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化心  作者: 榛原朔
二章 天災の国
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間話-あやかしを眺め、其は笑う

妖しく月が輝く夜。百鬼夜行が訪れた夜。

彼らはヤタへと向けて、空を飛んでいた。


時に強風を使って爆速で。

時にそよ風を使ってのんびりと。


出発地点は遥か西方。

花の国フラーの都市の1つ、薬草の町フォミュル。


徒歩では年単位、馬車でも数ヵ月、ガルズェンスの乗り物を使っても半月近くかかる距離で、いくら飛べるとしても体1つで目指す場所ではない。


しかし彼らは、交代交代で能力を使うことで、その疲労を軽減していた。

おまけにまったく立ち止まることなく進んでいたため、もう少しで到着できそうだ。




妖しげな空気を吹き飛ばし、清らかな風が吹く。

八妖の刻が始まった頃。

死鬼が訪れた頃。


風はヤタへとやってきた。




~~~~~~~~~~




ヴィンダール兄妹がヤタに到着したのは、百鬼夜行が愛宕の都を襲撃していた頃だった。

本島は喧騒に包まれ、ところどころでは炎が上がっている。

明らかに何か事件が起こっていた。


しかし、戦闘モードではないリューは自由気ままで、フーは無口で自分からは動かない。

ヤタ本島の喧騒を気にすることなく、ひとまず一息つこうと岩戸へと降り立つ。


ここは、クロウ達が龍宮の後に立ち寄った、岩戸でもっとも大きな街ではなく、最初に立ち寄ったヤタの入り口にある町だ。


そして、影綱が住民を送ったのは入り口ではなく、龍宮側の大きな街だった。

龍宮側の街から伝えに来た者はいたが、それも少数であった上に今は深夜であるため皆寝ている。


そのため、オタギには百鬼夜行が訪れているにも関わらず、この町ではまだ大きな騒ぎにはなっていなかった。


少し起きてきた人もいるが、多くがまだ寝静まっている静かな町の中、彼らは愛宕の喧騒を眺めながら歩いていく。


「んー……なんだあれ?」

「…………さぁ」


しばらくして彼らの目に止まったのは、深夜にもかかわらず明かりをつけている団子屋だ。

店主は眠そうにしているのに、なぜか店を開いている。


しかも、客はボロボロのローブに身を包み、顔が全く見えない怪しげな人物ただ一人。


客がいない状態で閉店していなかったのだとしても、この男のために開店したのだとしても、どちらにしても異常だろう。


これには、いつも無表情を崩さないフーですら、薄っすらと眉をひそめていた。そしてもちろん、普段からその時々の感情で行動しているリューも、変に思って見つめている。


だが、それでも男は食べる手を止めない。

リュー達には気がついているようだったが、ちらりと視線を向けて、軽く挨拶をするだけだ。


「むぐ……おぅ、ガキ共。たしか……リューとフーだったっけか? よく来たなぁ……むぐ」


リューとフーには、彼と会った覚えはない。

そのため彼らは、男の挨拶にさらに戸惑いを深めていた。


いつもは適当に動いているリューも、無意識に警戒の目を向けてしまうほどだ。

もちろん、今はフーと2人っきりで、自分がしっかりしないといけないとの思いもあったのだろうが。


リューはフーの横顔をちらりと見た後、警戒を解くことなく男に問いかける。


「確かに俺達はリューとフーだけど……あんたは誰だよ?

会ったことなんてねぇよな?

それとも、あの神父と爺の実験でも見てたか?」

「アッハッハ、確かにあれも見てた」

「ッ……!!」


彼の質問に、男は笑いながら答える。

敵意はまったくなかったと言えるだろう。


ただ、最後に聞かれたことにも当てはまっていたので、それから答えただけだ。


しかし、その答えは彼らにとって看過できないものであったため、リューは瞬時に戦闘モードになった。

彼は表情を消して背中の大剣を抜くと、建物を揺らしながら飛んでいく。


だが……


「けど他にも‥って、おいおい落ち着けよ」

「ッ……!!」


片手に団子を持ったままの男は、それをゆらゆらと揺らしながら呆れたようにリューを見る。

するとその瞬間、リューの風はかき消され、彼は風壁に激突した後に風で地面に押し付けられた。


「おいおいおーい……あんたも風の神秘。

しかも、あたしらよりも強い風なのかよー……」

「ハッハッハ、兄貴の方が早かったなぁ。

お前もとりあえず大人しく話聞け?」


同じく拘束されたフーは、リューに代わって悔しげに呟く。

彼女は、地面に押し付けられているリューよりは緩いが、それでも身動きが取れないようだ。


右手にだけナイフを握った状態で、腕を胴体にくっつけたまま背筋を伸ばして固まっている。

そんな彼女に笑いかけると、男は今度こそ質問に答えようと改めて口を開いた。


「俺はたしかにあいつらを知ってるぜ。

けど、仲間じゃあねぇよ? むしろ……ハハ、敵だ。

仲間に関わりがあるやつはいるけどな。

大厄災は、そう簡単には死なない。殺すには、それだけの犠牲が生まれる。だから、神はルールを作った。

俺はその、維持の側だ……意味がわかるか?」


男はまず、リューに誤解を与えた話から訂正する。

知り合いであることが、必ずしも仲間であるということとは限らない。同じ光景を見ていても、見ている立場が逆の場合もあるのだと。団子を食べながら。


「……いつだったか、神父達の母親ってのが言ってたねぇ。

常に僕達が不利だからこそ成り立つルールだ……って。

詳しく聞いたことはないけど、まぁこの状況じゃね」


それを聞いたフーも、自身の知るわずかな情報に加えて、2人して捕まっていて殺されないという現状を踏まえて結論を出す。不自然にピシッと立ったまま、至って冷静に。


身動きが取れないのに落ち着いている男女に、楽しげに団子を振っているボロボロローブの男。

敵か味方か、生きるか死ぬかの話をしているのに、どこかおかしな光景だった。


「そりゃあよかった。んで、俺がお前らを知ってんのは……クロウの知り合いだから? まぁ風のうわさでな」

「なんだよ、急に胡散臭いなぁ……けど、さっきと一緒だ。

実際に殺されてないんだし、仕方ないねぇ」

「ははっ、じゃあ解放してやるから、一緒に団子食おうぜ」

「おっしゃー、菓子だ!!」

「…………」

「実際に見るとすげぇな、お前ら……」


彼らが案外すんなり納得すると、男はすぐに風を消して拘束を解く。すると、早くも戦闘モードの終わったリューが団子に駆け寄っていき、フーはぼんやりとオタギの方向を見始めた。


どうやらこれも知っていた様子の男だったが、やはり自分の目で見るのでは違うらしい。

彼はリューに団子を奪われつつ、目を見開いてあ然としている。


「うめ〜!! 団子? うめ〜!!」

「はーあ、今頃愛宕は荒れてるんだろうなぁ」


彼は奪われた団子を諦めると、残ったわずかな団子を隠しながら、ローブをはためかせて宙に浮かぶ。

そして、口元だけしか見えない彼は愛宕を囲う嵐を見ると、団子を食べながら他人事のように呟くのだった。



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