16-暴風・後編
目の前にいるのは、たしかにフー。
ついさっき倒して、拘束していたはずの女。
そしてよく見ると、ヴィニーの前にはリューがいる。
……どういうことだ? 雰囲気が少し違う気がする。
「はぁ……はぁ……拘束してたのに、なんでここに? これ、俺達助けてる?」
「そうだねぇ。ど〜見ても助けてるねぇ」
「どういうつもりだよ」
「今もちょっと変な感じなんだけどねぇ。……なんて言うか、操られてたみたいな?」
「よく分からんが、味方になるって事か?」
「その通〜り。あいつが関わっているようだからさ。あたしらも戦うよ」
「……助かる」
急な事だが元々邪悪さは無かったし、タイミング的にわざわざこちらに来てから裏切る理由がない。
戦闘狂って所以外は問題無しだ。
それにあの男の風は俺達ではどうしょうもない規模。
相殺出来るこの双子の参戦は素直にありがたい。
「ん? 傷は?」
「あの猫ちゃんは、先見の明でもあるのかね〜。どうやら治してくれたようだよ」
つまり、用事ってのはこれか?
ヴィニーもあの感じは少し予想でもしてたかな。
嫌に冷静だ。
でもロロは何でだ? 猫なのに。
「ハハッ。何だ、テメェら裏切るのか?」
「悪いね〜。けどあたし達の思考に手を加えていたなら、文句は言えないよねぇ」
そうフーが言うと、双方からの風が強まる。息苦しい。
「オレはそんな事知らんが、お前は殺してもいいよな。能力が被ってるんだもんなぁ」
「アッハハハハ殺し合い、滾るね〜」
能力が被ってる……?
てかこいつ、操られてたってのは性格関係ねぇんだな……
フーはヴァンと同じように、嬉々として殺し合いを始めようとしている。
これが終わったら関わらないようにしよう。
「おい、俺らにも風付けれたりしねぇか?」
「はぁ? あたしらは他人の為に神秘に成った訳じゃないんだよ? 無理」
クソ、これは俺達足手まといだな。
双子は、もはや俺達の事など気に留めず男に向かって飛んでいく。
リューは轟音で風に逆らって、フーは静かに風を受け流すように。
どちらも俺達には無い力だ。
彼らが激突すると、風の抑圧が減った。
この空間を支配する風はあの男のものなので、それに逆らう流れを生み出している2人に緩和されたのだろう。
場所によってはより激しく渦巻いているが、少なくとも俺達の周りは穏やかだ。
あんな事を言ってたが配慮はしてもらえるらしい。
そして決戦中ではあるが、一息つけたことで俺達は話し合いができるようになった。
「これ、俺達も参戦出来ると思うか?」
「少なくとも俺は行けるよ。動きやすくなったからね」
「なら俺も行く。ロロは地下探せるか?」
「わかった。オイラの力、消えてない?」
「どうだヴィニー?」
「うん、傷はもう問題ないかな。動けるよ」
「そっか。じゃあ探してくる」
ロロはそう言うと、迷いなく進んでいく。
探知は出来ているみたいだな。
「それから、あの大男。ヴァン・エーリウォールって言うんだって」
「え、あの無口に聞いたのか?」
「うん、聞いたらポツリと答えてくれた」
喋れたのか……
「じゃあ、行くよ」
「おう」
彼らに近づくに連れて、風が荒れ狂う。
特にヴァンとリューの激突は、一撃ごとに周囲を吹き飛ばす。
押しているのは当然ヴァンだが、リューも瞬間的な力ならヴァンと渡り合えるほどに強い。
大剣も合わせた破壊力は、ヴァンでも受けたらただでは済まないだろう。
だが素手であるはずのヴァンの暴風は、リューの大剣での攻撃すら弾いている。
隙がなければきつそうだ。
フーは、風は弱々しいが2人よりも精密な操作をしているので、リューよりも攻撃が当たる回数が多い。
ヴァンからしたらリューよりも手強い相手だろう。
俺にしたようなナイフ戦闘術を、惜しみなく発揮している。
あの暴風相手でもそんな事が出来るのは流石だ。
だがそれも戦いづらい程度。
結局2人共あしらわれている感じだ。
俺達の参戦で何か変わるとは思えないが……
"幸運を運ぶ両翼"
双子にも能力をかける。
「ん〜? 何かした?」
「分かるもんなんだな。2人に俺の能力をかけた」
「へ〜、あの当たりづらかったやつだね?
こりゃ〜便利だ」
そう言うとフーはナイフを増やす。
暴風という巨大な力に対して余りにちゃちなそれは、だからこそ大きな効果を生む。
暴風に逆らうことなく、それに沿った形でのそよ風の導き。
どんな風も起点があり、完璧な壁にはなれない。
その隙間を、彼女のナイフは的確に突く。
「チッ、鬱陶しいなぁ!!」
「アハッ、最高の褒め言葉をありがと〜」
ヴァンの体に十本程のナイフが刺さる。
それは当然すぐに引き抜かれ傷も固まるが、先程同様、彼は注意散漫になる。
ロロとヴィニーがやったように、今度はリューがその大剣を振るう。
「……」
「あ?」
無言で振り下ろされた大剣は、ヴァンの背中を右肩から左肩に斬り裂く。
ヴィニーの時と違い、深い傷。
「ハハハハッ、勇ましいなぁリュー!!」
だがヴァンは、何事も無かったかの用に吠える。
そしてやはり今度も嵐が彼を包み、リューは吹き飛ばされる。
……リューが無理なら俺達も無理だ。
しばらく誰も手が出せない時間が続いた。
前回よりも時間をかけ、再び彼が姿を見せたとき時、その周囲は嵐の影響で捻れているかのような空間になっていた。
そして止血を終えた彼は、リューを睨む。
「……澄ました顔しやがって。ひき肉にしてやる」
……あいつ、俺達が見えてねぇな。
それを見たヴィニーが駆け出す。
多少マシになったとはいえ、まだまだ強い嵐の中を……どうやら風を読んで進んでるな。超人め。
俺も後に続きヴァンに接近する。
風は読めないが、彼の通った後をついて行けば進みやすい。
近づくいてみると、流石にあの傷は大きすぎたのか、ヴァンは少しふらついていた。
俺達はここぞとばかりにスピードを上げる。
視線を向けると、フーもこの機会を見逃さず俺を吹き飛ばした空気弾を作っていた。
嵐を有効活用しているようで、俺の時よりも大きいのが実に頼もしい。
そんな状況にヴァンはまだ気づかないようだ。
俺達に最初に放ってきたような竜巻をリューに向けて打っていたぶっている。
さらには辺りを漂う蛇牢雲も、腕に纏う嵐も、そのすべてがリューを標的にしている。
それはもはや地下も気にせず床を大きく破壊し、その過程で生まれた塵すらも殺傷能力のある武器として飛ぶ。
リューも流石に全力を集中的に受けたら太刀打ちできないようで、まともに防御もできずにどんどんボロボロになっていく。
すまん、リュー。
そうこうしている内に、俺達はヴァンを射程範囲内におさめた。
リューを見習って、静かに。
ヴィニーと俺の刃がヴァンに当たる。
風の防御があるせいでまともに斬れたとは言えないが……
「ああん? 雑魚が。群がってんじゃねぇぞ」
これで注意がこっちに向く。
彼は青筋を立て、ビキビキという擬音が聞こえそうなほどにキレている。怖。
ヴィンダール達……頼む。
注意が逸れた瞬間、リューが再び動いた。
今度は爆音を響かせ、瞬きする間に近づいてくる。
「あああああ!!」
これは流石にヴァンも気付く。
彼は大声で怒鳴りつけながら手の平を突き出し、暴風を放つ事で迎え撃った。
これによりリューは吹き飛ばされ、暴威の監獄に叩きつけられる。
「っ……」
相変わらず息すら聞こえないが、彼の顔は苦痛に歪み、恐らく背中は血塗れだ。
ついでに俺達も吹き飛ばされかけたが、どうにか踏ん張って少し離れただけに留めることができた。
一応これでまだ、追撃は行ける。
そして……
"サージブリーズ"
ついにフーが貯めた爆風が炸裂する。
この空間を吹き荒れるヴァンの嵐を押し退け、ヴァンに迫る。
リューに攻撃をしていた彼は、防御も回避も出来ない。
「ぐっ‥」
今度も背中。
リューが斬った上からの、重ねての風爆。
まともに食らった彼は、今まで俺達がなっていたように吹き飛び、自分が作った結界に激突する。
「アハッ、爽快感すご〜」
「終わったか……?」
サージブリーズ自体も俺が意識を失ったくらいの威力だ。
それに加えてリューの斬撃、自分の暴風も食らったなら流石に倒れてもおかしくない……よな?
「警戒しながら様子を見よう」
「了解」
「……それ、あたしも?」
「片割れもいるんだから見に行ってやれよ」
「はぁ。しゃーないなー」
俺達は見通しが悪い中を、少しずつ進む。
でもあんなやつ相手だと警戒してても余裕で接近されるよな……
「気を失ってたらさ、能力って消えるものなのかな?」
近づきながらヴィニーが問いかけてくる。
だが、俺の呪いは自動だからな……
「知らねぇ、フー?」
「ああ〜? ……制御下に置いている感じなら、消えるんじゃね? あたしの"そよ風の妖精"含めた……風……全般」
「……」
暴威の監獄は消えていない。
つまり、まだ意識がある。
「2人共、警戒」
「おう」
「わ〜ってるっての」
俺達はその場に止まり、周囲を見回す。
嵐は今は収まっている。
もし空気が動けばそこにヴァンがいるはず……
「どういうことだい? こりゃあ」
「分からない。完全に消失している」
煙が晴れた後、目に入ってきたのは倒れているリュー。
……リュー、だけだ。
意味がわからない。
「よく分かんねぇけど、取り敢えずあいつを回収しとこうぜ」
「なんかムズムズするねぇ……」
俺達はモヤモヤした感情を抱えながら、リューの元へと歩みを進めた。その瞬間。
「あっと、申し訳ない。偽装していたのを忘れていました」
いきなり、声が聞こえてきた。
素早くその方向を見ると、さっきまで誰もいなかったはずの場所に立つ、神父のような格好をした男。
見覚えがあるような……?
「誰だい、あんた!!」
「おやおや、育ての親の顔を忘れたのですか?」
「あたし達は……2人だけで……」
「いやいや、すみません。意地の悪い質問でした」
俺がどこで会ったのかを思い出そうとしていると、なんとも奇妙なやり取りが聞こえてくる。
フーは混乱したように、神父は胡散臭い笑顔で。
2人は確かにお互いを見ている筈なのに、まるで話が噛み合っていない。
「何か、用がお有りで?」
ヴィニーが割り込み、目的を聞く。
消えたヴァン。このタイミングで姿を見せた事。
怪しさで溢れている。
「いえね。思っていたよりつまらなかったので、もう少し盛り上げようかと」
「つまり、次の相手はお前か?」
「とんでもない。私は参謀、弱いです。
何、プレゼントですよ」
そう言うと神父は指を鳴らす。
すると、何故か暴威の監獄が消える。
「は!? 何でテメェが?」
「さっきから何なんだい、あんた!!」
「それから、ヴァン・エーリウォールは回収させていただきますね」
「は!?」
「では、ごきげんよう」
その言葉を最後に、神父は消える。
それも唐突に、その場に立ったままでいきなりかき消えた。
……何なんだあいつ、まともに会話にならなかった。
「あの大男を回収……? ん、何だ?」
急に辺りが揺れ始めた。
さらにこれは……
「おい、これ神秘が近づいてきてねぇか?」
「そうだね。聖獣、いや魔獣の群れだ」
「アハッ、面白くなって‥」
「こねぇよ、馬鹿!!」
頭沸いてんだろこいつ。
ヴァンと戦って疲れてる筈なのにまだそんな事言うとは……
「町が危ない」
「ああ。フー、リュー起こしてこい。ロロがまとめて回復させてくれる」
「でもあれはあくまでその個人の力を高めるだけだよね。それよりもお嬢が無事かどうかが鍵だよ」
「じゃあ俺が起こしてくるから2人で地下行ってくれ」
そう言ってリューの元に行こうとすると、ヴィニーに呼び止められる。
「待って、こういう時こそ幸運じゃない?」
「力は2人にもかけてるから機動力を優先した方がいい」
「そっか。了解」
新たな面倒事を前に、2人は地下へ、俺はリューを起こしに向かった。
よければブックマーク、評価、感想などお願いします。
気になった点も助かります。