169-刻一刻と、災いは歩む
愛宕が嵐に包まれ、仲間であるクロウ達やこの国のトップ――雷閃四天王が鬼神達との死闘を演じていた頃。
レイスに勧められるままに団子を食べていたリュー達は、嵐に包まれる愛宕の方向をちらりと見たあと、今度は同じ岩戸内にある街に視線を向けた。
その視線の先にあるのは、巨大な影が浮かび上がり粉塵の舞っている、龍宮側にある岩戸で一番大きな街だ。
「なんか、あっちもこっちも騒がしくねぇかー?
嵐は別の島だからいいとして、向こうのデカそうな街も」
「あー、ありゃ八妖の刻だな。愛宕で全滅したあと、民衆が避難したのを追ってこっちに来たらしい」
「ふーん、人を追って……は?」
「むぐ……どした?」
レイスの言葉を聞いたリューは、団子を食べる手をはたと止めると、改めて八妖の刻に襲撃されているという街を凝視し始める。
影綱が人々を避難させたのは、リュー達がいる町ではなく襲撃されている街であるため、騒ぎは八咫国民の大多数分。
現在は深夜であることも相まって、彼らの町にまで聞こえてきているのだった。
普段から好き勝手やっているリューだったが、流石にこれは無視できなかったらしい。
微妙な表情を浮かべてレイスに返事をする。
「……いや、つまりは人殺されてんだよなー?
あんたは気にしねぇの?」
「はぁ? 俺には関係ねぇだろ? 俺は別に、人間になんて興味ねぇからな。俺が興味あるのは、あいつが美しいと詠う世界、俺自身……あとは、もう会えないあいつ本人くらいか」
「そーかよ」
「なんだ、お前らは行くのか?」
団子を置いて立ち上がったリューと彼と連動するように一緒に立ち上がったフーを見て、レイスは面白そうにつぶやく。
それを横目でちらっとだけ見るリューは、決意に満ちた表情をしていた。
「俺は魔獣嫌いなんだよ。別に率先して狩りゃしねぇが、人襲ってんなら許さねぇ」
「…………」
「へー、まぁ頑張れや。俺はこの島での一切に関与しない。
俺は……な。ふーむ、あっちでのことはどうするかねぇ」
「……? まぁまたな」
「おう。じゃあな」
彼らはレイスの言葉に疑問符を浮かべるが、特に深く聞くことはない。軽く挨拶を交わすと、さっさと風を纏って街へ向かって飛んでいった。
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レイスと別れたリュー達が、龍宮側にある岩戸で一番大きな街にやってきた時。
そこで暴れていたのは、レイスの言っていた通り、先刻まで愛宕で暴れていたはずの八妖の刻だった。
「なんでっ……なんでっ……こんなところにっ……!?」
「だいだらぼっちに潰されるっ……!!」
「犬神に呪われるっ……!!」
「侍達も四天王も全員愛宕だッ……!!
誰も俺達を助けられないっ……!!」
ローズはライアンによって解放されているため、この場にはもちろん玉藻前はいない。
しかし、ついさっき海音に斬られた八岐大蛇を含め、残りの七刻は揃って暴れている。
愛宕幕府の戦力は全員愛宕にいるため、町民には混乱と恐怖が渦巻いていた。
とはいえ、もちろん獣は魔獣のみではなく……
"神倉"
"花鳥諷詠-五月雨"
街の外には植物を操る白い狐――宇迦之御魂神がいた。
彼女は木で造った椅子に優雅に座っているのだが、人々が無抵抗に殺されていくのを、ただ眺めているつもりはないようだ。
顔をしかめて嫌そうではあるが、街を外から圧し潰そうとしているだいだらぼっちを大木の壁で防ぎ、中で町民に食らいつこうとしていた八岐大蛇などを木の槍で外に追いやったりしている。
外では大木を荒ぶらせ、中では繊細な操作で被害を出さずに排除するという器用さだった。
しかし、ずっと人前に現れることのなかった彼女はあまり民に認知されていない。
明確な脅威として八妖の刻がいることの混乱も相まって、彼女も人に怒る魔獣なのだと恐怖している。
「なんだよ、あの狐は……!?」
「し、自然が荒ぶっておられる……!! 神だ!!」
「逃げろ、神がお怒りになったぞ……!!」
「あれはきっと、神の化身だ……!!」
「人食い鬼も出たぞッ……!? 逃げろッ……!!」
「……人を守るのは気に食わんが、約束は約束じゃ。
この島におる侍ではない町民は妾が守ろう。じゃが……」
人々に恐怖を向けられる宇迦之御魂神であったが、今更特に気にすることはないようだ。
クロウとの約束を口にしながら、淡々と外敵の排除を実行している。
だが、ひとまず一回八妖の刻を追い出すことに成功すると、その冷たい視線は空中から騒がしく街を眺めているリューとフーに移った。
「あっはっは、すげーな!! 暴れてんのが八妖の刻だとして……あれを抑えてる木と、あの狐はなんだ!?
俺等以外にも守ろうとするやつがいるんだなぁ」
「余所者は別じゃ。死ね」
「うぇ!?」
すると彼女は、彼らを目に映すと迷うことなくその木を2人に向けた。リューは驚いて声を上げるが、フー共々、次の瞬間には戦闘モードになる。
「……」
「なんだいなんだい!? あんた、八妖の刻ってのと戦ってるんなら味方じゃないのかい?」
「味方なものか。妾はこの島の非戦闘員の護衛は任された。
じゃが、お主らは契約外……戦士である上に、外国から来た余所者じゃろう? 守る必要はない。死ね」
無口になったリューの代わりにフーが驚愕の声を上げるが、宇迦之御魂神は動じることなく、氷のような冷たさで言い捨てた。
説得の余地はないようで、何か言う度に死ねと付け足し、木の槍を差し向けてくる。
それは八岐大蛇らを街から追い出したものであり、いくら神秘でも人の体で受けるようなものではないだろう。
八岐大蛇のような巨体が押し出されるのだから、リューやフーなら圧し潰されてしまうはずだ。
しかし、無口なリューは無反応、フーはむしろ嬉しいらしく楽しそうに笑い始めた。
「……」
「あっはっは、まさかの三つ巴かい!?
いいねぇいいねぇ、滾るねぇ!!」
"千里飛ばし"
空を飛ぶフーが豪快に笑っていると、地上からそれを上書きするかのように木が粉々に吹き飛ぶような音がした。
無口なリューはもちろんのこと、フーも宇迦之御魂神もそこまで気にしている様子はない。
しかし一応どちらもこの街を守るためにやってきているので、フーは笑うのを止め、宇迦之御魂神もつまらなそうに視線を向ける。
するとそこにいたのは、体一つで大木を突き破ってきた人型の魔獣――天逆毎だった。
彼女は拳を突き上げた大勢のまま空を見上げると、不快そうに顔を歪めて吐き捨てる。
「我らを相手にするというのに、仲間割れですか。
随分と舐められたものですね」
「ふん、妾は人間に使われる者になど負けぬ。
そこの人間もろとも死ぬがいい」
「相変わらず生意気な狐ね……我に、従いなさい!!」
"千里飛ばし"
"花鳥諷詠-雨の名月"
お互いに相手を罵った彼女達は、短い口論の末激突する。
片や純粋な筋力のみのパンチ、片や大地から生やしたいくつもの大木を格子状にした防御。
パンチはメキメキと大木を粉砕していくが、大木は一本一本が太く、空の月が完全に隠れるほどに厚く重なっているため宇迦之御魂神までは届かない。
空にいるフー達にも届くほどの衝撃だ。
「ぐッ……!! なんつーぶつかり合いをするんだい……!!」
「……」
"恵みの強風"
しかし、リューは得に臆することなく敵に向かう。
フーとは違って力強い風なだけあり、身に纏った強風で衝撃を真正面から乗り越え、天逆毎の懐へ。
振り上げた腕から牙のような風を打ち出して攻撃した。
"風天牙"
天逆毎はギリギリのところで接近に気が付き、上体をそらすことで回避するが、僅かに掠って血が出てしまう。
もちろんダメージとも言えないものだが、そのまま回転しながら距離を取った彼女は、隠すことなく苛立ちを見せる。
「くっ……生意気な人間ね」
「……」
「喋りなさいよ……!!」
しかし、当然リューは喋らない。
神経を逆なでされた天逆毎は、その怒りのまま拳を……
「ぐおぉ……おぉおお……!!」
天逆毎とリューの拳が激突する直前。
なんの前触れもなく、島中に届くほどの悲鳴が響き渡る。
悲鳴の主が敵であれ味方であれ、何かしら彼らにも影響を及ぼすものであることは確実だ。
彼らは瞬時に距離を取ると、声の主がいる上空を見上げた。
「だいだらぼっち……!?」
「……」
「なんじゃ、あれは……!?」
「いやいやいや、なんでこんなとこに……」
街中の八妖の刻や目の前のフーに大木を差し向ける宇迦之御魂神も、それを粉砕しながら進んでいたフーも、今は戦う手を止めて空を見上げている。
彼らの視線の先にあったのは、みるみるうちに穴が空いていくだいだらぼっちの山のような巨体だ。
天逆毎や宇迦之御魂神には思い当たることはないようだが、フーだけはその原因に心当たりがあったらしく、微かに恐れを見せながら呟いていた。
しかし全員に共通しているのは、あまりのことに動けないということだろう。
さっきまで殺し合いを始めるところだった彼らだが、今は全員揃って放心し、それを眺めている。
「ぐおぉぉ……!!」
その結末はすぐに。
欠片が地上に落ちることもなく、だいだらぼっちはその場から消失した。
「……」
「っ……!! なんじゃ、何が起こっておるのじゃ!?」
「ついさっき愛宕で戦った律……? いいえ、彼は消耗しているはず。でも、あれを一瞬で消失させるなんて……」
だいだらぼっちが消えてしまった後でも、彼女達は戸惑いを隠せない。敵を眼前にしながらも、さっきまでだいだらぼっちが存在していた辺りを見つめている。
すると……
"柔靭裂波"
宙を蠕いていた大木、だいだらぼっちがいた辺りの街の建物などが柔らかく揺らぎ始め、彼らに向かって弾けた。
「ッ……!! 来るよ、化け物が……」
「化け物、じゃと……?」
「……誰であれ従わせるのみよ」
フーの警告を受け、この場にいる者達はひとまず休戦する。
弾けた場所から飛んでくる物に目を向けた。
それから数秒後、彼らの目の前に墜落してきたのは……
「飯ィ……飯ィ……久しブリの、肉ハ、美味ぇナァ……
アの爺は食いソコねタケド、こレもウマソウだなぁ……?」
口から赤い液体を滴らせ、手足を血や土に汚した赤髪の男。
クロウの故郷を滅ぼしたと思われるモノであり、先日クロウ達を苦しめた大厄災――黒い触手のような物をうねらせている骨のような人物、暴禍の獣だ。
彼は明らかに街の人間を食らっているのだが、どうやったのかと不思議になるほどに目が虚ろでフラフラしている。
しかし、フーはもとより、宇迦之御魂神や天逆毎も警戒を緩めることはない。今までにないほどに張り詰めていた。
「また会ったねぇ……暴禍の獣!!」
「マダ、足りネぇ……食ワセろ、飯ィ……!!」
それが次の獲物に彼女達を選んだことで、彼女達が戦わなければいけない相手も自ずと定まる。
敵は、守護神獣に加えて、人間。
敵は、八妖の刻に加えて、人間。
敵は、八妖の刻に加えて、守護神獣。
……敵は、この世すべての餌。
敵は、大厄災……
今宵、人々の避難先である岩戸にて。
四つ巴での生存競争が勃発した。