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化心  作者: 榛原朔
二章 天災の国
196/432

170-神の叫び、人の決意・前編

愛宕の各地で鬼神(きじん)が荒ぶる中。

敵を仲間から引き離した海音も変わらず、唯一単独で鬼神(きじん)-悪七兵衛将門と戦っていた。


"光陰-皇"


"紫藤門"


両者は共に剣士であり、刀を使うだけあって素早い。

将門が空中がひび割れたような、目に見えない光と影の飛ぶ斬撃を放てば、海音は体を斜に構えるだけでそれらをすべて叩き斬ってしまう。


"天羽々斬"


"牛刀-蚩尤"


隙を見て連撃から逃れた海音が、渾身の力で刀を振り抜き、水刃によって天ごと斬れば、将門はどっしりと構え、真正面から叩き斬ってしまう。余波によって彼の後ろの空は斬れるが、将門自身は無傷であった。


宙をひび割れさせる、天を斬る。

どちらも常識外れの神業だ。

しかし、お互いにそれだけの剣技を持つため、決着がつくことはない。


街を斬り刻みながら移動を繰り返し、お互いに一瞬も気の抜けない死闘を演じていた。


「ふ……超人とは凄まじいものだ。生まれながらに神秘を制御してみせた紫苑然り、我らにも迫るものがある」

「そういうあなたはそこまでですね。鬼神(きじん)を名乗った割には、人である私を倒せそうもない」


鍔迫り合いの終わりにお互い刀を振り抜いて距離を取ると、少し崑崙にいた頃のような落ち着きを見せる将門が、口の端を吊り上げる。


すると海音は、将門を挑発するように言葉を返した。

彼女自身も将門に手傷を与えられていないし、そもそも神を挑発するなど命知らずこの上ない。


しかし、彼女は真顔で言っているため、おそらくは本心なのだろう。それを聞いた将門も、思わず笑みをこぼした後、怒りを強めて次の攻撃に移る。


「ふはは、言ってくれる!! ならばこれはどうだ!?」


"嗤い塚"


将門が刀を振り上げると、周囲の地面がボコボコと動き出す。街はとっくに崩れているため、本来は家屋があった場所からも次々と。


「集え、怒りを湛える者共よ!!」


地面の下から現れたのは、数え切れないほどの無数の骨。

それも頭に角があるものばかりで、人よりも巨大だったり、歪だったり、手足が2つずつではないものもある。

どれもかつて人に殺された鬼達であった。


「……鬼塚、七兵衛……」

「理解したか!? 我らの意味を!! 我らは人に殺された!!

生き残ったものも、悠久に耐えきれず我らに殺されることを選んだ!! 我らは彼らを喰らい、その意志を引き継いだ!!

もう、止まることはできぬのだッ!!」

『キャハハハハ……イタイ……キャハハハハ……クルシイ……』

『キャハハハハ……コワイ……キャハハハハ……カナシイ……』


将門に呼び出された鬼塚は、かつての恨みを吐き出しながらも不気味に嗤う。カタカタカタ……と。ケタケタケタ……と。

そこに彼らの意識はない。ただ、人を許さんとする意志が、願いがあった。


『あ、あ、あ、アァあァあぁアァア……!!』

「嗤え、同胞!! 今こそ報復の時だ!!」


将門の号令と共に、彼らは一斉に走り出す。

あるものは目の前の海音へと。

あるものは他の侍を襲うべく四方へと。


しかし、標的でもあり、犠牲を増やさないためにすべて防ぐ必要とある海音は至って冷静だ。

静かに御札を構えると、輝くそれを顔の前に突き出した。


「これに私の相手ができるとは思えませんし、私が逃がす訳もありません。……閉じよ、出雲」


"水神の相-出雲"


現れたのは、もちろん水で形作られた神殿や柱、泡などだ。

鬼塚が外に広がる前に、そのすべてを水の結界に閉じ込めてしまった。


回復のできる天后は不在だが、湧き出す水は武器にもなるため、攻撃面だけ見れば最強の布陣である。

しかし、それを見た将門は不敵に笑う。


「彼らが宿すは変死。我が宿すは怒り。

だが、我らが与えるは絶望よ!!」


"七天王塚"


将門が叫ぶと、彼の目の前には新たな鬼塚が現れる。

その数は6つ。先程までとは明らかに規模が違い、盛り上がってきた土の中から出てきたものも骨ではなかった。


どれもしっかりと肉があり、どれも見た目は将門だ。

いわゆる分身……それに近い存在が海音の目の前にはいた。


『毒を避けながら、7人の将門を相手にできるかな?』

「……笑止」


もはや誰にも、どれが本体かはわからない。

完璧に口を揃えて煽る将門に、目を細めた海音は言葉少なに吐き捨てると、愛刀――波切を構えて駆け出した。




~~~~~~~~~~




同時刻。

海音と同じように鬼神(きじん)と相対している影綱、茨木童子だったが、こちらは彼女とは打って変わって、一方的に追い詰められる側であった。


彼らの目の前にいるのは、鬼神(きじん)-鬼灯丸道真。

正体を偽っていた時は非力な文官であった彼だが、今は近接戦闘能力こそないものの、手強すぎる術者として影綱達を苦しめている。


この場を支配するのは、影や霧などをものともしない花びらや笛の音。そして、道真の背後には千本の手にそれぞれ宝具を持つ神仏がおり、圧倒的な力で彼らを蹂躙しているのだ。


"羅生門-伊吹颪"


"重影"


"千手観音"


茨木童子が霧を周囲に撒き散らす竜巻を生んでも、影綱が道真を押さえつけるように重い影を放っても、彼の背後に立つ化身に吹き飛ばされていく。


その巨体もあるが、何よりも千本の手があるということから圧倒的な手数があることが厳しかった。

彼らの攻撃は容易くかき消され、逆に何百もの攻撃に攻め立てられてしまう。


「ッ……!!」

「クソッ……!! こんなもの、どうしろと言うんだ!?」

「ひとまず退避だ霧ッ!!」

「クッ……!!」


何度目かの猛攻を受けている彼らは、茨木童子のぼやきに対して影綱が注意を促すと、それぞれ影に潜り霧になって回避に専念し始める。


彼らは既に"土神の相-戸隠"での岩と影の結界や、"本能解放(リベラシオン)-茨木童子"での硬質化などを行っているのだが、それでもなお手も足もでていない。


そもそも嵐で作られている化身に影と霧は飛ばされ、その手に握られる宝具に操る岩は粉々にされてしまっていた。


"宝剣-天國"


"宝刀-神息"


"土の相-岩壁"


"羅生門-霧の乱舞"


今も、ポンポンと繰り出される名刀での攻撃に岩の壁を作り出すことでの一瞬の足止め、霧の斬撃を飛ばすことで僅かに威力を削ぐなどしてどうにか回避を成功させている。


しかし、どれだけの力を込めても彼らができるのは威力を弱める程度のことでしかなかった。

たとえ硬質化した茨木童子であっても、まともに食らえば貫かれてしまうことは確実であるため避けるしかない。


延々と防戦を強いられる茨木童子は、流石に耐えかねたようで苛立ちをぶつけ始める。


「ハァ、ハァ……おい、影。本当に式神を他に向かわせてよかったのか!? 手も足も出ないが!?」

「……ふん、彼相手ではいてもそう変わりませんよ。

それにどちらにせよ、借り物は返さねば。不利だからと手元に残し、美桜が死んでは元も子もないですからね」


"土の相-砂錠"


だが、そんな彼とは対照的に影綱は冷静だ。

変わらず攻撃を避けながら、砂で刀を絡め取ったりしている。それもすぐに逃してしまうのだが、どうすればいいかを模索しているらしい。


茨木童子はそれを聞いても不満を隠そうともしないが、影綱は落ち着いて彼を諭していく。


「某達は死んでもいいと?」

「いても勝てないのですから、他が勝って救援に来てくれることを期待した方が得策です」

「酒呑童子様の要望のために動いたからわかるが、そんなにすぐにあの方々を倒せるような者はいないぞ。

それに、部下の配置までして……」

「こんな時に作戦会議ですか? ……ふむ、案外対応されているようですね。そろそろ手を変えますか……

オン・カカカ・ビサンマエイ・ソワカ」


すると、その話し合いに気がついたらしい道真は、涼しい顔をしながらも少し思案顔になる。


影綱達は返事をしないが、このまま戦況を膠着状態にしておくつもりはないようだ。

彼は1人で納得すると、静かに呪文を唱える。


"梅花無尽蔵-良道"


道真が呪文を唱えると、その言葉と共に、背後の化身に再び変化が現れる。


さっきまで化身にあった千本の手は綺麗サッパリ消え去り、袈裟を身に纏い、左手に如意宝珠を持ち、右手は与願印の印相をとる神仏に。


武器はほとんどなくなり、嵐も消え穏やかな風が吹く。

花や笛の音が強まったが、先程とは打って変わって平和そのものといった様相だ。


「これは……?」


突然の状況変化に、影綱も戸惑いを隠せない。

しかし、茨木童子はこれを見たことがあるのか、少し青ざめ表情を引きつらせている。


「鬼という人を、人という獣を、無限の大慈悲の心で包み込みましょう。苦悩からの解脱、すなわち苦痛のない死をあなた方へ」


道真が微笑むと、影綱達はその場に崩れ落ちる。

それぞれの武器を支えにして踏ん張ってはいるが、今にも倒れ込んでしまいそうだ。


「ッ……!! ね、眠気が、増している……」

「ハァ……ハァ……これ、は……悠久に疲れた、同胞を……殺すために、使われていたものだ……寝たら、死ぬぞ……」

「範囲、は……?」

「戸隠の外には、漏れていない、だろう……」

「それは、なにより……」


彼らを襲っているのは尋常ではない睡魔。

茨木童子の説明で、眠らなければいいこと、彼ら以外には影響がないことはわかったが、それでもまずい状況であることには変わりない。


むしろ、影響下にあるのが自分達だけだという情報により、気が緩んでしまって先程よりも危険な状況ともいえた。


「おや……?」


しかし、突然辺りに轟音が鳴り響く。

それは山が崩れたかのような音で、まるで彼らの周囲を囲っている結界――土神の相-戸隠が壊されたかのようであった。


眠気と戦う2人は気にしていられなかったが、眠気を誘うことしかできない道真は手持ち無沙汰であったため、音のした方向を見やる。


すると、視線の先には大きく斬られた岩の壁があった。

明らかに侵入者がいる。

しかも、この結界は並大抵の者には突破できないため、影綱のような神秘であることは確定だ。


「この感じは……」


結界自体は影綱のものであるが、影綱が影で、茨木童子が霧で探知しているように、道真も花舞い笛鳴る空間を支配しているため、朧気ながらも侵入者の存在を探知する。


すると彼は、どうやら侵入者に覚えがあったらしく、目を細めながら街を破壊しながら進んでくる者の方を向いて……


「将門……それに、海音殿……!?」


彼が目を向けると、その瞬間、目の前にあった街がまとめて微塵切りにされる。

そしてその渦中から飛び出してきたのは、7人の将門と、ボロボロになりながらも彼と対等に斬り合っている海音だった。


「また鬼神(きじん)……邪魔、です!!」

「なっ……!?」


"天叢雲剣"


しかも、海音は進行方向に道真がいることに気がつくと、まったく躊躇うことなく刀を振るう。

標的は、道を阻む巨体――影綱達に眠気を与えている地蔵菩薩だ。


彼女は将門に追われる勢いのまま宙を回転すると、空中に存在する水分を利用し、天の一太刀で嵐の化身をねじ切ってしまった。


いきなり斬られるとは思っていなかった道真は、驚愕に顔を歪ませる。たしかに油断しており、防御や回避をまったくしていなかったとはいえ、ここまで容易く斬り伏せられるなど異常事態だったのだ。


「くっ……オン・マカ・キャロニキャ・ソワカ。

十一面観音!!」


"梅花無尽蔵-道真"


焦った道真は、素早く呪文を唱えて次の化身を生み出す。

頭部正面に化仏を頂き、頭上には仏面、菩薩面、瞋怒面、狗牙上出面、大笑面など、各々に複雑な表情を乗せ、右手を垂下し、左手には蓮華を生けた花瓶を持っている姿の神仏を……


「復活などと……邪魔を!!」


"天羽々斬-神逐"


しかし海音は、地面に着地すると同時に再び刀を振るう。

今度は天を駆ける水刃で、やはり嵐の化身は軽々と斬り伏せられてしまった。


それは酒呑童子に放った時よりも遥かに規模が大きく、地上から見える空全体が真っ二つになっている。

2度も化身を一太刀で斬り伏せられた道真は、目を見開くどころか口まであんぐりと開けた状態だ。


「な、なぜ……!? 武器では斬れないはず……!?」

「物を斬れば斬れる、それだけです!

それに、水は武器ではないのでは?」

「凶器には変わりないでしょうにッ……!!

それに、水自体にも耐性があるはず‥」


"尊星王"


"我流-叢時雨"


あまりのことに道真が声を荒げるも、その言葉を言い切る前に将門の1人と海音は激突した。


将門の1人が放った、左足首、右膝、左横腹など、北斗七星の位置への正確で光速な剣技と、海音が放つ小雨の如き細かな斬撃がぶつかり合い、その衝撃で道真や起き上がったばかりの影綱達を吹き飛ばしてしまう。


「くっ……無茶苦茶な……!!」

「流石に2人……いえ、8人の相手などできません!

影綱さんは無事ですね? おまかせしますさようなら」


将門の技を相殺した海音は、道真達が退いたのを見ると影綱にそう告げて背後の将門に斬りかかっていく。

それが本体か分身かはわからないが、海音を囲むようにしていたため、さっきまで道真が立っていた場所の向こう側だ。


すると将門達も、全員海音を追っていったため、彼女は誰の返事も聞くことなく嵐のように去っていった。

海音と将門を見送ることとなった彼らは、しばしの沈黙の後に向かい合う。


「く……まさか我が五身が一瞬のうちに半分になるとは……!!

紫苑など目ではない、圧倒的な実力でしたね……!!」

「五身ということは、残る化身は3つですか……」

「その通りです。最も防御力のある化身も失いましたよ。

しかし、あなた方ならばその3つで十分でしょう」

「たしかに、某達は最初のものだけで手一杯だった……」

「ふふふ、最も攻撃力のある化身……その半身をお見せしましょう。オン・バザラ・ダト・バン」


"梅花無尽蔵-道直"


道真が再び呪文を唱えると、背後には2度目に斬り飛ばされた時に消えていた化身が、嵐によって形作られ変化していく。


現れたのは、宝冠をはじめ瓔珞などの豪華な装身具を身に着けた神仏だ。それも、宇宙そのもの存在を装身具の如く身にまとった、王者のような姿をしていた。

さらには……


"智拳印"


神々しい椅子に座った姿の神仏が印を結ぶと、四方にはまた別の化身が現れる。


東方には右手を手の甲を外側に向けて下げ、指先で地に触れる触地印を結んだ神仏。南方には左手は腹前で衣を掴み、右手は手の平を前に向けて下げる与願印を結んだ神仏。


西方には両手掌を仰いで右手を上に重ね、両人差し指を立てて相背け、両親指をその端に横たえる定印を結んだ神仏。

北方には左手は腹前で衣を掴み、右手は胸の高さに上げて手のひらを前に向けた施無畏印を結んだ神仏。


道真の背後に現れるものよりは小さいが、それでも人より大きく、神々しい神仏達だ。


「兵の配置は終えました。……死ぬ気で行くぞ、霧」

「当たり前だ、影」


茨木童子と顔を見合わせた影綱は、覚悟を決めた表情でいつになく凶暴に笑う。

それに応じる茨木童子も、さらに硬質化を強めて全力だ。


『何よりも我らを救ってくれた主のために!!』

「絶望の先へ」

『未来を阻む神を超えていく!!』

「堕ちなさい……人類」


海音達が反対側の結界を破った頃。

最強の化身を出現させた道真と、際限なく影と霧を放出する影綱と茨木童子が激突した。


最初の構想から時間が経ったせいで、鬼神が想定していたよりも強くなって、そのせいで海音が強すぎてギャグみたい……

1人だけ立ち回りがおかしいんだよな、この人……

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