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化心  作者: 榛原朔
二章 天災の国
140/432

124-引き渡し完了

影綱を見送り、しばらくお茶を飲みながら待っていると、本当に雷閃達がこの部屋にやって来た。

橘獅童探しに行く直前に、影綱が言っていた通りだ。


彼らは海音とは合流していたようで、天后を先頭にして部屋に入ってくる。


しかし、影に消えていった影綱や、逃げた獅童とは合流できていないらしい。海音は最初獅童と一緒にいたはずなので、少し惜しいな……


でも影綱が見つけた場合、獅童も影から出てくるのか……?

どんな感覚なのか、少し気になる。


「雷閃といた割に遅かったな」

「そうだな〜……なんか、迷ってたわ〜……」

「ああ……」


やけに遅く感じたので聞いてみると、ライアンは困ったように笑いながらそう答える。

どうやらまた雷閃は迷子になっていたらしい。


今いる場所は、その雷閃の部屋のはずなんだけどな……

多分海音が合流できていなければ、辿り着けていないんじゃないか……?


海音は、獅童が戻っていたことで部下に仕事を任せていたと思われるので、案内ができたのだろう。

だが影綱や時平と同じく、その辺にいる侍達も暇ではないだろうし……


そんなことを考えていると、ちょうど最後尾で誰もはぐれないように見張っていた海音が入ってくる。

前回は探していただけだったので表情が薄かったが、今回は問題児達がいるので少し疲れた表情だ。


「お疲れ」

「クロウさん。お久しぶりで……ちょっと、鳴神紫苑さん!!

走り回らないでください!!」

「しまった……!! つい珍しさに気を取られちまってた……!!

ちょっと紫苑!! 止まんな!!」


目が若干死んでいたので労ってみたが、彼女はすぐに生気を取り戻すと紫苑を抑えに行ってしまった。

天后は消えてしまったので、助力は無しだ。


だが、興味津々に辺りを見回していたつっちーも、それに気づいて慌てて追いかけていく。

……大変そうだな。


迷っていた原因を見てみると、彼は喜々として時平に話かけている。紫苑もそうだが、ものすごく元気だ。

迷子になるって、本人よりも周りが疲れることだったんだな……勉強になった。


「やぁ時平。久しぶりー」

「お久しぶりです、雷閃様」

「相変わらずかたっ苦しいなぁ……もっと気楽にいこうよ」

「ははは……私は影綱殿とは違って、仕事でしか繋がりがありませんからな」

「ほほぅー……仕事はどう?」

「地獄ですね。全員敵に見えてきます」

「あは〜」


……雷閃は元気だが、時平はさっきまでの海音と同じく死んだような目をしている。

現在進行形で雷閃・紫苑に振り回されており、普段からも管理職がいない他部署の仕事に入る海音。


今は休んでいるが、組織の実質的なトップの補佐として、今ままで増えていた仕事を負担し続けた時平。

常にではなくとも死んだ目をするし、上司の将軍に対して地獄と言ってしまうし……過酷すぎる。


いや、雷閃。

もっと気遣ってやれよ……


「吾輩、神獣に生まれてよかったと思う」

「俺は人だけど、この国に生まれなくてよかったよ……

神秘だし、幕府に無理やり入れられてたかもしれない」

「フハハ。全面的に同意だ。普通の精神だと死ぬぞ」


俺の隣に座った吾輩も、海音や時平の仕事量を知っていたのか、はたまた2人の疲れ具合ややり取りを見て思ったのか、若干同情的だ。


神獣と仲良くなれないっていうのは、こういうところなんじゃないか……?


「お茶が旨ぇ〜」

「はい。国の中枢ですから、当然と言えば当然ですが……」


どうしようかと考えていると、ドールの向こう側から気の抜けた声が聞こえてくる……

覗き込むまでもなく、気を緩めまくったライアンだ。


走り回る紫苑を追っている海音やつっちー、遊び回って迷子になる最高権力者、雷閃の対応をさせられている時平……

休ませてあげたいとは思うけど、俺達からしても面倒くさいんだよな……


「俺達もお茶飲むか」

「うむ、吾輩の分も淹れてくれ」


少し迷ったが、俺と吾輩も、ドールとライアンに習って首を突っ込まないことにした。

部外者の役目としては、連れてきただけでも大手柄だ……




お茶を飲みながらくつろぎ始めて、およそ10分後。

ようやく紫苑が2人に抑えられ、雷閃が奥の机で団子を食べ始めた頃。


部屋の中央に黒い円が現れた。

それは人4人程が手を繋いで円形になったくらいの大きさで、海のように波打っている。


影から少しずつ顔を出してきたのは、もちろんこの能力を持っている影綱だ。

だが、彼の後ろにももう1人いる。


真っ赤に染まった顔で幸せそうに笑い、さらに身長2メートルは余裕でありそうな巨体の爺さん。

背もでかいけど、横幅もとんでもない。


雷閃やライアンはもとより、紫苑と比べても2倍近くある気がする。鬼人である彼よりも、断然化け物だ。


そして両手には、赤ら顔の原因だと思われる酒を何本も握っていた。手がでかくて片手だけでも5本はある。

筋骨隆々なので、割ってしまわないか心配になってしまう……


「うぃ〜……はっはっふっへっへ」


おそらく橘獅童だと思われる人物は、奇妙な笑い声と共にその場に座り込む。しかし、酒を手放すことはない。

ドシンと建物を揺らしながらの、豪快な着席だ。


一応雷閃が来るまでは、海音に捕まっていたはずだよな……?

彼女に怒られながら酒を飲めるはずがないが、この数十分で酔ってしまうのもどうかしている。


どちらにせよ、まともな人ではないのかもしれない。

仕事を海音や時平に任せている時点で、かなり自由人なのはわかっていたけど……


「おや、雷閃。お帰りなさい」


影を消した影綱は、そんなヤバい状態にある獅童を気にすることなく、奥の机に視線を向ける。

そして団子を口いっぱいに頬張る雷閃を見つけると、薄っすらと笑みを浮かべながら挨拶をした。


酔っ払いを放置するのは良くないんじゃないですかね……

まぁ彼らのホームなのだから、彼らが良いのなら良いんですけど……


「むぐ……むぐぐ……むぐぐむ……」

「程々にしないと、喉につまらせますよ。

ところで、最近は何をしてたんだい?」

「むぐぐう……むっぐ……」

「夜刀神様も来てくださったしね。

もし実を結んでいたのなら良かったじゃないか」


黙って見ていると、彼らは通じているのか不思議に思ってしまうようなやり取りを続ける。

不思議……だけど……


雷閃も首を振ったりと否定の仕草をしていないから、おそらく影綱の返事は合っているんだろう。

いや、以心伝心過ぎな……!?


けど俺の考えも読んでたし、まぁ変なことでもないのか……?

こう考えてしまう俺も、大分毒されている気もするな。

まぁひとまず……


「吾輩は知り合いじゃないよな? あの爺さんと」

「ふむ……? まさか引きこもりだから知る由もないだろうと? フハハハハ、あまり吾輩を舐めるでないわ」

「で、知ってるか?」

「もちろん知らぬな」

「知らねぇんじゃねぇか」


同じ守護神獣である、宇迦之御魂神や白兎大明神のことだってあまり詳しく知らなかったんだ。知っているはずがない。

はぁ……一応隣りにいるから聞いてみたけど、なんの漫才だよ……


俺は席を立ち、海音の所へ行ってから改めて彼のことを聞いてみる。


「海音。あの人が橘獅童なんだよな?」

「はい、そうですよ。目を離した間に酔っ払っている、とても聖人には見えないのが橘獅童さんです」


海音の言い方もどこか刺々しい……

けど、とりあえず彼が橘獅童ということの確認は取れた。

まぁ連行するまでもなく来てるし、聞く必要はなかったけど。


「じゃあこれで全員引き渡せたな」

「たしか、美桜さんも一緒に来たんですよね?

本当にありがとうございます」

「ついでというか……みんな道中で会えたんだよ。運良くな」

「だとしても助かりました」


愛宕幕府将軍の嵯峨雷閃、雷閃四天王で政所長官の卜部美桜、同じく侍所所長の橘獅童。

サボり続けていた3人が戻ってきたことで、彼女の表情はとても柔らかいものになっていた。


これで仕事がなくなる訳じゃないが、少なくとも過労状態ではなくなるだろう。

もう大丈夫そうだし、俺達の役目も終了だな。


「うん。じゃあ俺達は、次の守護神獣を探しに行くことにするよ。まぁ次は決めてないから、少しここを借りるけど」

「ええ、もちろんです。好きなだけ使ってください。

どうせ雷閃さんにはほとんど仕事はないですから」

「あ、ほんとだったのか……」


たしかに美桜がそんなことを言っていたけど、まさか本当に国のトップに仕事がないとは……

じゃあなんだ? いるだけの人なのか?

組織ってのはよくわかんねぇもんだな……


「なぁ俺もついて行って……」

「いい訳ないだろう!! あんたは迷惑かけるんだから!!」

「うっ……」

「そうですね。

しばらくはここで大人しくしていてもらいます」

「そんなぁ……いいじゃんよぉ……海音ー……」


なんだろう……? 紫苑は女性に弱いのか……?

美桜とは言い争ってたけど、つっちーだけじゃなく海音にまで弱気な接し方をしている。


まぁ抑えてくれているなら丁度いい。

今のうちに話し合いを済ませて、さっさと出発してしまおう。


俺は急いで吾輩やドールの元へと戻る。

ロロはお菓子に夢中だが、他のみんなはお茶だけなのでちゃんと話し合えそうだ。


「おし、じゃあ次どこ行くか決めようか」

「うむ? 吾輩もか?」

「ああ。律がいないから、移動手段になってもらおうかと」

「吾輩、利用され過ぎでは……」

「そんなことねぇって〜。適材適所ってやつだよ〜」

「ふむ……そうか。ならば任せ給え!!」


流石の吾輩も気になったようだが、ライアンが適当にごまかすと、驚くほど簡単に納得してくれる。

正直今のは否定はしていないような……


まぁいいか、話し合おう。

今となっては候補は2つだけだ。

1つ目は飛鳥雪原の大口真神。2つ目は神奈備の森の神獣達。

位置的にはやっぱり飛鳥雪原かな?


どっちから行っても効率は変わらないと思うけど……

森の厄介な神獣を相手にするなら、吾輩よりも大口真神が助けになってくれそうだ。


そうみんなに提案してみると、特に反対されることはなくスルリと決まる。


「では、飛鳥雪原の後に神奈備の森ということで」

「いいぜ〜。楽しそうだ〜」

「なら、さっさと出発するか」

「おっけー。オイラ、ちゃんと食べ終わったよー」


ロロが元気に飛び上がったのを見て、俺達も全員立ち上がる。サボり魔達と紫苑達が離脱するので、今回のメンバーは俺、ロロ、ライアン、ドール、吾輩の5人だけだ。


森の時には大口真神がいると考えると、崑崙から出発した時と変わりない人数だし、問題ないだろう。

神獣の割合が半々になってるのは衝撃的だが……


「うぃ〜……神奈備に行くぅんならぁ(オレ)も行くぞぉ」


俺達が出発しようとしていると、部屋の中央からとんでもない大声が響いてきた。


思わず耳を抑えてしまったけど……

もしかして、獅童がついてくるって言ってたか?


聞き間違いの可能性も考慮して、少し黙って様子を見ておく。彼はやはり部屋の中央で、座り込んで酒を飲んでいた。

呂律が回っておらず、変わらず酔っ払いだ。


「え? あなたが行くくらいなら雷閃さん……は迷子。

美桜さん……は困ります。……なら私が」

「うっはっはっへっふ。(オレ)に任せろぃ。

この前まではぁ、羅刹にぃいたんじゃぁぞ?」

「酔ってるじゃないですか」

「アルコールはぁ……すぐ飛ばすからのぉ」


獅童は海音に酔っ払っていると言われると、おもむろに酒を手放して立ち上がる。

そして……


"烈火を宿す都(カグツチ)"


「ちょっと獅童さん……!!」


突然、その全身を燃え上がらせた。

海音は慌てた様子で札を構えるが、彼の髪も、服も、焦げたりすることはないらしい。


神秘の炎なだけあって、燃やすかどうかも自由自在のようだ。しかし、自分以外のもの――床や机などは気にしていないのか、少しずつ火が回り始めている。


"水の相-水球"


すかさず海音が術を使うことで事なきを得るが、そもそも気がついていない獅童は、もちろんお礼など言わない。


普通にクズじゃねぇか……?

それともバカって呼ぶべきか……?

ともかく、紫苑や雷閃以上に困らせられることは確定だ。

……つら。


「ぶわっはっは!! おぅ飛んだぜ、アルコールぅ!!

神奈備に行くんだよなぁ? ガキ共」

「いえ、行きません。ではさようなら」

「おう待てや。(オレ)に隠し事ができると思うんじゃぁねぇぞ? 貴様らは神奈備に行くんじゃ。いいな?」

「命令じゃねぇか!!」


とっさに逃げようとするが、彼は爆発的なスピードで接近して来ると、俺の肩を手でがっしりと掴んでしまう。

流石この国の聖人全員を育てた傑物……振り払える気がしない。


しかも観察能力や状況判断能力も高いのか、もう片方の手で抑えたのはドールだ。

俺達魔人の中で1番強いライアンや、神獣である吾輩ではなく、主導できるドール……


呑気すぎて流されそうなライアンや、素直すぎるらしくどこか心配な吾輩。ロロは論外だし、俺達が抜けたら守護神獣を引っ張り出すどころか会えもしなそうだ。

終わってる……


同じく捕まったドールも、聞かれた時点でどうしょうもなかったのだと悟ったらしく、諦めたようにつぶやいた。


「諦めましょう……この方は無理です。うるうる」

「すみません……さっきは目的がなかったので留めておけましたが、今となっては誰も止められません……」

「いや……もういいよ。もし戦闘になったら心強いし……」


海音が申し訳無さそうにしていると、こっちまで申し訳なくなる。これ以上彼女に心労をかけたくないし、大人しくこの人の面倒を見よう。


そう決意して、彼の同行を認めた。

獅童に会った今となっては、美桜が普通の美女に思えてくる……他の大勢と同じく、少し仕事が嫌いなだけだ。


「ぶわっはっは!! ならば早速向かうとするか!!

飛鳥雪原からなんじゃろぅ?」

「うぃ……その通りっすよー……」

「もっと張り切らんかい!!

神として崇められとる獣とのご対面じゃぞ!!」

「痛って……!! ならあんたもそれっぽくしてろよ爺さん!!」

「ぶわっはっは!!」


適当に返事をしたら叩かれたので、思い切り怒鳴りつけてみるが、彼は豪快に笑うだけだ。

本当に……もうどうしょうもねぇ……


雷閃と影綱は、気にせず団子を食べながら談笑しているし、紫苑とつっちーは俺達とは違った揉め方をしているし……

ひどい環境だ。


俺は、次にここに戻ってくるまで、めちゃくちゃ疲れるんだろうな……とトボトボ部屋の出口に向かう。

ドールと同じでもう捕まってはいないが、鎖に繋がれたような気分は変わらない。


「おや、もう出発ですか? 皆様」

「お〜七兵衛じゃねぇか〜」

「はい、数日ぶりですね」


暗い気分で歩いていると、ライアンが七兵衛と呼ぶ声が聞こえてくる。

晴雲の唯一と言っていい部下が、こんなところにいるか……?と思って顔を上げると、そこにはたしかに彼がいた。


彼は、獅童とのやり取りを経ても元気なライアンとにこやかに話している。獅童と入れ替わってほしいよまったく……


俺は彼を見ても陰鬱な気分だったのだが、ドールは俺よりもストレス耐性が高いのか、もう平気そうだ。

何もなかったかのように、淡々と七兵衛に質問を始めた。


「ここに来ることもあるのですね。晴雲さんや魂生さんは大丈夫なのですか?」

「ええ。今回は占いの話と、時平に会いに来ました。

申し訳ないことですが、魂生様に任せてきたのですよ」

「へぇ……」

「……随分とお疲れのご様子。差し入れをどうぞ」

「え? ありがとう」


俺としては普通に相槌を打っただけだったが、彼はそこに疲れを読み取ったらしく、いつだかのような包みを差し出してくる。


中身はわからないが、よく差し入れできるものを持ち歩いてるな。完璧かよ。……完璧だったわ。

本気で入れ替わってくれ……


「では私はこれで」

「またな〜」


彼は差し入れを渡すと、すぐに頭を下げて時平の元へと向う。まるで、そのためだけにこのタイミングで入ってきたみたいだ。


「おう終わったかぁ? ならば行くぞ!!」

「お〜」


七兵衛が去っていくと、どうやら空気を読んで黙っていたらしい獅童が、再び騒ぎ出す。

あんた、空気、読めるのかよ……!!


俺が少し顔を引きつらせている間に、彼はライアンと笑い合いながら入り口を突き破って出ていってしまう。

いや、デカイならデカイで、建物に当たることとか気にしろよ……!!


それに、あいつも順応性高すぎるだろ……!!

何でもかんでも気にしなさすぎだ……


「ええと……行きましょうか……?」

「そうだな……」

「げんき出しなよクロー」


まぁ雷閃じゃあるまいし、迷子にはならないか……

俺達は、その巨体らしい歩幅に合わせて駆け足で彼を追った。

こんな爺さんとは関わり合いになりたくない……

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