間話-あやかしを眺め、其は笑う
妖しく月が輝く夜。百鬼夜行が訪れた夜。
彼らはヤタへと向けて、空を飛んでいた。
時に強風を使って爆速で。
時にそよ風を使ってのんびりと。
出発地点は遥か西方。
花の国フラーの都市の1つ、薬草の町フォミュル。
徒歩では年単位、馬車でも数ヵ月、ガルズェンスの乗り物を使っても半月近くかかる距離で、いくら飛べるとしても体1つで目指す場所ではない。
しかし彼らは、交代交代で能力を使うことで、その疲労を軽減していた。
おまけにまったく立ち止まることなく進んでいたため、もう少しで到着できそうだ。
妖しげな空気を吹き飛ばし、清らかな風が吹く。
八妖の刻が始まった頃。
死鬼が訪れた頃。
風はヤタへとやってきた。
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ヴィンダール兄妹がヤタに到着したのは、百鬼夜行が愛宕の都を襲撃していた頃だった。
本島は喧騒に包まれ、ところどころでは炎が上がっている。
明らかに何か事件が起こっていた。
しかし、戦闘モードではないリューは自由気ままで、フーは無口で自分からは動かない。
ヤタ本島の喧騒を気にすることなく、ひとまず一息つこうと岩戸へと降り立つ。
ここは、クロウ達が龍宮の後に立ち寄った、岩戸でもっとも大きな街ではなく、最初に立ち寄ったヤタの入り口にある町だ。
そして、影綱が住民を送ったのは入り口ではなく、龍宮側の大きな街だった。
龍宮側の街から伝えに来た者はいたが、それも少数であった上に今は深夜であるため皆寝ている。
そのため、オタギには百鬼夜行が訪れているにも関わらず、この町ではまだ大きな騒ぎにはなっていなかった。
少し起きてきた人もいるが、多くがまだ寝静まっている静かな町の中、彼らは愛宕の喧騒を眺めながら歩いていく。
「んー……なんだあれ?」
「…………さぁ」
しばらくして彼らの目に止まったのは、深夜にもかかわらず明かりをつけている団子屋だ。
店主は眠そうにしているのに、なぜか店を開いている。
しかも、客はボロボロのローブに身を包み、顔が全く見えない怪しげな人物ただ一人。
客がいない状態で閉店していなかったのだとしても、この男のために開店したのだとしても、どちらにしても異常だろう。
これには、いつも無表情を崩さないフーですら、薄っすらと眉をひそめていた。そしてもちろん、普段からその時々の感情で行動しているリューも、変に思って見つめている。
だが、それでも男は食べる手を止めない。
リュー達には気がついているようだったが、ちらりと視線を向けて、軽く挨拶をするだけだ。
「むぐ……おぅ、ガキ共。たしか……リューとフーだったっけか? よく来たなぁ……むぐ」
リューとフーには、彼と会った覚えはない。
そのため彼らは、男の挨拶にさらに戸惑いを深めていた。
いつもは適当に動いているリューも、無意識に警戒の目を向けてしまうほどだ。
もちろん、今はフーと2人っきりで、自分がしっかりしないといけないとの思いもあったのだろうが。
リューはフーの横顔をちらりと見た後、警戒を解くことなく男に問いかける。
「確かに俺達はリューとフーだけど……あんたは誰だよ?
会ったことなんてねぇよな?
それとも、あの神父と爺の実験でも見てたか?」
「アッハッハ、確かにあれも見てた」
「ッ……!!」
彼の質問に、男は笑いながら答える。
敵意はまったくなかったと言えるだろう。
ただ、最後に聞かれたことにも当てはまっていたので、それから答えただけだ。
しかし、その答えは彼らにとって看過できないものであったため、リューは瞬時に戦闘モードになった。
彼は表情を消して背中の大剣を抜くと、建物を揺らしながら飛んでいく。
だが……
「けど他にも‥って、おいおい落ち着けよ」
「ッ……!!」
片手に団子を持ったままの男は、それをゆらゆらと揺らしながら呆れたようにリューを見る。
するとその瞬間、リューの風はかき消され、彼は風壁に激突した後に風で地面に押し付けられた。
「おいおいおーい……あんたも風の神秘。
しかも、あたしらよりも強い風なのかよー……」
「ハッハッハ、兄貴の方が早かったなぁ。
お前もとりあえず大人しく話聞け?」
同じく拘束されたフーは、リューに代わって悔しげに呟く。
彼女は、地面に押し付けられているリューよりは緩いが、それでも身動きが取れないようだ。
右手にだけナイフを握った状態で、腕を胴体にくっつけたまま背筋を伸ばして固まっている。
そんな彼女に笑いかけると、男は今度こそ質問に答えようと改めて口を開いた。
「俺はたしかにあいつらを知ってるぜ。
けど、仲間じゃあねぇよ? むしろ……ハハ、敵だ。
仲間に関わりがあるやつはいるけどな。
大厄災は、そう簡単には死なない。殺すには、それだけの犠牲が生まれる。だから、神はルールを作った。
俺はその、維持の側だ……意味がわかるか?」
男はまず、リューに誤解を与えた話から訂正する。
知り合いであることが、必ずしも仲間であるということとは限らない。同じ光景を見ていても、見ている立場が逆の場合もあるのだと。団子を食べながら。
「……いつだったか、神父達の母親ってのが言ってたねぇ。
常に僕達が不利だからこそ成り立つルールだ……って。
詳しく聞いたことはないけど、まぁこの状況じゃね」
それを聞いたフーも、自身の知るわずかな情報に加えて、2人して捕まっていて殺されないという現状を踏まえて結論を出す。不自然にピシッと立ったまま、至って冷静に。
身動きが取れないのに落ち着いている男女に、楽しげに団子を振っているボロボロローブの男。
敵か味方か、生きるか死ぬかの話をしているのに、どこかおかしな光景だった。
「そりゃあよかった。んで、俺がお前らを知ってんのは……クロウの知り合いだから? まぁ風のうわさでな」
「なんだよ、急に胡散臭いなぁ……けど、さっきと一緒だ。
実際に殺されてないんだし、仕方ないねぇ」
「ははっ、じゃあ解放してやるから、一緒に団子食おうぜ」
「おっしゃー、菓子だ!!」
「…………」
「実際に見るとすげぇな、お前ら……」
彼らが案外すんなり納得すると、男はすぐに風を消して拘束を解く。すると、早くも戦闘モードの終わったリューが団子に駆け寄っていき、フーはぼんやりとオタギの方向を見始めた。
どうやらこれも知っていた様子の男だったが、やはり自分の目で見るのでは違うらしい。
彼はリューに団子を奪われつつ、目を見開いてあ然としている。
「うめ〜!! 団子? うめ〜!!」
「はーあ、今頃愛宕は荒れてるんだろうなぁ」
彼は奪われた団子を諦めると、残ったわずかな団子を隠しながら、ローブをはためかせて宙に浮かぶ。
そして、口元だけしか見えない彼は愛宕を囲う嵐を見ると、団子を食べながら他人事のように呟くのだった。