15-暴風・前編
屋敷の最奥。
クロウ達が向かう部屋。
そこもやはり、薄暗い部屋だった。
他の部屋、廊下などと同じく窓はなく、照明の類も少ない上に小さなものばかり。
だが、内装は大きく違う。
ここはくつろぐ場所でもあるのか、質の良い調度品が揃えられているし、壁際にはかなりの数の酒が並べられている。
それがまた厳かな雰囲気を醸し出すので、他とは違った恐ろしさを持っていた。
そしてそこにいるのは、机に脚を乗せながら座る男と参謀だと言っていた、最後の幹部だと思われる男。
「ボス、フーとリューが敗れたようです」
「ああ? 何やってんだあいつら。で? 侵入者は?」
「すぐに此処まで来ますね」
淡々と話す参謀とは対照的に、ボスと呼ばれた男は心底愉快といった風に笑う。
「ハハハ、じゃあ殺すか」
「ええ、それがよろしいかと。ちっぽけな運、人間、小猫。
たった3人なら、さして苦労もないでしょう」
「当然だ。どうせ塵のような奴らだろうぜ」
男は豪快に笑う。
だがそれを見る参謀は口角を一ミリも動かさない。
クロウ達が町の前で遭遇した人物とは別人なのではないかと思ってしまう程だ。
「……ところでよ。オレ、お前に何か頼んでたか?」
「いえ、特に頼まれていません」
「そうか」
扉の前に侵入者の気配を感じ、男は最後に告げる。
「まぁせいぜい楽しむさ」
「ご武運を」
~~~~~~~~~~
ロロが追い付いてすぐ、扉に手をかける。
その黒塗りの扉は、今までのものよりも重厚で少し開けづらい。
その開いた先にいたのは……
「よお、よく来たな」
質の良い家具を使っている割に、机に乗せた脚を組むという上品とはかけ離れたくつろぎ方をする男。
逆立った髪でガタイが良い上に、傷跡が全身にあり見るからに強そうだ。
威圧感を感じるな……萎縮しないようにちよっと勢いづけとくか。
「どうも、おっさん」
「ちょっ」
「おいおい、人ん家勝手に入ってきて随分な言い草じゃねーか」
喧嘩を売ったつもりだが、大男はガハハと愉快そうに笑う。
意外と寛容だな。
「まぁ、媚びへつらって来ても殺すけどよ」
「っ」
だがその笑顔を見たと思った次の瞬間、目に冷たい光が宿っていた。
その豹変ぶりは別人のようで、オーラも一気に溢れ出してきた。寛容? とんでもない。
どっちにしろ関係ないってだけだった。
男はそれを告げ立ち上がると、ゾッとするほどの笑顔を見せる。
「ハハハハハハ!!」
この部屋全体を震わせるほどの笑い声。
やっぱり頭おかしい奴かよ……
しかしそれだけではない。
予想してはいたがコイツも風だ。
音量も空気を震わせているが、風が物理的に部屋全体を震わせている。
……はぁ、辛い。
ライアンくらいマイペースなやつじゃなきゃ、誰でも嫌になる。
もう一度言う。誰でもだ。
風が部屋を揺らす。それだけならいい。
リューより怖いなー‥くらいだ。
だがこいつは部屋を吹き飛ばし始めた。
自分の家なのに……狂ってる。
机も、棚も、倒れるだけに留まらず宙を舞う。
仕舞われていたのであろう書類、酒類、武器、その他諸々の男の所有物が収納から飛び出して、これまた宙を舞う。
部屋の壁は少しずつ裂け、木片を撒き散らす。
それらが風に揉まれ、段々と細かく砕けていく。
それにプラスしてホコリや木くずも舞うので、目を開けていられないし咽る。
そんな尋常ではない風だった。
俺達はそれぞれ剣、ナイフ、爪を床に突き立て耐えるが、体が引き裂けそうな風圧を受ける。
きつい……
「"荒ぶる風神"。偉大なる風よ!!オレを、導け!!」
男は笑い続けながら、そんな事を言う。
風のくせに導くだと?
導くのは俺の、幸運の専売特許だろうが。
そもそも、これは男の道を導いているとは言い難い惨状だ。
部屋はもう既に吹き飛び、部屋だったものが飛ぶのみ。
そして風は、部屋の外。屋敷全体を揺らしているのではないか、という規模になってきた。
いや、いつまで続くんだコレ。頭おかしいだろ……
後ろは見えないが、多分さっきまでいた大広間も吹き飛んでいるような音だ。
終わりが見えず、かなり心にくるな。
これが魔人の凶気か。
こうはなりたくねぇ……
「ハハ……はぁ〜‥初めてここまで発散できたぜ」
破壊の限りを尽くしていた男は、しばらくしてようやく風を治める。
一息つけたので後ろを確認してみると、大広間は当然大破。
その先も中庭が見えるほどに暴威の跡が残っていた。
ヴィンダールきょうだいは無事か……?
ここからじゃ見えないけど、後で生きてるかどうかくらい確認しないと後味が悪い。
けど、まずはこの狂ったやつだ。
「家壊して良かったのかよ?」
「ハッ、直せばいんだよ。金なら奪えばいくらでも用意できる」
「むちゃくちゃな……」
ヴィニーどころかロロまでこれにはしぶ顔だ。
頭のネジも風で吹き飛んでやがる。
「まぁそんな事はどーでもいい。オレはてめぇらを潰す。
……なんとなくそうしないといけない気がするんだよなぁ」
「は? そんな事でお嬢を?」
「んーあいつはオレの利益になる。そう聞いたぜ」
「誰に?」
「部下。てか、どうでもいいっつってんだろ」
そう言うと男は、手のひらをこちらに向けてくる。
あ……これは分かる。死ぬ気で回避だな。
「回避ー!!」
やっぱり……!!
俺達はロロのアシスト付きで全力で避ける。
さっきの風とは比べ物にならない程の強風だ。
それが通り過ぎると、さっきまでいた所に風が吹き荒れる。
床どころかその下の地面すら抉り取られ、遥か彼方へ飛んでいく。
受けていたら何キロも吹き飛ばされて墜落死してしまいそうだ。
規模がおかしい……規模が……
だが、男はそれでも満足しなかったようで、顔を歪める。
「あ〜すばしっこいなぁ‥ダリィ」
そして、今度は両手を広げた体勢になった。
さらに抱きかかえるように動かすと……
「うぐぅ‥」
上からの暴風に体を押し潰された。
「……よく考えたらてめぇらも利用価値はあるんだっけか。
はは、いいな。リンチにしてやる」
さっきから言動も行動もむちゃくちゃだ!!
一貫してないし、一つ一つの圧が強すぎだろ!!
俺達が何もできずにいると、男は舌なめずりをし目をギラつかせ始める。
ボスってことがよく分かる、あのきょうだいよりもさらに凶悪な笑みだ。怖ぇ……
"暴威の監獄"
上からの押さえつけが無くなったと思ったら、この辺り一帯が風の壁に囲まれる。
いや、嵐の壁の方が近いかもしれない。
多分下っ端が茨に絡まったのと同じ感じで、触れたらやばい。
ズタズタになって吹き飛ばされそうな、強力な結界だ。
押さえつけられるのと、どっちがマシだ……?
「これさ、ヴィニー斬れたりしねぇ?」
「無理でしょ。彼を斬る方がまだ現実的」
「運だよりで、突っ込むしかねぇか……」
「え〜っと、オイラも補助全力でかける……」
「うん、頼むね」
そんな会話の間に、男は両腕にまで嵐を作っている。
その一振りで、壊滅しそうだ……
「手加減してやるんだから、簡単に死ぬんじゃねーぞ」
男が荒々しく笑いそう言った瞬間、空間中が暴風で荒れ狂った。
息をするのさえ大変だ。
さらに男はその場で、両腕を振るう。
するとその軌道上に竜巻が発生し、その場に立つことに集中していた俺達はボロ布のように吹き飛ばされる。
その飛ばされる先は、嵐の壁。
俺は軌道が低かったため、ギリギリ腕が当たっただけ。
それでも当たった左腕はしばらく使い物にならなそうだが、より酷いのはヴィニー。
背中から全身をその壁にぶつけてしまっている。
「ぐぁぁぁぁ」
そしてその後、ヴィニーは前方に弾き飛ばされる。
男の近くまで飛ばされなかったのは救いだが、その背は血塗れだ。
一撃が重いくて防御はできないし、受け方によってはさらにダメージを受けるという最悪の状況だ。
それに近づくことすらままならないので、このままでは一方的にやられるだけだ。
「はぁ‥はぁ‥」
「無事、か?」
「意識は……あるよ」
「これ、どうしようもないんじゃないか?」
「そうかも」
立ち上がった俺達に再び竜巻が迫る。
今度は2人共避けられたが、それだけだ。
打つ手がない。
「ハッハ、やっぱタフだなぁ」
"蛇牢雲"
すると今度は壁からも竜巻が生まれ出した。
「おいおいおい‥」
その数は10や20では収まらない。
腕から出してたものよりは細いが、それでも当たればただでは済まない。
まともに食らったら、触れた部分から体がねじ切れてしまうだろう。
「どこが手加減だ!!」
「だーから、殺させねぇ位にしてんだろ? 殺しがありなら問答無用で空にぶっ飛ばしてんだからよ」
最初やろうとしてたくせによく言うぜ……
「これは……どうにか下に攻撃誘導して、お嬢を助けるくらいしか勝ち筋ないかな?」
「それまで、受け続けるのか……?」
「体勢を低く受け続けてね」
「了解だ……」
それから俺達は避け続ける事に専念した。
小さな竜巻を掻い潜って避け、大きな竜巻を体勢を低く、床を抉るように誘導した。
体を何度も掠め、ズタズタになりながらの戦いだ。
だが、ボロボロになるだけで一向に穴が開く気配がない。
「おい、他に出来る事はねぇのか?」
「んー彼だね」
「は?」
目の前には竜巻が迫っていた。
それは本来、姿勢を低く避けるべきもの。
だが今回は、何故か勝手にズレていった。
「ああ?」
それと同時に声がしたので男を見ると、ロロが噛み付いている。
え、近づけたの?
「うぜぇなぁ」
男がロロを振り払う。その首元には赤い跡が出来ていた。
「反転〜」
そしてロロがそう言うと、じわりじわりと赤が広がる。
「ナイス」
それを見ると、ヴィニーが一気に距離を詰める。
蛇牢雲の勢いまで使った、超スピードだ。
……なんでズタズタにならねぇんだ?
良く分からないが、とにかく彼は接近した。
ロロに気を取られていた男の意表をついたのだ。
「ああ?」
そのままの勢いで、彼は剣を振るう。
直前で避けられたので軽く腹が斬れただけだが、傷を与えたということが重要。
「ロロ」
「あいさー」
再び傷が悪化する。切り傷が広がり、血が溢れる。
だが、
「ふん、この程度」
男は自分の周囲に嵐を作り出す。
男が次に姿を見せたとき、その血は既に固まっていた。
あの双子はシンプルに風、だったのがこいつの場合は嵐だから出来るその場での止血。
「そんなのあり?」
これにはヴィニーもあ然としている。
あの場面で止血を止めようと斬りかかっても、きっとあの嵐はヴィニーでも超えられない。
打つ手なしだ。
「小動物にやられるとは、なぁ!!」
「オイラ、しんじゅ‥」
再び、すべてを押し流さんとする暴風に行動を抑制される。
「ぐぅぅ‥」
どうすれば……
動けもせずにただ途方に暮れる。
たがその瞬間、何故か少し風が和らいだ。
そして前を見ると‥
「よークロウ?」
フーが爽やかに笑いながら俺を見ていた。
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