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化心  作者: 榛原朔
二章 天災の国
148/432

132-多邇具久命

ドール達との別行動を始めた俺達は、先程よりもスムーズに森の中を飛び進む。


地面に足をつけていた真神や吾輩だと、どうしても木の根や草むら、岩などに道を遮られるが、射楯大神の通る空中には幹以外に何もないから、その分早く進めるようだ。


彼は、俺達を追ってきた時と同じくほぼ無音で羽ばたいて、肩肘を張らずに気楽に飛んでいた。

やはり森を領分と言うだけのことはあるな……


それに激突に気をつけろというのも、どうやら冗談か何かだったらしい。俺達は、多邇具久命を探すのすら彼に任せて、のんびりと飛行を楽しむことができていた。


……うん。逃げてよかった。

まぁしがみつくのも、そこまで楽って訳ではないけど……獅童とは話すどころか、近くにいるだけで苦労しそうだ。


俺は海音を助けたいとは思ったけど、海音みたいになってまで何かしようって訳ではないからな。

任せられるところは、遠慮なく放り投げる。


移動も神獣たちを頼りっぱなしだし……

射楯大神の背は他の神獣よりは多少疲れるが、歩きや馬車の操縦で気を張るよりは全然いい。


ライアンとロロも、俺より体力があったりしがみつくのに慣れているので、リラックスしている。


「どこまで行っても巨大だな〜。

動物はあんまり見かけないけどよ〜」

「そりゃあねぇ。のんびりしてる時はならともかく、飛んでるミーの邪魔なんて誰もしないよ。飛び方によっちゃあ、ぶつかるだけで死んじゃうかも。かも? かも!!」

「……オイラもそうなれるかなー?」

「神獣ならなれるさ。長生きして、心を強めなよ。

そしたらみんな餌だ。食べちゃえ」

「やめろ。そして前を向いてくれ……!!」


黙って聞いていると、射楯大神は飛行中にも関わらず頭を後ろに向けて、危ないことを言い出した。

前半だけ聞いてりゃロロにとって励ましになる言葉だが、最後の一言がとんでもない。


そんなことになったら、夜刀神と同じじゃねぇか!!

他の神獣や聖人、魔人に叩き潰されてしまう。


というか、まず前見ていないのが危なすぎる……!!

気を抜いてほっといたら、本当に激突するところだったぞ……


「まぁ、何にせよ大っきくなることだよな〜」

「長そうだね……でも、オイラがんばるよ」

「お〜頑張れ〜」


正直、射楯大神は参加すると後ろを向くので、入ってこないでほしいな。彼の行動には少しハラハラさせられる。


だが飛行自体は順調で、一瞬後ろを向いても結局激突はしない。樹木もどんどん後ろに流れていき、景色にもだんだんとなだらかな土から、ゴツゴツした岩が多くなっていた。


背に乗る俺達の間にも、のんびりとした空気が漂っている。

……あ、そういえば。


彼に頼り切ってめちゃくちゃのんびりしてるけど、知ってる訳ではなかったんだよな……どこに向かってるんだろう?

景色は少しずつ変わってきてるけど……


「なぁ射楯大神。結局これどこ向かってるんだ?」

「えっとねぇ、彼は蛙じゃない? だから、そこら辺の泥の中とか、谷底の水辺にいたりするんだよね」

「つまり、谷底か?」

「イエース、谷底!! 戸隠峡谷!! 水辺だ!! 泥沼だ!!」

「わかったわかった……」


どこに行く、とは断言しなかったので確認すると、彼は狂ったように同じ場所をいろいろな言い方で言い始めた。

何が楽しいのか、皆目見当もつかない……


とりあえずしがみついている手を片方離し、なでて落ち着かせる。あんまり期待してなかったけど、一応は当てがあったんだな……


会話が噛み合わないと思ってたけど、口に出さない部分では案外ちゃんとしているようで、少し見直した。

引きこもりの吾輩よりも断然考えている。


まぁ、それを踏まえても吾輩の方が安心できるけど……

……と、そんなことを考えている間に、目の前にある木々の隙間から光が漏れ始めた。


谷が近づいてきて、光が多く届いているようだ。

さっきまで暗く目に映っていたからか、木々も奥地より健康そうに見える。


「うん。ということで、もう着くよ。でも、落ちないようにね? 落ちてもミーは助けられないからね?

痛くしていいなら鷲掴みにするけどさ」

「わかったわかった……ちゃんとしがみつくから」


彼は谷へ着くことを予告すると、また何度も繰り返すように似たような注意を言い始めた。

落ちるな。助けられない。助けられても痛い。


目的地もそうだったけど、めちゃくちゃ強調してくるな……

ただ注意されるよりも気をつけようって気持ちになる。


……外国を回っていたからか?

まるで普段から危険を誰かに教えることがある、もしくは自分に言い聞かせることがあるように注意喚起が上手い。


俺達はもちろんそれに従い、さっきよりも強く彼にしがみついて森を突き抜けた。





俺達が森を抜けると、その先にあったのは思ったよりも小さく、そして思ったよりも暗い谷だった。

たしかに他よりは光が入っているが、狭いせいで谷の上にも分厚い木の葉が被っていて暗くなっている。


岩戸にある、宇迦之御魂神の祭壇があった崖はかなり明るく幻想的だったので、てっきり多邇具久命も暖かな泥や水辺でのんびりしてるのかと……


「さぁさ、降りるよ。落ちたら獣たちの餌だね!!」


俺が予想外の光景に目を奪われていると、射楯大神はまるでそれを見ていたかのように、また注意喚起をしてきた。


やはり伝え方が独特で、すごく気を付けたくなる。

最悪……かはわからないが、悪い状況の例がめちゃくちゃ具体的だ。


というか、よくわかったな……?

話す時は大体頭を後ろに回してくるけど、普通に目玉が後頭部にもあったりするのか……?


少し気になったが、まずは注意してくれた通り体をしっかり固定してからお礼を言う。


「いちいち物騒なんだよな……!! けど、ありがとう‥」

「ふっふ〜!! とっつげき〜!!」

「っておいおい……!?」

「あっはっは〜!!」

「うにゃあ!?」


すると、彼は俺の言葉を聞き終わる前に谷底へ急降下し始めた。話の途中で急降下とか、注意した意味がかなりなくなるんだけど……!?

しかも、わざわざ急降下しなくても……!!


唯一ライアンだけは楽しそうに、俺達は射楯大神に必死にしがみついて谷底へと降りていった。




~~~~~~~~~~




「イヤッホ〜!!」

「ああぁぁぁ……!!」

「うにゃあぁ……!!」

「あっはっは〜!!」


谷は狭く、暗く、そして……深い!!

そのため、急降下なんて危なすぎるはずなのだが、射楯大神は器用に体勢を保って谷底へと落ちていく……!!


おそらくここに来る時はいつもこうしているのだろう……

とても慣れた様子で、迷いも怯えもまるでない。


ただ、それはもちろん射楯大神だけだ!!

俺達は……いや、俺とロロはちゃくちゃ怖いし、ふざけるなと怒鳴りつけたい……いや、あとで怒鳴る!!


本当に……本当に……心の底から、相談もなくいきなり急降下とか頭がおかしいだろと叫びたいッ……!!


せっかく飛べるんだから、普通にゆっくり降りてくれよ……!!

あと、激突に注意ってのはこれなのか……!?

どうやって注意するんだよ……!!


俺が叫びながら心の中で毒づいていると、このスピードなのですぐに谷底まで辿り着く。

また登る時に同じ体験をするかもしれないが、ひとまず一息つける……


「ああぁぁ……!! よ、ようやく……」

「ほぅれ〜い!!」


だが、危険な急降下が終わり、ちゃんと地面に足をつけられると安心していると、彼はそのまま横向きに飛び始める。

どうやらこの狭い谷底を、飛びながら探すつもりらしい……!!


左右はギザギザしている崖なんだぞ……!? 正気か……!?

もし激突したり、羽をぶつけて墜落したりでもしたら……!!


俺が再び恐怖していると、彼は実に楽しそうに、本当にいるかもわからない多邇具久命(タニグクノミコト)に呼びかけ始める。


「多邇具久〜!! ミーがやってきたぞ〜!!

急に目に入ったら爪で串刺しにしちゃうから、いるなら早めに出てきてね〜!! 潰れるよ〜!!」


……やっぱり物騒だ。

というかこれ、探すじゃなくて呼びつけるだろ……!?


谷川や泥にいるかもしれないのに、こんなスピードじゃ絶対に目に入らない。

こんなことを言うからには、ちゃんと仲がいいんだろうな……!?


もしもこいつの一方的な友情だったなら、いくら一番人間に親しんでいる神獣であっても、激怒して協力を拒否するんじゃないか……!?


ちくしょう、もう嫌だ……

何でこの国のやつらはみんな頭おかしいんだよ……!!


サボり魔共はまとめて自由気ままで、プラス獅童は怪物、美桜は寝すぎ、雷閃は方向音痴。

影綱と海音は引くほど仕事ばかりで、実際化け物じみた有能さだ。


紫苑は人の形をしているが、鬼人だから人間の感性とは違って無理やり団子食べさせてくるし、常識が通用しない。


こいつも会話が噛み合わないし行動も無茶苦茶。

大口真神も思ってたよりも感性が違う。


夜刀神は唯一戦った守護神獣だというのに、中身は素直でただ勘違いしてただけ……あれ、吾輩は結構まともだな……?

なんか一緒にしちゃって申し訳ない……帰ったら謝ろう。


……うん。なんか、毒づいたら冷静になったな。

ふぅ……


俺も気持ちが落ち着いたし、このスピードにも少し慣れてきたので、顔を横に出して何かいないか探してみることにする。


できれば、多邇具久命が怒りながら出てくる前に見つけて、射楯大神をさっさと黙らせたい。

正直、一番近くにいる俺達が一番の被害者だ。うるさい。


するとちょうどその時、少し先にある泥が盛り上がった。

あそこに何かいる……?


「うるっさいのー……誰じゃ?

儂と遊びたい子でもおるのか?」

「おお〜、多邇具久〜。ミーだよぅ」


どうやら泥から顔を出したのは多邇具久命だったらしい。

射楯大神は彼を見るとスピードを緩め、嬉しそうに声をかける。


だが、多邇具久命は嬉しくなかったようだ。

しばらくこちらを眺めた後、何事もなかったかのように泥に潜り込み始めた。


「…………おやすみ」

「寝ないでおくれよ!? ミーだって!! え、見たよね?

ミーに気づいたよね? え、気づいてない?

ううん気づいたよ!? ちょっと〜、蛙爺さん!?」

「うるっさいのー……お主は儂と遊びたい訳じゃなかろう?

儂は人間や獣の子なんかとの遊び以外に興味ないんじゃ」

「人間イルヨ〜。子どもじゃないけど、まだ若い子たちさ」

「む……?」


射楯大神は最初、俺達を追ってきた時のように騒がしくまくし立てていたが、多邇具久命が人間と遊ぶと言ったのを聞いて、背中から俺達を放り出した。

……おい!!


「痛って……!!」

「あっはっは〜、まさかの展開に俺もびっくりだ〜」

「呑気かよ」


俺達は、彼が飛行を止めたので力を抜いており、抵抗などできるはずもなく泥の上に投げ出された。

汚れたし……!! それはいいとしても、普通に痛ぇよ……!!


だが多邇具久命の方はというと、俺とは真逆で嬉しそうに笑みをこぼした。本当に友好的だ……


「おお、嘘じゃないのか」

「いやいや、ミーは隠神刑部じゃないんだよ?

まさか狸に見えてる? 見えてないよね?」

「うるさいと言っておろうが」


彼はまた口を挟んだ射楯大神を鬱陶しそうに見ながら、泥の中から立ち上がってくる。

だがそれは後ろにいる射楯大神を見る時だけで、視線を下げて俺達を見る時には、また笑顔に戻っていた。


「いやはや……こんなところまで来る子なんて久しぶりじゃ」

「そうなんですか?」

「まぁ楽にせい。……遊びに来た訳ではなさそうじゃが」

「ああ。頼み事があって……」


彼はそのまま話を聞いてくれそうだったので、俺はいつものように妖怪と妖鬼族が攻めてくるらしいことを伝え、助力を頼む。


今回は、先に幕府の下っ端が暴走したことも謝っているし、上層部にも伝わっていること、何か対処をするだろうしお詫びもするだろうことも言った。


あとは彼の心次第だ。

俺達は、固唾を呑んで返事を待つ。


「うむ。いいじゃろう。協力しよう」

「いいのか? ありがとう」

「ゲコココ。儂が子ども達の願いを無下にすると思うたのか? それに、特に襲われたりもしてないでの……」

「え!?」


俺達の表情から驚きか何かを読み取ったのか、彼は不思議だが蛙らしい笑い声を上げると補足説明をしてくれる。

彼も大口真神と同じように、人間をもれなく子どもと見ているのは置いておくとして……


確認していない場合を除けば、この国にいて襲われていないってのは初じゃないか? どういうことだろう……?

すると彼は、やはり表情から察して口を開いてくれた。


「儂は他のと違い、かなり交流を持っておったからの。

勘違いも暴走も起こるはずがないということじゃ」

「なるほど……」


夜刀神はそもそも人に恐れられる神だった。

かつては本当に人間を食べていたらしいのだから、襲われても当然だ。


大口真神と宇迦之御魂神は、最初から今までずっと人間の味方をしているはずだが、なにせ会わない。

勘違いする人がいても仕方がないのかもしれない。


「まぁ時間はあるようじゃが、それはそれとして急いだ方がいいじゃろう。射楯、運べるかの?」

「任せてよ。多邇具久なら掴むくらい耐えられるでしょ?

激突じゃなきゃさ」

「そうじゃな、流石に儂はお主に乗れんからの。

そうしてもらうとしよう」


俺が考え事をしている間に、守護神獣たちは出発の準備をし始める。多邇具久命は友好的な神なだけあって、とても俺達の事情も汲み取ってくれるな……


よく人と遊んでいたようだし、一番まともそうだ。

射楯大神が多邇具久命の背中を掴んだのを確認すると、俺達も来る時と同じように彼の背中に乗る。


夜刀神。大口真神。射楯大神。そして多邇具久命。

これで4柱目の守護神獣だ。

半分の助力を得られたのはありがたいな……


「は〜い。じゃあ激突しないように気をつけてね〜。

特に多邇具久、ぶら下がってるだけだしさ」

「ただぶら下がっとるだけなのに、何を気をつけるんじゃ」

「へっへ〜」


守護神獣たちは、最後にまた少し掛け合いをしてから出発する。俺はかなりの達成感に浮かれながら、射楯大神に乗って戸隠峡谷を飛び出した。

守護神獣で1番安心感ある人(蛙)です。

真神ちょっと怖いし……好々爺っていいですよね。

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