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化心  作者: 榛原朔
二章 天災の国
199/432

173-天災を呼ぶ声

愛宕で鬼神(きじん)が暴れ回っている中。

岩戸でもまた、八妖の刻、そして暴禍の獣(ベヒモス)が暴れ回っていた。


最も危ない暴禍の獣(ベヒモス)の本体と八妖の刻の最強の天逆毎(アマノザコ)は、リューとフー、宇迦之御魂神(ウカノミタマノカミ)が相手にしているのだが、暴禍の獣(ベヒモス)の伸ばす触手と残りの八妖の刻は自由に暴れている。


もはやどこにも安全な場所などない状況だ。

そのため、鬼灯丸道真と戦う影綱は、どうにか岩戸の街に部下などを送り込んでいたのだが……


「影綱様に送られてきたはいいけど、これどうすればいいの……? 妖鬼族も一緒に連れてきちゃって……」


この場に送られてきた侍達の指揮官である、侍所副長の松陽、問注所次官の胡蝶、政所次官の雫の3人は、ひとまず部下に避難誘導を指示してから、戸惑いを隠せずにいた。


理由は単純で、影綱が岩戸に送ったメンバーに捕まえていた妖鬼族もいたからだ。

鬼神(きじん)が現れるまでは、八妖の刻と同じく敵対していたのだから戸惑うのも当然だろう。


ただでさえ暴禍の獣(ベヒモス)、八妖の刻という明確な脅威があり、宇迦之御魂神(ウカノミタマノカミ)という侍限定での敵対者、リュー、フーという彼らにとっては未知の神秘が街の外で戦っているのだ。


もし鬼人までもが敵対することがあれば、不利どころではない。既に危ういのだから、瞬く間に壊滅してしまうだろう。


だが、彼らは影綱の部下であり、影綱を信じている。

そんな彼が一緒に送り込んだのだから……とすぐに結論を出した。


「……まぁ、順当に考えれば共闘でしょうね。松陽さん」

「……ん、わかったよ」


雫が少し不安げながらもそう言うと、名指しで頼まれた松陽はかなり嫌そうにしながらも妖鬼族に近づいていく。

その先にいるのは、縛られて転がっている熊童子だ。


「おい、熊童子」

「……なんだ」

「君、手を貸す気はあるか? 一応死鬼はこちら側についてて、あんたらのボスは君も殺すつもりらしいけど」


松陽が問いかけると、熊童子は心の底から嫌そうに返事をする。松陽と同じで、それなりに拒否感があるようだ。

しかし、それでも真摯に向き合ってくる松陽を見て、彼はゆっくりと顔を上げた。


「俺は人間が嫌いだ。里から出たら、いっつも刀や弓を向けてきやがるからな。だけど、あの方々のように恨んでるわけじゃねぇ。蛇に噛まれたから潰してる。そんくらいだ」

「……つまり?」

「俺は人よりデケェ。熊みてぇに毛むくじゃらで、そりゃあ人は俺が怖ぇだろうよ。……俺等も、小せぇ時から人の形をとれた紫苑さんが怖かった」

「今この瞬間も街の人達は死んでるんだ。早く答えてくれ」


淡々と胸の内を呟いていた熊童子に、松陽が苛立ったように答えを促すと、苦しげに表情を歪めた。


「人は、それでも俺らを受け入れられんのか?」

「……今、人は妖怪に殺されてる。それを助けたなら、君達への恐れはかなり薄まるだろうさ。人は昔よりも君達を知っているし、紫苑さんの今までの努力で芽は生まれている」

「……そうか」

「どうする? 嫌ならそれでいいけど」


松陽がさらに促すと、熊童子は目を閉じる。

しかし、松陽がため息を吐いて頭を振っていると目を開け、いつものように騒がしく大声を上げ始めた。


「はっはっはー!! おーう、いいぜぇ!! 俺様の力を貸してやる!! 土下座して感謝しな、松陽!!

どっちがより多くの妖怪を狩れるか勝負だ!!」

「はぁ、うるさいなぁ……他のやつにも聞いてくれるか?」

「俺様が人の側につくんだ、こいつらも従うさ!!」


松陽がうんざりした様子で縄を切っていると、彼は自信満々に他の鬼人も人の側につくと宣言する。

だが、すぐそばで話を聞いていた鬼人は鼻で笑ってそれを否定した。


「バカを言うな。この俺がてめぇなんぞに従うか。

俺は俺の意思でこいつらに手ぇ貸すんだよ」

「星熊童子」

「おう、さっさと縄切れや」


とはいえ、人の側につくつもりはあるようで、縛られながらも熊童子を蹴ると、早く縄を切るように要求している。

すると松陽は、星熊童子に対してはあまり不快感を持っていないのか、力なく笑って縄を切り始めた。


「話は決まったの? だったら早く手伝って!!

なんか触手がどんどん増えてて……!!」


松陽と、解放された熊童子、星熊童子などが、協力して他の妖鬼族の意思を確認しながら縄を切っていると、宙を舞っていた胡蝶が屋根の上から声をかけてくる。


すぐにまたどこかへ行ってしまったが、それだけマズい状況であるらしい。そんな胡蝶の焦った声を聞いて、彼らは侍達が避難誘導しているはずの方に視線を向ける。

するとそこには、その言葉通り増えた触手に狙われている人々がいた。


「は‥は‥は……いや、いやだ……嫌だァ……!!」 

「なんだよ、なんなんだよこのしょくぐばぁ……!?」

「待てッ押すなッ……!! こっちには触手がァァ……!?」

「早く進めよッ……!! だいだらぼっちに潰され……

え……!? 触……手……!? 多すぎガッ……!!」


彼らの目の前に広がっている光景は、狙われている、という言い方では生ぬるい。


街の外にはだいだらぼっち等の超巨大な八妖の刻ら、中にはぬらりひょん等の危険な獣、そして街そのものと認識してしまう程の広範囲には、数えきれない程の触手が蠕いており、混乱を極めていた。


侍達は八妖の刻だけでも手一杯、暴禍の獣(ベヒモス)の触手に回せる人員は全体の三分の一にも満たないため、最低限の誘導をした後は自力で避けてもらうといった方針になっており、悲惨な状況だ。


実際、本体がいないのだからどうしようもない。

防御だけしていてもジリ貧であり、それならば排除できる八妖の刻を消す方を優先すべきだろう。


だがその方針のせいで、人々はほとんど何も抵抗できずに暴禍の獣(ベヒモス)に貪られ、血肉を撒き散らしていたのだった。

それを見た松陽は、硬い表情で近くにいた熊童子、星熊童子に呼びかける。


「……おい、行くぞ」

「妖怪狩りしたかったんだけどなぁ……」

「あれは俺らも餌としか見てねぇぞ。八妖の刻は虎熊童子なんかに任せて、俺らはあの触手だ」

「うるせぇ!! わかってらぁ!!」

「指揮は任せてもらうよ……名前のない鬼人達ッ!!

君達は幕府の侍と共に触手から人々を守れッ!! 共に生きる未来のため、この災害から生き残るため、今は互いに背中を合わせろッ!! 指揮はこの俺、侍所副長の松陽がとるッ!!

者共、かかれぇーッ!!」


熊童子、星熊童子の間で刀を振り上げる松陽が号令をかけると、背後にいた名前のない鬼人達は一斉に叫びだす。

そして、避難誘導を担当していた侍達と共に、触手へと駆け出していった。




~~~~~~~~~~




鬼人達と侍達が共闘し、八妖の刻や荒ぶる暴禍の獣(ベヒモス)の触手に対抗し始めた頃。

リューとフーは、なし崩し的に宇迦之御魂神、天逆毎と共闘状態となり、その本体と相対していた。


「飯ィ……!! 飯ィ……!! 飯ィィッ……!!」


個々人に目を向けると、暴禍の獣(ベヒモス)VS天逆毎VS宇迦之御魂神VSリュー、フーなのだが、盤面的には、暴禍の獣(ベヒモス)VS残りの4人だ。


しかし、それでも暴禍の獣(ベヒモス)の力は凄まじく、彼らは全員為す術もない。


それぞれ大木、風、拳でどうにか触手を防ぎながらも、反撃ができないどころか、街に伸ばす触手を止めることすらできていかった。


「なんなのじゃ、此奴はっ……!!」

「だーかーらー、暴禍の獣(ベヒモス)だっての」

「いや、それはわかっておる! 薄っすらとじゃが、大昔に見かけたことくらいはあったはずじゃ。しかし、以前はこれほど荒ぶってはおらなんだぞ!?」

「そんなこと、あたしが知るもんかい」


暴禍の獣(ベヒモス)に向けて放った大木の槍を喰らい尽くされ、続いて自身に伸ばされた触手から逃げてきた宇迦之御魂神は、同じく触手に追われていたフーに問いかけた。


だが、もちろん彼女が詳しいことを知っているはずもなく、何も解決しなかったことに苛立った宇迦之御魂神は、フーに大木を差し向ける。


「ちょわっ……!! 何してくれてんだい、あんた!?」

「ふん……人間は嫌いじゃ。町民以外なら、妾の攻撃に巻き込まれて死ねばいいのじゃ」

「うがぁぁー!! ムカッつくなぁ!!」

「……そのまま離れておれ、と言っておるのじゃ。死ぬぞ?」

「はぁ!?」


"万緑翠露"


大木を避けて空を飛んでいたフーを確認した彼女は、どうでもよさそうにつぶやくと暴禍の獣(ベヒモス)をにらみつける。

すると、彼女がいる場所から暴禍の獣(ベヒモス)がいる場所まで、一面に緑が広がっていく。


暴禍の獣(ベヒモス)が食べて死んでいた地面も息を吹き返し、どこまでも生命にあふれる光景だ。

当然、命が生まれればまたすぐに暴禍の獣(ベヒモス)はそれを食べだすのだが……


"花鳥諷詠-干天"


暴禍の獣(ベヒモス)が食べたものは内部から、食べられる前にそれに向けて突き立てられた根などは外部から、みるみる暴禍の獣(ベヒモス)の生命力を奪っていく。


「カッ……ウッ……!! メ、シィィーッ……!!」


あれは元々骨のように痩せ細っているため、見た目的にはほとんど変化はない。

しかし、その飢餓感は増してしまったらしく、さっきよりもさらに凶暴性を増して触手を暴走させ始めた。


その上、辺り一帯に広がっていく緑は収まる気配がない。

飢えて食べればさらに飢えるというループが生まれている。

大木も変わらず敵を狙い、突き立てられたならば同じように生命力を吸ってしまうため、とんでもなく悪質だった。


当然、離れるように促されたフーと、多少遅れながらも彼女の様子から何かを察したリュー以外は標的にされた訳で……


「ちょっとあなたッ……!! わたくしの生命力まで奪ってどういうつもり!? 従わされたいのかしらっ!?」


宇迦之御魂神が飢餓地獄を生み出してすぐに、全身に木々が突き刺さった天逆毎が怒鳴りながらやってくる。

当たり前のように標的にされていたようで、生命力を吸い取られて少し頬がこけていた。


だが、宇迦之御魂神が気にすることはない。

冷たい視線を彼女に送り、しれっと敵対宣言をする。


「お主は妾の敵どころか、町民の敵じゃろう? あの小童共は放置できるが、お主は元々滅ぼすべきものじゃ」

「っ……!! いいわ……ならば我に手を出したこと、後悔させてあげますッ……!!」


それを聞いた天逆毎は、もちろゆ宇迦之御魂神に牙を剥く。

暴禍の獣(ベヒモス)を警戒しながらも、その拳を振りかぶり彼女の操る大木を粉砕し始めた。


「天は九つに裂け、世界は緩やかに滅びゆく。人の支配を逃れたモノが今、貴方に落陽を与えましょう。……日、なくして植物は生きられない。滅べ、宇迦之御魂神ッ……!!」


"九天破邪"


「たとえすべてが滅んでも、大地は死なず、新たなる生命が育まれていく。人を超え、獣を超えたモノが今、世界に生命の息吹を吹かせましょう。

我は宇迦之御魂神。この世のすべてを生かす者……!!」


"大地母神-伏見稲荷"


「メシッ、メシッ、メシィィッ……!!」


"尽きぬ食欲は探求へ(グリード)"


全身を黒く染めた天逆毎は、すべてを吸い込みながらその場にとどまり、引き寄せる大木や触手を砕いている。

しかし、宇迦之御魂神と暴禍の獣(ベヒモス)も、それに負けることなく大木と触手を生み出していくので、一向に勝負はつかない。


宇迦之御魂神の操る大木により大地は引き裂かれ、暴禍の獣(ベヒモス)の操る触手によりすべてが喰らわれ、その残骸は天逆毎の拳に吸い込まれていく。

ヴィンダール兄妹の下には、この世の終わりかのような光景が広がっていた。


「ふへぇ……宇迦ちゃん様々だねぇ……

あんたも気づいてよかったよ、リュー」

「……」

「ていうか、こいつら全員なんなの?

どいつもこいつも天変地異みたいな‥」

「……?」


眼下で起こっている惨状を見て、呆れたように話していたフーはなぜか突然黙り込む。

リューが無言ながらも不思議そうに彼女を見やると、彼女は驚愕の表情である一点を見つめていた。


彼がその視線をたどると、その先にいたのは1人の神父。

彼らのように風を纏っている訳でもないのに、どうやってか空に浮かんでいる神父だ。


「プセウドスッ……!!」

「よかった、やっぱりそう見えるんだね」


目を見開いていたフーが神父の名前を叫ぶと、プセウドスと呼ばれた神父は少しズレた返答をしながら薄く微笑んだ。

そう見える、ということは、実際はそうではないということなのだろう。


神父に敵意を向けているフーは、自分が神父のことを見間違えるはずがないと、意味が分からず混乱していた。


「何を……!?」

「ああいや、なんでもないよ。……あなた達も戦いづらいでしょう? 本来の形に戻すように言われてきたんだ。

僕にかけられた偽装が剥がれれば、あなた方の受けたすべてはなかったことだと偽装される。少しの間だけど……」


神父がそう言うと、彼の体を黒い光の粒子が包み込む。

まるで、そこには何もいなかったかのように。

やがてその光が消えると、中から現れたのは騎士服に身を包んだ長髪の女性だった。


そして、それと同時にリューとフーにも異変が訪れる。

まったく口を開かず無表情だったリューは、険しい表情でフーを背後に庇い、荒々しかったフーは目に見えて弱々しくなってリューの背に隠れた。


「改めまして、僕はポーン。

プセウドスに頼まれて来た者です。

だけど、人を傷つけるのは嫌いだから、これで帰りますね」

「……あんた何者だ?」

「……ポーンだよ。血も見たくないから、さようなら」


ポーンと名乗った女性は、リューの鋭い問いかけを微笑みながら受け流すと、勝手に別れの挨拶を済ましてしまう。

そして同時に、青い光を発しながら飛んでいってしまった。


風を纏っていないのに飛んでいたのと同じく、どのようにやったのかは不明だ。しかし、確実にリュー達よりもいくらか速かったため、彼らはただ見送ることしかできなかった。


「くそっ……!! 大丈夫か? フー」

「う、うん……」

「戦うのが怖けりゃ離れてな。あれに混ざるのは命がけだけど、あの野郎は戦わせたいらしいからな……

クロウのためにもなるし、俺はやる」

「あ、あたしも一緒に戦うよ。あたし達は、多分……2人が揃ってようやく半分、だよね?」


ポーンを見送ったリューは、フーを気遣いながらも、プセウドスの思惑通り暴禍の獣(ベヒモス)と闘うことを決めた。

すると、どこか怯えた様子だったフーも、リューと一緒に戦うことを申し出る。


クロウのために倒すとしても、来るまで足止めするにしても、弱点がないか観察するにしても、リューだけでは荷が重いだろう。誰から見てもありがたい申し出だ。


しかし、リューはその申し出が不服らしく、顔をしかめて遠くを見つめ始めた。


「どーだか。俺達は所詮試しにイジられただけの実験体で、本命はヴァンだろ? ごちゃ混ぜにされた人格も、今はあっちが勝手に直してる。無理する必要はないだろ」

「……人格は、2人で1人。だけど、状況によって入れ替わるだけだから、別にそこまで気にしてない。

あたしが言ってるのは‥」

「はいはい、ヴァンが半分持ってるやつな。……わかったよ」


最初はフーが戦うことに否定的だったリューだが、彼女が折れるつもりがないこと察すると、案外すんなり折れる。

そして、2人揃って暴禍の獣(ベヒモス)、宇迦之御魂神、天逆毎の生み出している地獄に向かっていった。



モ、ブ……? そんな、どこぞの未来を取り戻す物語みたいなセリフ、モブが言っていいもんじゃないだろ……苦笑

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