139-百鬼夜行、始動
この先、視点は愛宕に固定です。
クロウ達が飛鳥雪原へと向かった日。
幕府に残った面々もまた、彼らがやるべきこと、やりたいことをしていた。
影綱は変わらず幕府の中心としての仕事。
海音も同じく仕事に追われ、美桜も珍しくちゃんと仕事をしている。
雷閃には特に仕事はないので、いつも通りに迷子。
紫苑とつっちーは、海音に騒がない、面倒を起こさないなどの約束をして、見張り付きで街へ。
時平は美桜が戻ったことで、久しぶりの休暇。
たまたま晴雲が占った結果を伝えに来ていた、親友の七兵衛と共に街へ出ていた。
彼はクロウ達にも――つまり、雷閃四天王である美桜にも伝えていたので、本来ならわざわざ伝える必要はない。
だが、守護神獣探しでまだ伝えられていない可能性、結果が気になっていたことなどもあり、本当にたまたま愛宕に来ていたのだ。
表面上は、平和でありふれた日常であった……
クロウ達が大口真神の協力を得ることができ、神奈備の森へと向かった日。
やはり幕府に残った面々も、彼らがやるべきこと、やりたいことをしていた。
影綱はほとんど休まずに仕事。
海音も同じく仕事に追われ、美桜はしばしば昼寝をはさみながらも程々に仕事をしている。
雷閃は昨日出たきり帰ることができずに行方不明。
紫苑とつっちーは、昨日と変わらず海音といくつもの約束をして、見張り付きで街へ出ていた。
時平も外泊で最後の休暇を楽しみ、七兵衛は崑崙へ。
クロウ達が、神奈備の森で多くの守護神獣たちと出会い、協力を取り付けたことを除いて、変わらず平凡な日常であった……
その日の夜。
恨みに塗れた彼は動き出す。
諦観で狂った彼は動き出す。
……その日の夜、百鬼夜行が愛宕の街を訪れた。
晴雲の占いより、一週間は早い天災の訪れであった……
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人々がもうすっかり寝静まった頃。
ほぼ徹夜と言える状態で、影綱は未だに仕事を続けていた。
今は百鬼夜行のことなど頭から抹消して、ただただ仕事を遂行している。
唯一雷閃が行方不明になっているというのは気にかかるが、それもいつものこと。
雷閃の仕事はほとんどなく、あっても彼が片手間で終わらせられる程度なので、問題もない。
それに今回は、晴雲の百鬼夜行が訪れるという占いもあるため、雷閃には愛宕からは出るなと言ってあった。
少なくとも街にはいるはずだという安心感も、彼があまり気を揉まずに仕事を続けられる要因になっていたのだ。
彼は黙々と仕事を続ける。
終わらない……
彼はまた数件の仕事を片付ける。
終わらない……
……机の上には山積みの書類。
窓の外からは妖しく輝く月明かり。
法律、訴訟、警備、経費、事業と様々な仕事を行うため、彼の周りにはわざわざ持ち込んだ本棚が。
そこには、ある意味百鬼夜行よりも過酷な世界があった。
そこでは、この国で一番異常な人の仕事が行われていた。
深夜。
唐突に影綱は仕事の手を止める。
部屋に異変はない。外から物音が聞こえた訳でもない。
動いて見えるのも、開いた窓から入る風に彼の髪の毛や書類が揺れるくらいだ。
しかし彼は、何か異変を感じ取ったかのように目を細め、窓の外に視線を移した。
「……」
空に輝くのは妖しく光る月。
風は生暖かく空気を循環させている。静かな夜だった。
……静かな夜だったから、異変が起きる前に察知していたのかもしれない。
彼が仕事の手を止めてから数十秒後。
街に異変が起きた。
街のほぼ中央に位置する愛宕御所にいる彼の耳に、四方から家屋を破壊する音が聞こえてくる。
それは単純に力で薙ぎ倒された音だったり、炎で焼き払われているような音だったり、地面に飲み込まれているような音だったりと様々だ。
大きな街だが本島にない岩戸や白兎とは違い、首都である愛宕には毎日のように妖怪の襲撃がある。
それでも、これほどまでに規模の大きいものは久しぶりだ。
「晴雲……外しましたか。それとも、これもまた序章に過ぎないのですかね……」
これが大規模な襲撃だと悟った彼は、ポツリとつぶやくとすぐに椅子から立ち上がった。
晴雲の占いが外れたことを予感しながら、獅童を捕まえに行った時と同じように能力を発動する。
"雷光の影"
今は夜であるため、彼の能力範囲は昼間よりも遥かに広い。
彼は何者にも縛られることなく、外へスルリと消えていった。
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次に彼が現れたのは、御所の屋根の上だった。
普段と違って腰に愛刀を携えている彼は、そのまま続けて最優先するべき役割を果たす。
"影と影"
刀を携えているが、それは戦闘ではない。
実質国を統治している彼が最優先するべきなのは、もちろん国民の避難だ。
彼は街中の影から巨大なトカゲを生み出し、それを操ることで国民を安全な場所に移動させ始める。
影に街の外周部にいる人達を優先して飲み込ませ、他に影がある場所の中でもっとも安全な所へと。
そして、同時に侍達の配置も行う。
国民は岩戸や白兎へと送り込んだが、侍達は妖怪、妖鬼族の目の前だ。
彼はまだ状況を細かく理解できている訳ではないが、それでも巨大な妖怪がいる場所はわかるし、小型の場所も騒ぎや倒壊する家屋で察することができる。
街の中心に向かって進軍していた百鬼夜行の前には、御所を背に刀を構えた侍達が現れた。
今までにも使われたことのある技だが、いきなり敵の目の前なので、敵に気がついていなかった者は驚いている。
しかし大抵は気づいていたようで、すぐに臨戦態勢だ。
「ふぅ……」
ひとまず最低限のことを終えると、彼はほっと一息ついた。
国民は全員避難が終わり、急ごしらえだが侍達の配置もできている。
もちろん細かい状況がわかれば、強力な妖怪、鬼人がいるところに戦力を補填する必要はあった。
だが、一時しのぎとしては文句のない初動だ。
ようやく彼は、速やかに状況把握に務め始める。
「とりあえず、私の能力でもこんな状況で個人を判別するのは無理ですし……雷閃と美桜は放置しておきましょうか……
紫苑と土蜘蛛は、そもそもこちら側につくかも不明……
時平も休暇でしたし、海音に期待ですかね。
あとはあの少年……」
彼はつぶやきながら幕府側の戦力を見極め、百鬼夜行の主力がいそうな場所を検討する。
まず明らかにマズイのが、北側にいる巨大な山、だいだらぼっちと、南側にいる8つの首の蛇、八岐大蛇。
残っているのは幕府の侍のみとはいえ、彼らがまともに相手にできる存在ではない。
あの巨体では、一介の侍など踏み潰されるだけだ。
それに直せるとしても、街への被害が馬鹿にならない。
真っ先にどうにかしたい相手だった。
次いで、姿は確認できないがひと際存在感を放つ者がいる。
北側には妖怪たちの首領ぬらりひょん、東側には獅童に勝るとも劣らない怪物天逆毎。
それから、建物を屋根から屋根へと飛び移りながら家事を起こしている玉藻前と、そのお供である狐のお面をした怪人。
だいだらぼっち、八岐大蛇よりは格下だが、それでも巨体が危険ながしゃどくろは西側だ。
かろうじて侍達が相手にできそうなのが、残りの八妖の刻。
妖怪たちの先頭に立つ天狗、犬神だ。
「私、海音、少年……八妖の刻の半分もいない。
しかも、鬼人は……死鬼どこです? 星熊童子辺りは妖怪たちに混じっているようですが、彼らがいない……」
妖怪たちと共に攻めてきている妖鬼族だったが、彼らの指導者がいない。部下は妖怪たちに紛れてきているのに、彼らは影綱の目から見ても、影で探ってもいないのだった。
死鬼たちが部下任せにするはずがないので、これは由々しき事態である。
まず彼が探すべきは、妖鬼族のリーダー格である死鬼、そして、同時に八妖の刻を任せられる少年に決まった。
"雷光の影"
彼は方針を決めると、御所の上から影に潜る。
「死鬼のことも放置はできない……
しかし、今は目に見えた脅威とそれに対する戦力……」
影に潜った影綱は、月明かりを避けながら建物の壁を泳ぐように進んでいく。
最初に向かうのは、一番少年がいそうな敵のもと。
被害が大きいことが予想されるだいだらぼっちのところだ。
ようやくクライマックスです……
本当に疲れました……是非コメントください。