147-守護神獣VS
律と八妖の刻の戦いに割り込んだ守護神獣たちは、ボロボロの律を見ると素早く獣型になって律を背後にかばう。
ちょうど彼に殴りかかっていた天逆毎を吹き飛ばし、彼がまた体を壊すことのないように。
大口真神は天逆毎を吹き飛ばした勢いのまま雪、多邇具久命は泥、射楯大神は暗い木の葉で、玉藻前やぬらりひょんを牽制しながら。
「……時間切れ、ですか」
するとぬらりひょんは、戦局を変えるような出来事であったはずなのに、どこかどうでも良さそうに呟く。
守護神獣達は少し戸惑ったように顔を見合わせるが、ひとまず八妖の刻は動きを止めている。
油断なく彼らを睨みながらも、背後の律に声をかけた。
「久しぶりですね、律。またこんなになるまで……」
「だいじょうぶ、ぼくは、折れないから」
「しかし……」
だが、大口真神の心配はやはり律には伝わらない。
彼は無表情のまま、前に立って八妖の刻を睨んでいる守護神獣を押しのけようとし始めた。
そんな律に対して、大口真神と多邇具久命は悲しげで困った表情になる。
だが彼らは基本的に人を愛し、尊重していた神だ。
彼を力づくで従わせてしまっていいのかと迷い、中途半端に止めることしかできなかった。
律は大口真神の雪や尻尾、多邇具久命の泥や体を乗り越え、無理やり前に出ていこうとしてしまう。
しかし、残りの2柱はあまり人に興味がない。
夜刀神に至っては人を殺してもいたのだから、特に気にすることなく対等なものとして、彼を無理矢理押し留めた。
「待て待て。吾輩達の獲物を奪う気か?」
「そうねーそうだよー。独占されちゃあ堪らない。
早い者勝ちなら仕方ない。けど独占は違うからぁ? ねぇ。
分担、協力、安全、殲滅。1人じゃ倒しきれてないじゃん?」
尻尾で道を阻んでいる夜刀神などは、クロウがいなければ敵対していたので、かなり本気で睨んでいる。
そして射楯大神は、国にいることや関わり自体が少なかったため、律も自然の掟を守るべきだと早口に主張した。
すると、前進を続けていた律はようやく納得する。
人ではない守護神獣たちから、彼らのルールかもしれない自然の掟を訴えられては言い返せない。
少しだけムスッとしながらも、一度夜刀神の尻尾などの障害物から離れて分担することに同意した。
「しかたないな。じゃあ、大きいの、もらうね」
「だいだらぼっちか」
「あと、ついでにがしゃどくろ」
「2頭もだとぅ!?」
「ばいばい」
夜刀神は大袈裟に驚いてみせたが、律は特に反応を示さなかった。さっさと挨拶をして駆けていく。
分担はできることになったので、大口真神や多邇具久命も止めることはない。
そして、ぬらりひょんらも守護神獣がいるため手を出さなかったため、律は一瞬で彼らの後方へ行ってしまった。
結局自分の足を壊しながら。
残された大口真神達は、それを見て少し顔をしかめる。
どうにか分担させることができたが、巨大な敵を相手にするのは負担がかかるので、体を壊すことに変わりはない。
心配する必要はないとわかっていながらも、2人は人を愛する神として、あの戦い方に心を痛めてしまう。
しかし、彼を気にしている場合でもなかった。
だいだらぼっちとがしゃどくろの担当が決まったとはいえ、八妖の刻にはまだぬらりひょんや天逆毎、玉藻前のような強者ばかりだ。
対して、守護神獣は大口真神、夜刀神、多邇具久命、射楯大神と半分しかこの場に来ていない。
獅童とライアンがいるとはいえ、天迦久神と宇迦之御魂神が味方につかなかったのは大きな痛手だった。
彼女達はすぐに表情を引き締め、誰が誰を相手するか相談し始める。ぬらりひょん達は彼女達が選ぶ相手がなんとなくわかっているのか、特に口を挟むことなく余裕そうだ。
「我はぬらりひょんだと思いますが……」
「天逆毎と玉藻前の相手なんざ無理じゃぞ。
儂は……楯助とデバフコンビかの」
「ならば‥」
「お、いいねぇ。とっても無力なミーには、デカブツの相手なんて無理無理ぃ。遠くからチクチクやってる臆病者くらいが丁度いいよぅ。泥ちゃんもドロドロヨボヨボだしねぇ?」
難しい顔をした多邇具久命が、大天狗・犬神のコンビを相手にすると言うと、射楯大神が陽気に騒がしく同意する。
相変わらず少し物騒で、どこか挑発するような物言いだ。
しかも、多邇具久命が相手に選ぼうとしている大天狗と犬神だけでなく、提案した彼まで軽く貶すくらい見境がない。
もちろん多邇具久命は気にしておらず、ドンと構えていた。
だが、多邇具久命に指名された2人は、苛立ちが堪えきれくなかったらしく、ピクピクと頬を引くつかせる。
そして、傍観しているぬらりひょんの前に進み出てきた。
「カンラカンラ……随分酷い言い草だと思わないか、犬神?」
「ぐふふ……許せねぇなぁ、大天狗」
「自分ではほとんど戦わぬ梟風情が、吠えたものよ」
「鳥は鳴くものだろうになぁ?」
彼らは獲物を射楯大神に定めたらしい。
目を不気味に輝かせながら、場所を変えようと示しながら離れていく。
「犬こそ鳴くじゃん? キャンキャ〜ンって。長っ鼻も笛みたい。ぴぃ〜ひゃらぴぃ〜ひゃら鳴らして見せな?
それに串にも使えて便利だねぇ。串刺し犬塚影法師!」
どこまでも陽気な射楯大神は、当然それに乗っかる。
動きが遅い多邇具久命を鷲掴みにし、さらに挑発を重ねながら彼らの後を追っていった。
残されたのは、八妖の刻からぬらりひょん、天逆毎、玉藻前、八岐大蛇の4名。
幕府側も大口真神、夜刀神、獅童、ライアンで同じく4名だ。
既に大口真神の相手はぬらりひょんだと宣言していたので、夜刀神達が選べるのは残った3人だけ。
しかし、夜刀神には最初から戦いたい相手がいた。
「むぅ……ならば吾輩、蛇対決だな。楽しみだ」
「……」
それはもちろん、同じ蛇である八岐大蛇だ。
律を抑え終わった後、うるさい梟に呑み込まれていた夜刀神だったが、彼らが律に続いて去ったことでようやく邪魔されずに相手を決める。
早口に遮られていた上に、決まっていない獅童やライアンに獲物を奪われる可能性も十分あった。
そのため彼は、ホッと一安心した様子で笑いながら移動していく。
「夜刀、油断しているとすぐに負けますよ」
「任せておけ。吾輩、とても強いのだ」
「4番手……」
「ううううるさいわっ!!」
明らかに油断していた彼に、大口真神が注意を促す。
すると彼は、どこから湧いてきたのか不明な自信を見せ、そして大口真神にいじられてしまう。
八岐大蛇は喋らなかったが、最初から注意後まで一貫して少し弛緩した空気だった。
そして彼らが去ると、この場には緊張感や焦燥感、不信感などの感情が渦巻いていく。
影の聖域内であることは抜きにしても、重苦しい雰囲気だ。
間髪入れずに大口真神らも動き始めるが、彼女はその直前に軽い違和感を覚えて隣を見る。
すると、獅童は何を見ていたのかキョロキョロとしており、ライアンは何かをジッと見ていた。
「……?」
性格的には、どちらもすぐに戦い始める人達のはずだ。
大口真神はそのことを少し疑問に思ったが、残り2人の八妖の刻も動いていないため、問題はないと思い直す。
そして、同じく獅童達に視線を向けていたぬらりひょんと、改めて向かい合った。
「では、もっとも厄介な貴方……」
「互いに神獣、魔獣のまとめ役として……」
「頂上決戦を始めましょう」
次々と決まった八妖の刻と守護神獣の戦い。
その最後を飾るのは、首領ぬらりひょんと主神大口真神だ。
彼らは、まだ動かないライアンと焦った様子の獅童、燃えるような視線を向けている天逆毎、冷たい視線の玉藻前を背に戦場へと飛び立つ。
それぞれ、ぬらりくらりと波打つ地面と降り積もっていた雪を操り、だいだらぼっちの占める足場を除けばもっとも広い戦場へと……