154-雷閃四天王VS死鬼・前編
土神の相-戸隠にクロウ達がやってきてしばらく経った頃。
海音と酒呑童子は、まだ本気の殺し合いを続けていた。
鬼の母娘として、まだ人と鬼人がわかり合うことはできない今できる精一杯の戯れだ。
しかし、戯れとは言うもののどちらも本気で殺す気でいる。
海音が聖域を出したことは言うまでもなく、酒呑童子もまた広範囲の攻撃で対抗したりしていた。
"酔炎酒宴"
地面を覆っているのは、聖域の水すら利用した燃える戦場。
酒呑童子が杯から溢した酒の海だ。
彼女はそれを引火させ、操ったり刀に纏わせたりしている。
炎と水、2つの属性を武器にしていたのだった。
そして、聖域のほとんどを燃える海に上書きされた海音は、もはやその手に握る刀だけしか武器がない。
炎をできるだけ避け、だがそれでも少し燃えながら酒呑童子に刃を振るう。
"天羽々斬"
彼女が繰り出したのは、天すら斬り裂く居合いの一太刀だ。
だが、下方向や横薙ぎに放つと被害が大きいため、酒呑童子が上になるような位置取りで放つ。
「うふふ、強うなっとって嬉しいわぁ」
海音がこの危険極まりない技を使うために、空へ向かって軽く蹴り飛ばされていた酒呑童子。
彼女の周りには足場がないため、避けることは不可能だ。
しかし、それでも彼女は笑う。
鬼すら真っ二つにできる娘の成長を喜び、笑みを深めた。
ただ、もちろん彼女も無抵抗に斬られるつもりはない。
斬撃が迫る中、落ち着いて杯を傾ける。
"神便人毒酒"
中から溢れ出したのは、妖しい光を放つ酒だ。
しかも酔炎酒宴の時の酒とは違い、これには強い神秘が宿っている。
「っ……!! 娘を殺す気ですか?」
「天后がおるんやから、誰も死にやせんやろ?」
「はぁ……私も全力なので、別にいいですけど」
天羽々斬はその酒を斬り裂きながら天に昇っていく。
いくら神秘が込もっていても、所詮は溢れただけの水だ。
斬撃はすべてを斬り裂いて酒呑童子にまで到達した。
「ほい」
"外道丸"
だが、酒呑童子はそれをいとも容易く防いでしまう。
神便人毒酒を纏わせた刀で迎え撃ち、上から力ずくでねじ伏せる。
そして天羽々斬を防いだということは、当然酒呑童子の返した技にも同じような威力があるということだ。
位置を選んだ海音とは違って、街にまったく配慮のない斬撃が神便人毒酒と共に、まだ天羽々斬を放った体勢でいた海音に迫った。
「天よ、我が意に応えよ」
神酒と斬撃を目の前にした海音は、ポツリと呟くと目にも止まらぬ速さで体勢を整え、刀を構える。
すると、みるみるうちに刀に水が集まっていく。
それらは、酔炎酒宴に呑み込まれていたはずの聖域の水。
時に都を守り、時に外敵を貫く出雲の神水だ。
"天叢雲剣"
そして海音が全力で刀を振ると、天が動いた。
今回は、天を斬る天羽々斬のような素早い一太刀ではなかったが、渾身の力を込めた重々しい一太刀は、敵を天で斬る。
神便人毒酒が動く天によって自然と逸れていき、酒呑童子の飛ぶ斬撃は天に押し潰されていく。
宙に浮く酒呑童子も同様だ。
ネジ曲がる天に、肩から腰にかけて斜めに叩き切られて勢いよく地面に落とされる。
「ッ……!!」
叩き落された彼女は、刀も杯も手放して地面に横たわった。
すぐに屋根にいた天后に治療されるが、動けるようになってももう襲いかかってはこない。
確かに本気で戦ってはいたが、母娘の遊びでしかなかったため、壁に寄りかかって満足そうな笑顔を浮かべている。
「……襲ってきたので斬りましたが、私あなたを殺したくないですよ。どうするんですか?」
激闘を制した海音は、子どものようにわかりやすく悲しげな表情と声色で、酒呑童子に声をかけた。
聖人として、襲ってきた鬼人は殺さなければならない。
母親であるからといって、それを変えることなどできない彼女は、倒れている酒呑童子に震えながら刀を向けている。
「安心しぃ。うちも別に人恨んどらんから。というか、死鬼はみんなそうやなぁ。うちらくらいになると、かなり人に近い形をとれるんよ。そやから、4人共ぎょーさん人に会うて、人にも馴れたわぁ」
しかしそんな海音とは違って、今にも斬られそうな酒呑童子はのほほんとしていた。
人への害意がなければ殺す必要はないだろう……とばかりに、自分がどう思っているのかを話し出す。
その言葉を聞いた海音は困惑気味だ。
親になってくれた時点で少しはわかっていたことだが、それは海音だけという可能性もあった。
何より現在、実際に妖鬼族を率いて攻めてきているため、彼女の意図がわからずに質問を返す。
「なんで攻めてきたんですか……」
「そらまぁ一族の意志やなぁ……うちらみたいに人っぽくなれるんは、ほぼおらんから。まだ恨みは消えてないんよ」
「けど、もう溝は深まりましたね……」
「いんや? 鬼人はこう思うんよ。俺達は人を殺そうとしたのに、今の人間はそれでも歩み寄ってくるのか……ってなぁ」
「え……? それって……」
「うふふ〜。まぁのんびり構えとき。責任に縛られた将軍様も、腹心と話せばちゃあんとやってくれるはずやから」
戸惑う海音だったが、酒呑童子が膝をポンポン叩きながら休息を促したことで、いつものように思考を停止する。
そして、彼女に膝枕をされて戦いの傷を癒やすことにした。
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海音が勝利する少し前。影綱と茨木童子も、憎き宿敵を前にして一族の想いを乗せて殺し合っていた。
彼らの周囲に満ちるのは、深い霧。
影綱の聖域は八妖の刻を閉じ込めるために使っているため、この場を支配しているのは茨木童子の霧だった。
"煙霧"
普段の襲撃と同じように、妖しく光る月を覆う霧。
一寸先すらまともに見えない閉ざされた世界だ。
ただし、聖域を出せない影綱も影を使うことで大体の居場所は掴むことができる。
そのため、霧に紛れて襲ってくる茨木童子にも遅れを取ることはなかった。
"羅生門-斬雨"
目を閉じて意識を集中させている影綱に、上から霧の刃が降り注ぐ。それらは大剣から生み出されるため、一つ一つが大きく少ないが破壊力が高い。
さらには、影綱が防ぎにくいように様々な位置から放たれる攻撃だった。
"残影"
だが、影綱はすぐに反応すると姿をぼかす。
朧気な体はその場に見えているが、攻撃が当たってもすり抜けていくだけだ。
そして……
"重影"
茨木童子の大体の居場所を察した影綱は、影を泳ぐように移動すると彼の上に現れる。
そして影を纏った刀を振ると同時に、茨木童子を地面に叩き落とすように重い影を放った。
「ッ……」
茨木童子は大剣で打払おうとしていたが、影は影綱の下方向全面に広がっており、ほとんど意味をなさない。
体勢も悪く、霧と同じように剣で捉えられる形もないため、ろくに抵抗もできずに飲み込まれてしまう。
彼は勢いよく地面に叩き落され、辺りには派手に砂煙が巻き上がった。
だが、もちろんそれで終わりではない。
重い影に叩き落された茨木童子だったが、地面に激突すると同時に反撃を開始する。
重影に全身を斬られながらも、地面に足がついたことで体勢を整え、力いっぱい大剣を振るう。
"羅生門-伊吹颪"
彼は霧を巻き上げるように大きく大剣を振ると、周囲に強力な竜巻を起こした。
押さえつけてくる重い影を吹き飛ばし、潰されていた霧を四方八方に撒き散らす。
それを見た影綱は、街への被害に顔をしかめて下に降りる。
聖域がない以上、彼一人で広範囲の被害を抑えるのは難しい。
自分がいる場所だけは守れているが、街はみるみる斬り刻まれていった。
「……!!」
しかし、いつまでも自分とその後ろだけを守っている訳にもいかない。いくら待っても伊吹颪は収まる気配がなかったため、影綱は無理やりそれを止めようと動き出した。
"影牢"
彼は刀から手を離した左手をかざすと、伊吹颪の周囲に影を操り始める。少しずつ霧に吹き飛ばされてしまっているが、時間をかけることでどうにか伊吹颪ごと茨木童子を抑え込んだ。
「決着の時だ……茨木」
"不知火流-朧火"
影綱は影に、茨木童子は霧に紛れてしまうので、お互いに攻撃を当てるのは難しい。
しかし現在、茨木童子は影牢の中にいることが確定しているため、たとえ霧になろうとも影で斬れば力技で斬れる。
ポツリと呟いた影綱は、刀に全霊を込めた影を纏わせ、駆け寄って行った。
「影綱ーッ!!」
"羅生門-獄炎乱舞"
しかし、彼が半分ほど距離を詰めた辺りで茨木童子は影牢の中から出てきてしまう。
その手に握る大剣に、霧とは真逆と言っていいような炎を纏わせ、爛々と目を輝かせている。
一瞬驚いた影綱だが、彼が決着をつけようとしているのを察して、そのまま向かっていくことに決めた。
彼らはもはや回避を考えることなくぶつかっていく。
それぞれ影と霧で、とらえどころのない軌道、無数の刀影、大きさすら揺らぐ変幻自在の連撃を。
影の如く朧気に見える火、霧の如く揺らぐ熱気を湛えた炎。
みるみる距離を詰める彼らは、ついに惑わせることなく激突し……
「……」
「……」
しなかった。
彼らは剣を交える直前で同時に動きを止めると、お互いの顔を見返す。
「どうやら彼女達の決着がついたようですね」
「そうだな」
数秒硬直していた彼らは、やがて言葉少なに意思疎通をとると、能力を解いて武器をしまい始めた。
「目的は足止めと言いましたよね?」
刀を納めた影綱は、大剣を霧でどこかへやっている茨木童子に話しかける。
ついさっきまで本気で殺し合っていたというのに、まるで仕事の確認でもしているような雰囲気だ。
「ああ。一族の恨みは背負ってきたが、今の某には人間への憎しみはほとんどない。もちろん0ではないが、むしろ……」
「酒呑童子と海音が仲良く暮らせる国にしたい」
茨木童子の方も、襲いかかってきた時のような感情はすっかり抜け落ち、気安い態度で言葉を返す。
どちらもお互いをよく理解しているようで、影綱は心を読んでするすると会話を進め、茨木も何も言わない。
「そうだ」
「雷閃も同じですよ。紫苑と友達なのでね。
ただ、鬼人が攻めてきたことで国の意志を背負った。
未だ残る、妖鬼族への恐れや怒りなんかを背負って……」
「しかし、意外にも神獣土蜘蛛の言葉は彼らに届いた。
某たちは、人とわかり合うことは不可能として参加したが……
あの変人の劇や触れ合いは、無意味じゃなかったな」
「ええ。なので、死鬼と四天王が全員無事ならまだ……」
「共闘という手段がとれる」
2人は状況を確認し、互いの種族の意志を理解する。
妖鬼族はまだ根強い恨みがあるが、世代交代の早い人間にはもうほとんどない。
むしろ、紫苑が劇を開いたり街で仲良くやっていたことで、理解しようとさえしていた。
死鬼と四天王が誰も死ななかったのなら、妖鬼族を抑えることで、まだわかり合うことが可能だ。
「まぁ、貴様個人だと殺したいがな」
「ははは、私も同じですよ」
彼らは最後に殺意を飛ばしながら、それぞれ霧と影になって互いに止めるべき戦場へと向かった。