122-執権、影綱・前編
大裳に連れられた俺達は、まずは侍所に案内される。
正直、侍所は軍備担当なのでそもそも人がいない気がするんだけど……
事務仕事をしている問注所に海音はいなかった。
ならば今愛宕にいるであろう橘獅童を捕まえて、彼の担当する侍所にいるかもしれない……ということだろう。
確保できていたのなら、だが。
そう納得しつつ部屋に入る。
すると、思った通り中にはほとんど人がいなかった。
ほんの2.3人が机に座って何かしていたり、奥に10人ほど寝ている人がいるくらいだ。
もちろん海音や、橘獅童と思われる爺さんもいない。
なんか寝室みたいになってて他とは違った居心地の悪さだし……もう出たい。次は雷閃のところだな。
俺は早々に部屋を出ようと踵を返す。
だが、大裳はまだここでやることがあるのか、俺達を静止すると奥に歩いていった。
そして1番近場にいた男性に話しかける。
軍関係者らしく筋肉質だが、どこか知的な雰囲気も持つ人だ。
「こちらに橘獅童様はおりませんかな?」
「え? あー……さっきまでいましたね。
海音さんに注意されてました」
「では、今は?」
「将軍が帰ってきたとかで、海音さんが席を外したんですけど……そしたら逃げました」
「つまり……行き先はわからぬと?」
「すみません……」
「いえいえ。ありがとうございます」
話を聞き終わると、彼は満足そうにうなずきながらこちらに戻ってくる。
たしかに情報は得られたけど……
海音は雷閃のところにいるかもしれない、橘獅童は逃亡中。
これだと橘獅童の行方は結局わからないし、海音を探しに雷閃のところまで行くのは変わらないし……
無駄とまでは言わないけど、そんな満足そうにするものなのか、ちょっとよくわからない。
まぁ雷閃と海音が出会っていない可能性も確認できたし、この人が満足したのならそれでいいか……
「では将軍様の部屋へ参りましょうか。迷子にならない程度に、獅童様を探していただけると幸いです」
改めて考えると、結局ちゃんと仕事に行った美桜よりも重症だよな……ここまで来て逃亡とか。
それに、人が多いからあんまり探すことばかりに気を使ってられない。……なんか腹立ってきた。
「わかった」
「よろしくお願いします」
俺達は逃亡した橘獅童を探しながら雷閃の部屋へと向かった。
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橘獅童を探しながら案内されること十数分。
結局彼らしき人物を見つけることなく、俺達は雷閃の部屋へとやってきていた。
前提として木造であるので、綺羅びやかさはそれほどでもないが、襖や屏風、天井などは綺麗な絵や柄がついている。
もちろん金属が多用されていないというだけなので、むしろ細部が際立っていた。
ここは将軍の部屋なので、問注所や侍所のように多くの侍が常駐しているようなこともない。
まるで博物館のような静けさと芸術性だ。
だがそんな中、たった1人で奥の席に座っている男がいた。
雷閃……ではない。
男は、明るい和服でのほほ~んとした彼とは違い、シンプルな黒い和服を着ており、鋭い視線で机に向かっている。
周囲の空気が凍りつくようだ。
何よりも仕事をしている。ここが決定的だった。
……うん、雷閃に失礼だな。
とりあえず……誰だろう?
俺は確実に面識がないので、大裳が紹介してくれることを期待して彼を見る。
すると彼は、俺達に向かってにっこりと笑うと、ゆっくりと奥まで進んでいき、男に頭を下げた。
「お久しぶりです、影綱様」
影綱……たしか、雷閃の補佐をしている執権の人?
美桜が絶大な信頼を寄せていて、雷閃がサボっている現在の幕府では実質トップの人物。
大厄災とは違った意味で化け物だ。
ここの机に座っているということは……仕事中か?
マキナのような人でも、彼でだいぶ慣れたから大丈夫そうだけど……
もし、仕事の邪魔とか言って怒ってくるような人だったら困るな。下手なことをしないように、俺達はひとまず様子を見ることにする。
「……」
だが、彼は一向に顔を上げてくれなかった。
声は聞こえているはずなのに、延々と仕事を続けている。
もっとヤバいタイプだったかも……怒りはしなかったけど、これはこれで辛い。
「雷閃様はご帰還なさったようですな」
「……」
「獅童様もこちらにいらっしゃるとか。
居場所はご存知でしょうか?」
「……」
雷閃の話、橘獅童の話、その全てをガン無視だ。
顔をあげるどころか、目をこちらに向けることすらしない。
存在自体を無視して仕事を続けていた。
しかも、大裳ももう話しかけずに待ち続けている。
彼はこの人のペースを知っているかもしれないけど、俺達は全く知らないのでほんとうに居心地が悪い……
「なぁ……これどうする?」
「そんなことを聞かれても……
やはり待つしかないんじゃないですか?」
「オイラ、ひま」
「それ以上にいていいのか不安だよ、俺は」
ヒソヒソと2人に聞いてみるが、もちろん2人共どうしていいかなんてわかるはずがない。
ドールは、顔をしかめているように見えなくもない表情で待機を提案し、ロロはそもそも興味がないのか暇だなんて言っている。
意味もなく突っ立ってるのも大変だ……
俺は少しげんなりしながらため息をつく。
すると、ほぼ同時に後ろから足音が聞こえてきた。
もしかしたら海音か誰かが帰ってきたか?
足音は1つなので、まだみんなといるなら雷閃はない。
……けど、獅童に逃げられ、雷閃を探している海音なら来るかもしれない。俺はほのかな期待を胸に振り返る。
だが、そこにいたのは……
「おや……? どちら様で……?」
茶色を基調としている和服を着た地味な男だった。
顔立ちは良いが、雷閃のようににこやかではなく、海音のように凛とした感じでもなく、美桜のようなほんわかした雰囲気もない。
疲れたような表情をした、眼鏡をかけている人物だ。
……つまりは苦労人ということか?
自然な感じでこの部屋に入ってきたし……美桜が信頼を寄せていたもう1人の人物、鬼灯時平かもしれない。
そんなふうに俺が観察をしていると、大裳が進み出て挨拶と俺達の紹介をし始める。
「お久しぶりです。時平様。
こちら、海音様のお知り合いで、雷閃様に戻るよう促し、我が主たる美桜様を連れてきてくださった方々でこざいます。
みなさま、こちらが連署、鬼灯時平様でございます」
「あぁ……ようやくお戻りになられたか……ようやく……
はぁ……疲れた……。ただでさえ……いや、これはなしですね」
「申し訳ございません。私も案内が終わりましたので、直ちに仕事を開始いたします」
「え……!?」
案内が終わったということは、こんな居心地の悪い場所に俺達を放置していくのか……!?
俺は思わず驚きの声を上げるが、彼は人の良さそうな笑みを浮かべながら頭を下げた。
「雷閃様か海音様のところへ案内ということでしたが、私にもこれ以上心当たりがございません。
美桜様が心配なので、戻らせていただきます。
しかし、時平様なら大丈夫でございます。ここでお待ちになるのが、1番手っ取り早いでしょう」
「そうですね。ここはあの方のお部屋ですから。
影綱殿は一度仕事を始めたら口を開きませんので、私がお相手いたしましょう」
「よろしくお願いいたします」
時平に俺達のことを任せると、大裳は再びその場で頭を下げると消えていった。
マジか……
しかし、時平さんは話しやすそうな人だからよかったな……
消えた大裳から時平さんに視線を移すと、彼は大裳と同じように人の良さそうな笑みを向けてくる。
「お疲れでしょう。お茶をお淹れしますよ」
「ありがとうございます」
先に入ったはずの雷閃達、雷閃を探しに行った海音、海音が目を離したことで逃亡した橘獅童。
橘獅童以外は、大裳の言う通りここで待っていた方がいいだろう。ただ、逃亡中の橘獅童はどうするべきか……
「雷閃と海音はともかく、橘獅童は探さないとだよな?」
「そうですね。ドールが探します。ドールがここにいれば、迷っても戻せますし」
"不安の仮面"
"怒りの仮面"
"悲しみの仮面"
"冷徹の仮面"
ドールはそう言うと、分身を4人呼び出して部屋の外へと向かわせる。メインは橘獅童だが、ついでに雷閃や海音にもここにいると伝えられるといいな……
俺達は橘獅童探しをドールの分身に任せ、影綱の仕事を眺めながら待つことにした。