184-呪いは災いに誘われて・前編
過去を飲み込むということは、多くの場合成長なのだろう。
納得し、乗り越え、しかし目をそらす訳ではなく。
そうやって自身を形作るものとしたのならば、きっと。
だが、誰にも見せないように、奥深くに飲み込むことは……?
納得した訳ではなく、乗り越えた訳でもなく、目をそらすこともできず、ただ、生きるために隠すことは……?
抱えた呪いは、うちにて広がる。
隠してしまえば誰にも見えず、しかしいつしか壊れ、表出する。
さて、今宵の画面はどのような表情を見せるのだろうか。
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再生までできるほぼ完全な不死身である大嶽丸を、どうにか殺すことができた後。
俺達は、そのために倒れていった仲間達をひとまず一所に集めていた。
まず、最優先で無事を確認しなければいけなかったのは、ひたすら大嶽丸の攻撃を受け続けた紫苑だ。彼はやはり上半身と下半身が泣き別れになっており、もちろん意識はない。
しかしどれだけタフなのか、どうにか息はあるようだった。
この場には回復ができる人がいないので、とりあえずあまり汚くないところで体をくっつけて、安静にしておくことになる。
無事でホッとしたけど、こいつのタフさイカれてるよな……
俺が合流する前からずっと戦ってたはずなのに、体半分にされてまだ生きてるとか……
ヒュギエイアレベルの人なら治せるとしても、流石に数ヶ月は再起不能だろう。普通に規格外だ……
次に初めて見る鬼人だ。土蜘蛛が言うには酒呑童子と呼ばれている鬼人らしいが、俺は聞いたのも初めてになる。
しかし、紫苑のようにうるさい人ではなく、もちろん鬼神のようなやべーのでもない。
どちらかというと美桜のようにほわほわした、だが彼女と違って頼りになるお姉さんといった人物だった。
まぁ、言葉が通じないのや自分で全身を引き裂く魂生なんかと比べるのも失礼かもしれないけど……
ともかく、彼女は左の手足が飛ばされていただけだったので意識があり、紫苑の様子を見ていてくれることになった。
その次は雷閃である。
彼は酒呑童子と同じように左腕を飛ばされ、全身もズタズタ。ゾッとするくらいに肉や骨が露出していた。
こんな状態でも問題なく生きているのは、やはり神秘で丈夫だからだろう。体が半分になっても生きてる紫苑には及ばないかもしれないが、それでも相当にタフだ。……よかった。
紫苑や酒呑童子が倒れたあと、かなり集中的にやられてたからな……お陰で大嶽丸の動きが鈍ってたし、かなり頼り切ってしまった気がする。
これで大嶽丸にやられた仲間は全員だ。
死者は0。とはいえ、これは人数が集まったから彼に殺す余裕がなかっただけだろう。
紫苑と雷閃なんか死んでないとおかしいケガだし、そもそも人数が少ければすぐに殺されてる。
攻撃を受けていないドールも力を使いすぎて眠っているし、本当にギリギリの戦いだった。
俺も頭痛ぇし、ヴィニーも目から血が出てたし、死者こそいないものの、ピンピンしてるのは鈴鹿大明神くらいのもんだ。
……はぁ、疲れた。寝たい。
だけど、街の人は避難していていないし、何人も倒れている以上今すぐに寝てしまうわけにはいかない。
そういった事情から、最後にどっかから水刃を飛ばして援護してくれた人物の様子を見に来たのだが……
「……なんだこいつ、寝てんのか?」
「みたいだねぇ。ケガは何故か治ってるようだけど、顔色が悪いし、かなり無理させちまったらしい」
俺が土蜘蛛と一緒に、最後に水刃が飛んできた方向へ探しに来てみると、そこには刀を抱きしめて眠る海音がいた。
他に人もいないし、どうやら海音があの凄まじい威力の斬撃を飛ばしていたようだけど……
土蜘蛛の言う通り、顔色はすこぶる悪い。
肌が紫だ。硬質化した紫苑みてぇ。
もともと重傷ではなかったらしく、ケガは斬られた跡が残る程度なんだけど……
「毒か、これ?」
「んー……まぁそうなんじゃないかい? その割には安らかな寝息だけどねぇ……」
「はは、なんか普通に元気そうだな……
一応みんなのとこに運びはするけど」
「ああ、あたしが運ぶからあんたはいいよ」
「え、なんで?」
「なんでって、あたしのがタフだろ?」
ケガはくっついてるし心配しなくていいとしても、毒で急変する可能性は全然あった。
そのため彼女を運ぼうと足を踏み出したのだが、土蜘蛛は俺を押し止めると、背中と膝裏に手を入れて1人で海音を持ち上げてしまう。
しかも、名前も知らないのや大嶽丸など、俺と同じ相手と戦っていたたはずなのにまったく揺らがない。
神獣ってすごいな……
「悪い……ありがとな」
「いいさいいさ。あんたは足元しっかり見てな。
さっきからふらついてんだから」
少しいたたまれなくて声をかけると、土蜘蛛は笑みを浮かべながら軽く返してくれる。
やっぱり紫苑のお目付け役みたいなことしてただけあって、ちゃんと姐貴分だ。紫苑とは違って、エセじゃない。
「ん……」
海音はすっかり寝入っていてくてっとしており、まったく起きる様子はなくゆらゆらとその長い髪を揺らしている。
顔色は悪いけど、むしろ助け出された感がすごい。
ケガがもうほとんど治ってたり、アホみたいな威力の援護をしてくれたり、海音は思ったよりも……というか、美桜よりもはるかに無茶苦茶な人だったみたいだが、今だけは完全にお姫様だ。
はぁ……土蜘蛛の姐さん、めっちゃかっこいいな……!
というか、俺ってなんでついてきたんだ……?
いや、最初に行こうとしたのは俺なんだけど……
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「海音ちゃーん!」
『おいこら、この子寝てるの見えないのかい! 毒食らってんだから休ませてやんな!』
俺達がみんながいる場所まで戻ると、雷閃を見ていた酒呑童子が水で形作った義手義足を振りながら、勢いよく駆け寄ってきた。
俺はいきなり過ぎて度肝を抜かれてしまい、何もできなかったのだが、土蜘蛛は声を潜めながらも強く彼女を諌めてくれる。本当に頼りになる人だ……
『はぇ、毒……!? さては将門の爺様の仕業やなぁ……?
人の子にやられてもうて、情けへんお人やわぁ。
うふふ、しゃあない。堪忍したる』
「嬉しそうなのはいいけどねぇ、あんたも安静にしときなよ。この子が起きた時に悲しむからね」
「ふぇ? そりゃああかんなぁ、どないしよ?
まずはぎょうさんお肉用意せななぁ。ほんでほんで……」
土蜘蛛の助言を素直に受け取った酒呑童子は、眉を八の字に曲げるとあわあわしながら歩き回り始める。
彼女に習ってヒソヒソ声はやめて、普通に静かにつぶやいているが、視覚に騒がしい。
……まぁ、すごくいい人そうってのはわかった。
心配をかけないように何か考えている様子の彼女は、紫苑達の寝かされてる場所まで海音を運ぶ土蜘蛛の周りにずっとくっついてる。
やっぱりほんわかした人だ。
さっきまでお姉さんって感じだったけど、今は小動物みたいで見てるだけでほっこり……
って、よく見たら紫苑達の隣にローズ達がいるじゃねぇか!?
まだ暗いし気づかなかったけど、ライアンが力を使い果たした様子のローズを膝に乗せて休んでる。
名前もわからない鬼神やら大嶽丸やら、とんでもないやつばっかだったからな……
無事でよかった……!!
「ッ……!?」
「……」
俺がライアンとローズを見つけてホッと一息ついていると、突然、全身に悪寒が走る。何か悍ましいものに見つめられたかのような、悪意に包まれたような……
空気が、変わってしまったような感覚……
みんなの様子を確認してみると、意識のある面々は寝ている仲間を庇いながら周囲を見回している。
俺と同じく、何かを感じ取ってはいるものの、それが何かは全くわからないようだ。
だが、唯一俺と同じように離れている鈴鹿大明神は、無言で空を見上げていた。
それを見た俺も恐る恐る空を見上げてみると、少しは輝きを取り戻していたはずの月は、昏く、妖しく、ドス黒い。
嵐自体はもう消えている。雲一つない晴天だ。
なのに、月だけは禍々しかった。
……あ……いや、違う。問題は、月じゃない……!!
月を背に浮かんでいる人影だ……!!
「……」
それは、俺達が動くこともできずに見つめていると、ゆっくり地上に近づいてくる。
それは、散歩中に会ったとでもいうような優しげな笑顔で、だが何も見ていないかのような黒い目で見下ろしている。
それは、圧倒的な存在感を放ち、しかし気を抜くとその存在を見失ってしまいそうなモノ。
晴れやかで禍々しい空には、大厄災――エリスがいた。