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化心  作者: 榛原朔
二章 天災の国
177/432

間話-鬼という人、人という獣

明けましておめでとうございます。

今年も化心をよろしくお願いします。

烈火の宿る都、愛宕。

ここは、かつて鬼人の大火にて燃やされた場所であり、それを忘れずに暮らした人々の象徴でもある。


しかし今宵、普段は活気に満ちているこの都には、深い影が落ちていた。

妖しい月明かりから守るように。

侍達の恐怖を和らげるように。


影は、密やかに辺りを覆って彼らを助け、国の守護者達の輝きを際立たせた。

将軍の雷、歌人の花びら、英雄の炎。


自然と感じ取ることのできるそれらは、どれも侍達を奮い立たせ、妖怪や鬼人に立ち向かう勇気を与えていた。


「前衛、引け!」

「おうッ!」

「発射ー!」


"木の相-萌芽"


多くの妖怪が押し寄せる中、普段はまとまりのない侍達が、指揮官の指示に従って息を合わせていた。

前衛が敵を抑えている間に死傷者を回収、中衛が詠唱を済ませたら、タイミングを見計らって一斉に射出する。


体や足元の地面に命中した種は、みるみる芽吹いて敵を絡め取っていく。

もちろん全員の動きを封じた訳では無いが、前に出ていたものの大多数は動きが止まっていた。


彼らはそれを確認すると……


「今だ、かかれッー!」

「うぉー!!」


指揮官の号令とともに、勢いよく切りかかっていく。

さっきまで前衛だった侍達は引いたため、今回前に出るのはこの術を放った侍達だ。

彼らは札を懐にしまうと、動けない彼らを斬り捨てる。


「こんの、化け物が!!」

「グギャ……!!」


戦線が少し前に移動し、敵の勢いがいくらか落ちた。

その間に前衛と中衛は交代し、さっきまで前衛だった侍達は懐から御札を取り出している。


入れ代わり立ち代わりで術を撃つ。

これが彼らの作戦のようだった。


「ふぅ……おーい、大丈夫か?」

「副長……すみません」


ひとまず押し返すことができ、一息ついた指揮官は、弓を構えて震えている部下に声をかける。

彼は、前衛、中衛の頭上を飛び越えてくるようなものを警戒する役割を持った後衛だ。


それは、部隊が混乱しないためにも必要な役割。

しかし、彼らの多くは至近距離で戦うことが苦手だった、と言うこともできた。


そのため、この場を任せたれ身としては、彼らのような部下のケアもしなければならなかったのだ。

今だ戦場ではあるのだが、彼は顔を歪めている部下の話に耳を傾ける。


「俺は、やっぱり怖いです。あの強靭な肉体を持つ化け物……鬼人が。何度も襲撃してきて、何人も殺されて……」

「……そうだな」

「それでも、本当にあの劇のような……」

「見つけたぜ、松陽ッー!!」

「ッ……!! 後衛、放て!」


彼が怯えている部下の話を聞いていると、建物の屋根を飛び越えて、大きな体躯の鬼人がやってきた。

熊のように巨大で、全身を毛に覆われた鬼人――熊童子だ。


彼は、自身に向かって放たれた矢をすべてを撃ち落とすと、指揮官――松陽と呼ばれた男から、少し離れたところに着地する。


そして、ニタァと笑いながら彼に視線を向けた。


「おうおうおう、危ねぇなぁ。これだから人間のゴミ共は」

「はぁ……どうしょうもないヤツだな、君は。圧倒的力を見せつけているくせによく言うよ。性格が悪い」


部下の攻撃を容易くあしらった熊童子の軽口に、松陽はいくらかの嫌悪感を見せながら言葉を返す。


鬼だから、ではない。

ただ単純に、熊童子本人の性格に対しての言葉だ。

そこには人か鬼かの区別はなく、恐怖や差別意識などを超えた、ある種対等な関係があった。


そしてそれは、松陽と面識がある様子の熊童子にもわかっていたようだ。彼は、捉え方によっては鬼の熊童子が、とも取れる松陽の態度にも動じない。


お互いに、松陽だから、熊童子だからという個人への殺意を向けている中、かすかに苛立ちを含みながらも楽しそうに話しかける。


「へっへ……まぁそう言うな。せっかく殺しに来てやったんだ。どっちか死ぬまで、せいぜい楽しもうぜ」

「だから、楽しむことじゃないんだっての」

「いいや、楽しむさ。ほうれ、出てこい!!

名前付きも含め、全員だ!!」


熊童子が両手を広げて叫ぶと、十数もの影が屋根の上から飛び出してきた。


そして、降りてきた衝撃で侍達を吹き飛ばしながら、彼らを握り潰したり叩き潰したりすると、やはり少し焦りを含みながらも楽しげに笑う。


彼らは星熊童子、虎熊童子、金熊童子、目一鬼、霊鬼、牛鬼などの、強い神秘を表す名前を襲名した鬼達。

ある程度の力を認められ、名によってさらにその強度を高めた者達だ。


「クソッ……みんなッ……!!」

「ほら、嫌でも踊らされるだろ?」

「本当に君はッ……!! ここには俺だけなんだぞ!?

虐殺でもしにきたのか!?」

「はっはっは!! 俺達も命がかかってんだ。

手は抜かねぇから、その叫び声で楽しませてみな!!」


名前付きが揃ったのを見て、目を見開く松陽。

そんな彼とその部下たちに対して、鬼達が一斉に襲いかかっていったちょうどその時。


力強い声がこの場に轟いた。


「待ちな!!」


侍達は戸惑ったように周囲を見回し、鬼人達はビクリと体を震わせて足を止めた。

しばらく声の出処を探していた彼らだが、最終的に空を見上げる。すると、屋根の上にいたのはいくつかの人影だ。


マントを投げ捨て、背中で羽のように結ばれている仁王襷をあらわにした女性――土蜘蛛。

その左右に並ぶ、全く同じ姿をした少女たち――ドール。


「つ、土蜘蛛さん……」

「土蜘蛛……? あの、紫苑の相棒の……!?」

「バカッ、呼び捨てにすんじゃねぇよ」

「す、すまん……」


気づくのが遅れた者達も、すぐに周りにつられて空を見る。もちろん、全員が土蜘蛛を知っている訳では無い。


侍達の多くは、彼女達が誰だかわからず戸惑い始める。

しかし、鬼人達のほとんどは紫苑つながりで土蜘蛛を知っていたため、恐れおののいて声を震わせていた。


「よーし、大人しくなったね。このまま両者矛を収めてくれると助かるんだけど、やめるつもりはあるかい?」


屋根の上の土蜘蛛は、静かに見上げてくる顔を眺めながら、圧をかけて警告する。

人間に恨みのある鬼人を中心に、襲われたことで鬼に敵意を見せていた侍達まで見落とさず。


「お、俺達は別に……」

「ちょっと怖ぇけど、劇で色々知ったんだ」

「神獣や聖獣の中にも、人を襲う魔獣はいる。

人にだって、危ねぇやつはいる。鬼人も……」

「あいつらに戦いをやめるつもりがあるのなら、俺達も」


真っ先に口を開いたのは、侍達だ。

彼らの先祖は、かつて鬼人を恐れて排斥した。

しかし、それから長い年月が経ち、存在がしっかり認知されてきたことでその恐怖も薄れている。


たまに襲われることはあったのだが、それはどの魔獣が相手でも同じだ。始まりがどうあれ、自分達も恐れて遠ざけ、鬼人達も殺意を向けてきていたのだから、お互い様だろう。


紫苑の劇を見ていたこともあって、彼らはすんなりと停戦を受け入れた。

だが……


「……俺達は止まるつもりはねぇぜ」

「子どもの頃、ただ村に近づいただけで、殺されかけた」

「妖鬼族に生まれた時点で、そもそも、止まれねぇ……」

「鬼人のすべてを見てきた方々が、止まらせねぇ!」

「それに、少し小せぇってだけで、俺達の意志だってあの方達と同じだ!」

「どうせ止まっても殺されるんだ……それなら心の赴くまま、どこまでも殺し尽くしてから死んでやる!!」


さっきまで震えていた鬼人達は、口々に覚悟を言葉にすることで、土蜘蛛への恐れを上書きしていく。

段々と語気を強め、最後には元のように叫ぶように。

各々の武器を振り上げ、一族の意志を表明した。


それを聞いた土蜘蛛は、紫苑のものより明らかに大きい金棒を、くるくると回して弄び始める。


停戦交渉は決裂。

今にも殺し合いが始まりそうな状況だったが、彼女にとっては特に焦るようなことではないらしい。


顔を歪めてはいるものの、それはただ単に面倒くさいというだけであって、まだまだ余裕を感じさせている。


「……あたしは別に、あんたら殺してもいいんだけどねぇ。

あいつと約束してんだよなぁ……付き合ってくれるかい?」

「はい。ドールはクロウさんに頼まれた通り、争いを止めます。ええと、土蜘蛛さん……と一緒に」

「はは、まだ手が空いてる人がいてよかった。

頼りにしてるよ」


金棒を肩に担いだ土蜘蛛は、隣に佇むドールの本体に確認を取ると、屋根から飛び降りた。


前には血に縛られる妖鬼族。

左右には彼女に遅れて降りてきたドール達。

そして背後には、侍所副長・松陽を含めた、紫苑の劇を見てきた多くの侍達……


「鳴神祭主催のマント、つっちー改め、神獣土蜘蛛!!

演者鳴神紫苑改め、鬼人鳴神紫苑の名において、人と鬼人の融和を宣言する!! これは、心優しい鬼の意志だ!!

人の子らよ、あたしに続け!!

意志なき鬼の子らは武器を置け!!

連鎖を断ち切るために、不殺鎮圧を徹底しな!!」

「おぉぉぉ!!」


街中に響き渡る土蜘蛛の号令と共に、彼らはそれぞれ殺意と希望を秘めて戦闘を開始した。



松陽はネームドモブです。

クロウはこういう部分は見ていませんが、流石に描写0は薄っぺらいかなと書きました。

(正直この章は本編でもわかりやすく狂ってて、.5話だけでお腹いっぱいなんですけど一応)

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