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化心  作者: 榛原朔
二章 天災の国
209/432

182-晴天の先の星

「少しは落ち着かれましたか、魂鬼様?」

「……ん」


美桜と十二天将の結界により、暴走状態からもとに戻っていた魂鬼は、紅葉の膝の上で抱きしめられながら聞かれると、小さく答える。


現在も彼女は泣いているが、もう血の涙ではない。

紅葉の真似をするようにロロを抱いていたり、今の彼女は温もりに包まれていた。


「ならよかったよ! ……オイラ、けっきょく因幡くんを呼んだだけだけど。み方になってあげられなくて、ごめんね……」

「……すごい、かなしかった」

「……ごめんね」

「でも、だから美桜お姉ちゃんと紅葉お姉ちゃんがだきしめてくれたの。鬼になって、おやにも殺されかけて、気がついたらおとなは4人しかいなくて、だれもできなかったのに。

だからね、あたしはうれしいの。ロロちゃん、ありがと」

「……なら、よかったよ。オイラ、ただいるだけの猫だけど。

魂生ちゃんのやくに立てて」


悲しかったと言われてしょげていたロロは、その後に続いた魂生の言葉を聞いて喉を鳴らす。

明確な脅威は去ったものの、まだまだ不穏な気配の残る中、ここだけは穏やかな空間が広がっていた。


「……そうだ。名前、変えませんか?」

「名前……?」

「はい、名前です。

崇徳魂鬼も細川魂生も、鬼を残した名前……鬼の名前です。

鬼人として、人としての名前をつけましょう」

「いいじゃん! さっきみーおが、卜部を名のってもーって言ってたし!」

「名前……」


紅葉の提案に、ロロが元気よく同意する。

しかし、魂生はそこまで乗り気ではないのか、まだ頭が追いついていないのか、あまり反応を示さない。


そんな魂生の様子を見た紅葉は、彼女を優しく撫でながら言葉を続けた。


「どうです? 私は卜部紅葉を名乗るつもりですよ。

みんなで家族になりましょう?」

「……うん。かぞくっ、なるっ……ひぐっ……」

「あなたは、私達を繋げてくれました。読みは同じですが、みんなを繋げる環というものも、いいかもしれませんね」


紅葉の家族という言葉を聞き、環は激しく泣きじゃくる。

ここには、ここだけには、優しさに満ち溢れた世界が広がっていた。




~~~~~~~~~~




5人の鬼神(きじん)が倒れた後。

暴食が幻のごとく消え、科学者達も憂鬱にて足を止めた頃。


魂生のことを紅葉とロロに任せた美桜は、白虎に乗って、1人崑崙の参道を登っていた。

懐には、五行以外にも十二枚の式神の御札。


彼女は雷閃四天王や因幡、隠神刑部に貸していた式神をすべて取り戻し、完全武装である。


「もうすぐ到着だ、美桜殿。準備は大丈夫か?」

「もっちろ〜ん。わざわざ隠神刑部まで使ったんだから、きっちり終わらせますとも〜」


屋敷を目前にした白虎が確認すると、美桜はいつも通り軽い調子で答える。

そして、白虎に乗ったまま階段を登り、横に立ち並ぶ不死桜を突っ切って崑崙の屋敷に突入すると……


「やぁ、こんばんは。また会ったね、卜部美桜」

「こんばんは、葦原晴雲。はっきりさせに来ましたよ」


門をくぐってすぐ。

砂利の上にテーブル一式を置き、和風の屋敷だというのに、場違いにもティーカップを傾けていた晴雲と対面した。


美桜が鋭い視線で射抜くと、足を組んで座っていた晴雲は、ティーカップを置いて立ち上がる。

明らかに敵対の意思があるのだが、彼は余裕の表情だ。


和服を揺らしながらゆったりと動く彼は、少し離れた場所にある台に手をかざし、天地盤を消失させてから口を開く。


「ふ〜む……はっきり。何をだろう?」

「それはもちろん、あなたの立ち位置ですとも〜。

……およそ1000年前、あなたは突然この屋敷に現れた。

仙人とのふれこみだったけれど、それにしては長生きね?」

「そりゃあそうだとも。なにせ私は魔神(まじん)だからね。

友に偽装してもらったから、誰も私を見ることができなかっただけさ」


台ごと天地盤を消した晴雲は、また最初のテーブルに戻るとリラックス様子をで腰を下ろす。


さらには、この状況がわかっていないのか、それだけの実力があるのか、彼はどこからか2つ目のティーカップを取り出すと、美桜にも席につくように勧めていた。


これは当然、敵対しているであろう相手にすることではないだろう。だが、当の美桜にも警戒心というものがないのか、白虎を消すとそれに応じて席につく。


微笑む晴雲がコーヒーか紅茶かを聞くと、彼女は迷いなく紅葉を選んだ。


「いや〜な友人をお持ちのようで。

さぞ大陸では悪名を轟かせていたのでしょうね」

「そんなことはないよ。私は常に傍観者だ。

アークレイや叡智の結晶(メーティス)に補足されるような愚かな真似はしない。今回のことと同じく、中立さ」


注文を受けて紅茶を注ぐ晴雲は、和服であるというのに実に慣れた所作である。場所、格好、対面している相手。

どれをとってもとてつもなくアンバランスだ。


「……そう。ならば私があなたを認めましょう。あなたは単独で世界を滅亡させうるモノであると……大厄災である、と」

「ははは、これは手厳しい。どこまでも無力な私が、ただ長く生きただけでついにここまで来てしまったか」


自身の前に置かれた紅茶を一口飲み、優雅に置くと、美桜は毅然とした態度で彼をそう断じる。

それは普段サボっている姿とはまるで違う、この国を背負った姿、何をしてでも守るというような決意を秘めた姿だ。


だが、晴雲はそれでも動じることはない。

朗らかに笑いながら、今度はカステラやクッキーなどを取り出して勧め始めた。


もちろん美桜は、既に紅茶を飲んでいるため警戒することはない。最初からではあるが、まったく躊躇せずにカステラを手に取って食べ始める。


そして晴雲自身もまた、サクサクとクッキーをかじりながら話を続けた。


「随分と嬉しそうね。あなたの原点は何かしら?

その口振りからして、どうせ最古の神秘なんでしょうけど」

「ふふ、それは私の力を測ろうとしているのかな?

であれば、無力である……と、そう答えよう。君とそう変わりはしないさ。ただ、人生に飽きるほど生きただけでね」

「だから妖鬼族と繋がったのかな?

いいえ、鬼神(きじん)と幕府に」

「どちらにもついた、とは言わないのだね。ははは、神秘の歪みに理解があるようで何より。実に話しやすい」


晴雲の立ち位置をはっきりさせる、という目的の核心を突いた質問に、彼は嬉しそうな笑みをこぼす。


どうやら美桜の選んだ言葉は的確だったらしい。

しかしそれ以外にも、このゲームについて語れるのが単純に嬉しい、というようなニュアンスも含んでいるようだった。


彼には最初から、絶対に隠す、というような意識はなかったようで、楽しげにティーカップを揺らしながら、どこまでも見透かすように顔を上げ口を開く。


「100年前、私は妖鬼族についた。鬼人を幕府に紛れ込ませて、守護神獣に敵対させたんだ。これにより、宇迦之御魂神、天迦久神、夜刀神、隠神刑部の4柱は人と敵対した。

まぁ、隠神刑部はフリだったようだけどねぇ」

「そうね……守護神獣たちの様子がおかしかったから、入れ知恵している人でもいるのかと思ったの。結局異変の解決はできず、黒幕を暴くくらいしか意味を成さなかったけれどね。

あなた、殺したのでしょう?」

「まぁね。時間を稼いでもらう代わりに本体で会ったんだけど、これが胡散臭いのなんのって。問い詰めるとあっさり認めたから、流石に殺したさ。別にバレてもいいにはいいけど、形式上ね。一応聞くけど、どうやって知ったのかな?」

「連絡が途絶えたし、式神も届いて情報を聞けたから。

でも、形式上というくらいだし、気にしないでしょう?」


晴雲の質問に答えた美桜が逆に小首をかしげて聞くと、彼は我が意を得たりとばかりに頷く。

美桜がどのようにそれを知ったのかを聞けたこともあって、ティーカップを傾けながら、満足げに。


「ふふ、まぁね。私のことを知られようが、実際は裏切ってなかろうが、私にとってはどちらでもいい。事実、一度目は妖鬼族に手を貸したから、次は人間に手を貸している」

「運良く私がいる時に崑崙を訪れたクロウちゃん達に、守護神獣を探すように助言をしたものね」

「その通り。だから、次は妖鬼族だ。

クロウ君達や多くの守護神獣、橘獅童なんかが神奈備の森にいる時に、愛宕を襲撃させた」

「はは……あの時は、仕事をサボっていて助かりましたよ……

ずっと仕事をしていたら、多分もっと寝起きでした」

「もしそうだったとしたら、もう少し鬼神(きじん)にも勝ち目があったかもね。私としてはどちらでもいけど」

「ふふ、それで?」


ついにティーカップを置いた美桜は、テーブルの上で手を組んで晴雲を見据える。


茶菓子の類は既に消えているが、それ以外は健在だ。

美桜が鋭い視線を送っても、やはり晴雲は動じずにティーカップを傾けていた。


「ああ……妖鬼族を助けたら、もちろん次は人間だ。

百鬼夜行を抑え込んだあと、私は君達にどこへ向かうべきか助言をした。最も適した対面を作ったんだよ」

「……はぁ。嫌になるくらい中立。ひたすらに傍観者ね」

「そうだよ。ただ、あの子を忘れずに生き続ける。それが、私という神秘だ。それだけが、私の全てだ」


呆れたようにつぶやく美桜に、晴雲は力強く言い放つ。

葦原晴雲は中立である。

どこまでも中立で、どんなときでも傍観者である。


危うく戦況を左右するようなことをしたとしても、素知らぬ顔で人間の側に帳尻を合わせるほどに。

美桜は彼がこれまで行ってきたことを聞くことで、それを改めて確認した。


とはいえ、あまり驚いている様子はないので、その1000年の関わりから、ある程度は予測していたのかもしれない。

彼女はため息を吐きながら顔を下に向けるだけだ。


「雷閃将軍は倒れ、執権影綱は意識不明の重体。侍所所長の獅童は命を落とし、問注所長官の海音は満身創痍。

無事なのは私だけですから、現幕府は崩壊したと言っていいでしょう。あなたは確かに中立でしたが、著しい被害です」

鬼神(きじん)も多くが死んだようだけどね。

それで、君はどうするんだい?」

「初代幕府の執権として、あなたを排除しますよ。……もう、この国にいて、なおかつ生き残っている者は僅かですが」


美桜が顔をあげると、今までよりも数段冷たい視線を晴雲に向ける。その背後には、いつの間にか現れた十二枚の御札。


つい先程消した白虎から、よく呼ぶ朱雀、今まで隠神刑部に貸していた、まるで幽霊のような靄――天空まで勢揃いだ。


「悲しいね、卜部美桜。初代将軍――橘獅童が死んでも、君の炎は消えないのかい?」


まるで殺意を感じさせないものの、明らかに戦闘の意思を伺わせる美桜を見た晴雲は、ゆっくりティーカップを置くと、美桜のカップもまとめて消失させる。


十二天将をすべて呼び出し、戦闘態勢に入った美桜と目を合わせている晴雲だったが、ようやく開いた目は星の如く輝きを持ち、しかしどこまでも黒く凪いでいた。


「この炎が消えたら、私は生きる意味を失うんですよ?

生きることに疲れて、仕事が面倒で、山々を放浪しすべてをサボっていたとしても。これだけは譲れない」

「……排除、か。それは私も看過できないねぇ……

もうあの子を覚えているのは私だけだ。中立の立場として、殺しはしないが抵抗はさせていただこう」


そう言う晴雲の背後には、7枚の形代が。

さっきまで岩戸を襲っていたはずの天逆毎(アマノザコ)、ついさっき暴禍の獣(ベヒモス)に食い尽くされていたはずのだいだらぼっち、ポーンに消し飛ばされたはずの犬神などが控えていた。


「まぁ、端的に言って逃亡だ。八神将と十二天将。

術師同士、術比べといこうじゃないか」

「中立を謳う悪魔には、ここで退場していただきます」


"花の音を君へ(コノハナサクヤヒメ)"


"陰陽を兼ねた凶星(アマツミカボシ)"


十二天将たちとは違い、混乱している八神将たちだったが、晴雲と美桜は無視して話を進めていく。

晴雲の夜空のような目には星が輝き、美桜の周囲には桜が舞う。


百鬼夜行が鎮まり、鬼神(きじん)が打倒され、嵐が去った今宵。

桜風が吹く中、未だ昏い星空が輝いていた。


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