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化心  作者: 榛原朔
二章 天災の国
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168-荒天・後編

大嶽丸との戦闘を開始した俺達だったが、現状はただ猛攻を凌ぐことしかできずにいた。


彼が生み出した嵐は、もはや収まることはない。

それはこの島全体を何度も包み込んでいたものであるため、まともに食らえば雷閃と紫苑でも無事では済まないだろう。


その上さらに、俺という運がいいだけの足手まといがいるため、雷閃と紫苑は俺への攻撃に注意を払う必要がある。

戦闘開始の時点でこちら側がかなり不利な状況だったのだ。


雷閃は点在する鉱石を雷で辿って嵐を避け、紫苑は雷を放出することで無理やり防いでいる。

しかし、一向に活路が見いだせなかった……


「おい雷閃、俺は放っといていいぞ!!

自力で耐えるから全力で戦ってくれ!!」

「……嫌だよ。僕は友達でも、敵になれば迷わず斬る。

だけど味方である限り、誰も失いたくはない」

「死なねぇって言ってんだろ!! このままじゃ全滅だ!!」

「……」


俺はずっと雷閃に守られていることに堪えかねて訴えるが、彼は渋い顔をしたままで受け入れてくれない。

ただでさえ炎やら氷やらが吹き荒れる天変地異だというのに、なんでここまで……!!


「そりゃ結構だ!! せいぜい苦しみながら全滅してくれ!!」

「しねぇよ老害!! あんたはいっつも過去ばっか見て俺達を縛り付けやがって!!」


俺が雷閃に担がれている間も、状況は悪化するばかりだ。

こちらの声が聞こえたらしく叫ぶ大嶽丸に、紫苑が荒い息を吐きながら怒鳴り返している。


しかし、そんな紫苑も身に纏う雷を何度も剥がされており、炎に体を貫かれながらだ。

見るからに硬い装甲もほとんど無意味で、避ける雷閃の代わりに狙われボロボロになってしまっていた。


こんなの、そう長く続くはずがないのに……!!


「過去ばかり見るだと!? 当然だ!!

苦しみばかりのこの世界で!! 人がなぜ前を向いて生き続けられるのか!! そんなもん、譲れねぇモンがあるからだろうがよ。恨み辛みだろうが博愛だろうが、ただ死が怖いだけだろうが関係ねぇ!! 心の芯に!!

苦しみを耐えてでも譲れねぇ願いがあるからだろうが!!

俺が過去の怨みを譲れねぇように、テメェも何かを体験したことで人の側についてんだろ!?」

「そりゃテメェらの圧政だよ、クソ爺がッ!!」

「すべての元凶は人間(ゴミ共)の弱い心だッ!!」


また雷を剥がされてしまった紫苑は、大嶽丸の叫びに影響されたのかまっすぐ彼に向かっていく。

無理、無茶、無謀……そんな言葉ばかりが俺の頭をよぎる。


だが、紫苑は一切臆することはなかった。

何度剥がされても紫電を纏い、巨大な刀や死の気配がする嵐を操る大嶽丸に、細めの金棒一本で立ち向う。


"紫電万雷"


再度その身から放出されるのは、幾筋もの紫色をした雷。

大嶽丸の封雷雨を弾き飛ばしながら彼に押し寄せ、その身を焼いていく。しかし……


"火怨轟雷"


大嶽丸が炎雷を纏った刀を振るうと、またしても紫苑の雷はねじ伏せられ、かき消えてしまう。

ダメージ自体はあったようで息があがっているが、それでも物ともせずに紫苑に向かっていく。


対して、紫苑も紫電を纏った金棒を振りかぶっていた。

放出したもの同質のもので、紫電を叩き斬りながら向かってくる大嶽丸を迎え撃つべく力を溜めている。


これは絶対にヤバいやつだ……!!

これまで以上に周囲に影響を与えそうな両者の全力……

だけど……


「……雷閃」

「了解」


今の大嶽丸は、明らかに紫苑のみを見ている。

俺はそもそも無力だし、雷閃もさっきから俺を守ってばかり。


あれだけの力を放出している紫苑こそ、今一番警戒するべき相手なのだから当然だろう。

でもだからこそ。今なら付け入る隙があるってもんだ……!!


俺はすぐに意図を察した雷閃と共に地上に降り立つと、いくつもの雷が激突しあっている音を聞きながら別々に走り出す。


普通なら雷閃から離れればすぐ打たれそうなものだけど……

俺は運がいいため、どういう理屈か当たることはない。

雷閃の炎や大嶽丸自身の風、氷などが相互にぶつかり合うことですべて俺から逸れていった。


もちろん雷閃は変わらず避けている。

鉱石を辿って俺より速く、目標地点を定めて俺より確実に。

紫苑を狙う大嶽丸に追っていった。


その間に、力を溜めていた紫苑と紫電をことごとく叩き斬って接近した大嶽丸が激突する。


「ダァァァッ……!!」

「ガァァァッ……!!」


"紫電万雷"


"火怨轟雷"


爆発するような勢いの雷が、周囲に迸る。

黒く、熱く、鋭く。

黒炎であり黒雷であり紫電でもある激突は、すでに跡形もない街の大地にさらなる死をもたらした。


だが、やはりその激突でも負けたのは紫苑だ。

そこまで大嶽丸が圧倒的だった訳でもなかったのだが、紫苑の金棒は最後の最後でねじ伏せられ、炎雷で斬られた紫苑は吹き飛ばされていく。


「効っかねぇなぁ!! あっはっはガフッ……!!」

「死ね‥」

「ねぇよ!!」


"本能解放(リベラシオン)-鳴神紫苑"


血を吹き出しながらも踏み止まる紫苑に、大嶽丸がとどめを刺すべく追い打ちをかける。

強がってはいたものの、胸部の傷からは留めなく血が溢れているし口からも吐き出していたので、ダメージは深そうだ。


しかし、紫苑はまだまだ戦意に溢れていたため、叫びながら体の硬質化を重ねることで無理やり傷を閉じてしまった。

大嶽丸の意識は、変わらず紫苑に。


俺は黒雲や炎雷の煙で見えていないようだ。

そして雷閃は、気づかれる前にもう至近距離にいた。


大嶽丸が刀を紫苑に振るう直前、雷閃がそれを邪魔する形で攻撃を加えている。


"ヒノカガビコ"


彼が放ったのは、目が眩む程の輝きを放つ炎を纏った一撃だ。雷閃は雷だったはずだが、まるで獅童が飛鳥雪原を溶かしきった時のような熱量を発している。


「ッ……!! テメェ……!!」


どうやら本当に気づいていなかったらしく、大嶽丸は背中を斬られながらようやく雷閃の存在に気がついた。

油断しきっていたため、今までよりもダメージは大きい。


身をよじって反撃をしているが、まったく斬れなかったのが嘘かのように血が流れている。そして、雷閃に視線を向けたことで、今度は紫苑がノーマークだ。


流石に直前まで殺そうとしていた相手を忘れてはいないが、視線は外さざるを得なかったので隙が生まれている。

不敵な笑みを浮かべる紫苑が金棒を振るうと、それは吸い込まれるように横腹に向かっていき、紫電を迸らせた。


「グァァァ……!!」

「ハッ、気ぃ抜いてりゃあちゃんと効くんだな、爺!!」

「我を、なんだと、思ってやがるッ……!! 神の如く力を得ようが生物には変わりねぇ!! 神秘で攻撃されりゃあいてぇし殺されりゃあ死ぬんだよ!!」


紫苑に吹き飛ばされた大嶽丸は、叫びながらも自分から少し俺の近くにまで飛んできた。こっわ……!!


しかし、俺の存在には気がついていないようだ。

ちらりともこちらを見ることなく、挑発している紫苑に怒鳴り返している。


大嶽丸の力は凄まじく、規模もダントツだけど、その分俺みたいな雑魚には気がつけない。雷閃や紫苑みたいなのがいるんだから尚更だ。


俺からも炎や煙で見えづらいけど、あいつは巨体だし感情の分だけオーラもはっきりとしていてわかりやすい。

感情のままに暴れていて隠すつもりもないようだし、今が狙い目だ……


「チル」


試しにチルを呼んでみるが、出てくる様子はない。

……あまり出てこなくなった最近でも、危ない時には出てきてたんだけどな。幸運なしでも死なないのか?


それとも……うん、やっぱりヴィニーの時と同じで、自分でやるしかないようだ。あんなのに幸運なしで突っ込んだら絶対に死ねる。


暴禍の獣(ベヒモス)の討伐もまだできていないし、みんなともまだまだ一緒にいたい。そもそもこいつを倒せないと、人間を恨むこいつはみんなも殺すだろう。

まだ、死ぬわけにはいかない……


「……チルは、消えた。俺が選んだからか?

未来を、幸運を飲み込んで。なら……わかったぜ。俺はもう、自分で自分の幸運を……未来を掴む。そのために……」

「お前は邪魔だ!! 大嶽丸!!」

「ッ……!! テメェどっからッ……!!」

「ずっといたけど、煙に紛れて気づかなかったろ?

俺は運がいいんだ……!!」


首に剣が当たる直前、ようやく俺に気がついた大嶽丸は体をそらそうとするが、今更避けることはできない。

俺の剣は、俺が思い描いた通りに大嶽丸の首に直撃する。


だけどッ……斬れないッ……!!

俺の力じゃ、まだ足りないッ……!!


「ハッ、どうやらテメェじゃ……あ?」


避けるまでもないと気がついた大嶽丸は、嘲るように口の端を吊り上げる。しかし彼は、その言葉を言い切る前に異変に気が付き、訝しげに目を細めていた。


その原因は、俺だ。自分でもわかるほどに、右目が青く発光しているのを感じる。


それどころか、なぜか全身からも青い光が迸っているし、全身に力が漲っていた。どういうことかはわからない。

わからないけど……これならこいつを、殺せるッ……!!


"モードブレイブバード"


「なんだッ、テメェはぁ……!? なぜ、逃げられねぇッ……!?」

「はぁぁぁッ……!!」


俺の力が上がったことを理解した大嶽丸は、剣から逃れようと後退し始める。


しかし、運良く俺の足元の地面が雷などで盛り上がり、逆に大嶽丸の足元は崩れたことで剣はピッタリ首に吸い付いたままだ。


運良く今が保たれていた。

この好機を逃すことなく、全力でこいつの首を取る……!!


"今を保つ剣閃(ヴェルザンディ)"


「ッ……!!」


渾身の力で振り抜いた剣は、大嶽丸の頭を斬り飛ばす。

太い首からすっぱりと斬れた頭は、その大きさに反して軽々と宙を飛んでいった。


驚愕に目を見開いたまま、俺、雷閃、紫苑を順々に見るように回転しながら。

思わず俺達がそれを黙って見つめていると、頭はドスンと重い音を立てて荒れた地面に落ちる。


大嶽丸の体はゴツいからか倒れないが、首は落ちた衝撃で表情が崩れ、目が閉じかけていた。

生気もないし、確実に死んでいるだろう。

……はぁ、よかった。


「終わった……」

「そうだねぇ……まだ他にも鬼神(きじん)はいるだろうけど、ひとまず1人。妖鬼族の首領、大嶽丸は討伐完了だ」

「あっはっは!! ザマァ見やがれ、里を出ただけで俺を半殺しにした報いだ!! 里の奴らにやられてても無視だしよ!!」


俺がホッとして大嶽丸の体から離れると、同じく表情を緩めた雷閃が俺に近寄ってきた。

しっかり他の鬼神(きじん)への注意も促してくるが、それでも今は労ってくれるようだ。


……俺はただ運がいいだけで、他のやつらみたいに戦闘に向いた力はない。それでも、ここぞという場面ではちゃんと役に立ててよかった。……良いところだけ奪った感あるけど。


自分の体を確認してみると、もう青い光は収まっている。

なんでああなったのかはわからないけど、多分次は自分の意志で使えそうだし、そこまで気にする必要はないな。


むしろ、使った後の頭痛がキツい。

二度目でちょっとは慣れたからか、全然まだ動けるけど……


「……はぁ。疲れた」

「あはは、少し休むかい? なんか光ってたし」

「そうだなー……でも、2人が行くなら俺はいらないだろ?

あんなのとやり合えるくらいに強いんだし。

2人がまだいけるなら行ったらいいんじゃねぇかな」

「いやいや、君がいると僕達にくる攻撃がかなり少なくなったんだよ。すごくありがたかった」

「そっか」


雷閃は動けない程のダメージはないし、紫苑も無理やり傷を閉じて元気そうだったので提案してみると、彼は苦笑しながら俺の言葉を否定する。


どうやら、思いの外役に立っていたようだ。

だとしてもそこまで重要とは思わないけど、案外買ってくれているらしい。絶対に大げさだと思う。


「……まぁ、俺が最初に会ったやつとか大嶽丸並みにヤバかったからな。ドールや土蜘蛛がやられないか心配だ」

「じゃあ行こうか。鳴ちゃん行くよー」

「……」

「鳴ちゃん?」


よく考えたら、紫苑のくせにさっきから不自然に静かだった時点で気がつくべきだったのだ。

俺達が紫苑が返事をしないことを不思議に思って振り返ると、そこには紫苑の首を締めている大嶽丸がいた。


紫苑は硬質化したままだったのだが、鎧など無意味と言わんばかりに軽々と握り潰している。

しかも、さっきまで頭がなかったはずなのに、いつの間にか頭がもとに戻っていた。意味が、わからない……!!


「お前っ……!?」


"不知火流-雷火"


その光景を見た雷閃は、すぐに刀を抜いた。

瞬きをする間もなく大嶽丸の眼前に接近し、紫苑を助けるべく彼を持ち上げている手を斬りつける。


「ッ……!! ほんと、速さだけは一級品だなぁ……」

「カハッ……ゼェ、ゼェ……!! この野郎……」


雷閃が斬った腕は、今まであれだけ硬かったのが嘘かのように軽々と落とされた。目の前にいたのだから、雷閃が攻撃するのはわかっていたはずなのに……


大嶽丸から開放された紫苑は、雷閃に肩を貸してもらいながらすぐさま俺の隣に飛んでくる。

その間にさっきまで首が落ちていた場所を見てみると、そこには腐った肉の塊のようなものが……


「なんだよ、あれ……」


大嶽丸の頭だったものは、グスグスに溶けて腐っていた。

それでも、たしかに大嶽丸であると言えるものだ。

だというのに、目の前にはたしかに大嶽丸がいる。


腐った頭は気色悪いし、ないはずの頭がある大嶽丸は不気味だし、手首を斬られても反応が薄いのが恐ろしい。

さっきまでは強大で恐ろしい神だったのに、今は理解不能でただただ不気味なナニカにしか見えなかった。


「ハッハハハハ!! 殺せたと思ったか?

残念だったなぁ、我は、不死身だ!!」

「不死身……!?」

「それも、神秘に共通する寿命がないっていうだけじゃねぇ。殺されても死なねぇ、本当の意味での不老不死だ!!」


死んだはずだった大嶽丸は、心の底から愉快そうに笑う。

今斬られた腕を振りながら。

すると、その腕もみるみる間に再生していく。


俺達のように、ただ寿命がないだけの神秘よりも。

体がなくなっても心が折れない限り死なないだけで、自分の力では体を再生できない律よりも。


誰よりも完璧な、不死身。

俺の頭の中には、倒せないという言葉が渦巻き続けていた。


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