151-ローズマリー・リー・フォード、後編
クロウに狐のお面をした怪人――ヴィンセントを任せたライアンは、引き続き白面金毛九尾の狐――ローズと戦う。
彼が1人で戦い始めた時に宣言した通り、彼女の呪いは彼がすべて受け止めるのだ。
「これで2人きりだな。もう周りを気にする必要ねぇぜ。
俺に倒される前に、全部吐き出せローズ!!」
「国っ……なんて、全部っ……壊れちゃえー!!」
クロウ達から十分に距離を取ったことを確認すると、ライアンはローズを焚きつけるように声をかける。
すると彼女は、9つの尻尾を広げ、すべての尾から熱線を放出した。
"封神炎儀"
炎はライアンを中心にして、彼の周囲に9つの炎の柱を生む。
そして段々と彼を追い詰めるように中心に向かっていった。
しかも彼女の熱はさらに増しており、9つの尾から放たれた炎は大地を溶かし、クレーターを作る程だ。
いくらニーズヘッグの鱗で覆われているとはいえ、これをまともに食らったらただでは済まない。
熱量では彼女には敵わないため、彼がとれる方法は無理やり逃れるかフェンリルの氷で守る、槍で炎を弾くくらいだろう。
彼にはレグルスの光とスレイプニルの蹄――瞬発力があるため、可能性が高いのは断然逃れること。
しかし、すべて受け止めると言った彼は逃げなかった。
迫る炎の壁を見据えて、氷と槍で応戦を始める。
"フェン=グラキエス"
まずはフェンリルの力を使った氷だ。
足元を踏み鳴らし、周囲から巨大な氷のドームを作り出す。
「国をっ……守れない、壁なんてっ……!!
意味、ないじゃん!!」
だが、ドームはローズの叫びに呼応するかのようにみるみる溶けてしまう。最初のように炎が弱まることもなく、スピードも落ちずに迫り続ける。
「国を守るのは人間だぜ。俺のような強いだけの兵士じゃねぇ。思いやりと、そこから生まれる団結力さ」
「ならっ……私達に、向けられ続けた……一族を忌み嫌う視線は、何!? かつて守られたこともっ……知らないでッ!!」
"黒茨鎖錠"
"妖火-送り火"
ライアンが氷を溶かされた時の言葉に返事をすると、ローズはさらに荒ぶって技を追加していく。
黒く染まった茨の鎖、柱とは別に大地を覆っていく炎。
それらはライアンの体を貫き、足元から熱で攻め立てる。
「悪ぃ。よく知らねぇで口を出した」
ライアンは苦痛に顔を歪めながらも、失言をローズに謝り、笑いかける。そしてかける言葉を見つけた彼は、抵抗をやめて人型に戻ってしまう。
無抵抗になったライアンには、全方位から封神炎儀が迫り、突き刺さった黒茨鎖錠が炎を加速させる。
もちろん足元も、変わらず妖火-送り火によって業火に包まれており、黒焦げだ。
「でもよ。何より大事なのが繋がりってのは取り消さねぇ。
国に疎まれたってんなら、それでもいいじゃねぇか。
お前には、国を離れて得たものだってあるだろ」
「リーの名には、責任がっ……!!」
「自分を殺すような責任、捨てちまえ」
「もう、私の家族は……」
「お前には仲間がいるぜ。お前を守る壁だ。忌み嫌われた一族であるお前を、しっかり見つめて愛してくれる家族だ」
「疎まれた一族でも、奴隷でもなく……」
「ただ、ローズマリーという女の子を見てる」
ボロボロのライアンは、まっすぐ言葉を伝えると自身を縛っていた茨の拘束を引きちぎる。
ローズを縛っていた血の呪縛と同時に。
嫌われ続けた一族という、負の繋がりを断ち切るように。
"其は、呪いを穿つ茨槍"
自由になったライアンが槍を縦に振るうと、目の前にあった封神炎儀の柱が消し飛んだ。
彼の目に映るのは、宙を舞う悲しくも美しい狐。
「お前のすべてを、俺が奪ってやる」
「ライ……アン……」
ローズの居場所を確認した彼は、槍を地面に突き刺して反動をつける。
そして槍を抱えたまま、棒高跳びのように彼女のいる空中へと飛んでいった。
「私、は……」
ローズの目の前に飛んだ彼は、迷わず槍を縦に振るう。
斬ったのは彼女ではなく、呪い。
そして彼女に埋め込まれた呪符だ。
玉藻前の体だけが真っ二つになり、狐の心臓部からは涙を流し、黒銀色の髪色になったローズが出てきた。
ライアンは槍を下に投げ、彼女を抱きかかえる。
幼少期の思いが消えることは、決してないだろう。
だが、それでもこの瞬間、彼女の存在は認められた。
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さっきまで隠神刑部との交渉のため外していたので、俺はヴィニーに接近しながら武器を取り出す。
懐にしまってある収納箱から、今回は彼の記憶から習得したもので戦おうと長剣を。
正直、大剣を貸してくれたリューには申し訳ないけど……
運と陰陽道を除けば、技は大体彼のマネだから当たり前といえば当たり前だ。
同じく懐から取り出した御札を貼り付けたので、陰陽道の用意も完璧……
「俺も八咫で強くなったぜ」
「俺もだよ。見ての通り、聖人に成った」
"水の相-水禍霧散"
連撃、一撃、流れるような舞。
俺はヴィニーから学んだ3つの技のうち、まずは小手調べとしてもっとも互いが防ぎやすい技を放つ。
ただし、剣に水の御札を貼ってあるため、今までとは違って水を纏った完成版だ。
"金鬼の一撃-神眼"
それに対して、ヴィニーが繰り出したのも似たような技だ。
水禍霧散ではないが、少し電気を纏ったような重い一撃。
俺の剣と彼の剣は十字に交差し……
「……っ!!」
何故か、剣がぶつかり合うことはなかった。
俺の錯覚なのか、彼の技術なのか……
切り結ぶと思った俺達の剣は、ギリギリのところでぶつからず互いの体に傷をつける。
俺が飛び退ったことで掠めただけだが、少し変な気分だ。
ちゃんと十字だったはずなんだけどな……
「なんだ……今の……」
「ふふ……甘いね。今の俺は敵だ。殺す気でこなくちゃ」
「……!!」
俺の様子に笑みを浮かべたヴィニーは、今度は自分から攻撃を仕掛けてきた。
言葉通り本気で殺す気らしく、左右にステップを踏みながら狙いを悟らせないように駆けてくる。
流れるような動き……
今は違うかもしれないが、行雲流水のような舞っぽい技かもしれない。
"風鬼の舞-神眼"
俺の予想通り、彼が繰り出したのは流れるような舞の攻撃だった。だが、水をイメージした動きでしかなかった行雲流水とは違い、これにはちゃんと強大な神秘が宿っている。
ほぼ全方位に放たれるのは、風の刃……
一つ一つが深く肉を切り裂くかまいたちだ。
剣圧で飛ばしてるのか知らないけど、これ、フーのナイフみたいだな……!!
"ラッキーダイス"
"水の相-霧雪残光"
手数なら運よく逸れてくれることを期待して、まずは自分の意思で能力を使う。
チルはいつの間にか消えているし、あれはけがとかよりは命を助けてくれるものだから、今回はこっちだ。
その後に霧のような細かな連撃……もちろん水の相で実際に霧での斬撃という完成版。
突風のように押し寄せるかまいたちを、尽く弾き飛ばす。
運がいいことに、半分くらいは互いにぶつかり合ったり弾いたものが当たったりして俺のところまではこない。
大して苦労することなく防ぐことができた。
「水や霧を纏えるの、羨ましいな」
「お前は風起こしてるだろうが」
軽口に軽口で応戦し、次は俺の番だ。
一撃、連撃ときたらもちろん……
"水の相-行雲流水"
空をゆく雲のように、流れる水のように、俺は途切れることのない連撃を叩き込む。
乱れのない流れるような動きには、他と同じように水を纏わせている。動きだけだった以前とは違い、これまた名前通り、水の神秘として十分な威力だ。
「俺は習ってないから使えないんだよね、それ」
「電気、風と結構やりたい放題だったけどな!」
お面で表情の見えないヴィニーは、戦闘中だというのにまたしてもどうでもいいことを言ってくる。
だが、その口調とは裏腹に彼の動きは流れるように的確だ。
"水鬼の舞-神眼"
俺が流れるように剣を振るえば、彼も流れるように剣を振るって受け流してしまう。
まるで、攻撃がどこに来るかわかっているかのような……
遊ばれているような感覚だ。
しかも、水の相が使えないと言いながら水を纏わせている。
今は反撃もしてこないし、ちょっと納得できない……
「ローズを任せられたらもう戦う気ねぇのか!?」
「そうかもね。俺は師弟対決楽しいけど」
「……今の状況わかってんのか?」
「大丈夫。ちゃんと見えてるから」
妖怪や妖鬼族が攻めてくる夜、百鬼夜行。
一応は敵側にいるはずのヴィニーは、相変わらず軽い調子で返してきながら、俺の剣を大きく弾く。
いきなり彼の剣が横から入ってきたので、やはりどこに来るかわかっているような感覚だ……
「くっ……」
「さて、これを受けられるかな?」
"隠形鬼の舞-神眼"
彼が繰り出したのは、霧雪残光のように細かな連撃。
最初の霧雪残光と同じように、ただ単純に神秘で細かく、ほぼ同時に連撃を出すだけで、なんの変哲もないような……
"水の相-霧雪残光"
他の技であったような、雷、風、水などはなさそうだったので、俺も普通に霧の連撃で返す。
もしかしたら最初の一撃のように、少しずらしたりしてきたり舞のように合わせてくるかもしれないけど……
まぁ俺にはどうしようもないことだ。
大人しく同じような技で防ぐ。
目にも止まらぬ剣戟の後、俺はまたしても大きく弾かれた。
防げた……か?
「……どうだ?」
「うん。まぁ結果は知ってるよ」
「結局戦う気はないん‥」
「動いて君は倒れてしまう」
「は……? あ、ぐ……」
お互いに出し尽くしたような雰囲気だったので、つい普通に動くと、いきなり俺の全身が切り刻まれた。
懐からは収納箱や残りの御札が落ち、俺も思わず膝をつく。
だが、ギリギリ倒れ込むまではいかなかった。
手を持ち上げてみると、まだ案外動けそうだ。
けど、動けるだけでヴィニーに勝てる気はしない……というか、こいつちゃんと殺意あんのかよ……
顔を上げると、彼はただじっとこちらを見ている。
やっぱ殺す気はないのか……?
終始気軽な感じだったからよくわからない。
「実は俺、ぬらりひょんが倒れない限り再生するんだよね」
「マジかよ……」
「うん。だけどついさっき、あの爺さんは倒された。
これで俺は倒すことができる」
「……それで? もう操られてないから戦いは終わりか?」
「ううん。行動を縛っているのは、俺の中にある呪符だよ。
だから、頑張って倒してほしいな」
少し期待に胸を膨らませていたが、彼はお面に表情を隠して俺の首に剣を向けた。
実はさっきまで倒せなかったけど、今は倒せる。
八咫を滅ぼすという行動は止められないから、今のうちに俺にお前を倒せだと? 今、俺負けてんじゃねぇか。
「そろそろ散る時間だよ……」
ヴィニーはポツリと呟いて剣を振りかぶった。
……この状態から、お前に勝て?
水の相でヴィニーの技を完成させても、彼はそれ以外の何かを得て上回っている。
ライアンと違って、運という補助的な呪いである俺の成長は緩やかだ。
……剣がやけにゆっくりと俺に迫ってくる。
運が良ければ、またここから生き残る未来があるのか?
また、何かに俺は生かされるのか?
……これじゃいけない。大厄災のような理不尽な存在ならまだしも、たかが聖人のヴィニー相手に、これじゃいけない。
呪いに生かされるのは、もっと足掻いてからだ。
俺の運命は、俺が決める。
俺は、幸運を掴む者だ!!
"未来を選ぶ剣閃"
さっき斬られたことで手元に落ちていた収納箱。
この体勢から長剣は厳しいと思い、箱の1番上にあったナイフを取り出し、振るう。
ヴィニーの剣は、俺の左側から首めがけて迫ってくる。
ナイフは右手。位置が悪い。
首を守ろうとしても、結局ナイフで首が切れるだろう。
ナイフが首に当たらない位置で防いでも、威力で負けて首を斬られるだろう。
けど、それを俺は認めない。
運命を斬るんだ……!!
「……!!」
俺とヴィニーがぶつかる瞬間、遠くでだいだらぼっちが消し飛んだ。すると、その余波で少しだけ彼の剣がぶれ、俺の顔を斬り飛ばすような軌道になった。
ヴィニーは軌道を修正するため位置を下げようとする。
だが、俺のナイフが滑り込んだことで、剣は俺の頭を掠めて後方へ振り切った。
剣は俺の頭の上に、ナイフはヴィニーの目の前に。
俺達はお互いに目を見開き、そしてまた距離をとった。
……何もせずにチルを頼ってた場合、ここは突破できてなかった気がする。それともその場合、他に何か起こってたのか?
……ともかく、今はヴィニーを助けないと。
斬り伏せた後で呪符を取り除く!!
「この剣はお嬢のために」
「この剣は仲間のために」
"未来を選ぶ剣閃"
"隠形鬼の舞-神眼"
ヴィニーはまたしても霧のように細かな乱舞を繰り出す。
……いや、霧なんだ。
金鬼で雷、風鬼で風、水鬼で水だったんだから、隠形鬼で見えないくらい細かな霧でもおかしくない。
そうだとしたら、連撃に阻まれる俺の一撃は、普通だったら通らない……普通なら。
だけど俺はそれを許さない。
霧は晴れて、ヴィニーを斬る。
そう、決めた。
「はぁぁ……!!」
斬られたと気づけないほどに細かな剣閃。
だが、俺が決めたからには俺に従え。
霧の中にある細かい道は、俺のナイフを避けるように動く。
最終的には俺の体を斬ることにはなってしまうが、少なくとも攻撃は届かせる。
呪いが強制する無事よりも、彼に刃を届かせることを……!!
「何故……届くん……だい……!?」
「俺が、そう……決めたからだ……!!」
すれ違った俺達は、互いに大きなダメージを負って膝をつく。俺は追加で全身がさらに斬り刻まれ、ヴィニーは肩から腰にかけて大きく斬られている。
そんな彼の傷から覗くのは、1枚の黒い札。
ナイフで運良く真っ二つに斬ることができた呪符だ。
「はは……とりあえず……解放、されたよ。ありがと」
「どう……いたしまして、だ。被害……出す前で、よかった……」
……なんか俺、友達とばっか戦ってんな。
そんなことを考えながら、俺はヴィニーと一緒に倒れ込んだ。
彼らの戦いが終わったということで1つ……
まさか、ライアンとローズが過去に出会っていたとはねー
初対面で馴れ馴れしかったのは、ただの性格のつもりだったのにまさか伏線になるとは。
それから、この話が唐突だった自覚はあるんですけど、気づいたらローズが裏主人公みたいになってしまってて……
クロウから離れていたことに加えて、彼女の事情はまだ先にもあるので、ここに突っ込みました。
まずは妖火。彼女に燻る悲しみ。