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化心  作者: 榛原朔
二章 天災の国
164/432

148-獅童VS

愛宕幕府・侍所所長の橘獅童は、守護神獣たちがそれぞれ八妖の刻と戦い始めたのを見て少し笑顔を曇らせる。


理由は単純。

彼がワクワクと闘志を燃やしている間に、首領ぬらりひょんや八岐大蛇などの相手が、彼とは関係ないところで次々に決まってしまったからだ。


さらにだいだらぼっちなどは、最初から律の獲物だったので獅童が入る余地などはない。


より強い者との戦いを望んでいた獅童だったので、他も取られるのではないかと冷や汗をかいていたのだ。

しかし、その心配は杞憂に終わる。


たしかにがしゃどくろや大天狗、犬神なんかの相手になると彼は消化不良になるだろう。

だが彼らはとっくに相手が決まっており、この場に残るのは天逆毎や玉藻前といった、神がかった存在だけだった。


彼は似たタイプの天逆毎見ると、好敵手だと目を輝かせる。

さらにライアンが動かないのを確認し、獰猛な笑みを浮かべながら彼女に近づいていく。


そして天逆毎もまた、大厄災・律という絶対に倒れない理不尽との戦いに感じていたのは苛立ちばかりだった。


雷閃との戦いも、お互いに斬られ殴られただけで終わっており、結局は勝敗がついていないので少し消化不良になっている。


彼女も橘獅童という、対等に殴り合えてなおかつ普通に倒れる相手を見つけ目を輝かせると、喜々として進み出てきた。

もはやお互いしか見えていない彼らは、他の八妖の刻と守護神獣が戦う余波を完全に無視して向かい合う。


「ぶわっはっは!! ちゃあんといいのがいるじゃねぇか!! 弱体化してくるようなのはイライラするからのぉ!!

貴様のようなのが一番楽しいわい!!」

「ええ、本当に。(わたくし)も雷閃のような殴り甲斐のあるおもちゃが欲しかったところです。

倒れない相手だなんて、味気なさすぎますからね……」


獅童は豪快に笑い、天逆毎は口を隠しながら淑やかに微笑んでいる。どちらも、これから殺し合うだなんて信じられない程に友好的で……


「死ねぇ!!」

「平伏せよ!!」


そしてもちろん、暴力的で威圧的だった。


"不知火流-炎突"


獅童は一瞬で刀を抜くと、輝く炎を纏った突きを放つ。

決して華々しくはないが、炎がトンネルのように刀の周りに纏わりついており、散開していないため貫通力は馬鹿にならない。


もしも彼が突き続ければ、山でも家でも永遠に貫いていくだろう。


"千里飛ばし"


対して天逆毎は、変わらず拳で殴りかかるだけだった。

爆発のように派手ではなかっただけの獅童とは違い、これは本当にただ殴りかかるだけ。


しかし、もちろん見た目だけで判断できるものではない。

雷閃が海上にまで飛ばされた通り、受け止められなかった場合、千里近く飛ばされてしまう恐怖の塊のような拳だ。


刀と拳。本来まともにぶつかるものではないが、互いの攻撃は真っ向から激突した。


天逆毎は刀を拳で受け止めるも、纏われた炎をすべてかき消すまではいかず、肩まで伸びてきた炎に焼かれる。

獅童は本命である炎でダメージを与えるも、長く拮抗させることはできずに後方に吹き飛ばされていく。


だが、雷閃のような直撃ではないためせいぜい数十メートル程度だ。彼はすぐさま踵から炎を噴き出し、勢いを殺してすぐに体勢を整える。


「ぶわっはっはぁ!! なんと愉快な相手じゃあ!!」


そして、またも纏った爆炎で飛んでいくと、腕を振って消火していた天逆毎に斬りかかった。


「ふっふふふ。怪力な上に、スピードも張り合うのね……!!」


獅童は数十メートルの距離をほんの1,2秒で詰めると、驚いて目を見開いている天逆毎に刃を振るう。


"不知火流-大鎌"


炎突は突き技だったが、今回は刀らしく斬撃だった。

やはり刀の長さを超えた範囲で炎を纏っており、前後左右どこに逃げても必ず当たりそうだ。


とはいえ、もちろん上下になら避けられる。

しかし移動してくるスピードと同じく、振り抜くスピードも爆速なので、どちらにせよ掠ってしまうだろう。


特に上は、飛び跳ねた瞬間に足が切れる。

そして一番安全そうな下は、どう頑張ってもしゃがむことになるので、天逆毎のプライドが許さない。


彼女は、またしても刀に真っ向から立ち向かった。

まだ若干燃えている拳を握り、自身の神秘で火力を補強すると、獅童の爆炎を利用した大火力を身に宿す。


"千里飛ばし-炎突"


そして、右腕を焦がしながら横薙ぎの大鎌を迎え撃つ。


「うっふふ……!!」

「かははは……!!」


天逆毎の燃える拳は、獅童の炎突と同じように爆炎が前方に飛んでいく。しかし激突しているのも炎であるため、飛ぶのは獅童のところまでだ。


彼の後方には欠片も漏れていない。

2人の間にのみ、鉄をも溶かす熱が渦巻いていた。


「熱いわ……熱い」


激突してほんの数秒後……

炎への耐性がない天逆毎は、あまりの熱さに思わず表情を歪め、弱音を吐いてしまう。


彼女がメインで使っている力は、律とほとんど同じで優れた身体能力だけだ。そのため、こう思ってしまうのも無理のないことだった。


だが、彼女と違って炎の神秘である獅童は違う。

自身が炎のようなものなので、余裕の表情で勝ち誇ったように笑い始める。


「ぶわっはっは!! 無理して張り合うからじゃ、ボケ!!

(オレ)は炎の神秘じゃから気持ちいいくらいじゃがのぉ!!」

「む……!!」


獅童の挑発を聞いた天逆毎は、ぴくりと頬を引つらせる。

侮られる……つまり、相手が思い通りにならないということは、彼女がもっとも許せないことだった。


先程まで表情豊かだった彼女だが、一瞬で感情が消える。

そして、丁度いいおもちゃが手に入ったことも、この爆炎の熱もまるで気にせず、獅童に向かって手をかざす。


「誰も、我に、逆らうな!!」

「はは……!! やべぇのー……調子に乗ってしもうた……!!」


"逆月"


天逆毎が激昂すると、変化はいきなり現れる。

ついさっきまで熱がっていたのは天逆毎で、余裕そうだったのは獅童だ。


しかし、気がついたらつらそうに顔を歪めているのは獅童だった。力が抜けたかのように膝を付き、歯をガチガチ鳴らして震えている。


「炎は熱い? いいえ逆よ、冷たいわ。

貴方は全力? いいえ逆よ、手抜きだわ。

直立も逆さま、形無きものも形を持て」


既に膝をついて無防備だった獅童だが、天逆毎が言葉を重ねるとさらに大きな隙を晒していく。

瞬き一瞬もしないうちに足が何もない空を切り、何故か頭で体を支えていた。


しかも形のないはずの炎は固まり、上下反転、脱力した状態で固定されてしまう。


「無様……無様ね……全ては我の意のままに」


怒りに満ちた目をした天逆毎は、固まってしまい動くこともしゃべることもできない獅童に笑いかける。

彼女自身も固まった炎の中にいるはずだが、どうやら自分には影響がないらしい。


途端に笑顔になった彼女は、スルスルと炎の中から出てくると拳を引く。そして、なんの抵抗もできない彼に向かって恐ろしい拳を振るう。


"千里飛ばし"


「がはぁッ……!!」

「殴られても、力はその場に留まるのよ?」


天逆毎の拳は、雷閃の時と同じく獅童の腹を貫く。

固まった炎も砕け、また形を失って散っていく。


だが彼女の言葉の通り、殴られて千里飛ぶはずの獅童が吹き飛ばされることはなかった。

炎と違って、変わらず頭が地面についていた彼は、腹に穴が空くとそのまま背中から倒れていく。


「カハハ……あべこべが、すぎるじゃろうがッ……!!」


地面に背中がついた瞬間、彼は爆発したように飛び上がって苦々しく吐き捨てる。

血は炎で固まっているようだ。


「我が掟よ」

「……そりゃ(オレ)じゃあ」

「まだ言うの?」

「ふん……」


獅童は面白くなさそうに鼻を鳴らすと、一旦距離を取って刀を仕舞う。そして両手を顔の前に合わせると……


"御夢想の湯"


彼を中心に地面が陥没し、周囲からボコボコと熱気が吹き出し始める。土を巻き上げ、流れ出る熱湯が木を薙ぎ倒し、噴射口の上に岩があれば転がしていく。


湯は見る見るうちに窪みに溜まっていき、やがて巨大な温泉になった。


「ぷはぁ!! 極!! 楽!!」


まったく躊躇わず温泉につかった獅童は、戦闘中にも関わらず腰を下ろしてくつろぎ始める。

しかも、肩までしっかりとだ。


「舐めておるのか……?」

「ハッ、貴様のような強者を舐めるものかよ。

けがを治しとるんじゃ。この湯でな」


天逆毎はもちろん怒りを見せるが、自由気ままな獅童はどこ吹く風だ。緩んだ顔で、ヘラヘラと笑う。


「早くしなさい。我は暇している」

「ぶわっはっは!! 貴様はぬらりひょんが倒れるまで倒せんじゃろうが!! (オレ)だけ蓄積してもつまらんじゃろ!?」

「それはそうですね……」

「まぁ、もう治ったがな!!」


"烈火を宿す都(カグツチ)"


獅童は天逆毎を納得させるが、彼女が腰を下ろして待つ姿勢になった瞬間に立ち上がる。

そして全身を燃え上がらせ、体と服を乾かしながら温泉を干上がらせた。


「貴方ね……!! 我が馬鹿みたいではないかッ!!」

「ぶわっはっは!! 天邪鬼を相手にする方が馬鹿みたいじゃろうが!! 何でもかんでもひっくり返しおって!!」


噛み付いてきた天逆毎を、さらに数段大きな声でねじ伏せると、彼は懐から御札を取り出す。

それを顔の前に構え、淡く光り輝いた札を足元に投げつけると……


"青龍招来"


"騰蛇招来"


彼の足元の右側からは大木が生えてきて真っ二つに割れる。

左側からは炎が吹き出してきて、すがに弾け飛ぶ。


木の中から出てきたのは、苔むしたように蒼い鱗を持った、蛇のような生き物。

だが蛇とは違って、長い体の上の方には2本の手があり、太さも人の5倍くらいある、いわゆる龍だ。


そして炎柱から出てきたのは、全身を炎に包まれた、羽の生えた蛇。口からもチロチロと舌と炎を散らし、体も蛇らしく細長い。


彼らは獅童の左右に現れると、どちらも空中で左右対称にとぐろを巻いた。


「久しぶりだなぁ、カハハ」

「うむ、本当に珍しいな」


どうやら召喚されるのは珍しいらしく、ちゃんと天逆毎を警戒しながらも獅童に話しかけている。

騰蛇は荒々しく、青龍は礼儀正しく。


「ぶわっはっは!! おぅ、頼むぜ」


だが、獅童の扱いは雑だった。

視線を向けることもなく豪快に大笑いし、さっさと天逆毎との戦闘を再開しようとする。


「つーことで、再開だ。3箇所から攻撃してやりゃあ、簡単に全部はひっくり返せねぇじゃろ?」

「……面倒ではありますね」


予想通り……とまではいかなそうだったが、ある程度は通用しそうな天逆毎の返答に、獅童はまたも大笑いする。


そして、青龍に自身の炎と相生の関係にある木を生み出させ、騰蛇に自身の炎と比和の関係にある黒い炎を吐き出させた。


「ぶわっはっは!! 滾るのぉ!! それじゃあ、ぬらりひょんが倒れるまでの時間稼ぎを始めるとしようか!!」


空中に待機させた2頭の蛇龍を背に、八咫の聖人すべての師匠である獅童は、八妖の刻最強の天逆毎に向かっていった。

最強の爺や……最強の爺がおる……

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