165-名を叫べ・中編
俺が改めて鬼神に向かっていくと、丁度その瞬間、それを封じ込めていた岩石がすべて砕け散る。
そして鬼神は、岩石を砕いた勢いのままに、さっきまでヴィニーを受け止めていた辺りに突進していった。
どうやら土蜘蛛は思いの外善戦していたらしく、それが突進する勢いは、最初に空から降ってきた時と同じくらいに規格外だ。
街が、豆腐か何かのように簡単に抉れていく。
ヴィニーを見つからないように避難させといてよかったな。
けど……
「……おい、あれを足止めすんの? 俺達が?」
「……あはは。参ったねぇ、こりゃ。
戦闘特化の神秘がいたらなぁ。ヴィンセントには助けられたけど、一撃で落ちてるし。あんたも補助系だし」
「わるかったな……ちなみにチルは、さっきからいくら呼んでも出てこねぇぞ。ほっときゃ死ぬのにな」
「はぁ? じゃあ能力なしかい?」
「いやぁそんな感じでもないんだよなぁ……」
唖然とした表情でこちらを見る土蜘蛛に、俺は頬をかきながら言葉を返す。
さっきヴィニーと戦った時、俺はチルとは関係なしに自分の意志だけで幸運を引き寄せることができた。
正直無意識だった気はするけど……ともかく、神奈備の森でチルが消えてからは、一回も出てきていない。
旅を始めた頃は、俺に魔人の自覚がなくチルが能力だった……
ガルズェンスでは弓とかを使って、自分自身が使えた……
今は、チルが消えた……?
そもそも、俺の他に自分自身以外が能力である神秘って……
ドール、くらいか? 感情の仮面は彼女の代弁者。
なら、今は幸運を掴む者になった幸運の呪いは……?
よくわからないけど、とりあえず俺は今、チルを介さずに能力を使うことができる……んだと思う。
制御できてるかは置いておくとしても、無能力ではないはずだ。
俺達が能力の話、そしてどのように戦うかの相談をしていると、街を削り取っていた鬼神がこちらに向かってきた。
「ッ……!! とにかく、能力はある。
時間稼ぎだけでいいなら、これ以上ないほど便利なはずだ」
「了解。なら、なんか運出しな!!」
「無茶言うな!! 運なんて見えるかよ!!
とりあえずあんたが岩出せよ!!」
「あっはは、任せなぁ。足止めならこういうのが一番さね」
"流砂厳落"
俺が土蜘蛛を促すと、彼女はさっきと同じように金棒を勢いよく地面に叩きつける。
すると、金棒が当たった場所から鬼神がいる方向へ向かって、地面が溶けるように崩れていった。
しかも……
「d@/yt@r^@w砂iZ……!! 硬:;f@r^@w抉ls.se4ki<b;w@fmt@h-s@i沈n込yw@dj4w@fuetZ!! dtm<運悪h我k2h2@if鋭e石柱t@Z!! 我krv[|s@m加算x;<c;ulkq@/|d@をZ……!!」
運良く砂にならなかった部分があったようで、その鋭い柱が鬼神の腹部に突き刺さっている。
俺達に向かってきていたスピードがスピードなので、硬い装甲も貫いているようだ。
そもそもが巨体であるため深くはないが、かすり傷と言えるほど浅い傷でもない。足場はなくなり、多少なりともダメージも与えた。足止めとしては最良の結果と言えるだろう。
「……これ、このまま放置できそうか?」
「あっはは、丁度進行形路上に柱が残るとは、すこぶる運がいいねぇ。まぁ、あれが砂地獄から脱出できなけりゃこのままでもいいんだけど……」
「砂i足をso;wrh@if抜:出pue!! dtd<c;uof@bbを空s同d@q@s思5f@eekq@!! 3dk筋力w@]l7l流体を蹴Zw空を飛2@!! 砂を抜:出r!!」
俺達が鬼神の様子を伺いながら話し合っていると、鬼神はやはり叫ひ出した。
それは砂を吹き飛ばすほどの勢いで、段々と彼の体があらわになっていく。
砂の下で脚も動いているようなので、今にも砂を振り払って飛んでしまいそうだ……
めちゃくちゃ追撃したい……けど近づけはしないし、遠距離から押し込めるようなものがないと……
「……無理そうだな?」
「だよねぇ。あたしは金棒しかないし、あんまり遠距離戦はできないんだけど、あんたはどうだい?」
「弓は、あるけど……押し込めるか?」
「んー……ま、やってみな」
「お、おう……」
俺が土蜘蛛から視線を移すと、鬼神は陥没した道の底で相変わらず叫びながらもがいている。
的はブレブレだ。まぁ、多分当たるんだけど……
"必中の矢"
渾身の力で弓を引き、暴れる鬼神を狙って矢を放つ。
すると矢は、吸い込まれるように彼の頭に向かって飛んでいった。
「痛hfue<痛hfuet@<b;q@:暴;we.我k3qjを狙e違0r@撃a抜hq@s!? s@;-s@kg@d@(zをmZq狩人ukq@!?」
矢は、狙い違わず鬼神の額に。
深く貫くことはできなかったが、弾かれることなく突き刺さり、顔を反らせることに成功した。
心なしか、矢の勢いで押し込むこともできたようだ。
……これだけで足止めになる気もしないけど。
「……一瞬動きが止まって、少しはあれの位置も下がったかもだけど、足止めになるか……?」
「んー、まぁ続けな!」
「わかったよ……」
しかし、土蜘蛛が場違いにも朗らかに促してくるので、俺は馬鹿の一つ覚えのように弓を引く。
すると……
「狙Zwe.uZ!? 狩人fxg-s@s同d@h我を狙Zwe.uZ!? 痛hfuet@我k邪魔をr.se4q@:w@不快ulZ!! 鬼神q.我f魂生様k御心kjjiiy:@yを鏖殺r.!! ckq/i邪魔r.狩人を鏖殺r.Z!! ck後ir^@wkiy:@yを鏖殺r.Z!! 鏖殺鏖殺鏖殺鏖殺鏖殺鏖殺鏖殺Z!!」
先程よりも声量を増した鬼神が、声だけで街を破壊してしまいそうな勢いで叫び出した。
そのせいで矢が上手く引けないし、どうにか射っても声の衝撃で弾かれてしまう。
それどころか、あれを足止めしている砂も吹き飛ばされていってしまう。視界が、奪われる……!!
「コホッ……砂が……!!」
「おいクロウ、やつから目を離すんじゃないよッ!!」
「ッ……!!」
俺が巻き上がる砂から顔を庇っていると、隣の土蜘蛛が慌てたように声をかけてくる。
彼女は砂が目に入ることはないのか、砂に惑わされることなく真っ直ぐに前を向いていた。
その視線の先を辿ると……
「狩人f我k/kj5iZ!! r^@wk人類を殴殺r.q/i<jr@f障害をslkc@giy:@yt@群;we.f@d)を/x@dw突g進]kn9Z!!」
俺達に向かって飛んできている、やはり文字通り鬼のような形相をした鬼神がいた。
血塗られたような赤い顔や鋭い牙、捻れたように歪な角まではっきりと見えるほどに近く……!!
"-@4s4q/sm"
"怒りの仮面"
「あっつ……!!」
鬼神が振り下ろしていた手刀が、俺の体を真っ二つにしようとした瞬間、横から迸った炎が鬼神の全身を包み込む。
それは、近くを通っただけで俺の髪が焦げてしまうほどの熱量を持つ炎で、鬼神はその勢いに押され、吹き飛んでいく。
「あぁ、腹立つなぁ。せっかくオレらが鎮圧した鬼人共からも死傷者が出てるし、下手したらまた暴動が始まんぞ。
クソッタレが!!」
「ドール!?」
「はい、ドールはこちらに。まだ少し抵抗しようとしていた鬼人の方々は、そこの方が現れたのを見て戦意喪失。
侍の皆様に任せて救援にきました。……敵は燃えましたか?」
俺が炎の出処に視線を向けると、そこにいたのはドールと、怒りの仮面などの分身達だった。
どうやら、あの化け物が街ごと吹き飛ばした鬼人達の様子を見ていたようだが、口ぶり的にもう大丈夫そうだ。
よくわからないけど、あいつらが怯えていたのがこいつみたいな鬼神にだったなら、不興を買っていたら殺されるしかなく、挽回しようとしても巻き込まれて死ぬだけ。
もうどんな行動を起こすことも今更なのだろう。
いつの間にか百鬼夜行は終わってたらしいし、たしかに今は大人しくしてもらえたらそれでいいかもしれない。
だけど、鬼人は特に気にする必要はないとしても、ドールが吹き飛ばした鬼神は……
「い、いや、あいつはそう簡単には……」
「jq新qu神秘tZ!! xZgtouyiymuyiym鬱陶debsbk上ueZ!! 神獣to魔人jw@9ls@lns@l<s@;mb@nkhpdw許p1Z!!」
俺が鬼神のヤバさを伝えようとすると、丁度その瞬間、世界がひび割れるかのような衝撃が走った。
炎は声だけでかき消され、砂も完全に吹き飛んでいる。
発生源は、もちろん未だに名前の分からない鬼神だ。
彼は自身に纏わりつくすべてを声で吹き飛ばすと、血走った目をドール達に向ける。
明らかに無傷だ。
しかも、標的はドールに移ってしまったらしい。
本体は無力だし、できればドール本人を標的にしてなければいいけど……!!
「おい、ダメージはなさそうだしそっち見てる!!
今すぐ退避しろ!! ぶっ飛んでいくぞ!!」
「ぶっ飛んで……?」
俺がドール達に警告を発している間に、鬼神はゆらりとその両腕を上げる。
今回は接近してくるわけじゃないのか……?
でもそれって、殴りかかってくるよりもマズいんじゃ……!?
「とにかく退避しな!! ドールちゃんだけでも……!!」
「了解で‥」
"-@4g(4q/sm"
俺に続いて土蜘蛛も警告を発していると、突然、辺りに轟音が響き渡る。ドールは退避しようとしていたようだが、轟音はそれとほぼ同時だ。俺達からでは無事かわからない。
「くそっ……何が起こった……!?」
「あたしが知るわけないじゃないか……!!
あの子らは無事なのかい……?」
「それこそ俺が……は?」
俺達がドールのいた方向を見ていると、横目に何かが飛んでくるのを感じた。慌ててそちらを見ると、もうすぐ目の前には恐ろしい鬼神の顔がある。
俺達には接近しても安全だとでもいうのかよッ……!!
「ッ……!!」
"荒土一揆"
俺の様子から土蜘蛛も接近に気がついたらしく、俺が剣を構えるのと同時に、彼女も金棒を振り上げる。
そして、それを横薙ぎに地面に叩きつけることで、地面が海になったかのような大地の波を起こして迎撃した。
「多彩Z!! z4d@)4k神秘odhf@tk一z覚5k94i土knk攻撃w@f3.t@<ck実驚h-s@ii多彩ulZ!!」
波の中にはやはり硬い部分もあったのか、鬼神はまたしてもうめきながら吹き飛ばされていく。
しかし、相変わらずダメージはまったくないようだ。
元気すぎる叫び声を上げている。まったく目を離せない……
「けど、ひとまずドール……!!」
「また来たら押し流すから、あんたは探してきな!!」
「おう」
俺は警戒を土蜘蛛に任せて、さっきまでドールがいた辺りに向かって走る。あれが落ちてきた時点でボロボロだったが、土蜘蛛の土を使った迎撃やさっきあれが打ち出していた何かのせいで、もう森よりも走りにくい。
それでも、背後は任せているという安心感から他は気にせずとにかく走る。
すると……
"イス・オブ・ドール"
"フロム・オブ・ドール"
俺の目に飛び込んできたのは、ドールの壁になるように立ちふさがっていた分身達だった。
彼女達は龍宮で見せたのと同じように、自身の体を燃やしたり凍らせたりと犠牲にし、全力で本体を守っている。
あれが何をしたのかはわからないが、ひとまずドールは酷いけがもなく無事のようだ。
だけど、あの一発だけでこれだけ分身達が犠牲になっていたら、とてもじゃないが足止めとして機能しない……
「おい、無事か!?」
「ッ……は、はい。ドールは無事です。しかし……」
「オレラのこトは、気ニ、スんナ」
「わ、わ、私達は、あな……たた、の、ぶぶ分身……
あななな、たの、きき……記憶の、蓋は、すす、す既に……」
「己ノ心をシっタ、俗に言ウ覚醒者ナら、本来ノ力。
オレラは何度デもスぐニヨビダセル」
「わわ私、達を、犠牲に、あああ足止め、ををを。
ああれに、はは、ここここの場の、誰も、勝てはしないい」
「……そうですか」
少し顔をしかめていたドールだったが、分身達が炭になりながら、歯を震わせて崩れていきながら伝える言葉にギュッと目をつぶると、覚悟を決めたように冷静につぶやく。
そしてぱっと目を開くと、抱きしめていたロロを俺に突き出して作戦を伝えてくれる。
「ドールは分身を犠牲にすることであれを足止めします。
クロウさんは、他の戦場へ。言葉を話せない者がボスとは思えませんので、あなたの運はそちらにお願いします」
「あれ以上のやつがいるのか……!?
……けど、たしかにそうだな。わかった」
「ク、クロー……オイラ、あんまり役に立てないけど……」
「俺もそう変わんねぇさ。行こうぜ」
「あいさー!!」
俺はロロを肩に乗せると、速やかにその場を離れる。
拘束された鬼人は、あの方達と言っていた。
まだ街はどこもかしこも騒がしいし、他にも何人も鬼神はいるのだろう。
ローズ達がどうなってるかも心配だけど、今はこの脅威をなんとかするべきだ。
運しかない俺がいるべき場所。
仲間に幸運をもたらすべき敵。
俺が戦うのべきなのは、あの名前の分からない鬼神じゃない。