117-鳴神祭➂
俺達は舞台裏から出ると、雷閃の案内で人混みの中を進む。
紫苑は不満タラタラだが、吾輩も律も楽しげだし俺としては文句はない。
おそらく紫苑の演劇に合わせて開かれたであろう出店達を、ゆっくりと回っていった。
「はーい。団子屋でーす」
最初に連れて行かれたのは団子屋だ。
この店は本当にどこにでもあるし、やっぱりこの人が真っ先に連れてくるのはここなんだな、と納得。
特に雷閃と紫苑が馬鹿みたいに食べまくっていた……
「はーい。射的屋でーす」
次に連れて行かれたのは射的屋。
マックスが持っていたのとは威力が違うが、同じように弾を飛ばして景品に当てる、というゲームの店だ。
だが、これか案外難しい。
彼の物とは作りからして違うらしく、弾は木のような材質で当たっても大して動かない。
しかし、雷閃と紫苑は雷で威力を上げているのか、ほとんどの景品を吹き飛ばしてしまった……
「はーい。ラムネ屋でーす」
次に連れて行かれたのはラムネ屋。
もしかしたら普通の飲み物かもしれないが、弾けるような炭酸と共に浮遊感も感じたので、製法に神秘が関わっている可能性もある。
どことなく、水の相-波紋を思い起こす飲み物だった……
「はーい。焼き鳥屋でーす」
次は焼き鳥屋。
スープに浸したパンのように、柔らかく肉汁が溢れ出してくる。ここは出店であるはずなのに、どこかのレストランや料亭でも出てきそうな素晴らしいものだった……
「はーい。綿菓子屋でーす」
次にわた菓子屋だ。
初めて見る雲みたいなお菓子で、ふわふわとして甘く、団子よりも断然食べやすい。
もし紫苑に無理やり食べさせられるなら、こっちの方が負担が少なかった気がする……
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「すみません。ここはどこですか?」
しばらく店を回り、そろそろ戻ろうかという頃、雷閃は突然店の店主にそんなことを聞き始めた。
どうやら、現在地がわからないらしい。
戻ろうという話をしてから、どうりでうろうろしたり目が泳いでいたりすると思ったら……
まさか迷子になっていたとは。
「うん? あれま、将軍様じゃないかい。
ここは金魚すくい屋だけど……多分迷子なんだよねぇ?
そうさね……ほら地図。主要な場所からあの舞台までの道順が書いてあるよ」
「うわぁ、ご丁寧にどうも。今度遊びに来ますねぇ」
「あっはは。楽しみにしてるよ」
雷閃が声をかけたおばちゃんは、素早く戸棚から地図を取り出すと、それを彼に手渡した。
目を凝らして棚をよく見てみると、もともと一枚だけ地図が用意されていたらしく、他に地図は見当たらない。
……おばちゃんが将軍の扱いに慣れている。
この将軍は、いつも迷子になっているのか?
まったく驚いかれてなかったけど。
彼は、俺が少し呆れている間に目当てのものを手に入れると、すぐに俺達の元まで戻ってきた。
その表情は、今までにない程に輝いている。
「ほらぁ。みなさん地図あるんで、ちゃんと帰れますよ!!」
「いや、ほらぁって言われてもな……
まさか迷子になってるとは思ってなかったし……」
「おっと……口が滑りました。ええ、僕は将軍なので?
現在地どころか、この国のすべてを知ってますよ?」
「あっはっは!! そろそろこうなると思ってたぜ!!
相変わらず面白ぇー!!」
「あは〜。目指せ鳴神劇場!!」
紫苑は雷閃の見栄を張ったような言葉を聞くと、大笑いを始める。彼の口ぶりから察するに、本当にいつもやっていることのようだ。
多分、祭りでいつもと違うからとか関係なく、日常的に。
それを見た雷閃は、もう取り繕ったのが嘘かのように笑いながら、先頭を歩いていった。
……さっきから俺達が向かっていた方向に。
俺は、もうというか……最初からずっとではあるが、あ然としてしまって言葉が出ない。
地図、意味ねぇ……
ぼんやりしていると、今度も紫苑が慣れたように雷閃を引き止める。彼は相変わらず楽しそうだ。
「おい閃ちゃーん。多分違うぜ? そっちはよー」
「あれぇ? そうなんだぁ?」
「おうよ。俺も地図の読み方はイマイチだがなぁ……とりあえず、さっきと同じ方向じゃねぇってことはわかるぜ。それに、なんとなくそっちは劇場のある場所じゃなさそうだ」
「へー……鳴ちゃんは場所がわかるんだねぇ」
「あっはっは!! 当ったり前よぉ!!
迷子になんてなったら、あいつに怒鳴られちまう……」
「あは〜。つっちーかぁ……
たしかに彼女は、よく君の面倒を見ていたねー」
場所がわかるんだねぇ……?
なんか2人でほのぼのやってるところ悪いけど、雷閃は場所すらわからず、紫苑も地図がわかんねぇのかよ……!!
紫苑は雷閃に、道がさっきまでと同じなのを指摘したので、彼に対してなら意外と頼れる兄貴分かと思いきや、とんでもねぇ。普通に問題児だ。
俺も知らない土地だし、まず現在地がわかるかどうか……
現地民である律と吾輩はどうだろう?
そう思って目を向ける。
吾輩は気にせず出店を見回していたし、律も同じくぼんやりと辺りを見ていた。
どうやら、今起こったことに気がついてすらいないらしい。
うーん……ちゃんとした人が1人もいない。
頭が痛くなってきた。
思わず俺が額を抑えていると、紫苑と笑い合っていた雷閃が近づいてきて質問をしてくる。
祭りを一緒に回ったからか、もう下手に出る接し方は控えめだ。
「ねぇねぇクロウくん。君は地図ってものが読める人?
僕達読めないから、できれば案内してくれると嬉しいなぁ……なんて」
「……現在地がわからないけど、読めるは読めるな」
「わぁすごい。なら、お願いしまーす」
俺が読めると答えると、その部分だけ聞き取ったのか、雷閃はスタスタと歩いていこうとする。
さっきの方向を後方とするならば、今回は右側だ。
もしかしたら合っている可能性もあるが、彼を信じたら絶対に辿り着けないだろう。
俺は慌てて引き止めにかかる。
「いや待て!! 現在地がわからないって!!」
「現在地……? 鳴ちゃーん。現在地どこー?」
「さぁなぁ……? 感覚で行けばよくねぇ?
人間ってのは、冒険に憧れるものなんだろ?」
「おい待て。憧れと現実は別物だぞ。
ただ劇場に行きたいってだけで、冒険になってたまるか」
紫苑は雷閃の質問に、いつだかの白兎亭でのようなトンチンカンな答えを返した。
俺はデジャヴを感じながらも訂正するが、あの時のつっちーと呼ばれていた人の苦労がわかるようだ。
てか、現在地が誰もわかんねぇ……
おばちゃん、主要な場所じゃなくて現在地から地図書いてくれよ……扱いに慣れてるんじゃなかったのかよ……
多分、屋台全部にコピーを置いているとかなんだろうけど……
「フハハハハ!! 実に愉快だな、ただの鬼人よ!!
もっと人間を知るがいい」
「あっはっは!! あんたも人間じゃねぇだろうが。
この引きこもり」
「む……」
店への興味が失せたようで、吾輩が紫苑とじゃれ合いを始めるが、俺は無視してどうするか考える。
あのおばちゃんの店からは離れてしまったし、近くてもこの人混みだ。
さっきのような店に寄ったついでとかじゃなければ、この3人はすぐに迷子になってしまうだろう。
もちろん立ち止まってれば、今のように人は避けてくれそうだけど、動かない保証はない……
特に紫苑と雷閃は危険だ。
近くにある他の店に声をかけるのも、今の状況ではそう変わりない気がするし……
「なぁ律……現在地……」
「今、いる場所が、わからないの? ……多分、ここ、だよ」
「ありがとうっ……!!」
方向音痴でもなく、鬼人や神獣などの非人間でもない律に聞くと、ちゃんと現在地がわかっていたようで教えてくれる。
彼も頭のネジが数本飛んでいそうだが、この面子だと1番頼りになるな……
どうにか現在地を知れた俺達は、紫苑の劇場を目指して人混みを歩き始めた。