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化心  作者: 榛原朔
二章 天災の国
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135-天迦久神・後編

必中の矢(ゴヴニュ)を額に受けた天迦久神は、ダメージこそ少ないものの、痛みに驚いたように目を見開き、軽く体を逸らす。


この戦闘が始まってから初めてのクリーンヒットに、彼女の時間は少しの間止まった。

その、刹那……


この神奈備の森にある大地のすべてが、彼女と、そして彼女と戦っている暴走者2人に襲いかかる。


"天牢雪獄"


まず真神が、最初から天迦久神を捕らえるために敷き詰めていた雪を、誰も反応できないスピードで一気に動かした。


もちろん今回の標的は、さっきまでと違って天迦久神ではない。彼女を攻撃することに夢中になっていた吾輩と獅童だ。


「むっ!? 大口真神ッ!! また貴様……」


1人目の吾輩は、口から水ブレスを吐いている以外は無防備なので、下から登ってくる雪を防げない。


凄まじいスピードで這い上がってくる雪に、体の半分程を埋められてようやく気づき、視線を真神に向ける。

だが、反射的にか水ブレスも止めてしまったので、すぐに顔まで覆われて完全に沈黙した。


「ああん!? なんじゃ!! また(オレ)を凍らせる……つもり……なんかぁ!? そう何度も……!! 凍る……かよぉ……!!」


"烈火を宿す都(カグツチ)"


ただ、2人目の獅童は吾輩とは少し違う形での封じ方だ。

彼は炎を全身から放出していたので、流石の真神でも雪ですぐに拘束し切ることはできない。


腰辺りまでは雪で固まったが、上半身は特に温度が高いのか、固まることはなく自由なままだ。

すると彼は、真神を睨みながら大声を上げ、全身の炎で雪の拘束を溶かそうとし始める。


しかし、相性が良い上に、ドールの時のように不意打ちで全身凍った状態からのスタートではないにも関わらず、拘束を完全に溶かし切ることはできなかった。


さらには、溶けて水になった部分がまた凍り、雪よりも屈強な氷の拘束になってしまう。

彼にももう、天迦久神に攻撃する余裕はなかった。


"万土漫遊"


次に谷爺が、避けることも斬ることもできないような広範囲から、この戦闘で抉られた地面や自身が生み出していた泥を動かした。


標的は、角ですべてを斬ってしまう天迦久神だ。


「何っ!? まさか多邇具久命っ!?」


彼女は動きを止めてしまっていたので、気づいた時にはもう体の半分以上を泥や土に埋められてしまう。


角で斬ろうにも、体まで斬ってしまう恐れがあるのでできないようだ。悔しそうに谷爺を睨みながら、黙ってされるがままになっている。


ドールは気を引くために参戦していただけなので、この3人が止まったことで戦闘はもう終了だ。

これで話し合いができればいいんだけど……話できるか?


吾輩は雪の中だが、獅童は燃え続けながら凍り続けているという奇妙な状況でなにか叫んでいるし、天迦久神もずっと藻掻いている。うーん……


俺が黙って彼らを見つめていると、立ちたがっていた谷爺と真神が腰を下ろし始めた。


「ふー……久々でちと疲れたの」

「我もですね。獅童が燃え続けていることも相まって、それなりに負担がかかります」


2人共口では疲れたと言うものの、表情にはほとんど疲れを感じさせない。特に真神は、表情も行動も、吾輩と天迦久神に雪を差し向けた時から一貫して優雅だ。


しかし、ドールは実際に何度も獅童を凍らせていたからか、無表情ながら心配そうに駆け寄っていく。


「あ、ドールもお手伝いしましょうか?」

「可能であれば、そうしてもらえるとありがたいですね」

「はい。冷徹、お願いできますか?」

「わかりました。雪の部分で試してみます」


真神はまだまだ余裕がありそうだったが、ドールに手伝いを申し出られてすぐにそれを了承する。

するとドールは、さっきまで天迦久神を攻撃していた冷徹を呼び、燃えて凍って叫んでいる獅童の元へと向かわせた。


あいつ、今熱いのかな? それとも寒いのかな?

もしあとで話す機会があれば、冷徹に聞いてみよう。


「そしてクロウ、今なら交渉できますよ」


しばらくぼんやり彼女が離れていくのを見ていると、真神が座ったまま俺に声をかけてきた。

彼女は吾輩と同じく協力を約束してくれた神獣だけど、彼と違って肉体労働以外でもめちゃくちや助けてくれるな……


なんか人間を子ども達とか言ってるし、浮世離れしてるなりに気配りをしてくれてるようだ。

まぁ多分、守護神獣以外の動物も子ども達って認識だと思うけど。


俺は少し近づいて彼女に質問してみる。

天迦久神はこっちを睨みながら藻掻いているし、話を聞いてくれるのか不安だ……


「……あの人、ちゃんと話せるのか? 殺意向けられない?」

「ええ。彼女もかつて、人間も含めた多くの生物のために戦った戦友です。悪でない限り、人間にも敵意は向けませんよ。我を信じて行きなさい」

「わかった。ありがとう」


あれだけ暴れていた人相手だが、真神はかなり信頼しているようだったので、もうそれ以上は何も聞かずに彼女の元へと向かう。


彼女に刺さった矢は、谷爺が抜いているので俺は話すだけだ。


彼女の周りには、土や泥が山のように積み上がっている。

近づきすぎたら俺も埋まることになるので、少し離れた場所から……


「こ、こんにちは……」

「……何か用?」

「少し話ができないかな、と思いまして」

「獅童を殺したらいいわよ」

「いや、貴重な戦力なんで勘弁してください」

「ふーん」


俺が獅童を殺すことを断ると、彼女はどうでも良さげな返事をしてそっぽを向いてしまう。


なんか……夜刀神よりも神っぽくないな……

軽い口調もそうだし、断られてそっぽを向くのも威厳がない気がする。


まぁそれも個性だし、一旦置いておくとして……

どうしよう? もう会話が終わってしまったぞ……?

神っぽくはなくても、気難しそうだから結局話しにくい。


だが、本題に入るどころか話すらできずに困っていると、彼女はちらりと横目で俺を見てから話しかけてくる。


「で?」

「はい?」

「何の話がしたいの?」

「え、してくれるんですか……?」

「捕まって暇だから仕方なくよ。あなたは神秘のようだし、悪い人でもないんでしょ? 彼女といるんだから」

「自分で言うのもなんですが……多分?」


なんだよ……結局話してくれるのか……

俺は安心してほっと息をつく。


どうやら天迦久神の方も真神を信頼しているらしい。

獅童は以前から揉めていたから真神がいても戦ったようだが、初対面の俺は普通に話す権利がもらえた。

変な気分だ。


というか、それでも彼女は挑発されるまでは戦わなかったんだったっけ……? じゃあ完全に獅童が悪いな。

まだ戦いがっているようだし、一番恐ろしいのは彼かもしれない……


「それから、彼女にも言われたと思いますが、(わたくし)にも気安く接してくれて構いません。用はなんですか?」


だが彼女は、俺が安心し切っていたところに、さらなる混乱をもたらした。気安く接しろ……

この人って、人間と殺し合うこともある神のはずだよな……!?


森や動物を過剰に傷つけたら、自然のために戦うとかなんとかって……

それが、神秘に成っているとはいえ、一応は人間である俺に気安く接しろ……!? 真神のマネでもしてるのか……?


(わたくし)森の神ですので。彼女ほどちゃんとする気はありませんが、それでも礼儀は弁えていますよ。

あの男のように荒らさないのなら、それは客人です。

森は誰のものでありませんから、どうぞご自由に」


俺が驚いていると、彼女はさらに言葉を続ける。

やはり真神のような丁寧な口調で、最初のくだけた口調を聞いた後だと違和感がすごい……


「はい、おしまい。それで? 結局何の用?」

「ええと……」


戻った……

これは神としての顔と普段の顔を使い分けている感じか……?

つまり、これが彼女の素……

なら真神と同じように、普通に接するか。


そういえば、魔獣以外のためになら戦うことがあるという話だったし、誰のものでもないと言うからには、もしかしたら人間に限らず森を傷つけたら……ってことなのかもしれない。


「わかった。普通に話すな。用件は……」


俺は、今まで何度も繰り返し説明してきた話をする。

この国では妖怪と呼ばれている魔獣と、妖鬼族と呼ばれている鬼人が攻めてくるという占いの結果。


雷閃四天王と俺達だけでは不安なので、守護神獣たちに協力要請をして回っていること。

それを聞いた彼女の答えは……


「ふーん」


やはり興味がなさそうな、気の抜けた適当な返事だった。

この感じ、なんかやりにくいな……


今まで出会った人達も、獅童やリューみたいな自由気ままな人が多く大変だったが、とりあえず話はちゃんと聞いてくれた……と思う。


美桜は若干、天迦久神に似ていなくもないけど、取り繕っていたのでまだマシだ。

同行したのもサボるためでしかないだろうし、仕事とか完全に興味なさそうだったけど、言うことは聞いてくれてた。


だから俺としては、こういう感じは珍しい。

聞き流すような反応が一番困るよ……

俺は少し迷ってから、今度ははっきり答えを聞いてみる。


「で、どう? 協力してくれたり‥」

「あ、無理。拒否するわ」

「えぇ……」


すると、今度の彼女はきっぱりと断った。

迷いがない……


「理由あったりするか……?」

「まず、興味ない」

「あ、はい。そうでしょうね」

「うん。それから、別に人間同士の話なら関係もないし」

「人間同士……?」


相手は妖怪と妖鬼族のはずなので、人間同士と言うには明らかにおかしい。普通の魔獣と、特殊な魔獣のはずだ。

長生きでいろいろな知ってるはずだけど、勘違いか……?


そんなふうに俺が疑問に思っていると、彼女が珍しいものを見たかのように目を見開いて説明してくれた。


「あれ、知らない? 鬼人って人間よ?

大昔に、人が神秘で異形になった存在。獣が神秘によって神獣に成ったのと同じく、人も神獣に成ろうとして、失敗した不完全な生物……それが鬼人」

「人……間……!?」

「ああ、正確には人間ではないわね。

人でも獣でもない半端者かしら。

境遇には同情するけど、森を荒らすから私は嫌い」


俺が言葉を失っていると、彼女はさらに衝撃的な言葉を重ねていく。鬼人は、人間。


いや、違うのか……どちらでもないって、今言ってたもんな。

人でも獣でもない半端者……


たしか海音の話では、魔獣として殺され、追われ、都を何度も襲撃してくる程に恨んでいるとのことだった。

そんな人達と、俺達は殺し合うのか……?


紫苑は……なんで人間と……

紫苑は……なんであんなにも明るく……

俺は……殺せるのか……?


「……あなたも普段、獣を殺すのでしょう?

荒らすのとは別に、生きるために。なら、鬼人だけ憐れむのは傲慢よ。彼らは殺しに来るのだから、獣を殺すのと同じくあなた達の命がかかってる。かつて人だったから、自分達と同じく上に見ているのかしら?」


俺が黙り込んでいると、天迦久神が冷たい言葉を投げかけてくる。森の神らしく、すべての命を平等に見た言葉だ。


ガルズェンスでも、ヘルに似たようなことを言われたな……

人が殺されないために、無意味に獣を殺すことについて。


正論……ではあるのかもしれない。

けど……


「人は、他の人が悲惨な目にあっただけでも一緒に苦しめるんだ。鬼人も人だと知っただけで、いろいろな事件が他人事に思えなくなる。その苦しみを、想像してしまう。

だから俺は、鬼人を殺すのがつらい。傲慢でも、そう思う」

「弱肉強食は自然の摂理だと思うけど?

妖鬼族は力を制御できず、人間に負けたのよ」


強い神獣なので会話はできるけど、やっぱりこういうところは価値観が違うのかな?

もちろん自分が生きていたいとかはあるだろうが、どうにも共感性が低い気がする。


鹿も群れるはずだけどな……

無関係の他人は、やっぱり気にしないのかもしれない。


「……あんたらって、同じ鹿同士でも殺し合うか?」

「食べはしないけど、縄張り争いとかではね」

「まぁだろうな。けど人間にとっては、同じ人を殺すことは悪いことで、つらいんだ。これは人の……俺のエゴだよ。

俺は自分が苦しくなるから、できるなら人を殺したくないんだ。もちろん、自分や仲間が死にそうになってまで貫きはしないけどな。そうなれば、人でも獣でも同じように殺す」


だから俺は、ヒマリのことは忘れない。

お互いに孤独で、大切な存在になっていたことを除いても、あの人を忘れない。


人が人を殺すというのは、それくらい重いことだから……

もし妖鬼族が攻めて来ても、俺は誰も殺さない。

その余裕を持つためにも、ぜひ天迦久神には協力してほしかったけど……諦めよう。


すると突然、実に愉快そうな笑い声が耳に入ってくる。

顔を上げると、天迦久神は何故か興味津々といった風に俺を見つめながら笑っていた。


「あっはは。いいじゃない。戦いには興味ないけど、あなたの人生を観察するのは面白そう」

「見世物じゃないぞ」


思わず反論するが、彼女からするとそれすらも楽しいことらしい。何故かどんどん笑みを深めていく。

俺、そんな変なことしたかな……?


「わかってるわ。戦いに参加しないんだから、変に思わないで。……でも話を聞く限り、羅刹の隠神刑部にも会いに行くんでしょう? それくらいなら手を貸すわよ」

「いいのか?」

「ええ。あなたは私を射ったけど、こんなものじゃ森も私も壊れない。荒らさないし、は悪人でもないようだしね」


そう言う彼女は、人間には興味を示さなかった割に、やはり楽しげだった。


どうにも不思議だが、わざわざ案内してくれると言うのなら、詳しい居場所を知っているとかあるのかもしれない。

俺は、ありがたく天迦久神の提案に乗ることにした。


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