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化心  作者: 榛原朔
二章 天災の国
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145-花に詠う者たち

百鬼夜行が訪れた天災の夜。

誰もが命をかけて戦っている時に、卜部美桜は熟睡し続けていた。


もちろん今は夜なので仕事はしておらず、白虎を呼び出してリラックスして寝ている。

そのもふもふの体に全身を預け、ぐっすりと。


いくら珍しく仕事をしていたとはいえ、この状況でのんびりしているのは度が過ぎていると言えた。

そのため白虎も、大人しく布団……もしくは抱きまくらにされつつも、ようやく苦情を申し立てる。


「美桜殿、起きてくれ……影移動を必死で避けたのに、寝てるなら意味ないじゃないか……」


この言葉の通り、彼は美桜を起こそうとする直前、影綱の影と影をすべて避けきっていた。

しかも、もし影に入っていれば、影綱には美桜がどこにいるかがわかったかもしれない。


しかしそれでも彼の主は美桜であるため、とりあえず最初の影を避け、入っていいか聞いてみていたのだ。

寝ぼけた彼女の答えは、もちろん入るなというもの。


結果、影綱の配置に乗り遅れた。

現在地は愛宕の中心部に近い位置のため、敵は誰もいない。

百鬼夜行がいるのは、侍達が配置された場所のもう少し外側だ。


本当なら入った方がいいとわかっていながらも、指示に従わない訳にはいかなかったたため、美桜はサボり続ける。


「むにゃ……大丈夫だって〜……あの影綱ちゃんがいるんだよ〜……? 完璧に対処するって〜」

「ちゃん付けは怒られるのではなかったか?

それに……これは妖怪も妖鬼族も全員来ているぞ?

彼1人が負担できるものじゃない」


美桜はうとうとしながら、やはり影綱への圧倒的な信頼を見せる。だが、それに対しての白虎の意見はそのすべてに反論できていた。


これは関係ないが、影綱のちゃん付けを控えていたこと。

幕府側の戦力が圧倒的に足りていないこと。

しかし、それでも美桜は彼の背中で寝転がり続け、他の心当たりをつぶやいていく。


「あとは〜……海音ちゃん。あの子、真面目だから。まかせても問題ないよ〜。あと、雷閃ちゃんは迷子だったけど〜、ちゃんと辿り着けたらあんし〜ん。

律くんもいるはずだし〜……」


白虎は焦ったように体を揺らし、美桜の意識を覚醒させようとするが、彼女はそれすらも楽しんでいた。

まるで揺りかごに揺られているかのような、どこまでもリラックスした安らかな表情だ。


「それでも4人だ。流石に無茶が過ぎるぞ……!!」

「……それに、この霧。私の相手は決まってるみたいだから」


ついに白虎が、堪え兼ねたように強く諌める。

いくら自分が式神でも、度が過ぎれば従えないぞ……と。


すると美桜は、ようやく彼から起き上がって滑り降りた。

先程までとは打って変わって、ほんわかとした雰囲気などまるでない冷たい口調と表情だ。


彼女の周りには、いつの間にか紅葉が降っている。

そして、ようやく動いた彼女の視線の先に立っていたのは……


「こんばんは、卜部美桜。燃えた都を看取った御方。

美しい御方。誰よりも自然を愛する聖人」

「……こんばんは、鬼女紅葉(キジョコウヨウ)。かつて都を燃やした鬼人。

誰よりも美しい鬼人。自然に生きる人の神獣」


真っ赤な紅葉(もみじ)のような着物を着ている美しい女性。

頭には角が生えているが、それ以外は人と変わらない鬼人だ。


リラックスした様子の彼女は、白く美しい手に薙刀を持って美桜の前に立ちふさがっていた。

今にも倒れ込みそうな程にたおやかな立ち姿だが、その目は油断なく美桜を見つめている。


「ここに木の葉を散らす木はありませんよ〜?」

「うふふ……ええ、お互いに知っていますね」


美桜が刀を抜きながら普段通りに問いかけると、紅葉は薙刀を傾けながら楽しそうに笑う。

コロコロと鈴のような笑い声だ。


「しかし、わたくしの元には自然と紅葉(もみじ)が降るのです。

この名を戴いたのですから」

「そう言われると、対抗したくなっちゃうわ〜。

私は美桜、美しい桜。花の音を君へ(コノハナサクヤヒメ)の名を戴いた者……紅葉を上回る美しい桜を、あなたに」


この場にはどこからか真っ赤な紅葉(もみじ)が降り続けている。

しかしそれは、不死桜の咲く伏見を領域とする美桜にとっては譲ってはいけない部分だったようだ。


美桜がにこりと笑うと、真紅の紅葉(もみじ)に混じって桃色の桜が降り始める。輝く桃色の雨は、赤い紅葉(もみじ)に混じって光り輝く。


だが、美桜はまだ止まらなかった。

彼女は懐から御札を取り出すと、顔の前に構える。

そして淡く光った札を前に突き出すと……


"木神の相-伏見"


八咫国の首都、愛宕。

本来は獅童の炎が散る聖域であるこの都に、春日鉱山の時と同じく、いきなり崑崙のような不死桜が咲き誇った。


今回の木の高さは、前回と違って50メートルいくかいかないかといったところ。

それが彼女達を囲うように次々と花開く。


円の中心に行くほど密度の濃い桜並木……

春日鉱山では5本だったのが、今回は数え切れない程だ。

少なくとも50本は生えてきている。


そしてもちろん、不死桜が増えたことでその花びらも倍以上に増えていた。結界が生まれるまでは半々だった紅葉(もみじ)と桜だが、今では4分の3以上が桜だ。


しかも、木が縮んでいる分本数が増え、結界としての性能は上がっている。最後に美桜は、自分の背後に現れた社を見て満足げに微笑んだ。


そして、ゆっくりと視線を紅葉に戻す。

刀はまだ抜くつもりがないようだ。

ただ、微笑んで紅葉を見つめている。


美桜とは違って薙刀を構えている紅葉も、紅葉(もみじ)を上書きされても特に反応しない。

美桜を見つめて、微笑んでいた。


僅かに赤が混じったピンクの雨の中、彼女達の間には沈黙が満ちる。白虎も紅葉が現れてからは黙り込んているため、ただ衣擦れや吐息しか聞こえない。


満開であり続ける桜は、散らした花びらを道に積もらせていく……


「燃ゆる紅葉は鬼の罪」


だが紅葉もまた、どこからか振り続けていた。

炎を彷彿とさせる真紅……

妖しい月明かりを受けて照る木の葉……


美桜は紅葉に言葉を投げかける。

笑顔を絶やすことなく、言葉に思いを乗せて。


「御山の桜は人の庇護」


不死桜は、紅葉の上から降り積もる。

炎の如き赤を上書きするかのように……

色を薄めながら輝き放つ……


紅葉は言葉を返す。

やはり微笑みを絶やさず、言葉に思いを乗せて。


「かつての怒りは今も燻り」

「鬼の未来を締め付ける」


彼女達は、互いに分かり合おうとする者が身近にいた。

嵯峨雷閃と、鳴神紫苑。酒呑童子と天坂海音。


だが同時に、死鬼も四天王も理解していた。

妖鬼族は、人が人を恐れたことで恨みを抱えて生まれた種族であることを。


「燃ゆる都は人の業」

「燃やす鬼人は人の罪」


美桜は、ついに微笑みを引っ込めて刀を抜く。

紅葉も、薙刀を握る手に力を込める。

……背後にいた白虎は、既に消えていた。


「かつての恐怖は今に根ざし」

「人の未来を裂く楔」


彼女達は互いの獲物を相手に向ける。

美桜は刀を、紅葉は薙刀を。


感情のない顔で、自らが生まれる前の事件を悔やむ。

そして、武器をゆっくりと構えると……


「雷閃四天王、卜部美桜」

「死鬼が一人。風鬼、鬼女紅葉」


一気に敵に向かって駆け出した。


"桜雲"


"落ち葉船"


だが、どちらかというと文化人である彼女達は、ただ走ることはない。2人して自身の能力を使った。


美桜は敷き詰められた桜を操り、紅葉はその下に眠る紅葉(もみじ)を操り、それぞれ同じように草花で移動していく。


「晴れぬ怒りは今こそ破裂し……!!」

「いつかの未来へと土台を造る……!!」


"桜狩り"


"紅葉狩り"


そして2人が交錯した瞬間、互いの武器に纏われてうねる奔流となった、桜の刃と紅葉(もみじ)の刃が激突した。




彼女達は決意を込めた刃を振るう。

人の恐怖、鬼人の恨み。

過去にはできない、互いの種族の罪業を背負って。

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