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化心  作者: 榛原朔
二章 天災の国
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157-天災の兆し

けがを癒やした後、鬼人達の様子を見た橘獅童は神名備の森へと足を踏み入れていた。

目的地は、和解とはいかないまでも、とりあえずは話し合いに持ち込んだ鬼人達の集落だ。


彼はもちろん、いつも羅刹に行く時のような遊び感覚で向かっているのではない。


死鬼や名前付き、名前のない鬼達らと戦わなかった彼だが、その後の彼らの様子を見て、1つ彼の中に疑問が生まれたからだ。


かつて、鬼人の大火で彼が目にしたのは、酒呑童子や茨木童子達が暴れる姿。

あの時の彼らには、たしかに怒りや憎しみがあった。

それこそ、1つの都市を滅ぼしてしまうほどに。


だが今晩見かけた彼らには、その感情はまったくと言っていいほどなかった。なのに、名前のない鬼達のあの怯えよう。

これは一体どういうことか……?


彼は、そんな違和感を払拭するために集落に向かうのだ。


(オレ)が知ってんのは、大体2000年前くらいまでじゃ。鬼人が生まれた時代のことは知らねぇ……

もし、妖鬼族の指導者が死鬼だってぇのが、(オレ)達の勘違いじゃったんなら……)


本島にいる守護神獣達は、現在愛宕か羅刹にいるはずなので、この地にいる力ある神秘は彼一人。

だが彼は、周囲の警戒を怠ることなく、慎重に森の奥へと進んでいく。


大木が生む暗い影に目を凝らし、木の葉が擦れる音、枝が折れる音などに耳を澄ませ、慎重に。


「……」


やがて前方から、野生動物が逃げていく音が聞こえてきた。

それと同時に、彼らの怯えた視線が獅童に向かう。


「逃げる獣……(オレ)に怯えねぇか。相当じゃのぅ」


度々森に遊びに来ていた獅童は、普段から獣達を狩り、天迦久神とも戦っていた。森の動物達からしたら天敵だ。

しかし、動物達は彼の近くまで来ても進行方向を変えない。


たとえ通るのが獅童の真横であろうとも、それよりも恐ろしいモノから逃げているかのようにスピードを緩めない。

この先――鬼人の里には、明らかに何かがいた。


その様子を見た獅童は、すぐに覚悟を決める。

本気の殺し合いはしたが、どうやら人間を滅ぼすことが目的ではなかった死鬼。


獅童が聖人に成った時代から、ずっとリーダー格であるとされてきた彼らだが、おそらくあの中に首領はいない。

この先にいる何かが、妖鬼族の首領。

そして、死鬼を百鬼夜行に参加させた存在だ……と。




しばらくして、獅童はようやく鬼人の里に辿り着く。

だが、彼の目に入ったのは異質な光景だった。


ここも狸の里と同じく、木々と同化している部分もあるが、建造物自体は愛宕と遜色ない程に立派なもの。

しかし、活気がなかった。


愛宕に攻めてきた大人の鬼人は当然として、その他の女子どもも誰一人としていない。

しかも、店の前には新鮮な果物や干し肉などが並ぶなど、生活感はあるのに、だ。


死鬼や戦士たちが百鬼夜行を起こしている現在、もっとも安全であるはずの場所ででこの様子……明らかに異常だった。


不自然な光景を前に、獅童は訝しげにしながらも歩を進める。やはり狸の里と同じく、奥にあるひときわ立派な建物を目指して……




里の最奥にある屋敷は、他と比べるまでもなく明るい色合いで、さらに屋根に角のような装飾が施されていて派手。

見るからにものが違う様子だった。


閉じた扉から放たれる威圧感。

普通の人間ならば呼吸困難になってしまう程に重い空気。

獅童はそれらを精神力で押さえつけると、勢いよく扉を開け放つ。


すると、その先にいたのは……


「はぁ……まさか人間の方から来るとはなぁ。

だが、砕けぬ信念(アキレウス)じゃねぇなら問題ねぇ。あいつには誰も勝てねぇが、だいぶ削れてんだろ。予定通りだ」


巨大で派手な椅子に座り、やはり巨大な徳利を片手にくつろいでいる大男。

身長は、痩せていない状態の獅童と比べても明らかに大きく、3メートルはある。


顔だけは、厳ついだけで普通の人間と同じようなものだが、頭には人の前腕ほどの角が2本生えているし、手足は鎧でも着込んでいるように硬質化しており、どう見ても人外だ。


彼は酒瓶を大きく呷って酒を飲むと、豪快に息を吐き出してから獅童に話しかけた。


「ぷっはぁ!! 旨ぇ!! ……よぉ、ゴミ。

一応聞いてやるが、テメェ何の用だ?」


見下しながら笑う口からは鋭い歯が覗き、体内が燃えているのか冷えているのか、謎の白い煙が溢れ出していた。


そして、もちろん視線も威圧的だ。

彼は酒を楽しみながらも、目はまったく笑わず獅童を睨んでいる。


全身から放出している殺意も合わせて、問いかけられた獅童が顔を引つらせてしまうほどだった。

だが、獅童はつばを飲み込むと、自身を奮い立たせるように勢いよく口を開く。


「ぶわっはっは!! (オレ)ァ侍所所長、橘獅童!!

百鬼夜行の元凶を殺しに来たんじゃよ!!」

「じゃ……? なんだテメェ、見た目は青年だが、中身は年齢相応になってるタイプかぁ? その割にゃあ元気だな」

「ぶわっはっは!! さっきの戦いで大方燃えてしもうてのぉ!! 実に、健康的じゃ!!」

「ハハハ……そうか、さっき天逆毎と殴り合ってた、イカれた爺がテメェか。だとしたら見覚えがあるぜ、鬼人の大火の生き残り。愛宕を守れなかった人間。八咫を育てた英雄」


彼の目的とその状態を知った鬼は、この国の歴史に思いを馳せる。


かつて、暴れる厄災から人類を守った九柱の神。

何度暴れても戦力不足により殺されかけるため、里にこもって機をうかがっていた里の開祖。


だが、後の世に生まれ神の力を知らなかった若者達は、神の力を知らなかった。

森から出るたびに恐怖の対象として追われた子どもは、いつしか人間にやり返してやろうと考えるようになり……


「ぶわはは!! つまり、あれも貴様が扇動者かのぉ!?」

「あの時代、我らは表立っての活動は控えていた。

ありゃあガキ共を好きに動かせていた結果だ」


騒がしい声に思考を遮られた鬼は、薄っすら笑いながら返事を返す。そして、手元に置いていた刀を取って立ち上がり、目に凶暴な光を宿した。


「まぁ、んなことたぁどうでもいい。我を殺しに来たってんなら、我もテメェにこの感情をぶつけるまでよ」


彼は酒瓶を手放すと、落ちて割れるのと同時に斬りかかる。

凶暴な赤い目を爛々と輝かせながらの、黒い炎を巨大な刀に纏わせた一撃だ。


"火怨-一閃"


黒い刃はどういう訳か、光を放っているというよりかは飲み込んでいるように思えた。

炎であるとは思えないような不気味さだ。


「ぶわはは!! 違ったか!! しかし現在、あの名無し共を脅しとるのは貴様なんじゃな? ならば受けて立つ!!」


"ヒノカガビコ"


対して、獅童が繰り出したのはその真逆。

自滅覚悟の全身ではなく、刀にのみ太陽のような輝きの炎を纏わせた一撃だ。


「ッ……!!」


背が高い分、鬼の方が上を取っているが、2本の刀はちょうど両者の中間地点で激突する。

しかし、拮抗するかに思えたその刃は、まったく鍔迫り合うことなく一瞬で獅童側に押し切られた。


その余波で、屋敷は黒炎に包まれ少しずつ崩れていく。

もし獅童が無理に受け続けていたら、斬られるか、受け身も取れずに壁や地面に叩きつけられるかしていただろう。


だが、彼はすぐさま負けを認めて足を浮かせていたため、勢いよく弾き飛ばされるも重大なダメージは回避できていた。


「ハハハ……痩せて見た目は若くなったが、細くなってる分軽いなぁ……よく飛ぶぜ。神秘相手だと、見た目で判断すんのも馬鹿らしいが、テメェの場合は明らかに筋力も落ちてる。

火力も見かけよりないが、天逆毎戦で疲れてんのかぁ?」


背後に迫る壁を斬って、勢いよく外に飛び出していった獅童に鬼が問いかける。その目は蔑むような光を帯びていたが、油断はまったくない。


乾いた笑い声を響かせながら、さっきの激突から獅童の状態を分析していく。


すると、それを聞いた獅童はやはり豪快に笑う。

己を鼓舞するように、疲れ切っていても気力で無理やり心を燃え上がらせる。


「ぶわっはっは!! いやなに、無理は控えようと思うたまでよ!! じゃが、まさかここまで強いとはのぅ!!

仕方ないから、炭になってでも全力を出すわい!!」


"火神の相-愛宕"


彼は、奮い立たせた勢いのまま懐から御札を取り出すと、それを顔の前に突き出す。


御札が輝くと、現れたのは炎の聖域。

四方八方から輝く炎が湧き上がり、里全体を覆っていく獅童の領域だ。


当然炎の壁で逃げ場はなく、地面も炎の海になっている。

そして彼の背後には、鬼の後ろにある屋敷と対比するかのように炎の神殿が造られていく。


次々に鬼人の家を飲み込んでいく様は、まさに地獄のような光景だった。


「おいおいクソガキィ。テメェ聖人育てといて、結局自分がやんのかよ。ったく、わざわざ違和感確認しに来やがって。

のんびり出発するつもりだったにのダリィぜ」


しかし、そんな獅童とは対照的に鬼の方は気怠げだ。

彼の騒がしさや熱苦しさ、その覚悟などにうんざりしたらしく、ボリボリと頭を搔きながら顔をしかめる。


「あのガキ共にも言ったがのぉ、(オレ)ァは自由に生きてんのよ。そりゃあ守るから何してもいいとはならんが、まぁ好きにしとる分は返すもんよなァ!! つうか、面識ねぇくせにどんだけ知っとるんじゃ!! ファンか!?」

「んな訳あるかよ……と言いたいところだが、そうでもねぇか。一方的な殺戮もいいが、思う存分殴れるってのも悪くねぇ。あー……テンション上がって来たなぁ。イライラするぜ」


だが、燃える里を見たからか、酔いが醒めてきたからか、獅童と話しているうちに段々と語気が荒くなっていく。

そしてついには、段々と暗くなってきた天を震わせる程の怒号を放った。


「あー……本当に苛つくなぁ。本、当に……本!! 当に!!」

「むぅ、これは……」

「ハッハハハハ!! あぁ、ようやく酔いが覚めてきたぜ!!

せっかくいい気分だったのに、苛立ちが止まらねぇ!!

久々の人間!! せいぜい無様に踊り狂え!!

数千年の恨み、今ここで晴らしてくれる!!」


鬼が叫ぶと、里を嵐が覆う。

定期的に八咫を囲っていた、近海に生まれる嵐のように。


空には暗雲が立ち込め、木々を叩き折らんばかりの豪雨が降り、地面を割くほどの豪雷が鳴っている。


森は暴風により薙ぎ倒され、雲の中なのかと思ってしまう程の霧がかかっている。


だが、火神の相-愛宕は消えない。

それどころか、雨に混じって炎の雨すら降る始末だ。


この地獄にて、鬼と人の頂上決戦が開始した。

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