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化心  作者: 榛原朔
二章 天災の国
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188-鬼夜から覚めて・前編

「あれ……? ここ、どこだ……?」


俺が目を覚ますと、目の前に広がっていたのは綺麗な木目が等間隔に並んでいる天井だった。


崑崙の屋敷のような、ワッフルのように交差して模様のように機能しているようなものではなく、隠神刑部の屋敷のような勾配のある天井でもない。


綺麗ではあるが、普通に木の板が張られているような感じの何の変哲もない天井だ。

……見覚えがないけど、どこだここ?


「あ、起きましたかクロウさん」

「……ん、海音?」


ぼんやりとそれを眺めていると、少し離れたところから声が聞こえてくる。声のした方向に目を向けると、そこにいたのは穏やかな表情でこちらを見つめる海音だ。


どうやら同じ部屋にいる紫苑たちの看病をしていたようで、彼女は俺が体を起こしている間も、タオルを水に浸したり、絞ったりしていた。


「はい、調子はどうですか?」

「調子……すっきりしてる、かな」

「それはよかった。すっかり疲れも取れたようですね。

一週間ほど眠っていまたし、順当ではありますが」

「そんなに?」

「そんなに」


俺が驚いて声を上げると、彼女は淡々と言葉を返す。

上半身だけの紫苑を拭う手は留まらない。

というか、なんで海音が看病してんだ……?


少し疑問に思いつつも、この部屋にある他の布団にも視線を移してみると、周りでは影綱と律も寝ていた。

影綱は包帯でぐるぐる巻きで、律は俺と同じく寝ているだけに見える。


……けど、これだけか?

ライアンやリューには目立ったケガがなかったけど、雷閃はかなり重傷だったはずなんだけどな……

もう治ったのか……


「他のみんなはどうしてる?」

「ローズさん、ドールさん、酒呑童子は隣で寝ていますよ。

ヴィンセントさんは数日前に起きて、ライアンさんと一緒にそこにいます。リューさん達は遊んでますね」

「そうか……俺はもう起きても大丈夫?」

「はい。もともとケガはほとんどしていませんでしたから」


念のため聞いておくと、海音は迷わずそう断言する。

たしかに、俺は能力を使って頭が痛くなっただけで、攻撃自体は運良くほとんど食らっていなかった。

強いて言うなら、水流に流されて痺れたくらいだ。


海音は医者ではないはずなので、それを信じ切って「さあ、もう自由だ遊びに行こう」という風には思わないが、起きるくらいはいいだろう。


そう思って布団から起き上がると、丁度その瞬間、部屋の扉が開いて凛さんが入ってくる。

薬などの入った盆を持っている彼女は、起きている俺に気づいて少し驚いた様子を見せつつ口を開く。


「あ……起きたんだね、クロウくん。調子はどうですか?」

「凛さん。お陰様ですっきりしてます。ありがとう」

「ならよかった。あなたは能力による負荷で倒れていただけなので、酷使しなければもう大丈夫です。

まぁ、酷使してもまたしばらく眠るだけなんだけどね」

「そうなのか……初めて知ったよ」


昨日の夜……じゃなくて、一週間前。

あの日ローズが眠そうにしていたのは、そういう事情があったからのようだ。


俺はあの時、別にそこまで眠かった訳じゃないけど……

あのまま一週間も寝ていたということは、案外力を使いすぎていたらしい。


頭が痛くなるのが目安だろうから、今度から気をつけよう。

とはいえ、それで死んでちゃ意味ないし、酷使する必要があれば全然酷使するんだけど。

まぁほとんど問題ない俺のことはともかく……


「ちなみに、この3人って……」


律に目立った外傷はないが、紫苑は真っ二つにされたままで上半身だけになっているし、影綱さんは全身に包帯を巻かれている。


影綱さんがどうしてこうなったのかは知らないけど、紫苑はその場で見ていたし、どちらも見るからに重傷だ。


もちろん一週間なんともなかったのなら、いきなりどうにかなるなんてことはないだろう。

だが、体が半分になっていたりするのだから、なにか起こってもおかしくはない。


しかし俺の心配は杞憂だったようで、3人の状態を聞いてみると、凛さんは落ち着いた様子で答えてくれる。


「ああ、心配しなくても大丈夫。命に別条はないから。

律は力を使いすぎて寝ているだけで、紫苑くんは下半身が死んじゃってたからどう再生しようかなってところなの。

本人も消耗しているし、まだ無理かな。影綱くんは……安定はしてるんだけど、意識が戻らなくて。でも、全員無事」

「そっか……ならよかった」


律の力を使いすぎてっていうのは、多分俺が頭痛くて寝てたのと同じだろう。

紫苑には謎の安心感があるし、影綱さんは……安定はしているというのなら、俺が心配することではない気がする。


意識が戻らないという言い方は気にかかるけど、もしかしたら俺や律と同じように寝ているだけかもしれない。

どちらにせよ、確実に俺より強い神秘なんだから、そのうち目覚めるはずだ。


というか、俺がいてもやることない。

ローズの様子でも見に行こうかな……


「そういやここってどこなんだ?」

「ここは私の家ですよ。雷閃さんは家を持っていませんし、美桜さんの家は崑崙の屋敷で、愛宕にあるのは借家。

影綱さんは意識不明の重態ですから」

「それに、私と律の家はここまで広くはないから。

みんなを癒やすなら、ここの方がよかったんです」

「へー……」


ふと目覚めた時に思ったことを聞いてみると、彼女達はこの場所と選んだ理由を説明してくれる。

なんで海音が看病しているのか、という疑問まで解決だ。


けど、美桜の家が崑崙の屋敷?

崑崙の屋敷って晴雲が暮らしてたはずなんだけどな……一緒に住んでたのか?


あと、雷閃は家を持っていない……と。

それなら、あいつ今どこにいるんだろう?

幕府で仕事でもして……いや、たしか将軍に仕事はないっていってたな。聞きたいこともあったんだけど……


「雷閃って、家持ってなくてどこいんの?」

「あの人は愛宕にいる場合、たいてい影綱さんの家です。

ですが、今は影綱さんもここにいますし……」

「……いますし?」

「えっと……目覚めた後、散歩に行ってから帰ってきていないので、そのまま行方不明ですね」

「は……? また行方不明……?」

「はい。端的に言って、迷子です」

「ま、迷子……」


最初は困ったように口ごもっていた海音だったが、俺が促し行方不明だと言ってしまうと、その後はどこか清々しい表情で迷子だと言い切る。


どうやら、雷閃に質問するのはまたの機会になりそうだ。

俺は雷閃に会うことを諦めると、改めて2人にお礼を言ってから部屋を出た。




~~~~~~~~~~




「お、起きたかクロウ〜」


俺が自分の病室を出て隣の病室に入ると、テーブルでお茶を飲みながらくつろいでいたライアンが笑顔で話しかけてくる。


どうやらローズもただ寝ているだけのようだ。

彼女はまだ起きていないようだが、ライアンにも布団のそばにいるヴィニーにも特に緊迫感はない。

いつも通りの彼らだった。


「おう。ドールは大丈夫そうだな。ローズはどうだ?」


ライアンから視線を外し、部屋を見回してみると、この部屋にいたのは彼ら2人とローズのそばにいる見知らぬ女性。

布団に寝かされているのは海音が言っていた通り、ローズとドール、酒呑童子の3人だけだった。


そのうち、酒呑童子は元気そうに水の義手でりんごを持って食べているし、ドールも返事はないが目を開けている。

形式的に聞いてはみたものの、ローズも寝ているだけのようだし、俺がいた部屋より気楽な雰囲気なのも納得だ。


「君と一緒だよ。力を使いすぎて寝てる。ライアンがしっかり守ってくれたからケガはないし、心配無用だよ」

「そっか」


最初からわかってはいたことだが、やっぱりちゃんと言葉で聞くと安心する。本を読んでいたヴィニーが視線を上げて、穏やかにそう答えると、俺は思わずホッと息をついていた。


しかし、この部屋にはそれでもローズを心配してしまう人がいたようだ。ヴィニーの真横に座っている見知らぬ女性は、彼がのんびりと俺に答えているのを聞くと、不服そうに顔をしかめながら口を開く。


「よくそんなに平気な顔でいられるね。

本なんか読んでないで、少しはこの子を案じたらどうなの?

ローズちゃんはあなたの希望でしょ?」

「あはは……たしかに俺はお嬢優先ですけど、この方が完全・完璧でなくては気がすまないとか、そんな狂信的じゃないですよ。理不尽に傷つけられなければそれでいい。

今は疲れてる休んでるんですから、それでいい。

俺はお嬢に従います」

「狂信的じゃない……ねぇ」

「なんです?」

「べっつにー」


女性と話すヴィニーの表情はいつにも増して和らいでいるが、目は未来でも見ているかのように遠くを見つめていた。

血も出てないし、今は見ていないはずではあるけど……


というか、この人はローズ達の知り合いなのか?

ローズ達は八咫の人じゃないよな……?


「なぁ、この人は?」

「ああ……この方は以前、俺とお嬢が八咫で追われていた時にお世話になった胡蝶さん。たしか問注所次官でしたっけ」

「そうだけど……言ったっけ?」

「おいまさか……」

「み、未来は見てないよ」

「嘘つけ!!」


見知らぬ女性――胡蝶さんのことを俺に紹介してくれるヴィニーだったが、彼女が教えた覚えのない情報まで口にしたことで、また能力を使った疑いがかかる。


目は充血を始めたし、問い詰めてみると気まずそうに目をそらしたので確実に黒だ。

弁明をしてくるヴィニーに、俺は思わずツッコミを入れる。


充血だけで血は流れていないのだから、きっとそこまで負担のかかるようなものではなかったのだろう。

だけど、そうだとしても日常的に使っていいものであるはずがない。俺の幸運を掴む者(フォルトゥナ)と同質だ。


「ヴィンセントくん、未来見れるの?」

「えっと、あはは……」


だが、ヴィニー自身はあまり頭痛や血涙などの反動を気にしていないらしい。

不思議そうに顔を覗き込む胡蝶さんに対して、困ったように笑いながら頭をかいている。


こいつ、これからも平気で使い続けそうだな……

俺は普段から運いい方だけど、自分で運を呼ばなきゃ反動がないから彼が日常的に使うのとはわけが違う。

……ふむ。


「使いすぎると目から血が出ますよ、こいつ」

「ちょっとクロウ!? バラさないでくれる!?」

「なるほどねぇ……!? ヴィンセントく〜ん……? あなた、なんてものを使ってるのかな〜!?」

「こ、胡蝶さん……」


俺が未来視の反動を教えると、胡蝶さんは優しげな声を出しながら目を光らせ、ヴィニーを見つめる。

明らかに狩る直前。獲物を安心させようという魂胆だ。


もちろんヴィニーもそれを感じ取っており、顔を引きつらせながら腰を浮かせていた。こちらは、今にも逃げ出しそうな小動物だ。いや、胡蝶さんも小さいけど……


「その目、御札か何かで封じてあげるよっ!!」

「いやだっ!!」

「待ちなさーいっ!!」


そして、胡蝶さんが懐から御札を取り出した瞬間。

ヴィニーは勢いよく部屋から飛び出していき、彼女もそれを追って行ってしまった。

……どちらも無駄に無駄のない動きだ。




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