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化心  作者: 榛原朔
二章 天災の国
182/432

158-凶星来たる

まだ妖狐の炎が燃える中。

ローズとライアンは、まだその場から動けずにいた。


もちろん戦闘を継続している訳ではない。

クロウがヴィニーの呪符を真っ二つにしたように、ライアンも彼のやり方でちゃんとローズを救っている。


しかし、ローズは八咫に来てからずっと玉藻の残り火(タマモノマエ)を使い続けていた。

そのため、流石に限界が近くて倒れて込んでいたのだ。


ライアンの腕に抱かれる彼女は、弱々しく体を震わせながらなお呪いの言葉を呟いている。

彼女を見つめるライアンの視線は優しく、そして悲しげだった。


「私の、責任……止まっちゃ、だめなのに……」

「……どんなに重い責任があったとしても、疲れたんなら休んだっていいんだぜ。後でまた話してくれよ。

俺も、一緒に背負ってやるから」


涙を流しながら何度も同じようなことを繰り返すローズだったが、それでもライアンは優しく笑って、寄り添い続ける。

自身を形作ったものに縛られたまま、どこか幼いままでいる彼女を抱いて。


ただ、優しい温もりを少女に与えるように。

この燃えている地獄のような場所で、彼女を守っていた。


そんな中、彼の耳に足音が届く。

ここが燃えていることは言うまでなく、街中でも妖怪や鬼人が暴れていたはずなのに、まるで麗らかな日差しの下を散歩しているかのように軽やかな足音だ。


ライアンはローズを守るように抱きかかえると、足音の方向に警戒の目を向ける。

すると炎の中から現れたのは……


「なんだ、晴雲かよ〜」

「やぁ、ライアンくん。大変なことになってるね〜」


にこやかに歩み寄ってくる陰陽師――芦原晴雲だった。

彼は細い目を三日月のように曲げて、鼻歌が聞こえてきそうな程に軽い足取りでライアン達の元へとやってくる。


「まぁな〜。ちゃんと解決はできそうだけど、大変だぜ〜。

ところで、他のとこがどうなってるかわかるか〜?」


相手が晴雲だとわかると、ライアンはすぐに他の戦場の様子を聞き始める。


もしこれが他の人であったなら、この人は全体を把握しているのか……? などと考えて、今までどうしていたかを聞くだろう。


しかし晴雲の場合、もし今来ていたのだとしても、占いができるのだからわからないなんてことはない。

むしろ、より正確な情報源であるため、迷いがないどころか嬉々として聞いていた。


「そうだねぇ……」


彼の言葉を受けて、晴雲は懐からサイコロを取り出す。

そして、その赤と黒の八面体を手のひらの上でコロコロと転がしながら、空を観察し始めた。


「相打ちはあるけど、負けてるのは夜刀神くらいかなぁ。

けど、八岐大蛇は海音に瞬殺されてるから休んでなー」


しばらくの沈黙の後、サイコロを転がす手を止めて、細い目を2人に向けた晴雲はそう告げる。


そして彼は、軽い調子で休息を促しながら、来た時とは反対方向へとスタスタ歩いていく。

ほぼ閉じた目でちゃんと見えているのかは謎だが、少なくともローズが疲れ切っていることには気がついていたようだ。


「ふ〜ん……って、もう行くのかよ〜?」

「もうここでやることもないでしょ?」

「そりゃそうだ〜。じゃ、またな〜」


ライアンが驚いたように聞くが、もう晴雲は振り返るどころか返事すらしない。

適当に手を振りながら、さっさと歩いて行ってしまった。




「……あの人、何しに来たの?」


晴雲が去ってしばらくした後、ローズが不思議そうな顔でライアンの顔を見上げる。

彼女は初対面であるため、戸惑いもひとしおだ。


「さあな〜。けど、お陰でお前の意識が逸れたみたいだし、ありがたかったぜ〜。もう、大丈夫か?」


だが、ライアンはもういつものようにほのぼのとしており、まったく気にしていないようだった。

それどころか、それすらもローズのことに結びつけている。


状況が違うので当然対応も変わっているが、ヒマリを斬ったクロウに寄り添った時のように優しい表情だ。


「……うん。今のフラーに問題はない。それを思い出したよ」

「じゃ〜責任を感じる必要はもうねぇな〜。

……俺達と一緒に、今を楽しもうぜ」

「そう……だね。私の責任を果たすのは、いつか何かが起こった時。今は気にしないことにするよ。ありがとう」


晴雲という乱入者がいながらも、変わらず自分を気にしてくれるライアン。それによってローズも、ようやく薄っすらと笑みを浮かべる。


もちろん彼女は、そのすべてを克服した訳ではないだろう。

だが少なくとも今は、それを受け入れることができているようだった。


「……ん〜? また何か来たな〜」

「よく来るね……」


また2人になったことで、元のように休み始めたライアン達だったが、すぐにまた何かを感じ取って体を起こす。

今度もまた足音……それも晴雲がやってきた方向からだ。


「あなたっ……!!」


やがて現れた人影を見て、ローズは驚愕の声をあげる。

目を見開き、体を軽く硬直させて。


「ギャハハハハ!! よぅこそ、八咫へ!! 正直、余計なもんばっか呼び寄せたテメェは疫病神だったなぁ!!

元から呼んでねぇし、支配を逃れたのならもう死ね人間!!」


彼女の目の前にいたのは、2人の鬼。

1人は、血塗られたように真っ赤な肌、鷹のような鋭い目、鮫のようにギザギザの歯で頭には角を生やした大柄な男。

1人は、鮮やかな色の着物をはだけさせた、艶やかな女。


この場には、荒々しく笑う鬼の声だけが響いていた。




~~~~~~~~~~




ライアン達と分かれた晴雲は、星を眺めながら歩いていく。

手にはサイコロが握られており、星の位置やサイコロの目で何かを占っているようだ。


その結果なのか、はたまた好きに歩いているだけなのか、彼の歩みには迷いがない。

ツカツカと花まみれの道を進んでいった……




そんな彼がやってきたのは、貴人にけがを治してもらった鬼女紅葉や、にらみ合う影綱と茨木童子、笑い合う雷閃と紫苑が休んでいる場所だった。


さっきまで殺し合っていたはずの彼らだが、この場にはもうほとんど殺意や敵意はない。


紅葉の相手であった美桜はそもそもいないし、雷閃と紫苑は友達、影綱と茨木が優先するのは主や友の意思だ。

殺し合いなど些細なことだとでも言うように、疲れを滲ませながらも、比較的和やかな雰囲気が漂っていた。


それに対して、戦いが終わった後にのこのことやって来た、この集いにも無関係な陰陽師。

明らかに場違いな晴雲だったが、彼は特に気にせず歩いていくと軽薄に声をかける。


「おーっす。将軍さんと四天……一天王。それと……死鬼?

なんでこんなところにいるんだい?

仲直りでもしたのかな?」

「あは〜、そうだねぇ。……人は恐怖を乗り越えたよ、晴雲。

鬼人も、これだけ暴れれば……いつか」

「そっかそっか。ところで、まだ騒がしいね?」


最初はほのぼのと笑っていた雷閃だが、すぐに表情を引き締めて真剣な声色で答えた。

だが、晴雲は普段崑崙に引きこもっていて関わりがないからか、特に大きな反応は示さない。


軽く相槌を打って、何故かまだ収まらない騒ぎについて質問する。


「そう……だね。鬼人は生かして捕らえたと報告を受けたんだけど……うーん、失敗したのかなぁ?

さっきも何かが爆発してたみたいだし、さっきから天気も……これは嵐って呼べるくらい荒れてるし」

「ふ〜ん、大変だねぇ。……え、何でくつろいでいるのかな?

君達もそれぞれ、騒がしいところに行ったらどうだい?」

「あは〜、そうだよねぇ。まだみんなに任せて休んでいたいところだけど……しょーがない。行くかー鳴ちゃん」


雷閃の答えに適当な相槌を売っていた晴雲だが、少し考えると我に返ったようで、戸惑ったように助言する。


すると、流石の雷閃も休みたい欲を押しのけて動き出した。

ほのぼのとしながらも、手を開いたり閉じたりと、体の状態を確認しながら紫苑を誘う。


そしてもちろん、雷閃が動いたことで、誘われた紫苑もためらいなく立ち上がる。鬼人と人、両方のために2人で動くことが嬉しいらしく、満面の笑みだ。


「あっはっは!! いいぜぇ、閃ちゃん。どこ行く?」

「晴雲さん、おすすめは?」

「んー……君、迷うよねぇ? そっちが一番近いよー」


紫苑が行き先を聞くと、雷閃はすがさま晴雲に助言を求める。すると彼が指さしたのは、この場所から見て鬼人の里がある方向だ。


つまりは、御所のある辺りかその少し東側。

口ぶりから察するに、どうやら雷閃が迷うことも考慮してのことらしい。


「ありがとう。よし……鳴ちゃん、案内してほしいなぁ」

「あっはっは!! 直線っぽいのに、あっはっは……!!」

「影綱と茨木さんもよろしくね〜」


助言を素直に聞き入れた雷閃は、心配そうにしていた影綱にそう言い残すと、紫苑の背を押しながら去っていった。

そして残された影綱は、「茨木と」という彼の言葉に目を丸くしている。


「こいつと……!? 何故わざわざ殺し合った相手と……」

「奇遇だな。某も丁度そのことが頭をよぎっていたところだ。ただし、某はパートナーが気に入らないからといって、連絡手段などの観点を無視して単独行動などはしないが」

「誰もそんなことは言っていませんが。あなたこそ、主様の意向を確認しなくても良いのですか?」

「はいはい。どうでもいいから君達もコンビで行きな?

そうだなぁ……よし、2人はあっちねー」


敵意をむき出しに喧嘩を始めた2人だったが、晴雲はやはりどうでもよさそうにあしらいながら、同じように助言する。


指さしたのは、この場所から見て龍宮がある方向だ。

つまりは、愛宕の街の南側。


テキパキと行き先を決められた2人は、それでもしばらく睨み合っていたが、やがて不承不承ながらも動き始める。


「……仕方ない。行きますよ霧」

「指示をするな影」


そして彼らは、軽く言い合いながら去っていく。

他人からして見れば、なかなか相性がよさそうな組み合わせだった。


「……ふぁ」


助言を終えた晴雲は、軽く伸びをする。

まだこの場には紅葉がいるが、彼女には特に助言はないのか、存在すら気にしていないようだった。


だが、もちろん紅葉はそんな状況に納得できない。

少し迷った後、控えめに晴雲に話しかける。


「あの、わたくしは……?」

「ん〜……? でも、美桜ちゃんいないしねぇ……

どうせあの子はサボりだし、君も同じように重傷だったんだからしばらく休んでていいんじゃないかなー」

「ちょっとちょっと、なに人をダメ人間みたいに言ってくれちゃってるのよ〜? 私はここにちゃんといます〜」


晴雲は美桜を理由にするが、その言葉が終わると同時に上から声が降ってくる。

彼らが顔を上げると、屋根の上で不満そうな顔をしている美桜がいた。


「おやおや、いたのか美桜。どこに行ってたんだい?」

「ふぁ……別に〜? ちょっと様子を見にいってただけ〜」

「そっかそっかー」

「みんなは〜?」

「まだ騒がしいから、様子を見に行ったよー」


紅葉と同じく、死にかける程の重傷だった美桜もちゃんと治っているようで、近づいてくる足取りは軽い。


屋根から飛び降りてくる様など、ふわふわと浮く桜のような優雅さだった。

もちろん、実際に能力で桜を使っているのだが。


彼女は紅葉と晴雲の間くらいに降り立つと、目を細めて晴雲に視線を向けた。

そして少し考え込んだ後、背後で座り込んでいる紅葉に言葉を投げかける。


「紅葉は1人だけ残されて困ってたのよね〜?

私と一緒に行きましょうか〜」

「ええ。そうしましょう、美桜」

「おすすめはこっちなんでしょ〜?」

「その通りー。さっすが、よくわかってるねぇ」


紅葉が嬉しそうに立ち上がると、美桜は晴雲が口を開く前に先手を打って行き先を決めた。

どうやら彼女も陰陽師であるため、晴雲のおすすめを予想していたようだ。


彼女は、晴雲が軽薄な口調で同意したことで、紅葉を連れてさっさと北西側へと去って行ってしまう。

しかし……


「隠神刑部が心配かい?」


去り際、空を見上げたままの晴雲が、離れていく美桜の背中に向かって問いかける。

特に何の気もなくといった雰囲気で、いたって自然に。


その言葉を聞いた美桜は、しばらく無言で立ち止まった後、振り返らずに含みのある言葉で返した。

よく考えた末に出た言葉といった雰囲気で、少しばかり変な感覚を覚えるように。


「……あなたは何か知ってるのかな〜?」

「いーや、何も?」

「……そう。なら、今は騒ぎを優先するわ〜」


何もわからない紅葉が戸惑う中、晴雲から確認が取れた美桜は、今度こそ彼女の手を引いて去っていった。


残された晴雲は、ただ天を見上げる。

どこまでも無力な自分に、今できることはあるのかということを占いながら……

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