137-欺く神、隠神刑部・前編
「つまり……」
「おう、親方の指示通りにな」
木の上の見張り小屋にいる狸達は、俺達を油断なく見張りながら何やら怪しげなやり取りをしている。
まるで、最初から俺達が来ることがわかっていたかのような……
指示通りって、何されるんだろう?
「なぁ、これって……え、どうした?」
隠神刑部は信用できないと聞いていたこともあって、部下だと思われる彼らも警戒すべきかと、真神たちに話しかける。
だが、すぐそばにいる真神も、少し離れたところにいる角ちゃんも、その白い顔を少し歪めて下を見ていた。
まさかもう狸に何かされたのか……!?
心配になった俺達は慌てて2人に近づいて、それぞれドールと俺が体を支える。
特に震えていた訳ではないのでわからなかったが、手足の力も少し抜けているようだ。
しかし、2人を支えてみんなの所まで戻ると、彼女達はすぐに普段通りに戻った。
顔色……は変わらないが、立っている様子も力が抜けているのではなく、力を抜いているといった感じ。
「ちょっと疲れただけよ。心配ないわ」
「ええ、あなた達は彼らをしっかり見ていなさい」
「わ、わかった」
正直まだ心配だったけど、話している様子も普段通りで問題なかったので、戸惑いながらも狸たちに視線を向ける。
木々の上に足場を作り、小屋を作り、結界があるのにわざわざ監視していた狸たちに。
俺達が目を離していた間にも、獅童はわくわくしたように彼らを見ていたので、今のところ何かしてくる様子はなかった。
ついでに獅童も、流石にあんな高い所にいるやつに喧嘩は売らないようだ。今にも突っ込んで行きたそうだが、それでも彼は行動を起こしていない。
まぁそれでも何かしてきたらすぐに暴れそうだし、狸たちもこのまま傍観を続けるなんてことはないと思うけど……
「で、あれはなんだ〜? 隠神刑部ってのは、別に狸の群れのことじゃねぇよな〜?」
「そうじゃな。あの子らは彼の一族の者じゃ。
彼は儂らと違い、群れるのが好きらしくての」
「では、頼めば呼んでくれますかね?」
「さて、どうでしょう? なにやら敵対していそうな雰囲気ですし、我がいても友好的にはならぬでしよう」
真神や谷爺の話を聞く限り、やっぱり何かしてくる可能性が高そうだ。
ただ、あの狸たちに俺達を……特に真神や角ちゃんなどの守護神獣を害することができるとも思えない。
あちらからできることもないだろうし、こちらからできることがあるとも思えないし……
膠着状態だな。
「とりあえず話しかけてみるか?」
「そうですね。ドールは賛成します。意思の確認ができますし、無視してこの先に進むよりはいいです」
「うむ、吾輩も良いと思うぞ。だめでも押し通るがな!!」
「じゃあミーが飛んでいくよ〜。もし撃ち落とされて、肉が柔らかくなったら美味しく食べてねぇ」
「ブラックジョークやめろ」
俺の提案にみんなが賛成してくれると、射楯大神がまたおかしなことを言いながら獣化し、飛び立っていった。
いきなり無音で追跡してきて襲撃だと思ったら、俺達が逃げてるからだとか言ってたり、単純に意味がわからないこともあったけど……
真神が焼かれるかもしれないこととか、激突するかもとか、彼は本当にいつも縁起でもないことばかり言う。
まぁでも、大体は本当に起こりはしないんだよな……
俺はこの短期間で知った射楯大神のことを思い出した結果、あまり不安を感じずに見守ることにした。
実際今も、狸たちは彼に何かする様子はない。
数十の瞳がじっと見つめているという部分は不気味だが、彼が足場に近づいていくのを黙って見ている。
……マジでホラーだけどな。
やがて狸たちの元に辿り着くと、彼はいつも通り騒がしく話し始めた。
「やぁキミたち。ミーは射楯大神。隠神刑部の友達なんだけど、彼に会わせてくれないかい?」
と、友達……?
射楯大神は、真神にすら信用されない神である隠神刑部の友達などと言い出しており、下にいる俺達に緊張が走った。
そんなやつ相手に、友達だなんて怪しすぎるだろ……!!
真神は目を細めて警戒を強め、角ちゃんは面白そうに笑い、谷爺は困ったように笑っている。
獅童は例外として、あまり良く知らない俺たち人間ですら顔を引きつらせてしまうくらいだ。
こちらには守護神獣が何人もいるとはいえ、狸たちが一族まるごと襲ってきたら恐ろしい……
羅刹の……特に結界があったここら一帯は彼らのテリトリーだろうし、なおさら。
「親方は用事があり出かけている。長時間待てるのなら、我らの国でもてなそう」
「おっいいね〜。時間はあるらしいから、一日二日くらい余裕だよ。もてなしも楽しみ楽しみ、案内よろ〜」
「……では、一旦下へ。若いのに案内させますゆえ」
だが、どうやら心配は杞憂だったようだ。
一番大きくて歳を取っていそうな狸が進み出てくると、特に何も言うことなく彼に応じてくれた。
交渉するまでもなく、奥に案内してくれるらしい。
わざわざ結界を張っていたのは何だったんだ……?
「こんにちは。狸の国へようこそ。
騙される勇気があるのであれば、奥へ案内しますよ」
いつの間にか下に降りていたのか、それとも最初から下にいた狸がいたのか、俺達が静かに降りてくる射楯大神を眺めていると、足元から胡散臭い狸が声をかけてきた。
彼も守護神獣・隠神刑部の一族の者ということは、おそらく神獣だろう……喋ってるし。
しかし他の神獣とは違って、人間と同じように服を着ている。
それも、俺達や八咫の多くの人が着ていたような洋服ではない。海音や美桜たち雷閃四天王や、侍のような和服だ。
……制服にでもなっているのか、この国で和服を着ている人の多くは侍などの幕府関係者だった。
団子屋のような場所や、ドールやクロノスのようにファッションで着る人もいるだろうが、大抵は軍人的な人だろう。
上にいた狸たちもみんなこうなのだとしたら、一族の全員にとんでもない実力があるかもしれない。
神獣だし。
そんなことを考えているうちに、空から射楯大神が無音で降ってきた。だが、もちろん静かなのは飛ぶ音だけだ。
止まった瞬間には人型に戻り、もう狸に向かって騒々しく話しかけている。
「おっす、若いのー!! ミーたちを迅速に案内してねぇ?
急いでるからさぁ、早く会いたいねぇ? この大口真神が、待ちくたびれて滅ぼすかもだよねぇ? ……雪狸って綺麗?」
……しかも、脅してやがる。
自覚してない気もするけど、雪狸ってなんだよ雪狸って……!!
こんなんで狸一族全員と敵対とか、考えたくもないぞ……?
「……時間はあると聞いてますよ」
「それに、我に風評被害が来ます。やめなさい」
俺はまた反射的に顔を引きつらせてしまうが、脅された本狸も、その道具にされた真神も、冷静に彼を諌めている。
大人だ……
しかし、注意された本梟……はぁ。
注意された本人は、特に気にする素振りを見せない。
うなずくでも謝るでもなく、ただ陽気に笑っている。
そして騒がしい。
「そう? 雪って綺麗だよねぇ? 見たいけどなぁ。
……というか、なんでまだ止まってるのさ?
ミーも降りたんだから、早く行こうよ。年々増し増しのぷるぷるでつらつら」
「……ええ。こちらへ」
狸はしばらく騒がしく喋り続ける彼を眺めると、何度も瞬きを繰り返したあとに、そう言って案内を始めた。
すると真神や角ちゃんも、人型に戻った射楯大神を軽く小突いてからついて行く。
仲良いな……
俺達も、遠くで彼女達から目を離さない吾輩に声をかけながら、歩いていく狸を追った。
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俺達がしばらく歩いて案内されたのは、藁で作られた家々が乱立する場所だった。
ただ、上を見れば足場や家っぽいのもあるし、奥にも一際巨大な大木と一体化した家、ところどころにも木と一体化した家がある。
下に多く広がっているのはちっぽけな小屋だが、これは家というよりは物置小屋なのかもしれない。
……案外技術力があるな。
そして、もちろんここにいるのは数え切れない程の狸たち。
小石を投げてはキャッチするということを繰り返して遊ぶ小さい子から、きのこを広げている大きいのもいる。
風呂敷に木の実らしきものを入れて運んでいるのもいるし、ニタニタ笑いながら団子を手にしているのも……あれって盗品か?
見回してみても、やっぱり団子を作っていそうな場所はないけど……問い詰める意味もないか。諦めよう。
まぁ、信用できないってのはよくわかったな。
「こちらが親方の住処です。お戻りになるのは、おそらく夜ですから、どうぞおくつろぎください。食事などは、随時」
案内役の狸は、さっき見た奥の一番巨大な家の前まで来ると、俺達にそう言って去っていく。……え?
めちゃくちゃ放置されてるけど、勝手に入っていいのか……?
みんなの顔を見回してみるが、もちろんほぼ全員困り顔だ。
困っていないのは……
「ぶわっはっは!! 初めて狸の里に来れたわい!!
愉快じゃのぉ!! めんずらしいのぉ!!」
「ミーも、飽きるほど生きてきて初めてさ。嬉しいなぁ」
獅童と射楯大神の2人だけは、全く躊躇することなくズカズカと家に入っていく。しかも獅童は力が強すぎて、壊れそうなくらいに大きな音を立てながらだ。
……この2人に遠慮なんて言葉があるはずなかったな。
俺達は呆れつつも、少しありがたく思いながら彼らに続いて隠神刑部の館に足を踏み入れた。