……」
「まぉまぁ。これが今生の別れという訳では無いのですから、そんな悲しそうな顔をしないでください。
彼に思い出してもらう顔は、笑顔の方がいいでしょう?」
「……そうだねっ! ロロちゃん、また会おうねっ!」
「うんっ!」
俺を除けば最後の先発隊の一員であるロロが、卜部環、卜部紅葉と別れを惜しんでいた。
卜部……そう、卜部。どうやら彼女達も、俺達のように家族として関わっていくらしい。
と言っても俺達は、俺とヴィニー以外には大切な名字があるし、俺達は同じ名字を名乗りはしないんだけど。
まぁそれはいいとして……
家族という在り方を得たからか、今の環ちゃんには以前ほど怯えた様子がない。鬼神として暴走してた時は当然として、崑崙で初めて会った時と比べても……だ。
というよりかはむしろ、今はロロと別れるのが悲しいから怯える余裕もないだけかもしれないが。
どちらにせよ、俺は環ちゃんとはロロほど打ち解けてないし、彼らの邪魔をしないようにしよう。
そう思って、再び視線をそらすとその先には……
「たまには母さんって呼んでくれてもいいんだよ、凛?」
「嫌ですよ。お、り、ん、ちゃ、ん」
「え、そう呼んでくれるんだ!? ありがとう、凛お姉ちゃん! これからも使わせてもらうね、この名前!」
「はぁ……!! 母親でありたいのか、妹キャラでいたいのか、どっちかにしない……?
なんていうか、すっごく居た堪れない」
俺達をアヴァロンまで送り届けてくれるという鈴鹿さんと、見送りに来てくれた凛さんがいた。
どうやら彼女達は親子だったらしく、そのやり取りはかなり独特だ。
正直、何を言ってるのかわからない。
いやまぁ、意味はわかるけど……自分の娘に対して、自分の娘の名前で妹キャラを押し通すって……
色々な情報が渋滞してて混乱してしまう。
彼女達はそれぞれ、娘で母で、姉で妹で、凛さんでおりんちゃんで、みんな鈴鹿だ。
多分鈴鹿さんは幼女にもなれるし、凛さんは律の姉でもあるし、頭がおかしくなる……
とりあえず鈴鹿さんに見覚えがあったのは、凛さんと会っていたから以外にも、おりんちゃんとして律と話していた彼女を見ていたからというのもあったとわかった訳だが……
頭がパンクしてしまうので、軽々しく近寄るべきじゃない、うん。鈴鹿さんとは久しぶりに会ったけど、挨拶は出発の時でいいや。他の神とは別の意味で発狂してしまいそうだ。
やはりここは……
「……あれ、雷閃は?」
八咫に残る幕府の責任者達と話そうと目を向けると、そこには白虎に寄りかかりながら抱きしめている美桜がいた。
相変わらず眠いらしく、白い毛に顔を埋める彼女は小さくあくびをしている。
それでも来てくれたというのは、純粋に嬉しい。
だが、ここにいたのは美桜のみだ。
八咫に残る雷閃四天王は、意識不明の影綱を除くとしても、美桜の他にもあと1人……雷閃がいるはずである。
なのにここには、美桜しかいないのだった。
すると俺の声を聞いた美桜も、呆れたように、困ったように笑いながら口を開く。
「あ〜……またどっか行っちゃったのよ〜……」
「はぁ!? もう何度目だよ……前回はガルズェンスから引っ張ってきたってのに……」
俺達は八咫にいる間、何度も迷子になった彼を連れ戻している。それは海の中だったり、山の上だったりと様々。
前回なんて、遥か遠くの国ガルズェンスからだ。
脳筋の海音もセットで散々苦労させられたというのに、出発の日にまでなってまだ心労をかけられるとは……
「ごめんね〜。また見つけたら連れてきてくれると嬉しいな〜。あ、あと〜……」
「なんだ?」
「えっとね〜。実は、昔私が執権やってたときに侍所の所長をしていた美玉って子と、政所の長官をやってた碧雲って子にも、もし会えたら戻るよう言ってほしいんだよね〜。彼らがこの国を去ったのはだいぶ昔だけど、彼らならまだ生きてるはずだから〜」
思い出すように宙を見つめていたため続きを促すと、彼女は実に面倒くさそうなお願いをしてくる。
彼女は何てことはなさそうに、たった今思い出したように、普段と変わらない調子でつぶやいていたというのに……!!
八咫で雷閃四天王を探すのとはわけが違う。
世界中から生きてるかもわからない人を探すとか、難しいにも程があるだろ……!!
その人達の情報や目撃証言とかもないし。
いや、そもそも国を出るやつに頼む時点で、面倒なことであることはほとんど確定だったかもしれない。
無警戒だった俺の落ち度か……
というか、こちらから申し出たとはいえ雷閃四天王探しを頼んできた海音、俺達に必要だったとはいえ守護神獣探しをさせた晴雲と、みんな人探し頼んでくるな……
「……あんたら、俺達を便利屋集団だとでも思ってないか?」
「会えたらでいいのよ、会えたらで〜」
「はぁ……あーでも、昔の愛宕幕府か……他にはどんなやつがいたんだ? その2人以外には生きてないのか?」
「あの頃のメンバーは、将軍・橘獅童、執権・私、連署・隠神刑部、問注所長官・おりん、侍所所長・美玉、政所長官・碧雲よ〜」
「……ん? おりん……? は!? 鈴鹿大明神!? なんで……!?
それに、あの胡散臭い狸、隠神刑部まで入ってたのか!?」
「うっふっふ〜! 私と獅童は、かなり神に近い存在なのでした〜! だけど、もう獅童も隠神刑部も死んじゃったし、おりんちゃんは入ってくれないし……もう私だけなのよね〜。
だから、あの2人を引っ張り出せないかな〜って。この前獅童の形見でもある刀を譲ってあげたし、海音ちゃんも連れて行くんだし、いいよね〜? 私、1人」
「うっ……あいわかった……まぁ神秘の見た目とか当てにならんだろうし、そんな名前を聞いたら接触してみるよ」
「よろしくね〜」
流石に了承せざるを得ず、首を縦に振る俺に、美桜は満足そうににっこりと笑顔を向けてくる。
獅童の刀は、美桜からしたらたしかに形見……
あちらから差し出されたとはいえ、そんなものをもらってしまっては手伝わなければ……という気になってしまう。
ただ、もう片方……海音を連れて行くことは美桜の意向でもあったはずなのに、なぜか交渉材料にされてしまった……
いやまぁ、実際海音という幕府の幹部を借りていく立場ではあるんですけども……
雷閃は行方不明、影綱は意識不明、獅童はもういない。
脳筋とはいえ、唯一働ける海音を連れ出してしまうとなれば、美桜はかなり大変になるんだろうけど……
まさか交渉材料にしてくるとは思わないじゃん……
「はぁ……憂鬱……」
「やぁ、少年! 出発前にどうしたどうしたー?
カタスリプスィでもいたかい?」
俺がため息をついていると、屋敷から出てきたシリアに声をかけられる。見送りに来てくれたらしく、ドールとライアンも一緒だ。
見送りは嬉しいけど……カタスリプスィ?
なんの呪文だ……? それとも俺の知らないお菓子とか……?
意味不明がすぎる。
「は? なんだそれ……?」
「気にしないでください、シリア様なりの冗談です」
「出発は笑顔でってことだろ〜。ま、俺達も次ローズが起きたら出発するからよ〜。そうしょげんなよ〜」
「はいはい、ありがとな」
意味が分からず聞いてみると、ドールが彼の後ろからひょっこり顔を出しながら通訳してくれる。
冗談……意味がわからなければ、冗談にもならない気がするんだけど……
そう思ってシリアを見てみても、彼には説明するつもりがないらしく、いつも通り筆を構えている。
綺麗にピンと立てて、なにか構図でも考えているらしい。
こいつもブレないなぁ……
まぁライアンも気にしてないし、どうでもいいか。
俺としても、そんな謎単語のことより……
「ドール達は本当に来ないのか?」
「はい、シリア様はタイレンへ向かうそうですので、ドールもついていきます」
「そっか。残念だ……心の底から残念だ……
1人くらい頼りになる人がパーティにいてほしかった……」
「普段のフーなら頼りになるんじゃねぇかな〜」
「安定しないじゃんかよ……」
「あっはっは、頑張りな〜」
「他人事かよライアンこのやろー!」
「あっはっは! ほれ、そろそろ出発だろ〜?」
俺は愉快そうに笑うライアンに戯れるように掴みかかるが、こんなことをしている間に他のメンバー……ロロのお別れが済んだようだ。
ライアンに促されて顔を向けると、ロロはすでにリュー達のそばにおり、海音の腕の中で環に手を振っている。
鈴鹿さんも凛から離れて西を見ているので、いよいよ出発できそうだった。
「じゃあな、早く来てくれよ!」
「ローズが起きたらな〜、何ヶ月後か知らねぇけど〜」
「俺の胃が死ぬぞ!?」
「人探しもよろしくね〜、私が倒れる前に〜」
「え、積極的に探さないとなのか……!? 名前だけで……!?」
俺がリュー達のいる場所に向かい始めても、ライアン達は朗らかに冗談……らしきことを言ってくる。
どちらも本気なら俺が死ぬ……
特に美桜の方は、どう答えても良くない気がするので、俺ははっきりと明言せずに濁してみんなの元へ急ぐ。
「さぁ、準備はいいかい? 目指す座標はばっちりOK。
合図してくれれば最短でアヴァロン……その目の前にある不可侵の壁ノーグへと送れるよ!」
俺がリュー達の元へつくと、鈴鹿さんは神々しい光を放ちながら明るくそう言い放つ。
多分百鬼夜行の夜に愛宕へ送ってくれたように、この前ガルズェンスへ送ってくれたように、光の道で一気に送ってくれるのだろう。
あれは風圧的なものこそないが、目はチカチカするので少し心の準備はしておきたいな……
「よし、じゃあ10秒数えたら‥」
「ゴー!!」
"天岩戸-開幕"
「リューテメェッ……!!」
「あーっはっはっはっは!! 吹き荒べ閃光、目指せ神獣の国!! 行くぜアヴァローン!!」
「ちくしょーっ……!!」
俺が数を数える前にリューが合図を出してしまったため、俺達は心の準備をすることもなく、すぐさまアヴァロンへ向けて撃ち出された。
2章-完
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それから、化心のスピンオフ「呪心〜誰かの心の収集記〜」も本編優先ですが連載……というか存在しています。
しばらくは3章(の前に間話ですが)書きながらそちらも書いていくつもりなので、ぜひ呪心もよろしくお願いします。
(どれだけ情報開示するかなど、本編じゃないだけあってかなり緩く、重要な部分もほにゃらら……
というか、クリスマスに書いたやつは2章と3章の間……2.5章とでも言うべき内容なので、まだの方は三章の前にそちらから読むことをお勧めします)
地球神話「化心」をこれからもよろしくお願いします。
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