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化心  作者: 榛原朔
二章 天災の国
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187-金銀銅と、未来の風

「助かったよレイス……あれ?」


飛び去っていくエリスを見送った俺がお礼を言いながら振り返ると、そこにいたはずのレイスは影も形もなかった。


前回は起きるまで待ってたのに……

今回は意識があったから、わざわざ待つ必要がないということなのかもしれない。


そうだとしても、どうやって現れて消えたのかは謎だけど……

というか、よく見たらさっきエリスが開けた大穴も無くなってる。もう意味がわからない。わからないけど、まずは……


「谷爺……土蜘蛛……」


辺りを一通り見回した後、俺は丸焦げにされてしまった谷爺に近寄る。もちろんもう動きはしない。

笑顔で、なんの感情もなく、エリスに殺されてしまった。

最後まで助けられるばかりだったな……


「あれぇ? 泥爺死んじゃったのかい? 焼き殺されて香ばしい香りだなぁ。泥もガチガチ陶器焼き?」


俺が谷爺に頭を下げていると、無音で羽ばたきながら降下してきた射楯大神が耳障りな声で話しかけてくる。


土蜘蛛とはどうだかわからないが、谷爺とは同じ守護神獣で関わりがあったはずなのに、なんとも思っていないどころか愉快そうだ。何だこいつ……


「楯助……」

「あは、キミもそう呼ぶことにしたんだねぇ。

オッケーオッケー、神獣に救われたラッキーボーイ!

彼にも頼まれたことだし、今後も気が向きゃ助けちゃう!

ほら笑って笑って。森森泥食い、ハッピー懇親会!」


俺が彼の名前をつぶやくと、彼は羽をパタパタと動かしながら承諾し、笑う。場違いなテンションである上に、やはり何を言っているのかわかりにくい。


その上、これがラッキーかよ……!!

2人も殺されてるのに明るく笑っている梟に、俺はつい苛立ちを隠すことができずに彼を睨みつける。


しかし、当然そんなことでは彼は動じなかった。

それどころか……


「は……!? 何してんだよ、お前!?」


ふわふわと無音で俺の方にやってきていた梟は、睨む俺を無視して谷爺の上に乗っかると、谷爺をついばみ始めた。

それも、本当に死んでいるのか確かめている……というようなものではない。


死んだ谷爺を分解するかのように、ブチブチと噛みちぎっている。もちろん俺の叫び声にも平常心だ。

逆に不思議そうに俺を見つめ返してくる。


「何って、そりゃもちろん焼き蛙を食ってるんだよ。エリスに焼かれていい匂いじゃんね。何千年も熟成された蛙焼肉」

「いやいやいや……谷爺とは友達だったんじゃねぇのか!?

なんでそんな平気な顔して……!!」

「だって、これもう肉じゃん。ご丁寧に加熱調理までされてるんだから、食べなきゃ損‥」

「ふざけるなよ!! なんで……もう、多邇具久命(タニグクノミコト)って存在には価値がないみたいに……!!」


俺の言葉を聞いても、谷爺の遺体を肉としてしか見ていない梟に、堪らず掴みかかる。


実際にもうそうでしかなくても、谷爺には恩がある、触れ合った思い出がある、村ではできなかった分、安らかに眠れるよう弔う義務がある。


人の自己満足でしかなくても、俺は……!!

この人がいたという証を、大切にしたい……!!


「あれま、嫌われちゃった? なんでだろう?

キミも食べたい……訳ないか、口振り的に。うーん……?

悲しんで食べればいいのかな? およよ……多邇具久命ー。

ミーはキミが美味しい焼肉になって嬉し……じゃなかった。

悲しいよぅ……ドロドロ森突マジ感謝ー」

「お前……!! とりあえず、退けよッ……!!」


ふざけているのか真面目に考えてもそれなのか、掴みかかった俺を見て敵意だけは察したそれは、変わらず谷爺の遺体を噛みちぎりながらつぶやく。

しかし、俺が剣を抜くとついに谷爺の遺体から飛び立った。


「よくわからないけど、まぁいいや。ミーは別にキミを嫌ってないから、死んだら食べてあげるよ。

またねぇ、ラッキーボーイ!」


無音で剣が届かない場所まで飛んだそれは、やはり不思議そうに俺を見ながらそう言うと、どこかへ飛び去っていく。

あんなのに食べられるなんて、絶対にご免だ……


「人の神獣なら、あんたも友達を食べるのか?」

「おや、我がいることに気がついていたんだね」


なんとなくいる気がして声をかけると、背後から鈴鹿さんの返事が聞こえてくる。いつから見ていたのかわからないが、やっぱり俺と梟のやり取りを見ていたらしい。


だけど、彼女もあいつと同じ神獣の1人だ……

梟が食べ始めたように、この人も食べに来たのかもしれない……


「あんたらはいつもそうだろ。いつの間にかそばにいる。

それで? あんたも谷爺や土蜘蛛を食べるつもりなのか?」

「いやいや、食べないよ。死者と共に生きるっていうのも、野生のやり方ではあるけどね。我は人の神獣だ。

人はそんなやり方をしないだろう?」

「……そうか。じゃあ、なんで今なんだ? あんたなら、岩を破壊して助けにこられたんじゃないのか?」

「我は風の子を助けていたんだよ。二柱もいたんだし、我は外で気が動転していた彼らを優先した。

我だと、エリスは周りにも影響を与えかねなかったしね」


俺が非難するように質問を重ねても、彼女はいつも通り落ち着いた様子で返事をくれる。

こんなにトゲトゲしく話してるのに、少し困ったように笑うだけで不快に思っている様子もない。


彼らを食べるつもりはなく、遅れたのもリュー達のためだったなら、これ以上こんな態度ではいられないな……

申し訳なくなった俺が、軽く深呼吸をしてから振り返ると、なんとも思ってなさそうな顔をした鈴鹿さんと目が合う。


しかし俺と目が合うと、なぜかいきなり、少し困ったように眉尻を下げた。

よくわからないけど、むしろ責めてた俺が居た堪れない……


「リュー達は?」

「他の子が寝かされている場所に連れて行ったよ。

だから遅くなったんだ。……ごめんね」

「え、いや……」


気まずくてとっさにリュー達のことを聞くと、彼女はさっきまでの飄々とした態度を崩して謝ってくる。

一言一言を大切にするように。


助けてくれた人を責めてたのは俺だから、本当は俺から謝らなきゃいけなかったんだけどな……

表情の変化がよくわからない上に先を越され、少し慌ててしまう。


だが、いつまでもそんなことをしている訳にはいかないので、また軽く深呼吸をしてから口を開く。


「……こっちこそ、当たってごめん。

リュー達を助けてくれて、ありがとう」

「いいさ。じゃあ君もみんなのところに連れて行こう。

土蜘蛛の遺体は紫苑少年に見せないように、別の場所に安置するけどいいかな?」

「……本当にごめん。ありがとう」


最後まで俺達を気遣ってくれる鈴鹿さんに、心の底から感謝を伝えながらうなずくと、光が俺の頬をくすぐりながら空に向かっていく。


神奈備の森から愛宕まで送ってもらったように、余計な手間をかけずにみんなのところに連れて行ってくれるようだ……




~~~~~~~~~~




俺が眩しくて瞬きをしていると、数秒後にはみんなが寝かされている場所に送られる。

すぐ目の前にいたのは、さっきと変わらず倒れている雷閃や海音、ライアンの膝の上でうとうとしているローズ達だ。


彼女達は、さっきまでエリスが暴れていたというのに安らかな表情のまま。少し不思議に思って一度辺りを見回してみると、そこには土蜘蛛が作ったと思しき岩の壁があった。


これがあるお陰で、エリスが吹き下ろした風は彼らにほとんど危害を加えていなかったらしい。


だけど、みんなを守ってくれた上に加勢にまで来てくれたせいで、彼女は死んでしまった……

本当に、あの2人には助けられるだけだったな……


鈴鹿さんが2人を安置しているはずだから、また後でお礼を言いに行こう。神獣にはない、人の自己満足でしかなくても。

そう心に決めた俺は、一息ついてから改めてみんなに目を移す。


海音の体調は悪化してなさそうだし、雷閃達は一緒に戦ってたからどんな状態か大体わかる。重傷ではあるが、特に紫苑はタフすぎて気にかける必要はないだろう。


そのため俺は、ちらりと彼らを確認してから、百鬼夜行以降のことを知らないライアン達に話しかけた。


「ローズ、無事か……?」

「ああ、無事だぜ〜。寝かけてるけど……お〜い、クロウ戻ってきたけど起きれるか〜?」

「むにゅ……う、ん? ああ、クロウ……戻ったんだね」


ライアンがローズを軽く揺すると、彼女は一度首を大きく傾かせた後、ピクリと体を揺らして目を開く。

まだ少し目がぼんやりとしているが、完全には寝ていなかったようだ。


何故か髪が黒くなっている頭を抑えながら振ると、眠そうながらもはっきりと俺の目を見返した。


「うん、もちろん。力を使いすぎて、すっごく眠いんだけどね。眠る前に話せて嬉しい」

「力を使いすぎて……? 髪が黒いのも……?」


今まで銀髪だったローズの髪が、今は黒くなっていることを指摘すると、彼女はサラサラと髪を触りながらなんとも思ってなさそうに口を開く。


「あー……そうだね、呪いの影響で濃くなっちゃった。

せっかく金銀銅トリオだったのに、残念」

「なんだ金銀銅トリオって」

「ライアンは金髪、私は銀髪、クロウは銅色っぽいこげ茶」

「俺だけ無理やりだな」

「いいじゃん。私達は最初に出会った3人。

みんな家族がいない3人。もう、家族みたいなものでしょ?」


髪は女の命。そんなような言葉もあった気がするけど、彼女は髪色が変わってしまったこと自体はあまり気にしていないらしい。


ただ、密かに気に入っていたらしい俺とライアンとの統一感が崩れたことだけを残念そうにしている。

というか、俺としては家族発言がむず痒いんだけど……


「仲間はずれすんな、俺達も孤児だぞ!!

今までの旅もだいたい同行してきたしな!!」


家族発言をどう思っていいのかわからず、俺が身動ぎしていると、奥から団子を咥えたリューが飛んできた。

後ろには無口無表情に戻ったフーもいる。……団子?


そういえば鈴鹿さんが連れて来たと言っていたけど……なんか、いつの間にか雰囲気が元に戻ってるな。

だからって団子……?


「リュー……えっと、家族?」

「おう!! 後で一緒にこの団子っての食おうな!!

ここ来る前に……あ、何でもねぇ」


俺の隣に飛んできて、肩をバシバシ叩いていたリューだったが、急に口ごもるとあからさまに目をそらす。

気になったが一旦団子をスルーし、家族について聞いていたのにもかかわらず……だ。


明らかにリューの自滅だけど……さては、俺達が死にかけてる時にどっかで八咫を満喫してたな……?

まぁ、今回は最終的に助けられたし何も言わねぇけど。


「あはは……あと、うちのヴィンセントもね」

「俺も? まぁ従者は他人よりは家族に近いですけど。

……俺とお嬢の場合は、特に」

「ふふっ……みんな家族だよ。ライアンがそう言ってくれた」


ライアンが……

俺がローズからライアンに視線を移すと、彼はのほほんと俺達を見つめて笑っている。


……家族。俺の、家族……

気づいたらボロボロになった村で1人。

家族どころか知り合いすらいなかったけど。


旅に出たら、家族ができた……

ヒマリとか谷爺とか、亡くなってしまった人もいるけど。

……それでも、嬉しい。そう思ってしまうことは……


「え? え? どうしたのクロウ?」


俺が家族という言葉を噛み締めていると、慌てた様子のローズがゆっくりと立ち上がり、俺に近寄ってくる。

よくわからないけど、随分と焦っているようだ。


……どうしたのって言われても、困る。

さっきも鈴鹿さんが変な表情してたけど……


「……どうしたって、何が?」

「……涙流れてるぜ〜、左目だけからだけどな〜」

「泣いてる……? 俺が……? ……ほんとだ」


みんなに言われて左頬を触ってみると、たしかに濡れていた。試しに右頬を触ってみても濡れていないのに、左だけ。


だけど、左頬から手を離せばその感覚は失われる。

手で涙を触っていないと、泣いているということに気がつけないみたいだ。


「えっと……嫌なら無理には言わないよ。

私は、今度こそ守りたいなって……多分、また責任を背負おうとしちゃっただけだから。家族っていう言葉を使わなくても、私にとってはみんな大切な人。それは変わらないから」

「いや、俺は……」


困り顔のローズは、ゆっくりと胸の内を伝えながら俺の手を握って見つめてくる。俺としては、そもそも泣いてるつもりはないし嬉しいと思ってたんだけど……


もし嫌だと言ったら、すぐさま家族という言葉を使うのをやめてしまいそうな雰囲気だった。

手を取られてて、俺には泣いてる感覚はないのに。

配慮とか、気遣いとかに溢れた目だ。


泣いて……るんだとしても、嫌ではないんだけどな……

どうしたらいいのかわからない……


「泣いてるつもりはないし……むしろ俺は嬉しい」

「でも、泣いてるよ? 今も、ずっと流れ続けてる」

「じゃあ嬉し泣きなんじゃないか?」

「なんで疑問形なの?」

「いや、手で涙触らないとわかんないから……」

「そう、なんだ……でも、わかった。私達は、もう家族ね」


俺はまだ泣いているみたいだけど、ひとまず嫌ではないことはわかってもらえたようだ。

やっぱり変な表情をしているローズだったが、そう告げるとハンカチを取り出し、俺の左頬に当てる。


少し拭ってくれたあとに広げて見せられたそれは、彼女達の言う通り濡れていた。

それも、かなり泣いていたらしくびしょびしょだ。


「ほら、濡れてる」

「すっごい濡れてるな。じゃあもう止まった?」

「……まだ流れてる。本当にわからないの?」

「感覚がないな……泣いてないらしい右と同じ」

「うーん……ヴィニー!」

「はい?」


濡れたハンカチを見せられても実感がなく、正直にそう言うと、少し考えたあとローズはヴィニーを呼ぶ。

ジッと俺を観察していた彼は、なぜ呼ばれたのかと不思議そうだ。


「これ持って」

「持つ? なんでです?」

「クロウの涙を拭う係に任命します」

「……はぁ。別にいいですけど、お嬢は?」

「私は……」


近くに来たヴィニーにハンカチを渡すと、ローズは流れるような動きで腕を広げる。

何をするのかと思っていると、俺は拒否する前に彼女に抱きしめられていた。


「こうやってクロウを抱きしめる係です」


彼女の暖かさが俺の体を包む。

優しい匂いが気持ちを和らげていく。


確かにかなり落ち着くんだけど……

なんか、すごく子ども扱いされている気がするな……


俺は少し恥ずかしくなったが、この心地よさには勝てない。

少し考えたあと、大人しくされるがままになっていようと決めて目を瞑った。


「クロウの涙は止まった、ヴィニー?」

「いいえー、まだ泣いてまーす」

「そっか……じゃあ、ライアンも」

「あっはっは。俺も、か〜……」

「……いや、かな?」

「嫌じゃあねぇよ〜? ただ、俺も孤児だからな〜……

こういうのは初めてなもんで、ちょっとたじろいだ」

「そっか。じゃあおいで。

あなたが来てくれたら、私もこのまま眠れそう……」


目を瞑った俺につられたのか、ライアンを呼ぶ声が聞こえたあと彼女の体から少し力が抜ける。

眠れそうと言うからには、彼女も目を瞑ったのかもしれない。


「おいお〜い……まぁいいけどよ〜。

じゃあほら、お前らも家族なんだろ〜? 来いよ〜」

「ちょい待て、まずは団子……あぁっ!! 待てフー、団子……」

「…………」


温もりが増した後、近くからライアンがリュー達を呼ぶ声が聞こえてくる。


リューはまだ団子を食べていたようだが、フーに問答無用で引きづられて来たらしい。

待つように言っていたのに、すぐに温もりが増えた。


どこかで感じたことのあるような、包まれる感覚……

初めて体感するような、寄り添い合う感覚……


俺とローズを中心に集まった俺達は、それからしばらく寄り添い続けた。


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