19-リューの頼み
フェニキアを出発してから9日が経った。
今俺達がいるのは広陵地帯。
まだフェニキアに近いからか風が強く、馬車や木々が時々強く揺れる。
迷惑に思うこともあるが、そのお陰で空気はとても澄んでおり心地いい。
さらには所々に神秘的な泉があったり、不思議な形の木が乱立する。そんな見飽きない空間。
たまに通りにくい場所もあったが、基本的には道は固められているので順調な旅路だった。
フェニキアに着くまでの旅は、荒事ばかり起こっていたので久々に旅を楽しめている気がする。
そんな穏やかな日々。
そんな中、リューが進路変更を頼んできた。
曰く、この進路から左に行くと世界一の医者と名高い聖人がいる町に着くのだと。
曰く、その者に頼めばきっと一発で全身の傷が治るのだと。
さてはこいつ、最初からそのつもりだったな?
満面の笑みで提案してくる彼を見て、俺はそう確信した。
「な〜‥いいだろ〜?」
昨日断った頼みだったが、彼は相変わらずフーに浮かせてもらいながら言う。
飛べる宣言どこいった。
そして2日連続は面倒臭い。
「お前らのせいでもう既に一週間近く、あの町に足止め食らってんだぞ? やだよ」
「そんなつれないこと言うなって〜。戦力UP、ありがたくね? な、ヴィニー?」
と彼は大声で前方の馬車にも声をかける。
最近ローズはずっと考え事をしてるから、そっとしといてほしいんだけど……
「一理なくはないけどね。でも別行動中の仲間がいるから、出来れば急ぎたいかな」
「えー‥いざって時にけが人いたら危ないと思うけどなぁ」
「お嬢、どうします?」
「……」
「おいリュー、今は止めとけ。ローズが入ってこねぇ」
「はぁー‥」
ため息は、俺がしてぇよ……
ヴィニーも律儀過ぎないか? こんなやつ、ほっといていいと思うんだが。
翌日
「ここを曲がれば、丘も川もないから一直線にその町に行けるぜ? どう?」
翌々日
「なぁ、ここからが一番近いぜ。なんと、2日かからない」
……うざ!!
「うぜぇよ!!」
「…………」
フーを見習え!!
……いや彼女は彼女で関わりづらいけど。
ずっと中で三角座りをしていて変なオーラを感じる。
ちょっと怖い。
「俺が万全になれば追い風とか吹かせられるぜ?」
俺が一言で切り捨てると、彼は急にまともな交渉をしてきた。
いきなりどうした? と思わなくも無かったが、確かに今通っているのは石で出来た街道で、少し先には今までより綺麗に整備された分かれ道がある。
決めるにはいいタイミングだ。
……仕方ない。
「ヴィニー、運で決めるがいいか?」
「そうだね。お嬢、決めちゃいますよ」
「…………え?」
ローズが珍しく反応を示したが、取り敢えず俺は気にせずに呪いを使う。
"幸せの青い鳥"
現れ消える、チルが示す最善は……
「……ヴィニー、悪い。左折だ」
「おっけー」
「お、サンキューな!!」
とてつもなく不本意だが、この呪いには実績がある。
仕方ないから行ってやる。
俺達は急遽進路を変更して、医者のいる町へと向かった。
~~~~~~~~~~
「とーちゃく〜」
ロロがはしゃぎながら柔らかな地面に肉球を乗せる。
やって来たのはフォミュルという町。
今までのような凝った造りはしていない、一般的な洋風の町。
だが少し違った空気だ。
雰囲気もだが、何やらスーっとした香りがする。
おそらく薬か何かの匂いで、いかにも医者がいそうな町。
……うん、という事で俺達はまたしてもリューのせいで時間を潰すことになった。
ロロの後から、ローズとヴィニーも降りてくる。
今回はさっさと用事を終わらせるため、全員で探す予定だ。
「え? ここ、イーグレース?」
「違いますよ。フォミュルです」
「あー、リュー治したいの?」
「はい。ついにクロウが折れたので」
久しぶりに話すローズだったが、フォミュルという名前だけで察している。
知り合いだったら楽なんだけどな……
「2人は医者を知ってるのか?」
「うーん、名前は知ってるくらいかな」
「俺は一応見かけたことがあるよ」
「お、いいね〜。どんなやつ?」
「そうだね……理知的な女性、かな」
リューが見た目を聞いているが、よく考えたら……
「……ていうか聖人ならロロが探せるよな?」
「うん、いけるよー」
危ない危ない。もう少しで普通に探すところだった。
~~~~~~~~~~
「意外と普通に目立つな……」
「医者だからね。よほど偏屈じゃなければ人が来やすい所にいるさ」
探し回る覚悟で来たのに意外とすんなりと見つかった。
ロロの案内で着いたのは、かなり大きな病院。
赤いレンガ造りで温かい印象だ。
診察室や病室、待合室など一つ一つも大きく明るい暖色になっていて、その聖人の優しさを感じる。
それに患者も多く、みんな穏やかな表情。
治療を受ける前から、腕の良さを確信できた。
「えーと‥‥リューはそのまま入るの?」
リューが浮きながら入ろうとしたのを見て、ヴィニーが声をかける。
俺もどうやって入るのかと思ってたがまさか……
「え、駄目か?」
「いや不審者だろ」
うん、ヤバいやつだった。
「えー‥じゃあ呼んできてくれよ」
「歩け」
「……」
すると、顔を歪めてなかなかに腹立つ表情をされた。
無視だ、こんなもん。
俺は構わず中に入る。
するとフーはロロを連れて馬車へ戻って行く。
それを見たリューは目を丸くして驚いていたが、諦めて渋々歩いてついてきた。
実は、人の病院にロロは入らないほうが良いと思うから、と最初からフーに頼んでいたのだ。
リューが歩くのは決まっていた。
……どうせすぐ治るなら、少しくらい痛い思いもしとけ。
~~~~~~~~~~
俺達はしばらく待つと思っていたが、実際はそんな事はなかった。
一般の受け付けに行った所、すぐに奥に案内されたのだ。
魔人だって気づかれたのかな?
まあ理由はどうあれ、急ぎたかったからありがたい。
聖人ならいきなり何か起こる事もないだろう。
俺達は大人しく案内に従った。
応接間に座っていると、ほんの2、3分で彼女は来た。
ラフなTシャツに白衣を羽織っている。
とてもシュッとした人で、ヴィニーが理知的な人と感じたのもうなずける。
俺達が観察していると、彼女の後ろから来た女性が俺達の前に紅茶を置き、お辞儀をして退出していく。
それを一口飲んだ後、彼女は口を開いた。
「はじめまして、私はヒュギエイア・クイリナーレ。
悪人なら患者だとは思いませんけど、貴方達はどうかしら?」
敵意は無いが、少し警戒されているようだった。
してないようなやつ信用しづらいからいいけどな。
「少なくとも悪人だと名乗るような人はいませんよ、Dr.クイリナーレ」
「あなた、フォード家の……?」
「はい。元、ですが」
「では、そこのお嬢さんは……」
「マリーローズ・リー・フォードです」
ローズ達は思っていたより広く知られているらしい。
彼女はローズの自己紹介を聞いてから、いやヴィニーを認識した時点で表情が曇る。
……ローズ達って何かやらかしたのか?
「そう……顔も隠さずに旅を?」
「えっと、私はもう死んだ事になってますよね?」
「用心は必要……まあいいわ。
自分を見失っていない魔人なら、治療はします。
そこの青年ね?」
「あ、よろしくお願いしま〜す」
彼女は案外あっさりとまた真顔に戻り、リューの方を向いた。
どうやって治すんだろう?
「何処を怪我しました?」
「全身を押し潰されてて歪んでいるのと〜背中がズタズタなのと〜あとは土手っ腹に大穴がある!!」
「元気に言わないでください」
激しく同意する。
「他の方は大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」
「分かりました。即時回復なんですよね?
……ミーちゃん」
そう言い彼女が呼んだのは1匹の蛇。
とても小さく、あまりヌメヌメしてもいない。
それでも少し気持ち悪さはあるが……
「神獣か?」
「ええ。……ごめんなさいね、気持ち悪いと思うでしょう?
私の専門は薬学だから……即時なら少し工夫しないといけないのよ」
その間に蛇は少し大きくなり、彼女の手に現れた杖に巻き付いていく。
そして最終的に、蛇は杖全体に巻き付いた。
「少し時間をかければ普通の方法でも良いのですけど、それならあなた達は私の所に来る必要は無さそうですしね」
「いえ、仲間の力は今の彼には効かないんです。
ですから、どちらにしてもお伺いしていたと思います」
「なるほど、患者の体力に依存した力ですか。
ですがどちらにしてもあなた達は急いだほうがいいですから、こちらを使ったでしょうね」
"医神の杖-再生"
彼女が立ち上がり杖をリューにかざすと、彼の全身はほんのりと赤くなり蒸気を発し始める。
血管が浮き上がっており、どうやら血管が激しく脈打っているようだ。
徐々に体の歪みが治り、背中の傷から血が流れ、汚れを落とし塞がる。
さらに……
"ミルラ"
彼女が足で床を打つと、小さな木が生えてくる。
……建物内でいいのか?
その木は彼女の腰の上くらいで一度止まり、今度はリューに向かって伸びてくる。
刺さりそうだ、と少し不安だったが、木は当たる直前でリューに口を向ける形で割れた。
そこから出てきたのは泡のような物体で、リューの腹の穴を塞ぎ始める。
今傷がどうなっているかは見えないが、少なくとももう痛みは無いようだ。
「最後に、あなた達全員これを飲みなさい」
そう言って俺達に配ったのは……錠剤?
泡と同じように、床から生えた不思議な花から出てきたものだ。
「何です? これ」
「怪我は無さそうですが、疲れはあるでしょう?」
「ありがとうございます」
その薬を飲むと明らかに体が軽くなった。
それだけでなく、内蔵、骨格、体のすべてが洗われる感じだ。
「すごいな……」
「専門は薬ですから。これで治療は終了です。
ああ、でもローズ嬢には少し話があるわ」
「私……だけですか?」
「ええ、悩みがあるようですから」
「……ありがとうございます」
ローズの悩み。
最近ずっと考え事をしていたからいい機会だな。
俺達は感謝を伝え、席を立った。
リューのために来たので、俺達にも回復があるとは思わなかった。
~~~~~~~~~~
「悩みは記憶の事かしら?」
クロウ達が部屋を出ると、早速ヒュギエイアはそう切り出した。
ローズは目を見開き、驚いた様子で答える。
「よく、分かりましたね。……はい、忘れていた記憶の話です」
その表情は苦悩に満ちており、今までの明るさは消えていた。
「魔人だものね。その記憶って言うのは国、それから……奴隷ね?」
「え? 奴隷って何ですか?」
「いえ、何でもないわ」
ローズは、少し釈然としない様子を見せたが話を続ける。
「はい……さっきも言いましたが、この前夢に見るまでその事は忘れていたんです。
その時はあまり実感がなかったんですが、フェニキアで考える時間があって。ちょっと強く意識してます。
……今、この国の首脳部は機能していますか?
私に出来る事ってありますか?」
ヒュギエイアは優しげに彼女を見つめ、答える。
「私は一応、この国を守る立場なのよね。
だから現状を最も知る者の1人。だから断言出来ます。
この国に問題はない。
かつては国中が荒れたけど、あなたも見てきた通り。
今は至って平和よ、世界中のどの国よりもね」
それを聞き、彼女は少し表情を緩める。
「そうですか……」
「ですが、油断はしないように。過去は消えない。
あなたはこの国にいるべきではありません。
顔を隠し、すぐに発ちなさい。
それから、もしこの国が敵になっても、私は表立って戦いには出ませんから助けられます。何かあれば訪ねてくるように」
ヒュギエイアは、早口にそう言うと彼女に仲間の元に行くように促す。
「はい、ありがとうございました」
短かったが、ローズにとって大きな意味のある数分。
彼女が部屋を出る時、その表情は柔らかいものになっていた。
ローズが去った部屋に1人残る彼女は、ポツリとつぶやく。
「いつの時代も、犠牲になるのはあの一族なのね……
呪いに囚われないように頑張りなさいリー・フォード」
よければブックマーク、評価、感想などお願いします。
気になった点も助かります。