129-神奈備の森・前編
大口真神に乗った俺達は、それから大体の感覚で1〜2時間して神奈備の森に辿り着く。
彼女は雪原に住んでいるだけあって、吾輩よりも数段速い。
そのため2人は遥か後方に置き去っており、今いるのは吾輩と獅童を除いた残りの5人だけだ。
しかも、海での吾輩の全速力に匹敵するスピードだったのに、不思議と疲れは少なかった。
神として崇められているというのに、気配りが凄い……!!
俺はそんなことを考えながら、ライアンに続いて大口真神から飛び降り、森を眺める。
神奈備の森には最大で4柱の守護神獣がいるはずだが、見た感じは至って普通の森でしかなかった。
もちろんどの木も不死桜なみに大きいが、それ以外は普通。
ただの巨大な森だ。
まぁその広いのが一番手強いんだろうけど……
どれくらい広いんだろう?
俺が森をぼんやり眺めていると、最後にドールが優雅に滑り降りてきた。これで全員が降りたので、大口真神も光り輝いて人型になる。
え、移動は徒歩なのか……? 驚いて彼女を凝視してしまう。
だが、彼女は特に反応を示すことはなく、ドールの質問に答え始めた。
「この森はどのくらい広いのですか?」
「そうですね……島の3分の1程度の広さでしょうか。
我は距離などに興味がないのでわかりませんが、南北は愛宕から崑崙と同じくらいの距離があるはずです」
つまり、直線で進むだけでも麒麟に乗って一日が消える。
現在地は北寄りだが、北端という訳でもないはずなので、北に行って南に行ってとしてたら探すどころの話じゃないな……
会えれば協力してくれそうな蛙と、まず会えるかどうかの梟と、人と戦うことがある鹿と手放しで信用できない狸。
彼らにはそもそも祭壇がないっていうし、大口真神がよくいる場所を知ってたりしない限り、会えることはなさそうだ。
「なぁ大口真神。どこにいるかは知ってるか?」
立ち位置的には主神に近いものであるはずなので、吾輩の時よりは期待を込めて問いかける。
だが、彼女は目を細めて難しい表情だ。期待薄か……
「……難しい質問です。多邇具久命は騒いでいれば勝手に寄ってくることもありますが、天迦久神は逆に襲ってくるでしょう。射楯大神はまずこの国にいるかどうかからですし、隠神刑部は……そうですね。彼は羅刹に隠れてます」
彼女は表情通り、ほとんどの守護神獣の居場所を知らないようだったが、唯一隠神刑部だけは少し絞り込めていた。
口ごもった後、今思い出したかのようだったが確信を持ってそう告げる。
羅刹というと……獅童が愛宕に来る前にいたという地域だ。
隠れているというのが、また油断ならなさを際立たせているな……信用できない神……
「そいつは信用できないんだよな?」
「ええ。あれは妖怪に区分してもいいくらいですよ。
余裕があるなら見張っておくべきです」
「えぇ……?」
晴雲にも聞いていたから、試しに聞いてみるかくらいだったんだけど……彼女は同じ守護神獣であるはずの隠神刑部を、迷うことなくそう断じた。
妖怪って……つまりは魔獣じゃねぇか。
どんだけ嫌われてるんだよ……
大口真神からここまで言われるってことは、夜刀神が昔は暴れていたが、今は気のいい蛇っていうような感じでもないらしい。現在進行形で信用ならない神獣だ。
……いや、真面目にそいつの扱いをどうしたらいいのか悩ましいな。もし百鬼夜行で、背中を刺されたりしたらたまったもんじゃない。
引っ張り出すかどうかは、ひとまず置いておくとしても……
とりあえず会って話す必要はありそうだ。
信用しないってのも、どのくらいのレベルで信じないかとか決めないとやってられない。
放置していいのか、捕まえておくのか、監視しておくのか、それとも協力を頼んでみるのか……
できれば、誰かと一緒に戦ってもらうくらいがありがたい。
……精神的に疲れそうだけど、羅刹には行くことは確定だな。
天迦久神は……騒いだりして刺激しなければ、話くらいはできるかもしれない。けどまぁ、会えたらでいいだろう。怖い。
射楯大神もあてがないから会えたら話すとして、多邇具久命は騒いでみるか……
とすると、先に羅刹に行くか適当に歩き回るか……
「どうする?」
「……隠神刑部様の居場所は大体わかっているようですから、とりあえず森を回ってみますか?
もし天迦久神様に見つかっても、大口真神さんがいれば攻撃されることもないでしょうし」
「そうですね。もし彼が暴走しても、大人しくさせますよ」
大口真神はドールの提案に薄く微笑むと、胸に手を当てて自信たっぷりに宣言した。同じ守護神獣が相手だというのに、歯牙にも掛けていないようだ。
冷静で大人っぽいし、すごく頼りになるなぁ……
同じように協力的でも、素直なだけであんまり何も考えてなさそうな吾輩とは大違いだ。
「じゃあまた獣型になってもらっていいか?」
「もちろんです」
さっき人型になったのは何だったのか、大口真神は俺が頼むとすぐに輝いて人型に戻ってくれる。
やっぱり他の3柱と比べても、光のが強いし光る時間も短い。
因幡は知らないけど、吾輩よりは細々とした行動が楽そうだ。あ、そういえばあいつはまだかな……?
「ようやく追いついたぞ!!」
「ぶわっはっは!! 陸じゃあ大地を抉りかねんもんなぁ!!
苦心してそうで愉快じゃったわい!!」
「貴様っ……!! 本当に性格が悪いな!!」
俺達が大口真神に乗っていると、ちょうどその瞬間、後ろから地面を巻き上げているような音と騒がしい声が聞こえてきた。
振り返るまでもなく、吾輩と獅童だ。
ようやく来たか……
吾輩は俺達に近づくにつれてスピードを落とし、大口真神の真隣でピタリと止まる。
すごい調整だな……思わず感心してしまう。
ただ、もちろんお疲れの様子だ。
獅童は彼の上で笑っているだけだが、吾輩は倒れ込みはしないまでも、頭を下げて荒い息を吐きながら悪態をついている。
「はぁ……まさか食後のみならず、移動でまでこいつを押し付けられるとは思わなかったぞ……」
「はっはっは、とても悪かったと思っているよありがとう」
「嘘をつけクロウ。これ以上ないほど棒読みではないか」
「感謝は本物だって、ありがとな」
「フハハ、ならばいいとも」
最初は不機嫌そうで、俺の言葉にも疑いの目を向けていた吾輩だったが、俺がちゃんとお礼を言うとすぐに受け入れてくれた。
たしかに嘘ではないんだけど、やっぱりちょろい。
明らかに愛すべき存在で、もっとも恐ろしい神だなんてとんでもないことだ。
一緒に大口真神に乗っているライアンやドールも、彼を見て笑みををこぼしている。
「あっはっは、みんな揃ったし行こうぜ〜」
「うむ。だが上に乗る者は入れ替えてくれ」
「急ぎますよ、夜刀」
「あっズルいぞ!!」
息を整えた吾輩は、大口真神に搭乗者の入れ替えを申し出るがもちろん受け入れられることはない。
既に俺達も乗ってしまっているので、彼女はその答えを無視して神奈備の森に足を踏み入れた。
~~~~~~~~~~
俺達が神奈備の森に入って数十分。
実際に中に入って観察してみても、森には大きさ以外で特に変わったものや不思議なものは何も見られなかった。
ただ暗く巨大で、人には少し厳しいというだけの世界。
しかし、神秘に影響された桜や鉱山があるのなんかより、よっぽど大変な場所だ。
具体的に言うと、根も巨大で、岩も巨大。たまに顔を出す、小鳥のような見た目をした鳥までも巨大と来たら、もう俺達の手に負えるものじゃない。
これが徒歩じゃないからまだ良かったものの、もし大口真神と吾輩がいなかったら、目も当てられない状況になっていだろう。
森を知らない俺達だけだと絶対に遭難するし、それがなくても普通に広くて時間が足りない。
天迦久神が襲ってくることがあるということは、もしかしたら狩人とかがいるのかもしれないけど……
少なくとも俺達には無理だ。
マキナに神獣の国・アヴァロンの話を聞いて、とんでもない場所だと思ったけど、正直もうここだけで十分だよ……
ここを神獣の国にしてくれ……
……というか、海音の話では神奈備の奥に鬼人の里があるって聞いたし、どちらかというとここは鬼人の国か?
まぁどっちでもいいか……
「はぁ……見つからねぇな……」
「クロウさんの運も効果が薄いんでしょうか?」
「……どうなんだろ? 運なんて目に見えないからな……
今はチルもいないし」
俺がげんなりしながらつぶやくと、ドールが思いもよらぬ意見をくれる。運の効果が薄い……聖域だとロロの探知が使えなかったし、そんなこともあるかもしれない。
具体的な場所は知らないが、一応神奈備の森にも聖域があるらしいし。
ただ、崑崙では美桜に出会えたり、岩戸で宇迦之御魂神を見つけられたりと、それっぽい場所でも運はいい方だったんだよな……
そもそも呪いが発動していないとしても、普段から基本自動で発動している能力だ。どうしていいかわからない。
すると、真神の隣を並走している吾輩が声をかけてきた。
「あの小鳥を呼んでみたらどうだ? たしか、射楯大神を探すために飛ばしていただろう?」
「そうだなぁ……あの時は何も考えずに飛ばしたんだけど、こういうのって呼んで来るもんなのか?」
「大事なのは心です。来ると願えば、きっと来るでしょう」
自信がなかったところを、真神が勇気付けてもくれる。
……俺、人に恵まれてるな。
ずっと家族も隣人もいなかったけど、今はたくさんの仲間がいてくれてすごい幸せだ……
「よしっ!! じゃあやってみるよ」
「期待してるぜ〜」
「プレッシャーはかけないでくれ……」
ライアンに若干茶化されながらも、俺は意識を集中させる。
そして、自分の意志でチルを出すときのようにやることが多い、右手を前に出す姿勢をとった。
今回は自分の中から出す訳じゃないけど……
"幸運の呪い"
チルが射楯大神を探して飛んでいるのなら、今この森にいるのかもわからない。それでもやらないよりは全然いい。
俺は真神に揺られながら、チルが来てくれることをただ願う。
――
――ィ……
――ピィィ……
……すると、しばらくして遠くから甲高い鳴き声が聞こえてきた。同時に、森の一箇所に集中的に雨が降ってきたような、木の葉が上から突き破られる音も。
……ん? 突き破って来た……?
ここは、暗い森の中。
そんな中で、何か巨大な影を感じてパッと顔を上げると、俺達の上にはその影の持ち主が瞳を光らせていた。