149-ライアンVS
女性が出した光の道によって、一瞬で愛宕にまで戻ってきたライアンは、他の同行者たちと同じく八妖の刻と対面する。
クロウの友達である律と、多対1で戦っている妖怪達と。
今すぐにでも助けに行かなければならない。
律だけに背負わせていいことじゃない。
この場にやってきたほぼ全員がそう思い、それぞれが標的に向かっていく。百鬼夜行の第2段階。
そんな中、彼だけはまだ動けないでいた。
彼の視線の先にいるのは、一頭の美しい狐。
9つの尾を持つ、白面金毛の恐ろしい神獣だ。
守護神獣達は、もうそれぞれの敵を決めている。
その中に狐は入っていない。獅童の相手も天逆毎に決まったので、ライアンの相手は彼女に確定だ。
だが、それでも彼は動かなかった。
天逆毎と獅童がいたる所で暴れ周り、ぬらりひょんと大口真神が環境を激変させながら戦っている中、ジッと彼女を見つめ続けている。
「……」
「……」
そして玉藻前も、一方的に攻撃を仕掛けることも、結界から抜け出すこともせずに待っていた。
視線を逸らすことはないが、立っているのが億劫になったのか腰を下ろして悠々と。
妖怪――魔獣ではあるが、美しい見た目も相まってどこか気品すら感じさせる佇まい。
狐のお面の怪人も、玉藻前に従っているため綺麗に直立したままだ。
「貴方様は、戦うつもりがないのですか?
もしそうなのでしたら、街を破壊しに行きたいのですが」
しばらく様子を見ていた玉藻前だが、何も言わずに見続けてくるライアンにしびれを切らしたのか、優雅に立ち上がる。
そして、珍しく微かな温かみを感じるが、それでもまだ無機質な声で問いただす。
するとライアンは、ようやく重い口を開いた。
「俺は……お前は、俺のことを知ってるか……?」
「私は狐。知るはずないでしょう? ……しかしそれはそれとして、貴方様はもっと伸び伸びとしていてほしいものです」
知らないと言われても表情を変えなかったライアンだが、それに続く言葉を聞いて顔をしかめてしまう。
そして、また彼らの間には沈黙が降りた。
玉藻前は、もうすでに戦意の有無を問いただしている。
それでもなおライアンは黙ったままだったので、ついに彼女も彼を無視して背を向けた。
「昔……兵士をやってた時に、奴隷の子たちと会ったことがあるんだよな〜……。多分俺らみたいな環境にいなかったのに、無理やり訓練を受けさせられてる子たちに」
するとライアンは、少し弱々しくもいつものように彼女に話しかけた。
玉藻前も、ちゃんと話や戦いをするつもりがあるのなら……と改めて彼に顔を向けて続きを促す。
「それで?」
「あぁ。彼女は優遇されてはいたんだ。才能みたいなものがあったからよ〜……。だけど、10歳足らずの子にゃ〜過酷なもんだ。だから、たまに軍に訓練しに来る時には、ちょっと遊ばせたり、お菓子やったりしてたんだよな〜……」
「それはそれは……さぞありがたかったでしょうね」
「……そうかな〜。そうだといいな〜……
……なぁ、あんたは今、辛いか?」
玉藻前の共感を受けたライアンは、とても悲しそうに、だが少し嬉しそうに笑って頬を掻く。
そして、狐のお面の怪人に一瞬目を向けた後、改めて玉藻前に問いかけた。
「……今の私は、私ではないです。ただ、八咫を滅ぼすために動かされる傀儡。これをどう受け取るかは……」
「俺次第!!」
玉藻前が目を細めながら答えをライアンに委ねると、彼は言葉を引き継いで彼女に向かっていった。
同時に、腰辺りから小さな棒切れを取り出し、力と神秘を込めることで巨大化させ、槍にする。
もちろんそれは、ローズマリー・リー・フォードに作ってもらった光り輝く茨の槍、"災いを呼ぶ茨槍"だ。
彼は玉藻前たちに接近し、まずは彼女達の実力を測るかように軽くその魔槍を振った。
茨とは思えない程に妖しく光り輝く槍は、穂先どころか彼が握る部分すらもどこか朧気だ。
彼の実力も相まって、その槍は正確に玉藻前の首辺りに、普通の槍ではありえないような光で尾を引きながら迫る。
だが、槍が玉藻の首を開くかに思えた瞬間、ついさっきまで隣にいたはずの狐のお面の怪人が、その軌道を塞ぐ。
腰から長剣を抜き放ち、玉藻の前で槍を受け止めている。
「よ〜う、狐面。お前、ちゃんと主の助けになれてんのか〜? これが彼女の望みかよ〜?」
「力不足は自覚している……!! 救いたいと……願ってる……!!
しかし、救えるのは……私ではないッ!!」
ライアンが驚くことなく声をかけると、怪人は槍を弾き返しながら言葉を絞り出す。
そして、空中で槍を振るっていたライアンは、怪人の力でもといた方向へと吹き飛ばされていった。
クルクルと回転しながら飛ばされていった彼は、槍を使いながらバク転のように勢いを殺していく。
彼はかなり派手に回っていたが、最終的に地面をこすりながらも無事に体勢を整える。
その間、玉藻前たちもついに攻撃を始めており、9つの尻尾からは火の玉、怪人は剣を手にライアンを見据えていた。
玉藻前は宙を舞いながら尻尾を彼に向けており、彼が静止すると同時に爆撃する。
"大文字"
それぞれの尾から放たれるのは、彼らの周囲を広範囲に渡って焼き尽くす大文字型の炎。
1つ1つが大人ほどもある上に、当然のような顔をして9つあるため、標的どころか大地までボロボロにすること確実だ。
"半獣化-フェンリル"
しかし、ライアンはフェンリルの力を纏い、自身の周囲に氷の壁を作ることで防御する。
氷はすぐに溶けていくが、炎も同じく弱まっているので彼にダメージはなかった。
ただ、1つ問題があるとすると……
"金鬼の一撃-神眼"
足場が悪くなったことや、壁によって避けることができなくなったことだ。
その隙に、怪人は爆発や氷のない場所を正確に進みながらすぐに接近し、鋭い一撃を彼に放ってくる。
怪人の一撃は、薄っすらと電気を纏っているようだったが、ライアンもフェンリルの力を纏っているため危なげなく受け止めた。
「……なんで従ってんだ〜?」
「我らは傀儡。呪符を我が身に」
「死ねねぇまま操られてんのな〜……
どうすりゃ解放できるんだ〜?」
「さて……」
「んじゃ、少しばかり奪ってみますかね〜……!!」
少し言葉を交わした後、今度はライアンが怪人を吹き飛ばし距離を取る。
そして槍を縮ませると、腰辺りにしまってから前屈みになって本格的に能力を使った。
"獣化-スリュム"
ドン!! と音がしそうな程に体を震わせると、唸り声と共にみるみるその体躯が巨大になっていく。
頭には氷の王冠、手には大きさを揃えた災いを呼ぶ茨槍、体を覆うのも今は鎧で生半可な攻撃は通用しなさそうだ。
ライアンは変身を終えると、ゆっくりと視線を下に向ける。
宙を舞っていた玉藻前も、彼の視点から見れば同じく地面にいるようなものだった。
「スリュム……王種の巨人」
「あっはっは。君らにゃ〜ちょっとデカすぎるか〜?」
「っ!!」
彼は玉藻前の呟きに反応すると、槍を大きく振りかぶる。
そして、その巨躯には見合わない俊敏さで彼女をはたき落とした。
「おじょ……玉藻前様!!」
"スリュムヘイム"
怪人が慌てて玉藻前に駆け寄るが、その間にライアンは次の技を仕掛ける。
上にいる限り、相手の力を奪い続けるサークルを……
「クッ……!! 対抗手段は多くの能力……!!」
「安心しろ〜、今回奪うのは力じゃね〜よ」
怪人は怪訝な表情をするが、すぐに何を奪われたのかに気がついたようだ。
目を大きく見開いて、玉藻前に駆け寄っていく。
その様子はどこか嬉しそうともとれるもので、あまりの驚きからライアンへの警戒も薄れているようだった。
彼は起き上がった玉藻前の前まで行くと、恭しく頭を下げる。
「ご気分はいかがですか?」
「……うん。話すだけなら、普通にできるよ」
「私もです。体は命令に逆らえませんが、心は……八咫を滅ぼそうとすることさえ続ければ、他は自由にやれそうです」
「うん。だけど私は、それ以上に……」
怪人に話しかけられた玉藻前は、さっきまでの無機質な声が嘘かのように柔らかい口調でそれに応じる。
どうやら彼女は、少しばかり心の内を出せていた怪人とは違って行動、言動、心などのすべてを封じられていたようだ。
未だ尻尾は燃えているが、一部の縛りを奪われたらしい彼女は微笑みすら返している。
だが、強制された命令以外でも何か思うところはあるらしい。彼女は怪人の言葉に頷きながらも、悲しげな目をライアンに向けた。
「ねぇ、ライアン。私、八咫を滅ぼしたいんだ。命令じゃなくて、私の中に受け継がれた意志が、そう言ってる。
……受け止めてくれる?」
どこか不安そうな声だった。悲しみに満ちた声だった。
そんな、心の底から溢れ出たような思いを聞き、巨人に変身しているライアンは大きな胸を張って答える。
「おう、任せときな。俺はお前の苦しみを全部受け止めてやる。彼女の八咫への思いも、お前のフラーへの思いも。
呪いすべてを、ここで爆発させちまいな」
「そうなんだ……そう言ってくれるんだ………………ありがとう。
だけど気をつけてね。全部、殺す気でいくからッ……!!」
「安心しろ。俺は、獣の王だ」
"玉藻の残り火"
"獣の王"
話が終わると、彼らは自身の名を叫ぶ。
力の形を。呪いの形を。
そして、姿も今までのものから少し変化していく。
玉藻前は感情が込もったことで明らかに火力が上がり、9つの尾が目を背けたくなるほど眩く光を発していた。
さらには、ゆらゆら揺れている尾の中心には、太陽のように丸い熱の塊が浮かんでいる。
熱が高すぎるのか白っぽく、神の如き神々しい姿だ。
だが、ライアンも負けてはいない。
こちらは、スリュムの力に様々な神獣の力を追加したような禍々しい姿で、身長こそ低くなったが迫力は十分すぎるほど。
氷の王冠は残っているが、鎧は上半身から無くなり、足の見えている部分を含めてニーズヘッグの鱗が覆っている。
口からはおそらくフェンリルの牙。
尻から生えているのも同じくフェンリルの尻尾、そしてそれを囲うように生える数多くのケット・シーの尻尾だ。
足にはスレイプニルの蹄があるし、肩にはレグルスのたてがみが輝いている。
ついでに、使うことはないと思うが頭にはメガロケロスの角も生えていて、今まで得たすべての神獣の合成魔獣と化していた。
「私は、悲しい!! 国に捨てられたことが!! あんな家に生まれて、国中に敵意を向けられて、怖かった!! 恨めしい!!
狐姐のことがなくても、もう、どうしようもなく、苦しいの……!! 壊れちゃえって、思うの……!!」
「ああ。わかってるぜ……。溜め込んだ膿は、全力で吐き出せ!! 壊れちまって、世界の敵になる前にな!!」
太陽の如き輝かしい狐と悪魔の如き禍々しい巨人は、この結界を揺るがすような衝撃をそこら中に撒き散らしながら激突した。