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化心  作者: 榛原朔
二章 天災の国
183/432

158.5-それは彼らを形作るもの⑦

これは、かつてこの地が八咫と呼ばれる前の話。

地球が太古の科学文明を滅ぼし、神秘の時代を生み出した頃……その、現代へとつながる創世の時代の話……


ここ、八咫には3種類の人間がいた。

急激に強まった神秘に影響され、異形へと変化し恐れられた人々――鬼人。


異形へと変化してしまった人々を見て、たとえ家族であっても恐れ、迫害を始めてしまった人々――現代の八咫国民の祖先達。


異形へと変化してしまった人々を見ても、彼らへの愛情や仲間意識を失わなかった稀有な人々――鬼人と同じく人間に嫌悪され、今では失われた思想の異端者達。


彼らは人生を狂わされた。

まず、世界が変わったことに。

次に、一部の人間が人間でなくなってしまったことに。


とある少年もまた、そんな人々のうちの1人……

異形を見て、それでも1人の少女を愛し続けた人物……




~~~~~~~~~~




彼は科学文明にあって、ただ恋に燃える人間だった。

その対象は、いつもそばにいた幼馴染み。


家族ぐるみで仲がよく、家も隣近所だったことで幼稚園から小中高とずっと同じ道を進んだ、とても可愛らしい少女だ。


だが、少女は幼い頃から学校中で噂される程に可愛く、誰でにも優しい人格者でもあったため、彼女を狙うライバルは多かった。


少年は常にハラハラと駆け引きをすることになる。

小学校で胸のうちに得も言われぬ感覚を覚え、中学校で恋心を自覚し、高校で数多くのライバルと競い合った。


しかし、彼には幼馴染みというアドバンテージがあった。

今までの積み重ね。いつでも会える距離にいたこと。

家族間での恒例行事。

その他にも、数え切れない程にたくさん。


やがて彼は、そんなアドバンテージを存分に活用し、遂に少女との交際までこぎつけることができた。

交際することが、できたのだ……




地球を災害が襲った。

大陸を裂き、大洪水が星を洗う災害が。


その影響は計り知れなく、非力な人々は逃げ惑う。

多くの人が死に、蘇った神秘によって生態系は塗り替えられた……




しかし、幸か不幸か少年は生き残った。

愛する少女どころか、両家の家族や多くの隣人、学友、教師、知り合いの知り合いから無関係な他人など、かなり大勢の人々と共に。


彼らはとても運が良かったのだろう。

彼らが助かったのは奇跡的だったのだろう。


しかし、大陸に隣接する、これだけでも大陸と呼べそうな程巨大な島。

この地に取り残されたことだけは、不運だったのかもしれない……




多くの強力な神獣が生まれたこの地で、人々は懸命に生き続ける。百手の伝説、人食い蛇、厳格な狼、自然を愛する鹿。


動く巨山、神隠しを起こす怪物、騙してくる狸、いつの間にか近くにいる不気味な老人のような生物。

そのようなものが跋扈する世界で懸命に。


だが、科学文明が滅んで新世界になってから幾ばくもなく、人々にも変化が現れた。


強すぎる神秘に影響され、しかし人としては適合することもなく、体に鱗のようなものが生えてきたり、獣のように毛深くなった。そして、そんな人々は共通して頭に角が生えた。


彼らの姿は、まさに鬼。

人々は彼らを恐れ、迫害した。


鬼達はもともと家族だったり、恋人だったり、友達だったりする者ばかりだ。

だが、それでもこの新世界にあって、いきなり怪物になった彼らは家族にすら恐れられた。


しかし、それでも鬼達はすぐには逃げ出さない。

彼らは体が丈夫になり力も強くなったが、恐れてくるのは、殺そうとしてくるのは家族や友達だ。


力を把握していないというのもあるが、まずは話し合いたいとあまり抵抗しなかった。

人間(恐ろしい獣)に捕まってしまった。


身動きの取れない彼らは、その硬い体を包丁や刀、チェーンソー、ハンマー、銃などで延々と斬られ、叩き潰され、撃たれ続けた。


それでも神秘を受けて丈夫になった彼らは、その半数以上が死ぬことはなかった。


段々と力と認識が噛み合い始め、痛み、苦しみ、恐怖、恨みと共に、人間ではなくなってしまったことを自覚する。

そして集落を、命からがら逃げ出した。


鬼になった者達には、特に目立った共通点はない。

まだ小学生にもなっていないくらいの幼子から、神秘のおかげで立ち上がることができていた老人まで様々だ。


……幼子であっても親以外の大人達に命を狙われ、場合によっては親にすら恐れられたのだ。


彼らは人間ではなくなった。

彼らは人間を恐れ、憎んだ。


それは、数千年かけて何度も都市を滅ぼそうとする程で。

もう人ではなくなった、妖鬼族の血の呪縛だった。




一瞬で地獄になった世界で、少年は少女の名前を呼ぶ。

目の前で異形になってしまった少女の名前を。

自分の家族が殺そうとする、異形の怪物の名前を。


彼は人が人だったものを――まだ人としての人格があり、周囲が認めれば人として生きられるものを殺す、狂気の世界となっても、恐怖よりも愛を選んだ異端者だった。


家族が鬼の少女を殺そうとするのを止めようと、必死で抵抗した。少女に人間から逃げるように懇願した。


だが、心優しい少女は分かり合いたいと願ってしまう。

他の鬼達と同じく、抵抗することなく人間(醜い獣)に捕まった。

そして延々と繰り返される殺害行動に、ついに少女は命を落としてしまった……




少年は心を砕かれた。

ようやく怪物を殺せたと喜ぶ家族を、信じられない思いで見つめ続けた。


恋人が異形になっても愛を忘れなかった少年は、人間の中では異端者だ。

鬼が逃げ出し、彼らを助けようとしたことを思い出した人間達は、少年に嫌悪の視線を向ける。


正しいのは、どちらだったのだろう?

鬼が無抵抗に死んで、誰も逃げ出さなかったらまだよかったのだろうか?


少なくとも、鬼達が自ら死を望んだのなら、ここまで狂いはしなかったのかもしれない。

一部が逃げられたからこそ、生きる意思があったからこそ……


「お前らは……お前らも人間じゃねぇだろ」

人だったものを率先して虐殺した彼らに、少年はゴミを見るような目で見ながら吐き捨てる。


彼の他にも、仲間が異形になった恐怖を乗り越えた異端者はいた。しかし、彼らはもう何も言わない。

絶望し、諦め、ただ鬼になった者との思い出に浸った。

彼だけが、人間の群れから外へ出たのだ……




~~~~~~~~~~




妖鬼族は、生まれながらに神秘である。

3つの戦闘民族の1つとして、不完全な人の神獣として、特に強い感情が無くとも。


しかし、後から生まれた世代ではなく、人間から逃げて里を作った最初の鬼人達の一部には、強い感情があった。


最も長い間人間を信じて、最も長く殺意を向けられ傷つけられた大男。

同じく、最も長く殺意を向けられ続け、彼と共に何度も率先して都を襲った男。


彼らとは違い、それでも人を見続けて狂った男。

幼かったにも関わらず、家族や友人に恐れられ殺されかけた幼女。


彼らは、里にこもって子孫に恨みを教え込む者だったり、狂気を隠しながら人里に降りている者だったり様々だ。

しかし彼らは、仮に正常に見えても腹の中は狂気に満ちている。


それは何度も都を破壊して回った程で、だが守護神獣の介入で滅亡まではさせられなかった。

彼らはひたすら機会を伺う。


恨みを忘れさせないため、人の形をとれない幼子にしばしば人里を見せて恐怖だけを与えながら。


子孫たちを放置した結果、鬼人の大火という自分達の時よりも大規模な事件が起きたとしても。

その後は、彼らをしばしば襲撃に出したとしても。


いざとなったら出てくる可能性のある、9柱の守護神獣を警戒して、自分達は表立っては活動しない。

ただただ恨みを燻ぶらせながら、数千年もの間待ち続けた……




およそ1000年前。この島にある神秘が戻ってきた。

それはかつてこの島の人間を嫌悪し、世界を見て回っていたモノだった。


唐突に現れた神秘に、彼らは警戒心をあらわにする。

「貴様も人間だろう?」と信用しない。


だが、殺し合うことはしなかった。

信用はしなくても、それが人間を嫌っていることは火を見るより明らかだったからだ。


長い年月をかけて、彼らはお互いの黒い感情を増幅させ続ける。そして、およそ100年前。ついに妖鬼族はそれを信じた。


長年燻ぶらせた恨みを爆発させるべく、それの計画に従い、まずは守護神獣が人間の守護神ではなくなるように……

かつて、人間と妖鬼族の悲劇の裏で訪れたという天災を、彼らの形で再びこの地に起こすために……


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