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化心  作者: 榛原朔
二章 天災の国
172/432

155-雷閃四天王VS死鬼・後編

八妖の刻が倒れ、海音や影綱達の戦いにも決着が付いた頃。

人知れず戦い始めた美桜と鬼女紅葉も、やはり戦いを継続していた。


この場を支配しているのは、数え切れない程の花びらだ。

ピンク色の桜と紅色の紅葉(もみじ)が、雨のように彼女達の上から降り注いでいる。


どうやら彼女達はその枚数でも競い合っているようで、戦いのさなかにも刻一刻と割合が変化していた。

武器にもなっているため、最初は優勢だった桜は少しばかり勢いを落とし、今は紅葉(もみじ)が半分近く占めている。


同時に、花びらの割合に応じて戦いの様子にも変化が現れていた。紅葉はまだ飛び回っているが、美桜は面倒になったのか疲れがたまってきているのか、動きが鈍い。


それどころか、彼女は仕事の時と同じように、もはや自分から動くこともせずに式神頼りだ。

もし動かなければやられるという場合には、朱雀や白虎に運んでもらっている。


しかし、いくら式神達であってもすべてを完璧に回避することはできない。紅葉の広範囲攻撃にやられ、刻一刻と限界が近づいていた。


"照紅葉"


紅葉が降らせている紅葉(もみじ)の雨。

もちろんそれらは、ただの飾りや力の誇示のような役割しかない訳ではなかった。


空から降るこの葉っぱは、燃える。

桜に阻まれながらも、少し存在するだけで炎を街に降り注げたのだ。


流石の式神達も、これには辟易していた。

玄武が屋根の上で水を降らせれば解決だが、それをすると紅葉(もみじ)の火は消えるが桜も使い物にならなくなる。


身体能力勝負だと、美桜が鬼人に勝てる要素など欠片もないため、手を出せずにいたのだ。


そのため戦いに向かない玄武は出てきておらず、基本的には白虎が美桜を背中に乗せて、朱雀が文句を言いながら火の粉を払っていた。


「おいおいお〜い、主よ〜。

もうちっとやる気だしてくんね〜? つれぇんだけど〜」

「美桜殿も必死なのだぞ、おしゃべり」

「そうよね〜。ちょっとめんど‥コホン。

紅葉が強くて、私必死なの」


文句を言う朱雀と、それをたしなめる白虎。

彼らに軽口を叩きながら、美桜は弓を引いた。


"不知火流弓術-桜火"


特に狙いを定めることもなく、彼女は矢羽根から手を離す。

すると花開くような爆発が起こり、十数本の矢は勢いよく飛んでいった。円形に近い形で、花びらのように。


だが当てずっぽうに放たれた矢は、落ち葉船に乗って移動を続ける紅葉には当然当たらない。

それどころか、スピードに追いついていないため方向すらズレている。


「美桜殿。彼女の位置はわかっているか?」

「もっちろ〜ん。適当に射った分、目で追うのは完璧よ〜」


紅葉が矢を射った方向とはまるで違う場所にいるのを確認した白虎は、心配そうに問いかけてくる。

しかし、美桜は自信満々に答えると宙を舞う桜を操った。


"桜雲"


桜は燃える紅葉(もみじ)を押しのけると、矢を誘導するように空中に桜の道を作る。

今回は人を乗せる訳ではないし、対象を桜が覆う"花の宴"で街を守っていることもあって密度は低い。


だが、矢は問題なく紅葉に向かって飛んでいく。

少しずつスピードを増し、回転を加えながら。


やがて一部の桜は、紅葉(もみじ)と同じように燃えて矢にも火が灯り、その全てが紅葉に迫った。


"紅葉の帳"


だが、矢が彼女の体に当たる直前、大量の紅葉(もみじ)が街を守る桜と同じように、彼女の体を覆ってしまう。


"照紅葉"


そして紅葉(もみじ)は、矢が突き刺さるとすぐに燃えていき、それ以上の進行を許さない。

桜で火が灯っていた矢だが、あくまでも灯っていただけで燃えない訳ではないので、すぐに炭になってしまった。


「鉄壁すぎ〜」

「ううむ……似通った属性である上に、美桜殿はパワータイプでもない。あちらは攻撃を通せるが、こちらは防がれる」

「やっぱ刀だって主〜」


何度目かの矢を防がれ、白虎は再び迫る紅葉から距離を取る。その上で燃える紅葉(もみじ)を払っている朱雀が、面倒くさそうに提案した。


炎の塊のような朱雀にはほぼ効いていないが、面倒くささは別のようだ。美桜もほんわかしているため、そこはかとなく緩い空気が流れている。


「や〜……桜狩りは紅葉狩りで相殺されちゃうじゃない?

時間稼いで、誰かに助けてもらうのが1番確実よ〜」

「それよりもちゃんと防いでくれ、おしゃべり。相性は良いが、私はお前のように火でも土でもないので、中々効く」

「はいよ〜」


朱雀は、提案した刀で戦うというのを否定され、さらには白虎に注意を受けたことでほんの少し表情を引き締める。

だが無言は苦手らしく、またすぐにヘラヘラ笑いながら口を開いた。


「じゃあよ〜。もういっそのこと、今ある桜全部使っちまえば〜? 物量で押し通しな〜」

「だから〜……時間を稼ぐんだって〜」

「あひゃひゃ。まぁ枚数的に、お互い全部使えば主が力負けするしな〜。あっちがこのまま続けてくれるといいな〜」


再び提案を拒否された朱雀だったが、彼は気にせず紅葉(もみじ)を払いながら、ちらりと後ろを見る。


すると、すぐそこまで迫っていた紅葉と目が合った。

朱雀と目を見合わせた紅葉は、ニコリと彼らに笑いかける。


「あ、やべ……」

「ふふ。いいことを聞きました。地道に桜を減らしていましたが、もう一気に攻めていいみたいですね」

「きゃ〜!?」

「おしゃべり貴様ーッ!!」


弱みを握られたこと、もう近くまで迫っていたことに驚いた美桜達は、悲鳴や怒号を上げながら体を反転させる。

落ち葉船に乗って追っていた紅葉も、彼女達が立ち止まったので静止し、降りてきた。


そして、美桜達が硬直して動けないでいる間に、紅葉は薙刀をくるくる回して紅葉(もみじ)を集め始める。


「神奈備の森、鬼の里。紅葉咲き誇るは、追い立てられるも自然のままに美しき鬼無里(きなさ)


紅葉を中央にして集まってくる紅葉(もみじ)は、まるで大火事のさなかのように視界に映るものすべてを飲み込んでいく。


"紅葉炎舞"


すべての紅葉(もみじ)が周囲に集まると、それらは一気に発火した。目がくらむよう程に煌びやかな真紅で、息が冷たく感じる程に熱い花々の舞だ。


しかしそれを見ていた美桜も、ただ見ているだけではない。

白虎から降りると2人を下がらせ、紅葉に対抗するべく、同じように言葉を紡ぎながら刀を構える。


「崑崙の山、時の視線。桜咲き誇るは、すべてを眺めた自然のままに美しき伏見」


もちろん彼女とは違って、それを回すことはしなかった。

だが、最初から張っている聖域――伏見から力を集め、自身の周囲にさらなる荘厳な光景を生み出す。


"八重千本桜"


伏見は広範囲に巨大な不死桜を咲かせる聖域だった。

だが今回は、普通の大きさの桜を無理のない範囲に咲かせるため、千本以上だ。


しかも宙を舞う紅葉(もみじ)も無くなっているため、空には金色の光を発するピンク色の花びらのみ。

まるで星のかけらでも降っているかのような光景で、思わず願い事をしてしまいそうな程に神秘的だった。


「願いを花に託しましょう」

「未来を花に託しましょう」

「鬼と人の行く末は」

「死力を尽くした果てにある」

「消える命を選びなさい」

「けじめと共に連鎖を終えよ」


紅葉は燃える紅葉(もみじ)の炎舞で接近し、美桜は刀を振り下ろすことで桜の刃を雨のように降らせる。

両者はまたたく間に激突すると、辺りに昼のような輝きをもたらした。


桜の刃と紅葉(もみじ)の舞は、互いに削り合う。

斬り裂いて蹴散らし、飲み込んで燃やし尽くす……




剣嵐と大火事が去った後。倒れていたのは美桜だった。

彼女は胸部を深く焼き斬られ、他の部位も軽く炙られたような状態で意識も朦朧としている。

このまま放置していたら、直に命を落としてしまうだろう。


そして立っていたのは鬼女紅葉だ。

彼女も全身を斬り刻まれ、桜が貫通した傷跡や血に塗れており決して無事とは言えないだろう。


しかし、大抵の鬼人は人間よりも遥かに丈夫であるため、どうにか意識を保っているのだった。

彼女は少しふらついた後、倒れ伏す美桜に視線を向ける。


そして、一族の怒りを抑えるために彼女の首に刃を……


「そこまでだ」


彼女が止めを刺そうとした瞬間、背後から声がかけられた。

荒い息を吐きながらゆっくりと振り返ると、そこにいたのは死鬼の1人である茨木童子。


血塗れの鬼女紅葉とは違って、少し汚れてはいるが怪我はほとんどしておらず無傷だ。

だが、紅葉はそのことに疑問を持つ余裕すらなく、ただ止められたことについて問いかける。


「何故……?」

「鳴神紫苑の活動は、意外なことに少しばかり幕府にも影響を与えていた。侍達は土蜘蛛の言葉に従って、捕えることに尽力したようだ」

「つまり……?」

「戦いを仕掛けても皆殺しにされなかったこと、暴れることはできたこと。完全に忘れることはできなくとも、歩み寄ろうと考えるくらいはできるだろうな」

「そう、よかった……互いのトップが……死ぬこと、なく……」


茨木の言葉を聞くと、紅葉は薄っすら涙を浮かべて地面に倒れ込む。薙刀をカランと音を立てながら落とし、多少の痛みなど無視して。


「あ……でも、卜部美桜が……」

「影綱が雷閃を呼んでくるはずだ。大人しく寝ていろ」


美桜の状態を思い出して立ち上がろうとした紅葉だったが、茨木が促したことでまた力を抜く。

そして2人は、これから起こるであろう出来事を恐れながらも、雷閃が来るのを待った。




~~~~~~~~~~




美桜と紅葉が死にかける少し前。

2度戦いに水を差された雷閃と紫苑も、少し危機感が薄れながらも互いの主張を通すための決闘をしていた。


おそらく、2人が一緒になって戦いを止めに行けば止められる戦いも多いだろう。


しかし、鬼人の恨みは言うまでもなく、人の鬼人への恐怖もなくなっていないと思っている彼らには、そんな考えは欠片もなかった。


紫苑は鬼人のために、雷閃は人間のために、目の前にいる親友を殺さんばかりの意志で戦っている。

だが、この場を支配するようなものは何一つない。


雷閃は聖域を発動せず、紫苑も力があるのかないのか、特に周りに影響を与えることなく、ただその体のみで戦っていた。


とはいえ、それでも破壊力は十分すぎる程ある。

両者は共に雷を纏っており、目にも止まらぬ速さだ。


"不知火流-雷火"


"雷震"


雷閃が一瞬のうちに納刀し、電光石火の居合い切りを放てば、紫苑が力強く足を踏み鳴らし、拡散した雷撃で防ぐ。

そしてすぐさま振り返ると、踏みしめた足を起点に雷を纏った金棒を振るう。


"天鼓"


だが、すれ違う一瞬で確認した雷閃も、紫苑が防御から攻撃に切り替えるのとほぼ同時に防御体勢だ。

すぐさま体をねじると、横向きに突き出した刀を両手で押さえて攻撃を受け止める。


"急雷潜航"


金棒と刀が激突した瞬間、轟くのは雷鳴だ。

音が空気を裂き、衝撃が全方向に広がっていく。

そして同時に、雷閃の背後には雷の道が現れ、彼の体は攻撃を受け流すように道を辿って後退していった。


この間わずか数秒。

お互いに雷の能力だからこその高速戦闘だった。


しかし、一瞬で距離を取った雷閃は、刀を地面に突き立てて受け流した時の勢いを止めたまま動かない。

紫苑も地面にめり込んだ金棒を引き抜くだけで、追撃する様子はない。


雷にも光と音のズレがあるように、この場には沈黙が満ちていた。距離を取った両者は、静かに体勢を整えながらため息を吐く。


「スピードもパワーも俺と張るんだもんなぁ」

「お互い、ずっと動いてたら目も体も追いつかないけどね」

「あっはっは!! その時間も似たようなくらいってのがまたいいんだよなー!! 最高の遊び相手だ!!」

「だから半殺しも大変だよ、まったく……」


2人は気を抜くことなく笑い合い、息を整える。

この短い会話の間に、もう視力に必要なインターバルは空け終わっていた。


一瞬でまた空気が変わる。さっきまでは和やかに談笑していたが、今浮かべているのは不敵な笑みだ。

そして2人の間でかすかに散る雷が弾けた瞬間、雷閃は金棒を構える紫苑に向かって刀を突き出し、雷を放った。


"千鳥"


全身から放出された雷は、刀の切っ先を中心にして形を作り始める。くちばし、顔、胴体、羽根。

そして一瞬で巨大な鳥になると、ワクワクした表情の紫苑に向かっていく。


「はっはぁ!! 愉快愉快、最高だぜー!! なぁ閃ちゃん!!」

「これが鬼と人の殺し合いじゃなければね……!!」


"急雷特攻"


千鳥を前にした紫苑が笑いながら振り返ると、そこには雷の道を通り、一瞬で背後に回った雷閃がいた。

刀に雷を纏わせ、今にも斬り伏せようとしている。


"雷切"


同じ雷の能力だとしても、体が雷でできている訳ではないため、どちらをまともに食らっても重傷は確実だ。

しかし、それでもなお紫苑は笑う。


同じく金棒に渾身の力を込め、一振りでまとめて薙倒そうとまずは近場の雷閃に金棒を向けた。


"天鼓"


千鳥、雷切、天鼓と、3つの巨大な雷が至近距離にあることでこの場の空気は乱れ、暴風が全方位に撒き散らされている。


人なら吹き飛び、仙人だと動かずいるのが精一杯、聖人や魔人でもそう安々とは行動できないであろう空間で、彼らは激突した……!!


"影牢"


"不知火流-朧火"


"水影"


「へっ!?」

「どわッ……!?」


しかし、刀と金棒が激突する直前。

彼らの間に割って入ってきた者がいた。


2人の下にある影から飛び出してきた男、氷室影綱だ。

いきなり現れた彼は、雷閃の雷切を刀で受け止め、紫苑の天鼓を背中にある影で反射し、千鳥を影牢で捕まえてしまう。


それにより、全力を反射された紫苑は千鳥がかき消された影牢まで吹き飛ばされる。

またしても邪魔の入った雷閃も、ポカーンと彼を見つめていた。


行き場を失った雷が消え、影綱が刀を納めた後もしばらくぼんやりしていた雷閃だったが、やがて我に返って飛び上がる。返答する影綱は、冷静そのものだ。


「あー、影綱ぁ!! どうしたの!?」

「美桜が瀕死、鬼女紅葉も重傷でね。

君達の殺し合いを止めるついでに、迎えに来た」

「んん? 彼女は敵のはずだけどー……」


取り乱した様子の雷閃はちらりと紫苑を見るが、加勢ではなさそうだったと思い直し、質問を重ねる。

紫苑はまだ放心状態のようで、影牢に黙って寄りかかっていた。


「お前が紫苑という友がありながら鬼を殺すことを決めたのは、襲撃されたという事実に国民が恐れるからだろう?」

「そうだねぇ」

「しかし、部下達は土蜘蛛の話を受け入れた。紫苑の劇を見た者、彼と馬鹿騒ぎした者、意外と多かったみたいだな。

人はまだ納得できるんだよ。鬼人もほぼ美桜を殺したと言えるし、死鬼が元々乗り気じゃなかったのも知ってるしな」

「なるほどー……おっけぃ。2人を治しに行こぅ」


雷閃も最初は不思議そうだったが、影綱の言葉に納得してほのぼのと笑いながら刀を納める。

そして、まだ伸びている紫苑も含めて影綱が生み出した影と影に飲み込まれていった。


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