127-大口真神
体感では10分近く……
だが、もしかしたら5分にも満たないかもしれない時間を耐えていると、獅童はようやく炎を出すのを止めた。
何がしたかったのかはわからないが、とりあえず納得したか諦めたかしたようだ。
俺は熱気が薄れたのをよく確認し、顔を覆っていた両腕を離して様子をうかがう。
すると、目の前に広がっていたのは焼け野原だった。
雪原は消え失せ、その下にあったであろう草原も燃え尽き、ただ焦げた大地が横たわっている。
「……は?」
あの行動は雪原を消し飛ばしたかったらしいが、やっぱりどういうつもりかまるでわからない。
もはやここは雪原ではなく、寒いどころか暖かいので雪も弱まっている。
実に快適だ。
寒さが不快だったのか……? ……わからない。
というか、環境を変えるって大厄災じみてるぞ……!!
「どういうつもりだよ……」
「あぁ? 大口真神を探すんだろうがよ。
したら、一番手っ取り早いのがこれじゃろ?」
獅童に意図を聞いてみると、彼は大口真を探すためにやった、などと言いながら遠くを顎で示した。
いや、もう夜だし……夜刀神や宇迦之御魂神のように敵意がある可能性だってある。
絶対に今やることじゃないし、頭おかしいだろ……!!
だが、見ろというのなら見ない訳にもいかない。
彼に吹き飛ばされた雪原の奥を見てみる。
すると、遥か遠くに真っ白く巨大な祭壇があった。
しかも、その頂上にはやはり白く大きな生物もいる。
……大口真神?
いや、運が良ければすぐ見つかるかな……とか思ってたけど、運がいいとか関係ない!!
力技にも程がある!! 無茶苦茶だ!!
正直、俺はもうこの人のことは、聖人というよりは怪物だとしか思えない。だがその認識は俺だけじゃない。
多分この場にいるほぼ全員が思っていることだと思う。
ドールはもちろんのこと、ライアンまでも呆然としながら確認やツッコミを入れている。ロロも口が半開きだ。
まぁ、同じく地形を変えたことのある吾輩と獅童本人は、これが当たり前なのか平然としているけど……
できるのとするのとは別だと自覚してほしいもんだ。
「あれがそうなのですか……? ハラハラ」
「何ぃハラハラしとるんじゃ? もちろんあれじゃあ!!
手っ取り早かったろう?」
「うむ、悔しいがたしかにそうだな」
「いやいや……攻撃だと思われたらどうすんだよ〜……」
「ぶわっはっは!! 儂ァあいつにしばしば会っとるからのぉ!! 今更気にすることもないわい!!」
「あぁ……そう……」
「うーしぃ!! さっさと協力させるとするぞい!!」
獅童の言葉に同意するのは、街で言い争っていた吾輩だけ。
だというのに、彼は気にせず大口真神の祭壇に向かい始める。
そして吾輩も、嫌そうにしながらも彼に続いた。
たしか大昔に、大口真神を中心とした守護神獣達に叩き潰されたんだったか……
「……行きましょうか?」
「そうだな……」
それを見た俺達も、諦めて彼の後を追って祭壇に向かった。
どうか大口真神が激怒していませんように……
~~~~~~~~~~
中央に横たわるのは焦げた大地。
周囲を囲っているのは溶けかけの雪原。
空からは、熱気に逆らいながらパラパラと雪が降っている。
……うーん。
獅童は堂々と歩いていくが、どうにも落ち着かない。
この雪って、もしかしたら威圧してるんじゃないか?
気温が上がっているのにも関わらず、それに逆らいながら降り続けているし……
俺は近づくに連れて不安感が増すの感じながら、獅童と吾輩の後ろをついていき、祭壇の目の前に辿り着く。
祭壇は、夜刀神よりは宇迦之御魂神のものに近い。
雪を被っていて見えにくいが、美しい模様やお供物などで飾り付けられた立派なものだ。
その頂上にいる神獣は狼なので、それを踏まえてもやはり宇迦之御魂神に近い印象を受ける。
彼女と同じように、厳格で、敵対はせずとも人に敵意がありそうな切れ長の目……
ライアンの取り込んだフェンリルよりもほっそりとしているが、荒々しさがないだけで洗練された強さを感じる。
今まで見た守護神獣の中で、最も恐ろしい……
俺達が祭壇の足元へ来たのを確認すると、大口真神は鋭い視線をこちらに向けた。
正確には、神を前にしてもなお堂々と仁王立ちしている獅童を……
「またあなたですか……」
彼女は、心の底から面倒くさそうにつぶやいた。
だが、もちろんそんなことで獅童は尻込みしない。
騒々しく笑いながら、陽気に返す。
「ぶわっはっは!! もちろんよぉ!! 儂以外の誰が、これほど安安とお前さんに会えるものかよ!!」
「我はとても忙しい……嫌がらせなら、また今度ね」
「嫌がらせぇ!? 儂がいつ嫌がらせなんかしたってんだ!?」
「今もに決まっているでしょう」
テンションの差が天と地ほどある……
彼女は思いの外淡々と受け流しているが、獅童はむしろヒートアップしているようだ。
また火花をちらちらと散らし始めると、豪快に笑いながら祭壇に足をかける。
おいおい……いよいよ不味くないか……!?
雪に逆らう熱気も、神に対する態度も何もかも……!!
「お、おい……大人しくできねぇのか……!?」
「する必要があるのかのぉ!? さっきも言ったろうが、儂ァ自由にやらせてもらうでなぁ!!」
少し諦めかけながらも止めようと声をかけるが、やはり俺達に止めることは不可能だった。
彼は雪を溶かしながらズンズン階段を登っていく。
力づくで止めようとした場合、俺達まで大口真神の祭壇の領域に入ってしまうので、もう手は出せない。
ドールの氷漬けを耐えてたし、きっと死にはしないと信じるしかないな……
彼女の対応は穏やかだったし……
ひとまず俺達は、彼が登り切る、または大口真神が行動を起こすまで見守ることにした。
「……」
「ぶわっはっは!!」
「……!!」
降り積もる雪と共に、緊張感のかさも増していく……
肩のロロは寒さもあってか軽く震えているし、ドールやライアンもつばを飲み込んで見守っている。
だが、対照的に吾輩は薄っすら敵意を向けているし、獅童は大笑いしている。大口真神も、ただ獅童を見つめるだけだ。
「……」
「ぶわっはっは!!」
「……!!」
俺達が緊張しながら見守り、大口真神が黙って見つめる中、ついに獅童は祭壇の頂上に辿り着く。
今までは黙っていたが、流石にあそこまで踏み入られたら彼女も怒りをあらわに……!!
「おう!! 邪魔するぜぇ!!」
「忙しいと言ったでしょうに」
「ガキ共から話があるんだとよ!! 聞いてやってくれや!!
あと、立ってんのがダリィから場所借りるぞい!!」
「はぁ……勝手にしなさい」
……しなかった。口では文句を言いながらも、特に怒る様子は見せずに容認している。
まぁ、わざわざ獅童のために場所を空けることもしなかったが……
「では、話を聞きましょうか。人の子らよ」
獅童がドカンと座り込んだのを諦めたように見つめると、彼女は俺達を見下ろしながら問いかけてきた。
やはり視線は鋭いままだが、それは生まれつきらしい。
宇迦之御魂神のような攻撃性はまるでなく、むしろ見定めるような感覚だ。
どことなく、俺達の安全に気を配っているようでもある。
「いいんですか……?」
「気を楽に、普段通りにしなさい。我は助けを求める子ども達を見捨てませんし、過剰に崇められるのも好きません」
思わず宇迦之御魂神や、最初の夜刀神の時と同じように接するが、彼女はすぐさまそれを拒んだ。
しかも、可能な限りではあるだろうが、助けることも確約してくれる。マジか……
まぁ優しげとはいえ命令口調だったので、人によっては余計に接しづらくなりそうだけど……
俺はもともと廃村育ちで、特に上下関係を意識することがなかったし、神も……信仰していなかったからあんま関係ない。
すんなり普段通りの口調に戻して、彼女に話しかける。
「わかった。じゃあ早速話に入るな。
俺達は頼みがあって来た。あと……大体10日後に来るっていう、妖怪と妖鬼族との戦いに参戦してほしい」
「ほう……?」
俺が頼みを口にすると、彼女は切れ長の目をさらに細めた。
敵意はないらしいが、なにか思うところがあるのかもしれない……
だがさっきのを聞いたばかりので、断られることはほとんどないと高をくくって大人しく待つ。
するとしばらくして、彼女は凛とした声でこう答えた。
「いいでしょう。ここにも、少しは敵意を持った子ども達が来ましたが、許します」
「ありがとう」
やはり断られなかったので一安心……だけど、まさかこの雪原も超えて来てたとは……
下っ端の暴走だとしても、ちょっと行き過ぎてる気がする。
……まぁ、部外者の俺達が考えても仕方がない。
それよりも、襲撃を許す大口真神の懐の深さだ。
子ども達っていう呼び方からしてそんな感じだったが、やたらと人間に甘い。
自分から助けることはないってのも、人間の成長のためによくないとか、可愛い子には旅をさせよ的なやつのようだ。
とてつもない安心感があるな……
「それに、夜刀神が最初から協力的というのも面白いですしね。どういう風の吹き回しですか?」
「はっ、吾輩も成長したということよ。何千年経ったと思っておるのだ? 彼らのような友達もできたのだぞ!!」
……大口真神と話すと、ほとんどの生物は子どもになってしまうらしい。
今の吾輩は、どこかムキになった子どものようだ。
彼を見つめる大口真神も、優しげな口調でその変化を喜んでいる。視線はやっぱり鋭いけど……狼だからな。
そんなもんなんだろ。
「それは何よりです。……彼は、昔は見境なく食事をしていましたが、根は素直なので仲良くしてやってくださいね」
「ははは、わかってるよ」
「はい、任せてください」
彼女自身も、夜刀神のことを子どもに近しい存在だと思っていそうだ。自然にそんなことを言うので、思わず笑いながら返事をしてしまう。
すると、それを聞いた吾輩は、我に返ったように強い口調で彼女を否定する。ただし、人称が昔に戻っていた。
力関係が明らかで、なんか面白い。
「はっ、しまった……!! 我……吾輩、お主のような固っ苦しいのと馴れ合うつもりはないぞ!!」
「ええ、もう必要以上に干渉するつもりはありませんよ。あの時はやりすぎでしたし、友の頼みもあったからです」
「う、うむ……知ってはいるとも。あの方が……」
「今となっては、獣よりも人間に親しみを覚えてしまいましたから、自分から止めるでしょうが」
彼女はそう言うと、他の守護神獣と同じように輝き始める。
光が収まった後に姿を見せたのは、もちろん吾輩や宇迦之御魂神、因幡と同じく人型になった大口真神だ。
だが、飾りっ気のない吾輩や因幡はもちろんのこと、荘厳で美しい宇迦之御魂神と比べても遥かに神々しい。
羽衣……だったか?
彼女は雲のように揺蕩う羽衣だけで、その神性の高さを伺わせていた。輝きが雪に反射している程だ。
俺達がその輝きに目を奪われていると、彼女は俺達の様子で気がついたのか、すぐにその輝きを引っ込めてしまう。
もしかしたら、魔人や聖人のオーラと似たものなのかもしれない。
というか、律の不思議な雰囲気とも似ているような……?
ぼんやりそんなことを考えていると、彼女は俺達の目の前にふわりと飛び降りてくる。
そして、吾輩に目を向けて不思議そうに首を傾げた。
「あなただけですよ? あの子を恐れる守護神獣は」
「……お主を除けば、ほとんどあの方が吾輩を叩き潰したのだぞ?」
さっきも言ってたけど、あの方……?
よくわからないが、他の守護神獣に大口真神と並ぶような存在がいるのかもしれない。
「宇迦なんかも攻撃していましたよ?」
「お主ら2人が二強であろうが」
「ふふ、そうですね」
彼女は吾輩の返答に笑みをこぼすと、俺達に視線を向けた。
人型だと、視線の鋭さはほとんどない。
ただただ神々しい。
「今日はここに泊まるのでしょう? 雪もあの人に消されましたし、祭壇でも快適だと思いますよ」
吾輩もそうだったけど、敵意を向けてこない神ってのはみんな祭壇に泊めたがるんだな。
どういう習性かわからないが、この人の場合は子どもって認識だろうし、素直にありがたい。
「そうだな。じゃあテントを張らせてもらうよ」
「テント、ですか……」
「だめか?」
「いえ。ただ、我の毛皮に包まるのはどうかと思いまして」
「あー……」
急に口ごもったので思わず聞くと、彼女は微笑みを返しながらそんな提案をしてくる。
たしかに吾輩の時は、彼にもたれかかって寝たけど……
出しちゃったんだよな、テント。
仕舞うと、またどこにあるかわからなくなりそうだし……
俺は、とりあえずみんなの意見を聞こうと、ドールやライアンに視線を向ける。
「せっかくだし、包まらせてもらおうぜ〜。
夜刀の鱗枕と同じで、めったに経験できねぇよ〜?」
「私も、せっかくなので体験してみたいですね」
「そっか。じゃあそうさせてもらうよ」
「よかったです。最近はあの子や白が来ないので、少し寂しく思っていました」
提案に乗ると、彼女は端正な顔を柔らかく緩めた。
またあの子……それから白ってのは因幡かな?
彼の人型は可愛らしい少年の姿だったので、たしかに抱っこしたら癒やされそうだ。
「では寝床も決まりましたし、他の準備をしましょうか」
「りょうか〜い」
寝床を決めた俺達は、今度こそ火を起こして夕食の準備を始めた。