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化心  作者: 榛原朔
二章 天災の国
207/432

180-災いは未だ

フーと一緒に戦うと決めたリューは、うねる大木やすべてを食らう触手、天逆毎(アマノザコ)の拳が起こす衝撃波などを避けながら、攻撃するのに適した場所を探す。


珍しく突っ込んでいかないのは、現在は2人共に正常であり、自分達では彼らに敵わないとわかっているからだ。


「距離よし!」

「間隔、よし」

「狙いは暴禍の獣(ベヒモス)!」

宇迦之御魂神(ウカノミタマノカミ)と天逆毎に……敵意を、向けられないように」

「渦巻け、暴風!」


しばらく空を飛んでちょうどいい位置を探していた彼らは、タイミングよく木や触手がなく、暴禍の獣(ベヒモス)への道が開けている場所を見つけて移動をやめた。


彼らとの距離が空いていて安全で、宇迦之御魂神や天逆毎を巻き添えにしない程度には彼らの間隔も空いている今。

ヴィンダール兄妹は、己のすべてを使って風を渦巻かせる。


「俺が矢で」

「あたしが弓」


フーが両手を広げて前を飛び、右腕を持ち上げ左手で支えるリューはその後ろに。彼らの周りに渦巻いていた暴風は、段々と形を持ってきていた。


その形とは、彼らの言葉通り紛うことなく弓矢の形である。

フーの広げた腕に沿って展開し、リューが暴禍の獣(ベヒモス)を指差すように持ち上げた腕に力が溜まっていく。


やがて弓が地面につくと、周囲に渦巻いていた暴風は幻か何かだったのかというほど唐突に静まる。その、刹那……


「食らえ、暴禍の獣(ベヒモス)!!」


"合技-神鳥の風弓"


彼らの手元から、輝かしい鳥が羽ばたいた。

リューの腕から放たれた風の矢は、フーという弓の影響なのか鳥が翼を広げたような形に。


飢えた獣に向かって、大木や触手の移動で狭くなってきた道を突き進んでいく。


「メシッ……!! メシィィッ……!!」

「強欲な触手を掻い潜れ、クロウの敵を食い破れ、神鳥!!」


しかし、標的である暴禍の獣(ベヒモス)はすぐにこの攻撃に気が付き、血走った目を向けた。

鳥の形をしているからか、大木や地面などを食べていた触手を一斉にその矢に差し向ける。


とはいえ、付近には宇迦之御魂神と天逆毎が健在だ。

その数は数えるのも億劫なほどではあるが、隙間がない訳ではない。


風の矢は兄妹の叫びに呼応するように旋回し、暴禍の獣(ベヒモス)の本体に襲いかかる。

だが……


"座して貪る万有引力(スロウス)"


「風ハ、腹に、溜まんネ……アぁ? 意外ト……ソウデモ……?」


矢が直撃する寸前で、暴禍の獣(ベヒモス)の周囲には不動の捕食空間が展開される。

まっすぐ突っ込んでいった矢は、当然暴禍の獣(ベヒモス)に食べられてしまう。


当然、宇迦之御魂神の大木や天逆毎の拳から放たれる衝撃波すらも捕食対象だ。さっきまで触手とぶつかり合っていたそれらは、クレーターの周囲だけ完全に消失していた。


とはいえ、これも悪いことばかりではない。

暴禍の獣(ベヒモス)がクレーターの底に落ちたことで、あれからリュー達の正確な位置がわからないらしく、触手の動きは鈍くなっている。


前回クロウ達と一緒に遭遇した時同様、彼らには話をする猶予が生まれた。


「防がれたッ……けど、あれやってる時は動けねぇ!!」

「だけど、突破は不可能」

「それでも、何か見つけて次に繋げるんだ……!!」

「何か、のう……妾には、あれを殺す方法など思いつけぬぞ」

「うわっ、宇迦ちゃんっ……!?」

「……なんじゃ小娘、馴れ馴れしい」


リューとフーが話し合っていると、いつの間にやってきていたのか、背後から宇迦之御魂神が疲れたように話しかけた。

どうやら彼女は木の中からやってきたらしく、当然気がつけず驚いたフーの言葉に宇迦之御魂神は不満げだ。


「えっと、ごめんなさい……」

「……? まぁよい。それで、どうするのじゃ?

会ったことがあるのなら、一度は切り抜けたのじゃろう?」

「いやその前に、天逆毎はどうしたんだ?」

「あれは妾の分身と戯れておる。あべこべにする以外、殴るしか能のない女じゃ。放っておけ」

「よっし、なら暴禍の獣(ベヒモス)だけだな。

とりあえず、一定時間でまた出てくるはずだけど……」


やけに大人しいフーの様子を見て、不思議そうに彼女を見つめた宇迦之御魂神だったが、すぐに我に返ると2人と対策を考え始める。


天逆毎のことは気にしなくていいため、以前戦ったことのあるヴィンダール兄妹から話を聞きながら情報をまとめていく。


「一定時間で出てくる……何故じゃ?」

「腹減って、なんじゃねぇかなぁ」

「他には?」

「炎で地面を破壊してきた、吸い込んでる時は触手が減る、捕食空間がでてくる。……くらい?

あとは、少し力が抜けたような気がしたかも……です」

「……それで、以前はどうやったのじゃ?」

「地面ごとくり抜いてぶっ飛ばした」

「……ほう」


彼らの知る情報、行った行動を聞いた宇迦之御魂神は、目を細めてクレーターを見つめる。

空腹により出てくる、という話を聞いていたため、その時間が来ていないことを確認するためだろう。


数秒クレーターを見つめていた彼女は、まだ出て来ることはないと判断して2人に話しかけた。


「ふん、ならば此度は妾がくり抜こう。お主らは以前と同じく、彼奴をこの島の外から追い出すのじゃ」

「へへ、頼もしいなぁ。前回はローズに茨でやってもらったけど、安心感が段違いだぜ」

「……大木でできるの?」

「舐めるでないわ、小娘が。貴様らは約束に含まれておらぬのだぞ? 殺されたくなければ黙っておれ」


不安そうに問いかけるフーに、宇迦之御魂神は先程と同じく不快そうに表情を歪める。

彼女はその言葉通り黙ったため、作戦を決めた彼女達は静かに暴禍の獣(ベヒモス)が出てくるのを待った。




「アァア……!! メシ、ドコにモ、ネェなァ!!」


"飢餓という不幸を呪う(ラース)"


彼らがしばらく待っていると、暴禍の獣(ベヒモス)は前回と同じようにまたしても大破壊を起こし始める。

風や大木、衝撃波や炎が止めどなく吹き出し、大地を砕いていく。


ある程度は宇迦之御魂神が根で守っているのだが、それでも間に合わないほどの大破壊だ。

もちろん暴禍の獣(ベヒモス)は吸い込むのをやめており、触手で体を持ち上げてクレーターから出てきていた。


それを確認した宇迦之御魂神達は、暴禍の獣(ベヒモス)が地面の上に来てから作戦を開始する。


「行くぞお主ら、準備せい」

「りょー!」

「わかりましたっ……!」


"花鳥諷詠-五月雨"


ヴィンダール兄妹に声をかけた宇迦之御魂神は、強い光を秘めて暴禍の獣(ベヒモス)を睨む。

すると、大木の槍が四方八方から暴禍の獣(ベヒモス)の周囲の地面に向かっていった。


そして背後には、先程と同じく力を溜めるヴィンダール兄妹が。周囲に渦巻く暴風をまとめ、弓矢の形を作っている。

しかし……


「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ……!! メ、シィーッ!!」


"尽きぬ食欲は探求へ(グリード)"


狂ったように暴禍の獣(ベヒモス)が叫ぶと、触手は地面を穿つ大木を横薙ぎにすべて食らってしまう。

地面はまだ完全にはくり抜けておらず、ただ穴が空いているだけの状態。


この状態で吹き飛ばすのは不可能だった。

しかも、大木を食べた暴禍の獣(ベヒモス)が続いて地面に手をつくと……


"万物を溶かす胃(グラトニー)"


不完全ながらも大地から切り取られていた地面は、暴禍の獣(ベヒモス)が触った瞬間に消失する。

咀嚼していることから、どうやら手で触れただけで食べてしまったらしい。


「けぷっ……サラダと、クッキー? 悪ク、ネェ……」


地面と大木を食べながらも、暴禍の獣(ベヒモス)は触手で体を持ち上げながら進んでくる。

相変わらず骨のように痩せこけており、まだまだ満たされていないようだ。


「ッ……!? 妨害されてしまったのじゃがッ……!?

お主らが前回やったことは、学習されてしまっておるぞ!?」

「げぇーッ!? あいつに知能あんのかよ!? 飯食うことしか考えてねぇ話の通じねぇヤツだろ、あいつは!?」

「あわわ……実際にやられてるよ、お兄ちゃんっ……!!

とりあえず溜めるより避けないとっ……!!」


そんな暴禍の獣(ベヒモス)を見ていた彼らは、度肝を抜かてしまう。どうにか大木での防御、風をまとっての回避などを行っているが、明らかに動転していた。


「くっ、どうする……? 街の触手は、侍共が町人を守って抵抗しておるから気にせずともいいとして、本体は……!!」

「とりあえず、撃つぜ!!」

「あ、あたしも……」


"魔弾-フーガ"


"シールパラム・シュタッヘム"


宇迦之御魂神が大木をけしかけながらも焦っていると、ヴィンダール兄妹もそれに加勢するように技を放つ。


中途半端な溜めではあったが、それを無理やり形にして、それぞれ弾ける風の弾丸と的に殺到する棘として。

だが……


"尽きぬ食欲は探求へ(グリード)"


もちろんそれらも触手に食べられてしまう。

手数も威力も、まったく足りていない。

触手で持ち上げて進んでくる暴禍の獣(ベヒモス)の足が、一瞬止まることすらもなかった。


「覚えノアル、味……腹ニ、溜まんネェ、ナァ……」


大木と風を食べている暴禍の獣(ベヒモス)は、ポツリとつぶやくと虚ろな目で食物の発生源に目を向ける。

その先にいるのは、もちろん宇迦之御魂神とリュー、フー。


さっきまでここに意識を向けていなかったのか、今認識したとでもいうようなそれは、ニタリと笑うと地面に手をついた。すると……


「ッ……!! 宇迦之御魂神ッ……!?」

「くふっ……!! 案ずるな、回復手段はある……!!

じゃが、止めるのは……」


彼らの足元から無数の触手が飛び出し、宇迦之御魂神の体を穿ってしまう。リューとフーは空を飛んでいたため、すぐに避けられたが、地面にいた彼女は重傷だ。


しかも、暴禍の獣(ベヒモス)にはまだ止まる様子がなかった。

捉えた宇迦之御魂神や避けるリューとフーを気にした様子もなく、そのまままっすぐ街へ向かっていく。


「ドウセ、街にモ、肉がイル。コノまま……」


もとより、暴禍の獣(ベヒモス)は街にいくらかの触手を差し向けていた。だが、今向かうのは本体であり、触手は疎らではなく激流のよう。


大木に乗って距離を取る宇迦之御魂神や、風で触手を抑えようとしながらも吹き飛ばされているリューとフーを気にすることなく、まっすぐ街に向かっていく。


「ギャーッ!? 触手の濁流が来たぞッ……!?」

「逃げろ、触手の束だッ……!! 街中にいる数本の触手なんか気にしてる場合じゃねぇ……!!」

「骨も残らず貪られるぞッ……!!」

「肉ゥ、肉ゥゥッ……!!」

「う、うわぁぁッ……!?」

「く……!! かかれーッ!! ガハッ……!!」


街を食べながら、触手は踊る。

ある程度まで奥へ行くと、そこにはまだ逃げている途中の町人達がいた。


一応侍もいるのだが、彼らは数本の触手にすら手こずっているような者達だ。


宇迦之御魂神は離脱しており、リューとフーも吹き飛ばされて地面に落ちている現在、この場所に、暴禍の獣(ベヒモス)に対抗できるような存在はいない。


彼らは暴禍の獣(ベヒモス)の触手に四肢を噛り取られ、首を転がし、血を撒き散らしていた。


「ちくしょう……!! やっぱり通用しねぇ……!!

周りでは、こんなに惨たらしく人が食われてんのに……!!」

「クロウが生きてるってことは、村が襲われた時その場にはいなかったんだろうけど……」

「ああ、許せねぇ……!! 絶対に、あいつは殺さねぇと……!!」

「あ……」

「どうした?」

「空……」


血が飛び散る街の中、リューがフーの言葉に空を見上げると、視線の先には煌めく光の筋があった。

よく目を凝らしてみれば、その中心にいるのは1人の少年。


彼らに面識はなく、知る由もないのだが、それは名前のない鬼神(きじん)を殺してきた律だった。

だが、彼らは知らないなりに少年の強さを肌で感じる。

その、ドス黒いオーラに全身を震わせる。


「あ、あんなのが……まだ、来んのかよ……!!」

暴禍の獣(ベヒモス)だけでも、どうしようもないのに……

それと、同格だなんて……」


上空に非時律(ときじくりつ)、前方に暴禍の獣(ベヒモス)

大厄災に挟まれたヴィンダール兄妹は、ただただ力の差に慄き、震えていた。




~~~~~~~~~~




ヴィンダール兄妹が大厄災に挟まれる、その少し前。

彼らに偽装を施し去っていったポーンは、街の上空で悩ましげに惨劇を見つめていた。


「……人が、食べられている。僕の役目は終わったけど……

うぷ……!! はぁ……はぁ……気分が悪い。

これを手助けすることは、マスターの邪魔になるかな……?」


しばらく悩んでいた彼女だったが、やがて表情を引き締めると、人を喰らう触手に向かって飛んでいく。

ヴィンダール兄妹のもとから飛び去っていった時と同じく、全身に青い光を帯びた超スピードで。


「うわぁ!? なんだ!? 誰だ!?」

「ひ、人……!? 幕府の仙人か……!?」

「……」


一瞬で町人の前に降り立った彼女は、驚いて騒ぎ出す人々を尻目に黙って周囲を見回す。

さっきまで気分悪そうにしていたのが嘘かのように、ひたすらに凛とした佇まいだ。


"神竜兵装-ブラスト"


彼女は一通り見回した後、拳に一際青い光を宿した。

町人はより驚き、声を上げるが、やはり彼女は気にしない。


口を真一文字に結び、人々に襲いかかる触手に殴りかかる。

すると、その拳は爆発したように輝き、殴られた触手は弾け飛んだ。


「ひっ……た、助かった……?」

「早くお逃げなさい。僕はあまり広範囲に攻撃できないんだ。人が多いと、助けきれない。僕に血を見せないで……」

「は、はい……ありがとうございます」


吹き飛ぶ触手に唖然としていた町人だったが、ポーンが声をかけるとすぐに立ち上がり、走り去っていく。

それを見届けたポーンは、次の触手に。


人の位置、触手の位置、建物の位置。

そのすべてを把握しているようで、彼女の周囲で被害はゼロだ。


彼女は宙を舞いながら、主に触手を、時折妖怪も討伐しながら人々を守り続ける。その範囲は段々と広範囲に。

やがて人を呪い殺す犬神や復活していただいだらぼっちなど、八妖の刻までも吹き飛ばしていた。




「貴様ッ、ポーン!!」


そんな彼女が青く発光しながら飛び回っていると、地上から彼女を呼ぶ声が聞こえてくる。

ポーンが地上を見ると、そこにいたのは地面を柔らかくして町人を殺す八妖の刻――ぬらりひょんだった。


「……? あぁ、ぬらりひょん」


どうやら彼と知り合いらしく、少しだけ困ったように眉をひそめたポーンは、最後に屋根の上にいたぬえを貫いてから、その前に降り立つ。


怒鳴られているのだが、特に気にせず優雅に。

青筋を立てているぬらりひょんは、そんなポーンに更に苛立った様子で、勢いよく怒鳴りつける。


「どういうつもりだ!? 我らの主は仲間とまではいかずとも、ある程度の協力関係にあるはずだ!! 邪魔をするな!!」

「……いや、そんなことを言われても。僕はマスターに迷惑がかからなければ、それでいいんだ。なら、僕は血が見たくないから人を助けるよ」

「妖怪にも血はあるだろうが!!」

「うん、まぁそうなんだけどね。でも、人型の人工生命体としては、人の血の方が見たくない。これでも必死なんだよ?

傷つけることに変わりはないから、感触に吐きそう……うぷ」

「貴、様ァ……!!」

「うん……?」


ぬらりひょんの神経を逆なでするように返答していたポーンだったが、何かに気がついたように空を見上げる。

目の前では変わらずぬらりひょんが怒鳴っているが、やはり気にすることはない。


夜空に煌めく光の筋――ドス黒いオーラを迸らせて空を飛んでいる少年、律を静かに見つめていた。


砕けぬ信念(アキレウス)か……もう、大丈夫そうだね。

僕は戻ろう。流石に怒られそうだ……」

「今、その最中だろう!! おい!!」

「役目は終わってるし、気がかりもなくなった。

ポーン、満足。さようなら」

「貴様ーッ!!」


ぬらりひょんは怒鳴りながらも地面を柔らかく操り、ポーンを捕らえようとする。

しかし、青く発光しているポーンが捕まることはなく、そのまま流星の如くスピードで飛び去っていった。




~~~~~~~~~~




ポーンが八咫本島に向かった頃。

震えて座り込むリューとフーの目の前には、自身の周りから触手を消した暴禍の獣(ベヒモス)と全身を発光させている律が立っていた。


「クヒヒ……なんダ、お前。精神安定剤は、ドウした?

暴走シかけテルじゃネェカ。オーラもドス黒イ。

アークレイが、来ちマうゼ……?」


今まで食べることしか頭になく、メシとばかり口にしていた暴禍の獣(ベヒモス)は笑う。嘲るように、楽しむように。

目の前で苦しむ律を愉快そうに眺めていた。


「人が、たくさん潰された……たくさん食べられた……

もう、たくさんだ……!! たとえ世界が滅ぶとしても、はぁ……はぁ……!! 僕は君を……いいや、違う!! くッ……!! はぁ……

巻き添えになんて、させない……僕は、折れない……!!」


ふらふらと頭を抱えながら呟いていた律は、暴禍の獣(ベヒモス)の言葉を聞いて顔を上げた。

焦点が合わない目で、黒いヒビが入った顔で、それでも折れることなく自身をつなぎとめる。


「自己、拡張……空で待つ君へ、いつか空に成る君へ……

来たれ疑似宇宙……この星の、代行者……!!」


"不滅の星盾"


一際律が輝くと、その身から薄い膜のようなものが広がっていく。輝く銀河のようなそれは、街中に。

リューやフーも含めてすべての生物を包み込み、個人個人にも球体のような加護を与える。


これにより、この街の人々が傷つくことはなくなった。

触手が人々を守る球体にぶつかると、その人の代わりに律の身から血が吹き出す。

それはすべての救済であり、すべてへの犠牲であった。


「はぁ……はぁ……うん……?」


律の体は、鬼神(きじん)と戦った時点で既にない。

しかし、それでも彼が折れない限り彼は生きている。

全身がないという苦痛に加え、自身が形作る精神体(肉体)を壊され続けても。


そんな彼は現在、目の前の暴禍の獣(ベヒモス)以外には見えていなかったのだが……


「君達、神秘だね……」


街中を自身の神秘で覆ったことで、近くに座り込むリューとフーに気がついた。


やはり焦点が合っていないが、それでも。

暴禍の獣(ベヒモス)に食べられながら彼らに声をかけた。


「え、あ……」

「だったら、何だ?」


壊れた律に話しかけられたリューは、取り乱すフーを庇って前に出る。明らかに彼を警戒した態度だ。

だが、律は特に気にすることはない。

超然とした態度で、リュー達に次の行動を促す。


「わかる、わかるよ……彼の家族だね。

クロウは愛宕の都にいる。行ってあげて」

「……? わかった、助かったよ」


少し戸惑った様子を見せたリューだったが、すぐに納得するとフーに手を貸して立たせ、愛宕に向かって飛んでいった。

それを見届けた律は、欠けた体を擬似的にもとに戻しながら前を向く。しかし……


「……」


既に目の前から暴禍の獣(ベヒモス)は消え去っていた。

もちろん、街を蠢いていた触手もだ。


八妖の刻含め、街で暴れ回っている妖怪はまだ残っているが、鬼人と侍がいれば問題ない。

加護はともかく、彼が戦う相手自体はいなくなった。


それでもなお全身を苛まれる律は、黙ったまま立ち尽くす。

明確な脅威がいなくなり、暴走の危険はなくなったものの、もう眠りにつく寸前で限界だ。

彼は痛みに耐えながら、ただ立ち続けた。




~~~~~~~~~~




それからしばらくして、空に再び青い軌跡が描かれた。

光は愛宕からまっすぐと伸びてくると、律から少し離れたところに着地する。その光の中から現れたのは……


「律っ……!!」


暴禍の獣(ベヒモス)が言うところの、非時律の精神安定剤。

彼の唯一の理解者だった人、彼だけを案じる人。

律の姉的な存在である、幼馴染みの鈴鹿凛だ。


「……お姉、ちゃん。どうやって、ここに……?」

「それは……」


全身から血を吹き出しながらも、暴走を終えた律が息も絶え絶えに問いかけると、凛は背後に目を向ける。

そこにいたのは、青く輝くポーンだ。


どうやら彼女は、律を見て愛宕に戻ったあと、凛を見つけてまたここに戻ってきたらしい。


「サービスだよ。それじゃ」


ポーンは困ったように笑うと、頭を下げる凛を尻目にまたも飛び去っていった。


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