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化心  作者: 榛原朔
二章 天災の国
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間話-拠点

深い深い森の中。

1人の男が、静かに暗がりの下を歩いていた。


彼が羽織っているのは、あまりにも場違いな絵の具まみれの白衣。しかも、それをさらに泥で汚し、葉っぱや小枝、小鳥や蝶なんかもひっつけている。


もちろん、そういうデザインという訳ではない。

ただ彼が無頓着であるため、真っ白い白衣を絵の具で汚し、泥で汚し、葉っぱや小枝がくっついてきているだけだ。


それだけなら、この森に慣れていないだけと言えるのだが……

纏わりついてくる小鳥や蝶に至っては、彼の集中力が凄いと言わざるを得ないだろう。


小鳥は肩に止まってチュンチュンと鳴き、蝶は彼の周囲をひらひらと舞っているが、どうやら何か気になることでもあるようで、まるで気にしていない。

黙々と茂みや枝をかき分け、ゆっくり進んでいく。


「足跡……少し前のものだね。どうやらこの地域は雨が少ないようだし……一ヶ月以上前とかもありえるのかな? うーん……

当然のようにこの国のものじゃない。薬品の跡もある」


やがて彼は、目当てのものを見つけたらしく、ブツブツと呟きながら立ち止まる。


視線の先には、うっすら神秘を含んだいつくかのかすかな足跡。八咫に多い履き物ではなく、たまに見かけるような普通のスニーカーらしくもない。


雪山でも滑らないようなゴツゴツとした跡や、逆に土にもほとんど跡を残さないようなふんわりとした跡だった。

しかも、滅多に他の生物が近寄ることがないのか、近場に他の足跡もない。


「雷学者……ではなさそうかな。真っ直ぐ歩く。

そもそも何年も国から出ていないらしいし、流石に十年以上前の跡は残らないだろうし。

どちらかというと、やはり彼女だろうねぇ……

だけど、これを辿ろうにもここに残ってるだけ大したものだからなぁ……他にも薬品がこぼれてればいいんだけど」


足跡の観察を終えた男は、再び周囲を見回しながら歩き出す。


彼は画家。絵を描く者。

しかして現在、彼は特に装備もないままに、まるで冒険家のように森を駆け回っていた。


彼が探しているのは、この国に似つかわしくない痕跡だ。

しかし……


「おっ!! すっごくいい景色じゃないか!!

移りゆく自然はすぐにでも記録しないと!!」


彼は綺麗な光景を見つけると、足跡や薬品の跡などそっちのけで駆け出していった。




満足いくまで絵を描いた彼は、その巨大なキャンバスを懐から取り出した小さなキャンバスにしまう。

そしてほくほく顔で立ち上がると、我に返ったように目を見開いた。


そして、頭を掻きながらまた捜索を始める。


「おっと……うん。痕跡探し、痕跡探し……

さっきの場所は……どこだったかな?」


彼は先程とは打って変わって、困り顔をしながらトボトボと歩いていく。景色と絵に集中しすぎていたせいで、足跡の場所を覚えていないようだ。


もしかしたら他にも痕跡が残っていたかもしれないが、彼は諦めて足跡から遠い場所を探し始めた。


「はぁ、どうせろくな事をしていないのだろうねー……

美しい自然に影響を与えてしまうというのに……」


一度見失ってしまった痕跡はなかなか見つからない。

記録も取っていないし、そもそもかすかなものだったため、観察の結果も十分とは言えないだろう。


しかし、どうやら彼には心当たりがあるようだ。

彼はあの僅かな痕跡だけで、誰がいたのか、どんなことをしていたのかなどを察してため息をつく。


「よくわかっているじゃない、人間」

「うん?」


ここは、深い深い森の中。

だからこそ彼は、まったく人目をはばからずに独り言を呟いていたのだ。


しかしどうやら、森にいたのは彼だけではなかったらしい。

彼の独り言に反応して、背後の木陰から1人の女性が現れる。

肌も服も真っ白で、嬉しそうに彼を見つめている活発そうな女性……


「おやおや。ずっと僕を監視していた人だね。

光栄だけど、何がお気に召したのかな? 鹿の人」


女性が現れたのはいきなりだったが、やはり彼は気がついていたらしく、特に驚いた様子はない。

視線を彼女に向けると、落ち着いて問いかける。


「美しい自然。人が手を加えてはいけない領域よ。

あなたとは分かり合えそうで嬉しいわ」

「僕は画家だからねー。危険視されなくてよかったよ。

それはそうと、ここらで変なものを見なかったかな?」


彼らは初対面のはずなのだが、どちらも自然を愛しているということで意気投合したようだ。

女性は彼を監視していたようなのに、好意的に会話を続ける。


「変なもの?」

「そう、変なもの。液体とか、鉄の塊とか……あとは、見たことのない獣とか。多分拠点を作ってるはずなんだよねー」

「そうね……たまに森に入ってきた人間の女。あれは森中で密かに家を造っていたわ。私には何をしているのか分からなかったのだけど、もしかして自然を壊す行為?」


最初は楽しそうにしていた女性だったが、さっきまで聞いていた独り言などから察したらしい。

質問に答えるために記憶。思い返しながら、心臓が縮んでしまう程に冷たい威圧感を放つ。


しかし、彼はこうなることを予想していたのか、やはりまったく特に動じていない。

どこか遠くを見つめながら、威圧を無視して質問に答える。


「はぁ……森中か。いやー、その過程で自然を壊すとは限らないかもだけどね? 最終的には、そうなると思うよ」

「なるほど……何か問題が起こった時、本当に批判されるべきなのは作り手ではく、使い手であるということね」

「まぁ使うのも彼女だけどね」

「……」

「ごめんごめん。もし始まりが善意であったとしても、時が経つにつれて、悪意を孕むこともあるってことさ。

とりあえず、君は拠点を知っているんだよね?

案内してもらってもいいかな?」


人間観察で得た知識で推察した女性は、真剣に自然について考えていたところに水を差されて黙り込む。

すると彼は、やはり気にせず適当に笑いながら、案内を頼み始める。


そして、女性もあまり長く引きずる質ではなかったようで、すぐさま気持ちを切り替えると、速やかに拠点探しについての話に移っていった。


「いいわよ。全部?」

「うーん……まぁ、一応全部確認しておきたいかな」

「わかったわ。なら私に乗りなさい」


予定を決めると、女性はすぐに本来の姿に戻る。

大きく立派な、白い鹿の姿に。


もちろん彼はまったく驚かず、抵抗もなかったようなので、変身すると同時に彼女に乗った。

しかし、女性の方が逆に面食らったらしく、目をパチクリして動きが止まってしまう。


「あれ、行くんだよね? 確かに緊急ではないけど……」

「ちょ、ちょっとびっくりしただけよ! はぁ……人間って、思っていたよりも面白いのね……」


彼が声をかけると、女性はすぐに我に返る。

そして、しみじみとつぶやきながら、森の中を駆けていった。


呪心という化心のスピンオフで、明日から一周年記念にイベントストーリーを毎日投稿する予定です。

すでに別の章で投稿はしているので、ブックマークしていただけると嬉しいです。

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