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化心  作者: 榛原朔
二章 天災の国
216/432

189-鬼夜から覚めて・後編

「……さて。暇になってしまった」


ヴィニーと胡蝶さんが走り去った後。

酒呑童子がりんごをかじる音、ライアンがお茶を飲む音くらいしか聞こえなくなった部屋で、俺はつぶやく。

……初対面だけど、なかなかに印象的な人だった。


「あっはっは! チクっといてよく言うぜ〜」

「でも、知っといた方がいいだろ? 大切に思われてるならなおさら。あそこまで心配するとは思わなかったけど……」

「まぁ、神秘に成った人と普通の人じゃ、だいぶ感覚が違うみたいだからな〜。俺等も使うと口では怒るけど、あの人みたいに阻止するために行動は起こさねぇし〜。と言っても、あの人は仙人で俺達より年上ではあるみたいだけどよ〜」

「そうなのか……?」

「お〜……そう言ってたぜ〜」


信じられない思いでライアンを見つめると、彼はせんべいをバリバリかじりながら、何てことはなさそうにつぶやく。


感覚……という話なら、たしかに頑丈になる上寿命がない分、ケガとかには無頓着になってる気はするけど……

あの胡蝶さんが仙人ねぇ。


仙人っていうのはたしか、半魔の聖人版。

クロノスに聞いたところによると、普通の人よりは頑丈になってはいるが神秘ほどではなく、長命ではあるが寿命もある。


ヴィニーを追っていった身体能力的にはあり得る話だけど、俺達よりも年上……マジで?


結構活発というか、落ち着きがない印象だったんだけどな。

見た目年齢の話なら、まぁシルとかエリスとかも若いし今更なんだけど。……うん、どっちでもいいか。


仙人であろうとなかろうと、俺より色々と知ってることに変わりはないだろう。……とはいえ、雷閃に聞きたかったことを知っているとも思えないが。

聞くなら……


「ん〜? どっか行くのか〜?」


俺が少し考えた後、話を聞きに行こうと立ち上がると、ほわほわとお茶を飲んでいたライアンが聞いてくる。


「うん、幕府の御所。海音は休みなのか隣にいたけど、影綱が倒れてるなら流石に美桜は働いてるだろ?」

「なるほどな〜、いってら〜」


ヴィニーが追われていった以上、ライアンはローズのそばを離れるつもりがないようだ。

俺が目的地を言うと、彼は特になんにも考えてなさそうな表情でせんべいを振りながら見送ってくれる。


対して、他の起きている2人は無反応だ。

ドールは眠るとは別の症状なのかずっとぼんやりしているし、酒呑童子は相変わらずりんごをかじっていた。


酒呑童子とは結局まだ一回も話してないけど、後で挨拶くらいはしとこうかな……大嶽丸を殺す時に助けてもらったし。


そんなことを考えながら部屋から出ると、今度は海音と鉢合わせる。彼女はさっき凛さんが持っていたものより明らかに大きい盆に、大量のフルーツを持ってきていた。


……酒呑童子はずっとりんごをかじっていたし、絶対彼女用だ。一応病人としてここにいるんだよな……?

病気ではなくケガではあるけど。


「おや? お出かけですか、クロウさん?」

「ああ、美桜に会いに行く」

「そうですか。いってらっしゃい」

「いってきます」


俺は酒呑童子の「海音ちゃーん!」と元気に呼んでいる声を背後に聞きながら、部屋から出て幕府へと向かった。




~~~~~~~~~~




目的地は幕府の御所。美桜に話を聞くこと。

それ以外では特に用事はないため、俺はさっさと御所に向かおうと思っていたのだが……


「ねぇねぇ船長さん!! 船の上でさ、こうポーズをね‥」

「だーかーらー、嫌だって言ってるでしょう!? 天迦久神との縁もできたなら、あなたはそのまま大人しく自然を描いていなさいよ!? これまで通りに!!

私は今回、運ぶ以外はしないって約束したんですぅ!!」

「……!!」


俺が海音の屋敷から出ると、屋敷の目の前では2人の神秘が言い争いのようなことをしていた。


言い争いというか、久々に見るシリアが船長さんに絵のモデルをしてもらおうと捲し立てているのを、船長さんが甲高い声で突っぱねているという感じではあるけども。


まぁ細かいことはどうでもいいとして。

なんで、ピンポイントで海音の屋敷の前なんだ……?

よくわからないけど、気づかれていなければこのまま逃げるべきだよな……


「あ、ちょうどよかったぁ。クロウさん、助けてください♡

このイカレ画家をどうにか抑え込んで♡」


彼らに気づかれる前に逃げるべく、俺が顔を背けて屋敷の壁に寄って進んでいると、門から離れて数歩で肩を掴まれた。


顔を引きつらせながらゆっくりと振り返ると、そこにいたのは当然あざとい笑顔を浮かべる船長さんだ。

俺を利用する気満々である。


「俺は関係ないだろ!? あんたらだけでやってろよ!?」

「えぇ〜? 私達、ルルイエから八咫まで同行した仲じゃないですかぁ♡ それにあなたは、鬼神(きじん)という大自然を打倒した英雄様でしょう? 助けろ!!」

「やぁ、少年! 久しぶりじゃないか!

ふーむ、君が自然を凌駕する姿か……鬼人の誰かと再現してくれたなら、この国らしいものができる気がするよ!!

大海原もいいが、嵐もいいねぇ。ははははは!」


俺が船長さんを引き剥がしながら文句を言っても、彼らは一切聞く耳を持たない。船長さんは俺を身代わりにしようと必死だし、シリアはいつも通り絵まっしぐらだ。


おい、これどうすりゃいいんだよ……!?

誰一人まともに話が通じないぞ……!?


「はーなーせー!!」

「ここまで連れてきてやった恩を忘れたのか!?

さっさとお前が捕まりやがれ!!」

「しかし、今は晴天! 浜辺というのも今しかないし、どちらかといえば……ああ、実に良いイメージが浮かんできた!!」

「だぁ、ちくしょう!! せっかくのんびり遊び回ってたってのに、こんなのとばったり会っちまったばっかりに……!!』


いくら引き剥がそうとしても、筋力で勝てないため船長さんを自力で引き剥がすことは難しい。

だが、それでも必死に抵抗していると、俺ではなく船長さんをモデルに選んだシリアが意図せず解放してくれる。


確実に自分のためではあるが、携帯タイプのキャンバスに船長さんの手を吸着すると、叫ぶ彼を引きずってどこかへ去っていった。……はぁ、嵐みたいなやつらだったな。

これでようやく御所に……


「ぷくく……あいかわらず大へんそうだねぇ、キミは」

「ん、因幡?」

「はーい、ポクだよー」


なんとかあの2人を回避して一息ついていると、頭上から声がかけられる。少し驚いて見上げてみると、屋敷塀の上にいたのはにこにこ笑っている全身真っ白い少年――因幡だった。


今は人として人里に紛れているらしく、兎ではなく少年の姿だ。……いやまぁ、兎の姿を見たことはないんだけど。

こいつもこいつで、なんでまたこんなところに……


「久しぶり……なんだよな? なんでこんなとこいるんだ?」

「あーい、久しぶりー。なんでって、たまたまえんがあったのさー。あー面白かったー」


さっきの2人に続いて、またしても海音の屋敷の前で知り合いと遭遇したことに驚きを隠せずに問いかけると、彼は左右に揺れながら楽しそうに笑う。


いかにもというかなんというか……

たしかこいつって、吾輩と真神の縁も結んだんだよな……?


「……もしかしてさっきのって‥」

「もちろん、ポクがえんをむすんだよ」

「くそ、やっぱお前の仕業かよ……ひどい目にあった」

「そうかなー? 面白かったけどなー」

「巻き込まれてたら笑えねぇ」


もしやと思って確認してみると、彼は隠すことも申し訳無さそうにすることもなく、何食わぬ顔でそれを認める。

あれだけ引っ掻き回しといて、ものすごくいい笑顔だ。

性格悪い……いや、純粋なのか……?


まぁ何にせよ、梟よりは全然いいやつとして付き合えるが、それなりに気をつける必要はありそうだ。

兎だし、知り合いを食べるようなことはしないだろうけど、変なことに巻き込まれかねない。


そんなふうに1人でうんうんうなずいていると、ジッとこちらを見ていた彼が飛び降りてくる。


「でも、そんな悪神っぽいことだけやりにきたわけじゃないよ? キミ、ここから目てき地まであん内なしでけるの?」

「……あ」

「ほーらね。どこ行きたいの? 言ってみて?」

「御所」

「おっけー、美桜ちゃんとのえんをむすびましょー」


俺が目的地を伝えると、因幡は胸を張って歩き始める。

どうやら御所まで案内してくれるようだ。

……あんま考えずに出てきたけど、たしかに俺、ここから御所までの行き方知らなかったから助かるな。


俺は自分の迂闊さに恥ずかしくなりながら、ぴょんぴょんと跳ねるように歩いていく因幡を追って、急ぎ足で歩いた。




~~~~~~~~~~




「美桜ー、いるかー?」

「は〜い」


因幡に御所まで連れてきてもらった俺が、侍に案内された将軍の部屋に声をかけながら入ると、そこには机に向かう大裳や書類を運ぶ白虎、そして本棚の前でなにか読んでいる美桜がいた。


なぜ政所ではなく将軍の部屋にいるのかは知らないが、どうやら珍しくちゃんと仕事をしているらしい。

俺に気がついた彼女は、持っていた本を放り投げて俺を見る。


宙を舞った本は、火を消した朱雀らしき鳥が回収していた。


「あ、クロウちゃ〜ん。起きたのね〜」

「まぁお陰様でな。今忙しいか?」

「う〜ん……ぼちぼち? 雷閃ちゃんはあれだし、影綱ちゃんは倒れてるし……獅童は死んじゃったし。

今は私が執権代理なんだよね〜……もう眠いのに」

「だいぶオレ達が肩代わりしてっけどな〜」

「黙りなさ〜い、おしゃべり!」


本を本棚に戻していた朱雀が茶々を入れると、美桜はむっとしたように彼を睨みつけて黙らせる。

とはいえ、事実ではあるようで否定はできないらしい。


机にいる大裳などが微妙に困ったように笑っているのを注意していくが、その方法は「ちゃんと仕事をしなさい」だ。

……うん、どさくさに紛れてサボっている。


そのお陰で話せるようになるのならば、別に俺からなにか言うつもりはないけど。


「は〜い。ということで、仕事はみんなに割振れたので全然時間がありま〜す! なんの用かしら〜?」

「ああ、ちょっと聞きたいことがあって。

本当は雷閃に聞こうと思ってたんだけど……」

「あはは、あの子はどっか行っちゃったものね〜。

いいよ〜、何が聞きたいの〜?」

「えっとな、魂生みたいな鬼神(きじん)とか雷閃が成った聖神(せいじん)ってのは、結局なんだったのかなと」

「あ〜! あ〜……あ〜……?」


俺の質問を聞いた美桜は、最初に大きく声を上げたあとは段々と尻すぼみになり、最終的に疑問形になっていく。

どうやら思い当たることはあるくらいで、そこまで詳しくは知らないらしい。


「わからないか? まぁ美桜は普通に聖人だもんな」

「いいえ、いいえ! わかります、わかりますとも〜!

たしかに長く生きすぎて、結構色々忘れてるけど……」


多分知らないんだろうなと俺が話を変えようとするが、美桜はそれを否定して頭をひねり続ける。

口ぶりからも明らかに忘れていそうだけど、何か出かかっているのかもしれない。


それなら中途半端にそのままにしておくよりも、思い出した方がいいだろう。やることもないし、しばらく待つか……

美桜がうんうん唸っている間、俺は座って待っていようと近くの椅子に歩み寄る。だが……


「歴史書とか、そういうのに載ってませんかね?

俺も聞きたいことがあるんですけど」

「ん、ヴィニー!?」


いつの間に入ってきていたのか、本棚の前で本を開いていたヴィニーが声を出したことで歩みを止めることになった。

近くには式神らしき小鳥もいるため、気がついていなかっただけで普通に入ってきていたようだ。


美桜はまだ気づいていない、もしくは気にしていないので、やっぱりひっそり来たとかはないだろう。

……そこまでぼんやりしてたつもりはないんだけどなぁ。


「やぁ、さっきはよくもやってくれたね。恨むよ」

「あ、あはは……」


俺を見たヴィニーは、軽い調子ながらもじっとりとした目線を向けてくる。どうやら胡蝶さんをまいてきたらしい。

……というか、まだ追われていそうだ。ここは隠れ蓑か……


「歴史書、ね〜……」

「書いてないですかね?」

「いや〜書いてあるものはあるだろうけど……

大事なものは、たいてい私の……晴雲の屋敷にあるのよね〜」

「あ、俺が聞きたいのはそのことなんですが」

「なぁに?」

「俺とお嬢は、黒いのっぺりした式神? に呪符を埋められたんです。それって……」

「晴雲ね〜。あなたは何か薬も打たれてそうだけど……」

「なるほど……ありがとうございます。

では、私は追われていますのでこれで」

「あはは。胡蝶ちゃん、この前からずっとそうだものね〜」


ぼんやりと彼らのやり取りを見ていると、聞きたいことをさっさと聞いたヴィニーは素早くお礼を言って去っていく。

目を押さえているし、胡蝶がここにやってくるのかもしれない。


というか、ここまで素早く行動していたなら、たしかに俺が気が付かなかったことにも納得だ。

なんてことを考えていると……


「美桜さんっ! ここに執事が来ませんでしたかっ!?」


今度はヴィニーを追っている胡蝶さんがやってくる。

後ろに見覚えのある女性を連れて、息を切らしながら。

しかし、美桜は俺の質問で頭が一杯のようで、それに気がつくことはなかった。


「神……自然……名前……」

「もうっ! じゃあそこの……」


少しだけ返事を待っていた様子の胡蝶さんは、すぐにしびれを切らして俺に目を向けてくる。

だが、まだ名乗っていないので目を泳がせていた。

というか、式神じゃなくて俺なのな……


「あ、クロウです」

「クロウくん、ヴィンセントは!?」

「知りませんよ」


さっきは意図せず彼を売ることになってしまったのだから、今回はちゃんと味方になろう。

胡蝶の勢いは少し怖いが、そう思ってここには来ていないと伝える。


我ながら、完璧に庇えたはずだ。

すると彼女は、部屋から出ていきながらお礼を言い、女性に向かって文句を言い始めた。


「おっけー。雫さん!! 嘘言わないでよっ!!」

「嘘は言ってないんだけど……あの子は彼のお友達でしょう?

あまり信じきらない方が……」

「美桜さんを連れてきてくれた子だよ? いい子じゃん」

「はぁ……私は仕事があるんですけどね……」


俺がついた嘘を信じてくれた様子の胡蝶さんは、女性――雫さんに文句を言いながら走り去っていく。

めちゃくちゃいい人じゃねぇか……うぅ、胸が痛む……!!


というか、会ったことあったっけ?

えっと……あ、思い出した。そういえば、雫さんは春日鉱山を封じてくれた人で、胡蝶さんは問注所にいた人だったか。


やべ、普通にあの人達にもお世話になってんじゃん。

主に雫さんだけど。いや、かなり申し訳ないな……


「あ、少しだけ思い出した〜!」


しかし、その申し訳無さも一瞬だ。

次の瞬間には美桜が声を上げ、そちらの話を聞く方向に移行する。


「ん? 神についてか?」

「そう! なんというかね〜、あんまり違いはないはずなんだけど、大口真神が雪原を作るみたいに環境を変えられたらその資格はあるんじゃないかな〜……みたいな?」

「資格?」

「うん。私は桜を生やすけど、それは表面上でいずれ消える。だけど大口真神が本気で作った雪原なら、彼女が離れても残り続ける。表面上だけではなく、この星の環境を根っこから変えてしまえる雪原という概念。多分そんな感じ〜」


表面上だけじゃなく、根っこから。

ただ火力があるというだけじゃなくて、それを環境に定着させるだけの格が求められる、と。


……まぁ、たしかにそれは概念っぽい。

どっかで似たような言葉を聞いたことがある気もする。

だけど、結局資格の話はしてなくないか?


「ふーん……それで、資格って?」

「ああ、それね。名乗らなければ神じゃないはずよ〜。

私が花の音を君へ(コノハナサクヤヒメ)を名乗るように、名前は力を定める。力だけあっても、心の準備ができてなきゃね」

「なるほど。それならわかりやすいな」


俺も幸運の呪い(チル)を名乗っていたときよりも、幸運を掴む者(フォルトゥナ)を名乗っている今の方が力を制御できてる感じがする。


同じように、環境に干渉できるレベルになったものが神を名乗れば……制御はその前からできてるか。


……うん、まぁなんかあるんだろ。

名乗って初めて環境変えられるとか、色々と。


大嶽丸の嵐とかも、下手したらずっと残るようなものなのだったのかねぇ……あーいや、嵐自体が残るものじゃないか。

あとは魂生の血と髪、あの名前を知らない化け物……うん?


まぁ、名乗るにはそれだけの格が必要っていうだけで、誰でも環境を変えられる感じではないのかもな。

血と髪で環境とか意味がわからん。


……はぁ。雷閃がどこか行っちまったってのは気にかかるけど、とりあえずすっきりしてよかった。

ローズとも無事……まぁ寝てるだけだし、無事合流できたからここでの目的は達成だ。


今度こそ、次こそ。

ガルズェンスの西にある、陸の孤島アヴァロンへ。

暴禍の獣(ベヒモス)を討伐する時だ。


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